「よお、少年」
関西呪術協会総本山。
敷地も広く、遅い桜の舞う中の一室。
反省室という名の部屋の隅でうずくまっている少年を見て、青年はその隣に座り込んでいた。
特に落ち込んでいるわけじゃなく、ただやることがないからこうして座っている。
「・・・なんや」
青年を認めた少年はなにやら不機嫌そう。
人からの干渉を拒んでいるのか、それともただ面倒なだけなのか。
先日までの彼を見ていれば、それらが間違いであることなどわかりきったことだろう。
彼はただ、強いヤツと戦いたかっただけだった。
今まで誰にも負けることのなかった驕りが、今この場にいる証拠。
自分と同年代の、同じ世界の人間と戦うことで、彼の見るべき世界が広がっただといっても過言ではないだろう。
パートナーがいなければなにもできないと思っていた西洋魔術師たちの力を垣間見たから。
「そんなあからさまに嫌そうな顔すんなって」
冷たい視線を向けているにもかかわらず、青年はからからと笑う。
自分の扱いをまるで気にも留めていない。
それは暗に、敷地内を自由に歩き回ることができるからかもしれない。
実際、腰には彼の武器である刀が差されていなかったから。
「ここ、反省室らしいけどさ。べつに外に出たって問題ないんだろ?」
「んなこと俺が知っとるわけないやろ」
そう、そんなこと知っているわけはない。
っていうか、今までの行いを反省する部屋だから反省室なわけで、そこから出るということは、心の底から反省して改まった気持ちになっているということでもあるだろう。
そんなことくらい青年だってわかっている。
だからこそ、口を出すのだ。
「心から反省した、と……誰が決めるんだよ?」
「は……?」
反省したかしてないかを決めるのは、他人じゃない。
周りがなんと言おうが、それを決めるのは本人なのだから。
「元々、お前は強いヤツと戦いたくて連中に荷担してたんだろ?」
だったら、反省なんか必要ねえよ。
少年――小太郎は、そんな青年の言葉に目を丸めていた。
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
お土産戦争勃発
一方、修学旅行へと戻ったネギ一行は、残りの時間を満喫していた。
修学旅行4日目。
アスカは今、窮地に陥っていた。
「ま、まさかこんな形で使うことになるなんて……」
アスカの属する4班は、ホテル嵐山にいた。
自由に行動できる最終日であるにもかかわらずどこにも出かけていないのは、昨日のUSJの影響だったりする。
っていうか、ぶっちゃけUSJが彼女たちの中でメインイベントだったわけで、その次の日である本日はだらけムード。
とどのつまり、今日一日はゆっくりする。そんなわけで。
「いよいよ明日で修学旅行も終わりだね」
「ものすごく長かったような短かったような……」
疲れを落とすためにも、こうして露天風呂へ足を運んだのだ。
頑張って拒んだのだが、強引に連れてこられて。
アスカは男であるが故に、彼女たちの前でおおっぴらに行動できない……ハズだったのだが。
彼にはこのような場における最終兵器を持っていた。
そう……『性別詐称薬』である。
「まほーってすごいんだねー……」
そんな彼を見て驚いていたのが、彼が男であるという事実を知る数少ない友人の一人――明石裕奈その人だった。
浴槽の端の方で小さくなっているアスカを見つつ声を漏らす。
目の前に展開される彼女の姿に、彼はただ顔を真っ赤に染め上げ、口元までを湯に浸からせていた。
「あはは、アスカはかわいーなぁ」
「や、やめてよ裕奈。僕は……」
「わかってるわかってる」
その後、風呂場に侵入していた和美に目の前で写真を撮られたり。
彼女は部活の関係上、班別の記念写真を撮るという任務があったのだ。
……風呂場に侵入するっていうのは、さすがにマズいと思うわけですが。
「……で、昨日はどこ行ってたの?」
「へ?」
裕奈は知っていた。
昨夜の彼を含む数人が、本人ではないことを。
魔法というものの存在と、アスカの性別を知らなければわからないが、明け方になって放っていた身代わりの紙型がストリップショーを始めたからだった。
アスカの性別は男。しかし、自分たちの前で服を脱ぎ出した彼の体つきが女性のものだったのだ。
普通は脱いだりしないのだろうけど、そんな理由で目の前のアスカがアスカじゃないんだと確信できた。
風呂場であることも忘れて裕奈の顔を見入る。
魔法の存在を知っても、その世界の恐ろしさを彼女は知らない。
知る必要がない。
でも、きっと彼女は聞くことをやめないだろう。
だから。
「……戦ったんだよ。悪者と、ね」
まるで子供たちのあこがれる正義の味方。
しかし、昨夜の一件はそれを語るだけで充分だった。
裏の世界は、すっぱりと綺麗には終わらない。
今回はたまたま運がよかっただけで、次に何か起これば犠牲者が出てしまうかもしれない。
だからこそ、そんな一言で充分だった。
「へぇ〜……どんなヤツ? どんなヤツ?」
「でっかいヤツ」
「どのくらい? どのくらい?」
「えーとね……こんな、こぉ〜んなの!」
身振り手振りでその大きさを強調する。
事実、スクナはかなりの大きさだった。
大の大人が豆粒に見えるくらいに。
……結局その大鬼神はどこぞからやってきた男がねじ伏せ、一方的に粉々にしてしまったわけだけど。
「むふふふ……vv」
天国のようで地獄のようだった入浴を終えて、アスカはお土産を物色していた。
初めて来た京都。日本の文化そのものが存在する京都。古き良き京都。
お土産は買わねばなるまいて。
軍資金は豊富に有る。
「うふふふふふv」
いざ、参る!!
そんな意気込みと共に、手を目の前に広がるお土産群に伸ばした、そのときだった。
ばばっ!!
「っ!?」
横から伸びてくる手。
アスカの手はその手に阻まれ、その動きを止めた。
すーっ、と視線を横へ。
そこには。
「「……」」
綺麗な金髪のクラスメイトが。
「「…………」」
自分の手の下に。
「「………………」」
その手を忍ばせ、
「「…………………………………………………………………………」」
アスカが見定めていた京都土産の定番『生八つ橋SPARKING!! neo』の箱を掴んでいた。
この八つ橋は期間限定で、しかも最後の一個。
しかし、まだ限定のお土産はしこたまある。アスカは『生八つ橋SPARKING!! neo』にあっさり見切りをつけると、続いて『京菓子・1000%雷おこし』をすばやく手にとった。
その後視線を彼女に向けると……悔しげな表情。これを狙っていたらしい。
「「……」」
二人の視線が交錯する。
「「……っ!!」」
ばばばばばばばっっ!!!
期間限定土産を狙う手の嵐。
目にもとまらぬ速さでお土産を端から狙い取る。
まさに壮絶、ある種の戦場と化していた。
数分の後、二人の手にはお土産の箱が積み上げられていた。
「や、やりますわね……アスカさん」
「い、いいんちょさんこそ……」
金髪のクラスメイト……それは、いいんちょこと雪広あやかだった。
整った顔立ちに流れるような金髪。翡翠の双眸が、彼女が本当に日本人なのか疑わせる。
……残るお土産は五個。
『京漬物+γ』
『京飴・湧き水風味』
『麩嘉饅頭・くびれ付き』
『栗羊羹・斬月』
『煎餅・無価値』
この五つが、広い机にバラバラに置かれている。
二人で取れば、最後の一つを奪い合うことになりそうだ。
「あなたとはいつか決着をつけねば、と思っていました」
「偶然。僕もそう思ってたところだよ」
薄く笑う。
それは嘲笑でも冷笑でもなく、互いを認め合った笑みだった。
どちらが勝っても恨みっこなし。
すべてが終わったら、勝者を称え合おう。
……これが、最後の聖戦だ。
「「っ!!」」
互いに向いていた視線が残り五つのお土産の箱に向かう。
っていうか、一個ずつじゃなくて在庫用意しとけよ、なんて今更ながらに二人は思う。
アスカの右手が、神速の領域へと達する。
あやかの左手が、互いの視界から消える。
「雪広あやか流収集術・画竜点睛……!!」
「うなりを上げろ、僕の手よ……!!」
互いの実力は伯仲している。
勝負を決するのは……
「「はあぁぁぁっ!!!」」
お土産を手にする、その順番……!!
(コレでラストっ!)
(最後の一個……愛しのネギ先生のためにっ!!)
二人が最後の一個に手を伸ばす……!
「「あ」」
すかっ
が、二つの手は突如消え去った最後の箱……『煎餅・無価値』は、外部から介入してきた一人の老婆の手に渡っていた。
ほっほっほっほ……
そんなやんわりとした声で、老婆はホテルの奥へと消える。
数刻、二人は自らの時を止めていた。
……
双方の手に収まっているお土産の数は、同数。
つまり、同点で引き分け。
そこには勝者も敗者も存在しない。
再び互いの視線を交差させ、
がしっ
戦いの後の握手を交わしたのだった。
スポーツマンも真っ青な清々しい笑みと共に。
「あ〜、あんた達。その手の土産の数々……買うのかい?」
「もちろんですわ」
「当たり前ですともっ!」
お土産代――七万三千五百三十円也。
「う〜ん、大漁大漁♪」
お土産を両腕いっぱいに抱えて、アスカは満面の笑みを称えて廊下を一人で行軍していた。
あやかとも色んな意味で仲良くなれたし、お土産も大量に購入できたし。
この大量のお土産は、ウェールズのネカネや仕事先でお世話になった人とか、村の少ない友達とかへ。
帰ったら送ろっと。
……もちろん、ネカネに一番高いやつを。
「うわっ、いっぱい買うたんやねぇ」
「へ?」
向かいからかかる声。
お土産で視界がほとんど塞がれているから姿は見えないけど、声の主が誰なのかはわかる。
「そんなに持ってたら、ぶつかってまうよ?」
亜子だった。
自分たちの班部屋の扉を開けて、ちょうど出てきたところを鉢合わせていたのだ。
ってか、部屋くらい気付けよ。
「ん、大丈夫大丈夫。亜子のおかげで無事にたどり着きました……って、わっとっと!?」
高く積み上げられたお土産箱がバランスを崩す。
慌ててバランスを取ろうと腕を傾けるが、時すでに遅し。
「ひゃぁ〜っ!?」
亜子は箱の雪崩に埋もれてしまった。
「うわ〜っ、亜子ゴメンっ!!」
「フツーに痛いんやけど、痛いんやけど!」
「頭!? 肩!? 腕!? 腰!? どっか痛めた!? ……保健委員さ〜ん!!」
「保健委員、ウチなんやけど」
「……なにやってるの?」
「うわ〜、スゴイ買い物だね〜」
「あ、アキラにまき絵! ちょっと手伝って」
「大惨事だな。っていうか、そんなに買い物して、どうやって持って帰るつもりだ?」
「もちろん、手に持ってじゃない?」
「ゆーなゆーな、今のは普通に答え返さんでええと思うで」
結局、アスカの購入したお土産は彼自身の持ってきたカバンの中へ。
しかも全部入ってしまった。
カバンの容積とお土産の体積にエライ差があるような気がするのだが、そこは彼の機転が利いた、ということで。
そんなこんなで、麻帆良学園中等部3−Aの修学旅行は幕を閉じたのだった。
「みなさーん、修学旅行楽しかったですか――♪」
『はぁ――い♪』