静寂。
 明日菜の助けを借りて、ついに少年へダメージを与えた。
 もっとも、自分の渾身の一撃がどれほどのものなのか、いまいちわからない。
 しかも、たった一発だけだ。
 これ以上は、今までの戦い振りからわかるようにきっと触れることすら出来ないのだろう。
 でも。

「や、やったの?」

 明日菜は確認せずにはいられなかった。
 ネギは彼の目の前で大きく息を荒げて、真っ直ぐ少年を見つめている。
 我流ながら魔力供給で強化した拳だ。
 しかもいい感じにクリーンヒットしたのだから、少しくらい怯んでくれてもいいはずなのに。

「…………」

 彼は動きを見せない。
 普通に立っているから、気絶しているとは思えない。

「身体に直接拳を入れられたのは初めてだよ……」

 少年の身体が揺れる。
 声色に変化はなく、あさっての方向に向いていた顔をゆっくりとネギに向ける。
 その表情を見て、背筋が凍りついた。
 表情自体に変化はなかった。でも、彼は明らかに怒っている。
 そう確信したから。

「ネギ・スプリングフィールド」

 抑揚のない声と共に繰り出された拳。
 しかし、魔力をほとんど使い果たした上に戦いっぱなしの自分には、もう躱す力も残っていなくて。

「ネギッ!!」

 ただ、見ているだけしかできなかった。
 明日菜の叫ぶ声が聞こえるが、もう身体が動かない。
 迫る衝撃を覚悟し目を閉じた……そのときだった。

「ウチのぼーやが世話になったようだな……」

 地面から現れた腕が少年の腕を掴みとめていた。



  
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
  
奇跡の瞬間



 影から現れた手は細く、まるで子供の手と大差ないものだった。
 ゆっくりと出てくる頭、そして顔。
 そのどれもが、ネギと明日菜はよく知っているもので。

「若造」

 影から出てくるや否や、少年を殴り、吹き飛ばしていた。
 吹き飛ばされた少年はその威力だけで水面を割り、それでなお止まらない。
 ようやく勢いが緩まったときには、湖の端まできてしまっていた。

「えっ、エッ、エッ……!!」

 拳に揺らめくオーラを霧散させて、ネギへとその顔を向けると。

「これで借りはナシだな、ぼーや」
「エヴァンジェリンさんっ!!」

 金髪の吸血鬼の真祖ハイ・デイライトウオーカーにして、稀代の魔法使い。
 エヴァンジェリン.A.K.マクダウェルその人だった。



 …………



 刹那は木乃香を抱いたまま、ゆっくりと岸へと降り立った。
 叫んだところで届くわけもないのに、それでも声を張り上げる。
 先ほどの衝撃を目の当たりにしたものの、それをまさかエヴァンジェリンがやってのけた……というより彼女がいることすら知らず、少年を吹き飛ばしたのもあの人なのだろうと思っていたから。

「リバーさん……ッ!!」

 距離が遠いから、きっと聞こえない。
 でも、叫ばずにはいられなかった。

 その一方で、リバーはにんまりと笑みを浮かべていた。
 足はすでに膝上まで石化が進み、曲げることもままならない。
 それでも、できることがあった。
 自分は今、スクナと対峙している。
 その周りには、腐るほどある水分。

「第一解放……水変化、切れぬ縛鎖。願いに応え破砕せよ……!」

 自分の元となった存在と同じフレーズではなんか癪だからと思い浮かんだ言葉を紡ぐ。
 そして同時に、自身を蝕んでいた石化の呪いが、どこぞから供給された膨大な魔力に吹き飛ばされていた。
 パキン、という甲高い音と共に、すでに石になっていた足から灰色が剥がれていく。
 あっという間に、元のように動く足に戻っていた。

 ……

 さて、一方では木乃香を奪われてあせる千草がいた。
 スクナの肩口のところで急に断たれた魔力ラインをそのままに、スクナへ命令を下そうと声を張り上げる。
 が、スクナへと振り向く際に、1つの人影を発見していた。
 薄緑の髪に薄紫のメイド服。そして、服に合わない無骨な巨大な銃。
 スクナの動きを縛る銃弾が装填され、発射準備も整っていて、あとはマスターの指示を待つばかりだった。
 エヴァンジェリンの従者、絡繰茶々丸。

「マスター、結界弾セットアップ」
『やれ』
「了解」

 響くマスターの声と共に、アイセンサーから敵との距離、質量、保有魔力量を計測。
 結界弾により拘束できるのが十秒程度であると判明し、引き金を引こうとしたとき。

「……マスター」
『なんだ?』
「膨大な魔力を感知……捕捉」

 茶々丸がそれを告げた瞬間。


 どくん。

 どくん、どくん、どくん。


 水が鳴動した。




「な、なんだこの力は!?」

 まるで湖全体が、なにか巨大な生き物の心臓にでもなったかのように振動する。
 水面は乱れ、しぶきが飛ぶ。

「あ……」

 ネギの視線の先。
 そこに、片足が石と化しているまま立ち尽くしている青年の姿があった。
 そして。

『!?』

 突如、水柱が立ち上った。
 水柱は2本3本と数を増やし、ムチのようにスクナに纏わりつく。
 大規模な魔力行使と見たことのない魔法。
 それが、一同の目に鮮明に映し出されていた。

 纏わりついた水柱は四本の手を後ろ手を縛り、さらに身体ごとグルグルと巻きつき、さらに首をめる。
 そしてそのまま縛る強さを強めて、耳に飛び込んできたのは構成された骨格が砕ける音だった。

 ごき。

 ごきごきごきごき。

 身体全体をこれでもかと絞めつけて、次第に霧散させていく。

 ごきん。

 最後に首元から一際大きな音が響き、スクナは魔力のつぶとなって消えてしまっていた。


 ……


「へっ、楽勝だな」

 リバーは薄く笑いながら、純白の刀を鞘に納める。
 エヴァンジェリンの見せ場を横から掠め取った青年は、霧散していく魔力のつぶの中をゆっくりと歩みだしていた。

「や、やった……」
「なっ、なによアレーっ!? えらいスゴイじゃない!!」
「何者だ、ヤツは……」

 出てきたばかりのエヴァンジェリン。
 彼女も彼女で目を丸めていたのだが、すぐにその表情は怒りへと変わっていく。
 なぜなら。

「それよりもきっ、キサマ――――ッ!! 私の見せ場を横取りすんなぁ―――っ!!」

 せっかく久しぶりに全開でやれるチャンスだったのに。
 この男は目の前からそのチャンスを横取りしていきやがりました。
 キ―――ッ!! と金切り声を上げて襲い掛かるエヴァンジェリン。
 その形相に、リバーは冷や汗をダラダラ流しながら、わけもわからず逃げ惑うこととなっていた。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」
「ななななんだお前も魔法使いとやらか!」
契約に従い、我に従え、氷の女王ト・シュンボライオン・ディアーコネートー・モイ・ヘー・クリュスタリネー・バシレイア!!」

 紡がれる呪文詠唱。
 それはとても長い詠唱だった。魔法の詠唱は、長ければ長いほど威力が強い。つまり、

来れエピゲネーテートーとこしみのやみタイオーニオン・エレボスえいえんのひょうがハイオーニエ・クリュスタレ!!!」
「んぎゃあぁぁぁっ!?!?」


「あ、スゴイ」
「っていうか、リバーさん……ご愁傷様……」

 具現した巨大な氷がリバーへと襲い掛かる。
 無論、その巨大さだ。躱しきれずに氷の中に閉じ込められてしまうのはむしろ仕方がなかったりする。
 そして。

全ての命ある者に等しき死をパーサイス・ゾーアイス・トン・イソン・タナトン其は、安らぎ也ホス・アタラクシア!!」

 氷にヒビが入っていく。
 すべての生命に死を与える絶対零度の殲滅呪文なのだ。
 しかも広範囲。150フィートという広さのため、スクナでさえ防ぐことは出来なかっただろう。
 しかし、今氷に閉じ込められた存在は、ある意味例外だった。

おわるコズミケー』……」

 溢れる魔力。
 それはエヴァのものではなく、氷の中――すなわち……

「よっぽど、死にてェらしいな……」

 どこからか溢れる魔力で強引に氷を破り、一瞬にしてエヴァの前へと現れる。
 目の前で迸る魔力に、目を見開く。

「このガキが、粋がりやがって……」
「な……っ!?」

 リバーの手が伸びる。
 避ける間もなくエヴァの首を掴み取ると、ゆっくりと持ち上げた。

「エヴァちゃん!?」
「リバーさん、やめてください!! エヴァンジェリンさんは、僕の……」

 みしみしと首の骨が軋みを上げる。
 戸惑った。吸血鬼の真祖であるこの私が。
 迸る、溢れんばかりの魔力に。そして、異世界へでも吸い込まれてしまいそうな真っ赤な瞳に。
 臆したわけじゃない。臆すことはない。
 なぜなら自分は、最強にして無敵の悪の魔法使いだから。
 ここは学園ではない。呪いも今は学園長がだましているから、全盛期の魔法をつかえる。
 使えばこんな男、楽に潰せる。
 ……でも、使えなかった。
 使わせてもらえなかった。

「リバーさん、エヴァンジェリンさんは僕の生徒なんですっ! だから、やめてください!!」

 そんなネギの声で、首を絞めていた手がぴたりと止まった。
 それを好機とみてか、マスターを助けんと茶々丸が走る。
 肘からジェットを噴射して勢いをつけた拳を繰り出すが、それを真っ直ぐ見ることなく躱すと、ネギの前へとテクテク歩いていった。
 ずい、と顔を覗き込み、ネギの瞳を見つめる。
 実際には数秒だろう。それでもどのくらい時間が経ったかわからないほどに瞳を見つめると、ため息を吐いてエヴァの首を解放した。
 ネギだけでなく、隣の明日菜からも敵意が見え隠れしていたのだが。

「わけもわからないうちにあんな攻撃されれば、誰だって怒るだろが」
「……っ、う、うるさい! 私の見せ場を邪魔した貴様が悪いのだ!!」
「…………」

 じとりとエヴァを見つめるリバー。
 その目にはどこか呆れが含まれていて、先ほど感じた殺気が消えうせている。

「それに……っ! 私はガキではない! こう見えても100歳を越えている!!」
「なるほど、じゃオバサンか」
「誰がオバサンじゃーっ!!」

 そんなやりとりで、明日菜の敵意もあっという間に消え去っていた。
 しかし、そのやりとりがなぜか途中でぴたりと停止する。
 おどけたような表情が一気に消えうせて、詰め寄ったエヴァを思い切り突き飛ばす。

「ちょっ、何を……っ!?」

 突き飛ばされたエヴァが声を上げた直後。

「リバーさんっ!」
「ば、バカやろネギ少年っ! 来んなっ!!」

 しかし、時すでに遅く。

障壁突破ト・テイコス・ディエルクサストー石の槍ドリュ・ペトラス』」
「がっ……あぐ……」

 どこからか現れた白髪の少年の発動した魔法が、ネギの腹部を貫いていた。

「ネギ……」

 リバーはネギの刺さった石槍を砕くと、おびただしい血を流すネギから引き抜く。
 それと同時に、エヴァはその腕を振るう。
 少年を巻き込んで、木造の橋や石造りの灯篭が破砕された。

「……なる程。相手が吸血鬼の真祖ハイ・デイライトウオーカーでは、分が悪い」

 しかし、少年は生きていた。

 そして、真っ二つになりながらもまるで水のように消えていった。
 幻像イリュージョン
 自分の虚像を見せることで、敵をかく乱する魔法である。

「ネギくーんっ!」
「ネギ先生っ!!」

 岸へたどり着き、全速力で駆けつけた木乃香と刹那は、目の前の光景に目を丸めた。
 刹那はともかく、木乃香からすればそれは見たこともない光景だ。
 なにせおびただしい血で床が汚れ、今にも死にかけている人間が、横たわっていたのだから。

「おーい、みんなぁっ!!」

 さらに、2人の後ろから声がかかった。
 途中で敵の大群を引き受けてくれた真名や古菲、アスカと亜子。
 そして小太郎の相手をしていた楓と、「負けは負けだ」と律儀な小太郎、彼女たちを呼んだ夕映が急いで駆けつけてきている。

「っ!? アスカ、見たらあかん!!」
「え? このか、いきなりなに?」
「せやから、あかんて!!」
「なんだか知らないけど、だいじょうぶ……だ……て……」

 アスカは言葉を途切らせながら、目を丸めた。
 あのネギがお腹に大きな穴をあけて、死にかけていたのだから。
 小さな時から家族のように一緒に育ってきた弟のような彼が今、目の前で。

「ね、ネギくん……」

 隣の亜子も口元を抑え、顔を真っ赤にして目尻から涙が出始めていた。
 一般人からすれば、とても考えられないような光景だったから。
 でも、亜子は目をそらさない。
 苦しげに呼吸しているのが他人ではなく、担任の先生で、子供のネギだったから。
 それ以前に、隣には彼の家族アスカがいるのだから。

 アスカはゆっくりとネギの元へと歩み寄る。
 傷を診ていた茶々丸から譲り受けて、血にぬれることも構わずその手で支えた。
 脂汗をかきながら、ネギはうっすらと目を開ける。

「あ……アス、カ……」
「ネギっ!」
「無事、だった……ん、だ……ね……よ、かっ……た……」

 痛いだろう、苦しいだろう。
 それでも、彼はアスカを心配していた。
 一緒に育った、家族だから。

「僕、は……」
「しゃべるな、しゃべらなくていいから!!」
「だ、い……じょうぶ……だ、よ……」

 しゃべらなくていい。
 身体に負担がかかるだけだから。
 大丈夫。今に君を元気にしてあげるから。
 きっと、なにか方法があるはずだから。

「な、なにか……っ、なにか方法が……っ!」
「アスカ落ち着けって! そんなに慌ててちゃ、いいアイデアも出ねえ!」
「でも……でもっ!!」

 カモの声を聞きながら、それでもアスカはネギを救う方法を模索する。
 しかし、慌てているからかいらぬ考えまで浮かんでしまう。
 そんな考えを首を振り乱すことで吹き飛ばすが、結局また考え出してしまう。

「そうだ、魔法……魔法なら、なんとか……! エヴァさん!」
「わ、私は治癒系の魔法は苦手なんだよ……」
「そんなっ……!」

 エヴァは首を横に振った。
 彼女は吸血鬼。死ぬような傷でないなら自分自身で肉体の再生が可能。
 だからこそ、治癒の魔法はそれこそ必要なかったのだ。

「お嬢様……」
「うん」

 刹那は一言、木乃香も一言の会話を交わし、木乃香は一歩踏み出した。

「アスカ」
「え……?」
「ウチに任せてえな」

 救う方法が、1つだけあった。
 それが、木乃香の魔法。
 彼女は以前、シネマ村で負った肩の傷を見事に治して見せたことがあったから。
 木乃香なら、ネギの傷も治すことができるのだ。
 でも、彼女はまだどのように魔法を使うのか、知らない。
 ならば強引に引き出してしまえばいい。
 その引き出し役として……

「アスカ。今からウチ、ネギ君にチューするえ?」
「チュー……もしかして、パクティオー?」
「そや、それそれ」

 それでネギが助かるなら。
 アスカは木乃香にネギを譲り渡すと、彼女はネギの頭に両手を添えた。

「みんな……ウチ、せっちゃんにいろいろ聞きました……ありがとう」

 自分の力を悪用しようとした人がいたこと。
 その力で、もっと多くの人を苦しめようとしていたこと。
 そして、囚われの自分を助けるためにたくさんの人が動いてくれたこと。

「今日はこんなにたくさんのクラスのみんなに助けてもらって……ウチにはこれくらいしかできひんから……」

 ゆっくりと、木乃香の顔がネギに近づいていく。

「この……か……さん」
「大丈夫やよ、ネギ君……」

 そして。

 ゼロになった。

『!?』

 光が溢れ、辺りを染め上げていく。
 木乃香の力の引き出しを務めた仮契約は、見事に成功していた。
 屋敷で石化したままだった住人の人々や、それに巻き込まれたクラスメイト。そして、木乃香の父詠春。
 彼らの石化を完全に治療し、大軍との戦闘で無数の傷を負った真名や古菲、アスカの傷も跡形なく消え去り、そして。

「う……ん」

 ネギがうっすらと目を開く。
 彼が受けた傷も、完全に治癒されていた。

「あ、このかさん……? よかった、無事だったんですね」
「ネギっ!!」
「うわぁっ!?」

 アスカは、ネギを抱きしめていた。
 ずっと一緒に生きてきた、家族だから。
 その家族が助かって、本当によかったと。

「よかった……よかったよぉ……」
「うん、ゴメンね。心配かけて」

 そのとき、一同の目にはアスカよりネギの方が大人に見えていた。








やっと主人公合流。
サモ夢主強いですね……エヴァを圧倒してます。
これで、修学旅行編も終わりにすることが出来そうですね。
あとは、七天書の守護者たちを出して、原作どおり進めて、第6巻を終わります。
ちなみに気づくかはわかりませんが、実はこの話のサブタイトルですが、
原作の52時間目とまったく同じです。
いいタイトルが浮かばなかったというか、
この話はまさに「奇跡の瞬間」というサブタイトルがしっくりきてる、って思ったんですよね。


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