「くっ……あんな化け物が出てくるなんて……」
千草はゆっくりと、湖面の中心に浮かぶ孤立した祭壇へ降り立った。
スクナ召喚前に木乃香を寝かせていた石のベッドに足をつけながら、左手の親指の爪を噛む。
イライラしている証拠だ。
何もかもが上手くいかない。
端から全部が水に流れて消えてしまう。
それが、どうしても許せなかった。
「…………っ」
過去の大戦で失った両親の仇を取るために、今回の計画を企てたというのに。
サウザンドマスターの息子や関西呪術協会長の娘の巨大過ぎるほどの魔力に目をつけて、何年もかけて実力を身につけて、計画してきたのに。
対象である木乃香とそのクラスメイトたちは勝利の余韻に浸り、のん気に歓声を上げている。
……チャンスだと思った。
関東魔法協会なんか、もうどうでもいい。
自分の計画を台無しにしてくれたガキどもに、一泡ふかせてやりたかった。
しかし、相手にはあの闇の福音や、得体の知れない割に巨大な力を有する男がいる。
真っ向から勝負を挑んだところで勝ち目など皆無だ。
頭数だけでも圧倒的に劣っているのがすでに致命傷。
そんなとき。
「頭数が劣っている……?」
思い出されるのは自分に協力してくれるという七人の騎士たちのことだった。
燃えるような赤い髪の少女を筆頭とした、見てくれからは判断できないほどの実力の持ち主たち。
相手が1人でも、自分だけなら間違いなく勝てないだろうというほどの実力者たち。
彼女たちは、協力を申し出てくれていたことを今更ながら思い出していた。
(いける……っ!)
千草の笑みが、妖しく浮かんだのだった。
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
嵐の再来
「これでやっと、一件落着ね」
「そうですね」
明日菜と刹那。
この事件をきっかけに妙に仲良くなった2人は互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。
たった一晩の出来事なはずが、何日も戦っていたような感覚。
明日菜にとっては、今までに感じたことのないもの。そして、清々しい達成感が気だるい身体の内に存在していることは間違いではないと実感していた。
「ところで、だ」
『?』
1人、状況を冷静に見詰めていた真名が声を上げた。
その内容は、まさに今の状態では必要不可欠なものである。
それは。
「この人は、何者だ?」
今いるメンバーの中で唯一、自分たちより明らかに年上の青年――リバーのことだった。
真名や楓、夕映に古菲、それに亜子やアスカは詳しい経緯を知らないので、彼がここにいることがまさに疑問となっていた。
「えっと、彼は……」
「いいよ、自分で説明すっから」
説明しようとする刹那を止めて、リバーはまず自分の自己紹介から始めていた。
人との出会いは、まず自己紹介から。
以前彼がいた世界で、心がけていたことだ。
もちろんそれを励行していたのは彼であって彼ではないのだが、身体からは長年の慣習が抜けきらないらしい。
魔法という現象が通じる世界ならば、という前提で、自分が異世界から喚ばれてきたことを最初に告げ、身体自体が魔力で構成されていることを口にした。
つまり、魔力で構成された肉体に魂のみが乗り移っている状態、と言っても過言ではないだろう。
ということは、その魔力さえ消費してしまえば魂が解放され、強制的に還れる…………らしい。
あくまで推測なのでなんともいえないのが現状だ、と最後に口にした。
「……つまり、貴方は敵ではないと?」
「端的に言えば、そうなるな」
「にわかには信じがたい話でござるが……」
「信じる信じないはお前らの自由だ。ここに俺がいること……それが証拠にならねえか?」
真名と楓の疑問にいちいち律儀に応対しつつ苦笑する。
「問題なのは貴様の力だ。なんだ、あの魔法は?」
「魔法? ……あー、あれは魔法じゃねえよ」
「……なに?」
彼自身には『魔法』は使えない。
逆に受ければ瞬く間に殺されるという、特異な体質の持ち主だ。
ならなぜ、スクナを打倒するほどの力を持っているのか?
それは、彼の持つ刀が原因だったりする。
「コイツが、俺の戦いの手助けをしてんだよ」
刹那の夕凪とはデザインの違う、普通の時代劇に出てくるような侍が持っている刀とよく似ているが、特に目を引いたのはその真っ白な刀身だった。
普通の金属じゃあり得ない色の刀身は、鞘から少し抜かれた状態でも淡い光を放っていた。
「あとは、俺自身の力だな」
共界線と呼ばれる魔力のラインから魔力を引き込んで、その恩恵を以って力を行使しているのだ。
「ちなみに、そのくりぷすとやらのもつ魔力に限界はあるのか?」
「う〜ん……試したことはないが、並大抵のことじゃ魔力の枯渇はねえと思うぜ」
その言葉に、主にネギとエヴァが驚いていた。
人は本来、内包されている魔力を消費して魔法を行使する。
あるいは空気中から摂取するという方法もあるが、戦闘中では効率がすこぶる悪い。
アスカもアーティファクトの行使に自分の魔力を媒介にしているが、それはあくまで主の魔力供給の賜物だ。
つまり、リバーの使う力が自身の魔力行使で行われ、さらに共界線から引き込んだ魔力でそれを補うことができるとするならば……
「私以上の化け物だな、貴様は」
吸血鬼に思い切り突っ込まれるわけである。
「るせ。だいたい、この力は元いた世界じゃほとんど使えねえんだ。ここにいる今だけだっつーの」
もっとも、それも場所として限られていると言ってもいいだろう。
今いる湖のような広い場所ならさておき、街なんかでこの力を使えば、間違いなく大惨事だ。
「俺だってな、力の使いどころくらいわかってるっつの」
…………
なんていうか、彼の態度に誠意を感じないのがなんだかなぁ。
なんて、事件収束の余韻に浸っていたのも束の間のことだった。
まだ、今回の事件の首謀者である天ヶ崎千草を捕らえていないから。
彼女さえ見つかれば、本当に一連の事件は終了だ。
そんな考えが一行の脳裏をよぎり、彼女がいた空中を見やる…………いない。
目線を下へ。エヴァが壊してしまったが、端が続いている先の祭壇に彼女はいた。
「おとなしく縄につけ! 天ヶ崎千草!!」
刹那の凛々しい声が響き渡る。
しかし、当の本人の表情には笑みが浮かんでいた。
「ふふふ。まだまだ、ウチは負けたわけではありまへん」
「なんだと……?」
懐から取り出したのは、一枚のカードだった。
ひし形に加工された黒い石を中心に紋様が描かれており、周囲を縁取るように引かれたラインにそってみたこともない文字が浮かんでいる。
もちろんそれがなんなのか、ネギもエヴァも、アスカや真名でもわからない。
さらに、彼らがわからなければ他のメンバーにわかるわけもない。
千草はそのカードを高々と掲げると。
「来たれ、収穫者たち!!」
叫んだ。
すると晴れていた空が眩く光、一筋の雷が落ちる。
その轟音と衝撃に思わず耳を塞ぎ目を閉じた。
そして、感じる強大な魔力。
「これ、もしかして……」
アスカが呟いた。
以前対峙した『赤の少女』を将に置く、7人の騎士たち。
魔法書『七天書』の守護者。
彼らは千草を中心に、円を描くように立ち尽くしていた。
「……みんな、注意して」
目を吊り上げて、アスカは全員に向けて告げる。
彼が以前、彼らの手にかかっているからこそ。そして、7人の中の数人と顔見知りである上に一度戦っているからこそ。
彼は1人、ハーヴェスターの脅威をよくわかっていたから。
「……なんだ、あいつら?」
「『七天書』の守護者たちです」
『七夜統べる魔法書』。
本の完成のために魔力を駆り集め、そのページ数に応じて主の力が増すという魔法書。
完成してしまうと、主は世界そのものを統べる力を手にできるという危険な代物であるため、過去の大戦時にサウザンドマスター一行がものっすごい強い封印をかけたはずなのだ。
封印がとけていたのは以前からわかっていたことなので、深くを知る前に今の状況をなんとかしなければならないのはまず間違いない。
光が消え、千草の周りに佇む7人の騎士たち。
屈強そうな男性もいれば、小柄な少女やネギと同年代の少女までいる、まさにバラエティーに富んだ面々だ。
そして、それぞれを象徴する色がそれぞれの服を彩っていて、みんながみんなあつらえたように似合っていた。
「守護者が一、烈火の騎士……エクレール」
赤の少女――エクレールは閉じていた目をゆっくりと開き、呟く。
存在を示す彼女たちの名前を。
「守護者がニ、戦嵐の狩人……ヴィルテス」
緑を基調とした外套を茶色の胸当ての上から羽織り、金髪長身の青年が。
「守護者が三、豪腕の闘士……バルド」
黒いラフな服装で、髪の毛から瞳までが黒ずくめの青年が。
「守護者が四、黒曜の忍……桜花」
黒い忍び装束に身を包み、緑の髪、瞳を持つ小柄な女性が。
「守護者が五、烈風の双剣士……シンシア」
青をメインとし胸元を強調した服を着て、茶色の髪を切り揃えた女性が。
「守護者が六、兇刃の槍士……クラウド」
腰まである長くブロンドのかかる青い髪を1つにまとめ、グレーをメインとした服を着た男性が。
「守護者が七、追想の魔女……レイン」
ネギとさほど変わらない身長で、ゴスロリタイプの服を纏った少女が。
1人ずつ、名乗ると同時にその瞳を開いていく。
「我ら、『七天書』が守護者、ハーヴェスター……」
同時に、その手にそれぞれの武器を収める。
片刃の長剣、黒塗りの長弓、銀に輝くナックル、純白の手甲、吸い込まれるような青い刃の双剣、三叉の槍、身体の大きさのわりに無骨な大鎌。
見事に重なることもなく、その手に納まる武器たち。
それぞれが光を帯び、巨大な魔力を有していることが見るだけでも理解できる。
そんな彼女たちが。
「主の世界を示すため、ここに参上した」
ネギ・パーティを襲う災厄が、ここに具現した。