「ああっ」
ね、ネギ先生がーっ!?
のどかは1人、石段の隅に座り込んで1冊の本をのぞき込んでいた。
絵日記形式のレイアウトになっているそのページには、何もしていないにも関わらず次々に絵と文章が描かれていく。
絵は主にデフォルメされたネギと明日菜が描かれ、文章にはネギの口調がそのまま記されていく。
そう。
これは彼女のアーティファクト。
他人の心の中を覗き込む、プライベートも何もあったもんじゃない絵日記なのだ。
「あああ、全然ダメですー。この子すごく早くて、アスナさんの攻撃が全然当たらない――当たれば勝てるのに……」
頑張れアスナさーん!
本を読み出すと周りが見えなくなるのどかは、もちろん目の前の本の中で展開されていくネギ&明日菜VS謎の少年の攻防に手に汗握っていた。
「そこっ……あーっ、惜しいっ!」
背後で実際に戦闘が行われていることなど、知りもしない彼女だった。
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
勝たなきゃ!
「ネギっ!」
「へへっ、どや。障壁抜いたで」
今のは効いたやろ。
魔法障壁を掌底でぶち抜かれ、謎の少年の攻撃をモロに受けたネギは、四つんばいになりながらも口から血を流していた。
攻撃を喰らった反動で、口の端を切ったのだ。
咳き込みながらも口元の血を拭い、少年を軽く睨む。
なぜ、彼らがこの少年と戦っているのかというと、それは数十分前まで遡る。
関西呪術協会の長に親書を渡すため、クラスメイトたちの目を盗んでここまで足を運んだのだ。
今いる場所は関西呪術協会の本拠地……の入り口部分。
いくら移動しても必ず戻ってきてしまう半円球状の堂々巡り型結界『無限方処の咒法』にかかってしまったのだ。
移動が無駄だと悟り、なんとか休憩所まで辿りつくと、状況把握のために一息ついていたのだ。
では、一息ついた所からの経緯を、回想で見てみましょう――
……
…
『とにかく今は現状を把握して、なんとか打破する方法を考えないと……』
「もぉーっ、そもそもなんであいつら親書渡すの妨害してくるのよーっ!!」
「アスナさん、それはやっぱり西と東が仲良くさせたくないからじゃ……」
「何で仲良くさせたくないのよ?」
アホらし。
明日菜は自販機で購入した『おしるこ缶』を長椅子に置くとじとりとネギを見つめた。
西の関西呪術協会と、東の関東魔法協会。
昔っから、この2大勢力は仲がよろしくないのだ。
だからこそ、京都へ修学旅行へ来たネギがこうして親書を渡しに来たわけだが、一昨日のおサルのお姉さんによる木乃香誘拐事件といい今回の結界といい、なんで仲良くしようとしている自分たちを妨害するのか、と明日菜は軽く憤慨していたのだ。
なぜ仲良くないかというと、
『関東の人たちが伝統を忘れて、西洋魔術に染まってしまったことも原因の1つらしいですが……』
こうしてしゃべっているちびっこは、刹那が送ってきた彼女との連絡係兼助言役の『ちびせつな』。
本体(刹那)との連絡係であるからして、ちびせつなの視覚聴覚は刹那と直結している。
いわゆる使い魔の簡易バージョンのようなものだ。
「それより、今はこっちの戦力分析しといたほうがよくねえか?」
カモの提案だった。
ちびせつなが出てきたときには「キャラが俺っちとかぶるじゃねーか!」とちょっかい出していたのだが、軽くあしらわれて泣く泣く諦めていた彼だったが、ここにきて助言者らしい助言ができただろう。
というわけで、戦力分析へ話題が移ったわけだが、
「前から気になってたんだけど、契約執行ってどれくらい強くなるの?」
私って役に立ててるのかな、と、不安げではないにしてもどこか複雑な表情。
気になるならやってみたほうがいい、ということで都合よく手ごろな岩を指して、
「姐さん。アレに思いっきりケリ入れてみろよ」
「えー、そんなコトしたら私が痛いわよー」
何もしない状態で岩を蹴りつければ、当然岩などビクともせず、明日菜が走った痛みに跳ね回る。
今度は契約執行した状態で蹴りつけたところ、岩は難なく砕けてしまっていた。
これには蹴った明日菜も空いた口がふさがらず、ガラガラと細かく砕かれた岩を眺めていて。
契約執行の際、彼女を覆った光が『魔力』。身体能力や打たれ強さといった身体能力が向上する。
これのおかげで、岩を砕くことができたのだ。
神鳴流にある『気』と同じ原理で、体内で練った『気』を纏い、技に乗せて戦うのが神鳴流の剣士。
そして、魔法使いから供給される魔力がパートナーの身体能力を向上させる。術者の魔力が続く限り、超人的な肉弾戦を可能としているのが魔法使いとそのパートナーである。
「へー、よくわかんないけど……あ、そう言えばアスカが図書館島で壁を蹴って砕いてたけど、アレも魔力とかなの?」
図書館島を脱出する際、アスカは分厚い岩の壁を蹴り砕いていた。
走る勢いを利用するには普通の人間じゃ無理があるし、だとすると魔力の類で超人化するしかないわけだけど。
「あー、ヤツの場合は後者だな。局部的な身体能力の向上。つまり、利き足の右足に『気』を集中させて、脚力を爆発的に強めてたんだよ」
「へ、へー……」
「5年くらい前に、タカミチがウェールズに来たことがあったんです」
「えぇっ!?」
明日菜の驚きは尋常じゃなかった。
タカミチLOVEな彼女だ。無理もないのだが。
ネギの首を揺さぶりながら、どーゆーことなのよ!? と、もう必死だ。
「あぶぶぶ……な、なんでもお仕事だったそうです。そのときに、アスカは『気』の使い方を必死になって教わってました」
当時はまだ10歳のはずだった。
それなのに、戦う力を欲するのはなぜなのだろうか?
事情を知らない明日菜やちびせつなにはわからないことだった。
さらに1年前に起きた、ネギが父であるサウザンドマスターを見たという、とある村の悪魔襲撃事件。
姉のネカネと半ば強引に仮契約を果たして、彼女やネギを守ろうと戦ったのだが、戦うというには経験がなくお粗末で。
サウザンドマスターが現れたことで一命を取り留めたのだが、自分の無力さを10歳ながらに痛感したのだ。
ともあれ、激しくなる戦闘に際し、自分自身に魔力を貸すという案を突如思いつき口にしたのだが、カモとちびせつなは揃って、
「『あまりオススメできる方法では……』」
難色を見せていた。
ネギが使える魔法は、9種類。戦い方もほとんど独学で、格闘技もアスカ同様にタカミチに少し教わっていたくらいだ。
さらに明日菜は身体能力は高いとはいえ、普通の女子中学生。
そんな状態で、戦闘を専門にしているプロを相手に戦えるのだろうか?
それがネギに案を出させた要因だった。
『とにかく、安心しました。貴方たち2人なら、関西呪術協会の並の術者が来ても遅れを取ることはないでしょう』
「うん、大丈夫だよ。あいつら全然大したことなかったし」
一昨日のおサルのお姉さんのことを言っているのだろう。
西洋では使い魔と称される存在にあたる猿鬼、熊鬼を一撃で消し飛ばし、守りの呪符をあっさり無視してお猿のお姉さんをハリセンで殴って。
確かに、あの時はたいしたことなかったのかもしれない。
……が。
「……へへへっ、ソイツは聞き捨てならんなあ」
頭上から現れたのは巨大な蜘蛛と、それに乗っかった黒い少年だった。
「そーゆうデカイ口叩くんやったら、まずはこの俺と戦ってもらおか」
…
……
長い回想終了。
この後、巨大な蜘蛛を魔力強化された明日菜が一撃であっさり消してしまったが、彼の表情に焦りはなく、現在の状況に陥っているというわけだ。
「ハハハッ! やっぱアカンなぁ、西洋魔術師は。弱々や。この分やとお前の親父のサウザンなんとかゆーのもたいしたことないんやろ、チビ助」
自分のことを棚に上げて、チビ助とは何事か。
そんなことをツッコむ状況ではない。とにかく、態勢を立て直さねば。
「ダメだ、兄貴!」
『ココは一旦退きます!』
自販機で購入した未開封のペットボトル。
カモがそれを少年へ向けて放り投げ、ちびせつなが素早く印を組み上げる。
「姐さん、兄貴を頼む!」
カモがそう叫んだ瞬間。
ペットボトルは爆発を起こし、膨大な白煙を引き起こした。
一瞬で肥大し辺りを包み込む。
「くっ、霧か!? 目くらましかいな!」
両腕で周囲の霧を振り払うが、少年にまとわりついているかのようにふわりふわりと浮かび、舞う。
もちろん、少年の行動に意味はなく。
「あっ、くっそーっ! 逃げられたぁ!!」
霧が晴れたそこには、少年以外の姿はなくなっていた。
「こぉの臆病者〜ッ! 俺から逃げても、こっからは逃げられへんねんでーっ!!」
「あーもー、何よ! あの生意気なガキ。あったま来るわねー!」
変な耳なんかつけて、バッカみたい!
明日菜は怒っていた。
対象はもちろんあの少年。
コスプレなんじゃないかと思わせる犬耳で、彼がコスプレなんぞするとは性格的にも思えない。
しかし、それじゃああの頭についていた耳はなんだ?
答えは簡単だった。最も、一般人には縁などない存在なのだが。
『あの子は狗族ですね』
狼や狐が変化し、人の形を取った姿。
いわゆる妖怪というやつだ。
彼は何らかの要因で、狼から変化することができたのだろう。
耳の位置からして、まず狐ではないからして。
「ネギもネギよ。あんたあの最強の化け物たら何たら言ってたエヴァちゃんに勝ったんでしょ!? あんな同い年くらいのガキ、パパーっとやっつけちゃいなさいよ!」
魔力が戻っていたとはいえ、確かにネギはエヴァンジェリンに勝利した。
もっとも、それはなぜか彼女が思いっきり手加減をしていたからで。
「アスナさん、僕……父さんを探すために必ず戦う力が必要になると思ったから、戦い方を勉強したんです」
急に始まった真面目な話に明日菜は思わず固まってしまったのだが、ネギはそれに構わず話続けた。
先ほども言ったように、タカミチに教えを受けていたアスカに便乗して、1ヶ月程度だったのだが戦い方を学んだ。
そのおかげで今のアスカがいるわけで、最初は一緒に練習していたものの、次第に仕事に出かけることが多くなって、大怪我していたこともあったけど。
ネギも魔法学校に通い出してしまったことで時間の都合が合わず、練習はができなくなって。
魔法に関する知識を吸収していたネギに対し、実戦を繰り返して戦闘の経験を積んだアスカ。
卒業する頃には、アスカとネギとの間の戦闘力に雲泥の差ができてしまっていた。
「……僕は未熟です。でも強くならなきゃ、父さんを探しつづけることなんてできない」
いつ、どこで、誰が襲ってくるか分からない。
だからこそ、いつまでも弱い自分ではいられないから。
「だから僕は、ここであいつに勝たなきゃ!」
勝たなきゃ、成長できない。
アスカだって、戦って強くなったんだ。
……強くなるんだ!
そんな思考がありありと読み取れるような、ネギの瞳。
「で、どーするつもり?」
「え?」
一生懸命頑張っているヤツは、ガキだろうが何だろうが、嫌いじゃない。
っていうか、10歳の子供が危険なことをしているのを放っておけない。
行きがけの電車の中で明日菜が言っていた言葉だった。
この10歳の先生は、能天気に駆け回っているガキとはまた違う。
だからこそ心配で、見てみぬフリなんかできない。
むしろ、手を貸したくなる。
「勝つのはいいけどさ。どーやってあいつに勝つつもりなのよ?」
「そーだぜ、姐さんの言うとおりだ。なにもなしで勝とうなんて、無茶が過ぎるってもんだ!」
「大丈夫だよ、アスナさん、カモ君」
ネギの瞳には強い光が灯っていて。
びしっ、とサムズアップしてみせると、
「僕に勝算がある」
不敵な笑みと共にそう口にしたのだった。
…………
……
「ええ……っ、あの強い男の子に勝つ勝算が……!? スゴイ……続きが気になりますー」
ついさっきまで戦闘が繰り広げられていた石段から少し離れたところで、のどかは手すりを背もたれ代わりに次々記されていく本を読み耽っていた。
現実に起こっている、胸躍るファンタジーな展開。
まるで臨場感たっぷりのライトノベルを読んでいるかのようだった。
「え……」
誰か来る……!
竹林を掻き分けて近づいてくる足音。
慌てて本をカードに戻すと、見つからないように服の内側へ。
その途中で、
「見つけたでーっ!!」
「ひゃああっ!?」
「…って、あら――!?」
現れたのはさっきまでネギと明日菜が戦っていた少年だった。
結界内にいるのがあの2人だけだと思っていた少年は、今回の一件にまったく関係のないのどかを認めるが、突然のことだったためブレーキをかけるわけにもいかず、
「うぎゃっ!?」
「ぷっ!?」
思いっきり激突していた。
ぎりぎりまで速度を落とすことができたから、怪我をすることはなかったが、
「…………っ!!」
事故とはいえのどかのスカートの中に頭を突っ込むという暴挙に出た少年に、声にならない声を上げていたのだが。
「ああっ、わざとやない。スマン! 人違いや!」
耳を背後に隠しながら、手を差し出した。
「ありゃ? よく見るとさっきゲーセンにいたお姉ちゃんやんか」
「あ、あなたはあのときの……」
ついさっきのことだ。
班別完全自由行動ということで、明日菜やのどかを含む5班は街中のゲームセンターで遊んでいたのだが、ハルナや夕映に促されてゲームを始めたのだが途中で彼が乱入してきたのだ。
結局負けてしまったが、その帰り際にのどかとぶつかったというわけで。
2人してちゃんと覚えていたということだ。
「アカンでー、こん中入ったら! 立ち入り禁止て書いてあったやろ」
「え…あ……ごごごごめんなさいです〜」
慌てて頭を下げた。
立ち入り禁止の札のことは知っていたのに、ネギが心配で中に入ってしまったのだから。
「ま、えーわ。しゃーない。あんな、今この辺でケンカ中やねん。ウロウロしてると危ないで」
あとでワナ解いて、こっそりお姉ちゃんだけ出したるわ。
ここで、のどかは気づいていた。
この少年が、さっきまでネギたちと戦っていた強い少年なのだと。
思い切りネギを殴り飛ばしたり、連打を浴びせたりとメチャクチャ強い少年なので、どうしようかと迷っていたのだが。
「ほなな」
「あ……ちょっと待って!」
つい、呼び止めてしまっていた。
どうしようどうしようと必死になって考えた結果、
「あの、私……私、宮崎のどかです。あなたのお名前は?」
名前を尋ねてしまっていた。
今の自分に何ができるかを、必死になって考えた結果がコレ。
アーティファクトの本の力を使うこと。
使い方はハードカバーの裏表紙にも書いてあったし、今までのことでなんとなく分かってきた。
ページに特定の人間の考えていることを表示させる方法は、『名前を呼ぶこと』。
本が出てきたことに驚いているときに、夕映の姿を認めて名前を呼んだ途端に彼女が昨晩のゲームで偽ネギに迫られたことがページに浮かんできたり、ネギが心配で名前を呼んだら戦いの状況がわかったり。
経験が物をいうとは、このことかもしれない。
「名前? うーん、名乗られたら返さんのは礼儀に反するなぁ……」
少年はにか、と笑うと、
「小太郎や。犬上小太郎!」
ほなな、ピンクパンツのお姉ちゃん!
顔を赤く染めながらも、背を向けて遠ざかった少年――小太郎を見やり、カードを取り出す。
これで、彼の考えていることが分かる。
ネギ先生を助けることができるかも!!
アデアット
「来たれ!」
もはや、彼女に迷いはなかった。
またしてもすいません。
完全なる原作そのままの展開。
むしろ原作見てくれ的な感じです(?)
オリ主名前だけしか出ないし、もうまんま原作だし。
絵がある分、コミックを読んでいただいたほうがいい、と思えるくらいのストーリー展開です。
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