「ふあ〜、いい湯だったぁ……」
アスカ的には大満足である。
朝から夕方まで働き詰めだった彼の疲れは、露天風呂によって見事に取り払われていた。
温泉には、なにかの魔法でもかかってるんじゃあるまいかと。
本気でそんなことを考えてしまった。
「あぁ、唯一の心残りはアスナたちが入ってきちゃったことかなあ」
吐息。
いい気分で温泉を満喫していたら、アスナと刹那の2人が入ってこようとしているのが見えた。
自分が男だということがバレるわけにはいかないので、慌てて飛び出ると瓦作りの屋根に飛び乗って息を殺して待つこと数分。
2人が風呂に浸かったところで、湯煙に乗じて出てきたのだった。
あの刹那にバレなかったのは奇跡としか言いようがないと思う。
「……なんか、ヤな予感がするんだよなあ」
不意に感じた違和感。
旅館の中こそ静かなものだが、それもこれも新田先生が3−A全員を部屋に閉じ込めてしまったからだ。
静かで、本来なら何事もなく部屋に戻れるはずだったのだが。
「…………」
(チャイナピロートリプルアターック!!)
曲がり角を抜けた先では、静かなる戦場が展開されていた。
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
突発的事故による相互感情
『おーっと! ここで何も知らないアスカが乱入…! 呆れ返っているその表情がまた絵になっててなんかムカツクー!!』
相変わらずトイレで実況を続けている和美だったが、3つ巴戦の合間をぬって映っているアスカを見て声を上げていた。
自分はトイレに缶詰だというのに、貴様は優雅にお風呂かよ、と。
まぁ、そう言いたいわけなのだけど。
「姉さん姉さん。ここからじゃアスカには聞こえねえゼ」
カモの突っ込みが、妙に自然に感じられた。
そして、彼らの前で繰り広げられる3つ巴戦は熾烈を極め、狭い廊下で枕が飛び交っている。
主に乱戦に参加しているのは2班の古菲。3班のあやか。そして4班の裕奈だ。
彼らとともに出場していた楓・亜子の2人は、その光景を傍観していたわけだけど。
亜子は乱闘の音によって背後で唖然とするアスカに気づかずにいたのだが。
「コラ長谷川! なにやっとるかー!!」
「ぎゃぴぃぃーっ!!!」
あやかと共に出場『させられた』25番長谷川千雨の声で乱闘はストップ。
声とは反対の方向に向けて脱兎のごとく逃げ出したのだった。
さすがはバカレンジャーというべきか。
古菲・楓ペアはもたつく亜子を馬飛びの要領で軽々跳び越え、裕奈はそんな2人に負けないくらいの速さであっという間に物陰まで逃げおおせていた。
亜子のことを心配しているようだが、やはり自分の身の安全が第一。
一足先に新田先生の目を逃れたあやかは裕奈と共に物陰にひそんで、ホントにロビーに正座させられた千雨と亜子を見やった。
「亜子、ゴメン……」
「死して屍拾う者無し、ですわ。しかし……」
問題なのはあのバカレンジャーコンビだった。
勉強はからきしでも、運動能力だけはピカイチの2人を何とかしない限り、彼女らの最終目標であるネギの唇は奪われてしまう。
だから。
「あの2人だけには譲れません。明石さん、ここは1つ休戦ということで……」
「…いいよ、その話乗った。同盟だね」
こつん、と拳を合わせる。
戦力大幅ダウンの3班と4班が合体を果たした瞬間だった。
「ぬぎです〜」
「みぎです」
「ホギ・スプリングフィールドです」
「やぎです〜〜」
彼らは刹那からもらった紙型である。
筆でフルネームを書き、呪文を唱えることで身代わりとすることが出来る陰陽道の術の1つである。
もっとも、ネギはウェールズ育ち。
持ち慣れない筆を使えというのは少々酷なようで、4枚分を間違いで消費。
5枚目でやっとこさいい感じに書けたので呪文を唱えたのだが。
「こんにちは、ネギです。なんだかたくさん出てきてしまいましたね」
「そうですね」
「ういむしゅー」
「はい」
「うん」
全部で身代わりが5人になってしまったのだ。
いい感じに本名を書けたネギは布団で寝ているようにと言付かっていたのだが、他の4人はなんの命令もされていない。
そんなわけでテレビを見ながら待っていることになっていた。
のだが。
「ネギせんせー……」
のどかは1人、布団で眠っているネギを見やった。
胸の鼓動はとまらず、激しく打ち付けている。
外では鳴滝姉妹と夕映が激闘を繰り広げているはずだ。
そんな彼女に感謝しながらもゆっくりと近づき、ぺたんと布団の脇に座ると、顔を近づけた。
「すみません、こんな形で……でも」
顔は真っ赤で身体の震えは止まらない。
「でも、私嬉しいです…先生、キス…させてください」
唇同士が触れ合う寸前。
『それ』らは現れた。
「チューv」
「キスですか」
「いただきまーすv」
「了解しました」
………え?
「ひやああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!」
のどかの悲鳴が響き渡った。
そして、そのころ。
3−Aの静かなる戦いに巻き込まれたアスカはというと。
(…………僕が何をしたと?)
ロビーで座らされていた。もちろん正座で。
隣には亜子が、さらにその隣に千雨が座しており、涙をちょちょぎらせていた。
しかし、アスカには自分もなぜこのような状態になっているのか分かっていない。
新田先生に見つかったかと思ったら、今の状況になっていたのだから。
(まぁ、新田先生に見つかったからロビーで正座っていうのは知ってたけどさ)
問題は、目の前で展開されていた戦場だ。
みんなして両手に枕を持って、なんか必死に殴り合っていたのだが。
(…で?)
(で? ってなに?)
独り言のように見えて、実は隣の亜子に話し掛けていたのだ。
彼女は彼女でどこかぶすっとした表情をしていたのだが。
(や、さっきの乱闘っぷりはなんなのかなあと)
(ネギ君争奪! の朝倉の陰謀や。アスカも聞いてたやんか)
その言葉にあぁ、とつぶやく。
騒ぎすぎて新田先生に怒られたときに、和美がそんなこと言ってたことを思い出した。
……そういえば、携帯電話壊しちゃったんだった。
あとで謝っておかないといけないと思う。
(で、亜子は捕まってここいると)
(そういうアスカだって捕まっとるやん)
ああ言えばこう言う状況が続いていたのだが、それすらもバカらしくなって口を閉ざす。
彼女の機嫌を損ねるようなことをしてしまったんじゃないかと首をひねるアスカだが、まったく思いつかない。
(ねえ、亜子……)
(心配した)
唐突に、そんな言葉が発された。
アスカの声を遮って、真っ直ぐにアスカに視線が注がれる。
(部屋でてく時、スゴイ疲れた顔しとったから……この前みたいに……)
アスカが『赤の少女』と対峙し、魔力を奪われたときの話まで遡る。
学校を休んで、看病してくれていた亜子を部屋から追い出し(語弊あり)て、1人で泣いていたときのこと。
大事な人たちが次々と倒れて、世界に自分しかいなくなったんじゃないかと思うような錯覚に陥ったことがあったのだ。
亜子は、それを聞いていたことを口にすると。
(……聞いてたの?)
アスカはうなずいた彼女を見て、ため息をついた。
(最初は気のせいやと思っとったんよ。でも、さっきの顔見たら……心配で……)
つまり、亜子は自分のためにわざわざこのゲームに参加したことになる。
今まで生きてきて、無理してまで自分を心配してくれるような人、いただろうか?
ネカネは自分がしっかり仕事してもどってくることを当然のように思っていたし、ネギに至っては仕事を終えて戻るたびにタカミチに向けていたような輝いた視線を向け、スゴイスゴイと連呼するだけ。
それは、信じてくれているということにもつながるのだけど。
(……やばい)
(え?)
亜子から顔を反らす。
今まで、面と向かって「心配だ」などと言われたことなどなかったから。
ネカネとネギは、両親もおらずどこから来たのかすら分からない自分を受け入れてくれた。
でも、今まで面と向かって気持ちを言葉にされたことなどなかった。
好きだとか嫌いだとか、そういうことではなくて。
ただ、本気で自分の身を案じてくれる人間など今までいなかったから。
(すっごい嬉しい)
(え? え?)
これが「友達」と言うものなのだろうか?
ウェールズではあまり人との交流がなかったからこそ、そうなんじゃないかと思う。
自分が今この場にいては、本来ならいけないというのに。
彼女はそれを容認して、こうやって心配すらしてくれている。
そのことが、すごく嬉しくて。
(ははっ)
(?)
笑みがこぼれた。
(はぁ〜……)
千雨はうなだれていた。
こんなわけも分からないゲームに参加させられて、いきなり捕まってロビーに正座させられて。
ただでさえ冷たい床にじかに座らされた上に正座なので、足の痺れが強い。
(な〜んでこんな連中に付き合ってやらにゃならん)
自身の仕事をしていた新田先生はともかく、今のこの状況を見て笑っているであろう同じ班の人間を恨みたい。
いや……マジで。
そんな中で聞こえてきたのは、自分と同じように捕まった和泉と、つい2ヶ月まえに転入してきた少女のような少年の話し声。
まぁ、彼女は少女だと思い込んでいるわけだけど。
やけに親しげだが、なんでも寮でのルームメイトらしい。
千雨からすれば、ルームメイトを増やすなど面倒くさいことこの上ないのだが。
そのとき。
「え?」
(ぶっ!!)
ネギが4人、ロビーにあらわれた!
トイレの和美は6分割されたモニターを見て、どうしようか考えていた。
もちろん、今までネギを追いかけていたメンバーもロビーに集結し、表情に驚愕を宿す。
そりゃ1人しかいないはずネギが、なぜか4人もいるのだから無理もない。
もっとも、それらすべてを和美の仕組んだ影武者だと思い込んでいるようだったが。
(よ〜し、とにかくチューするアル!)
かえで、捕まえてるアルよ!
あいあい♪
そんな会話を交わし、楓はネギの内の1人の背後に回りこむと、むんずと肩を掴んだ。
古菲はその隙にネギの頬に向けて唇を落としたのだが。
「そんなわけで任務完了ということで……ミギでした」
そう口にして、爆発した。
白煙がロビーを覆い尽くし、事態の沈静化のためにと新田先生が踏み込んできたのだが。
『チューvv』
「ぬご!?」
残りのネギがこれを撃退。
もはや後戻りは出来ない状況となっていた。
さらに、撃退された新田先生はそのままその背後、アスカの真横に倒れてきて。
「うわっ、危ないっ………!!」
避けようとしたのだが、正座のせいで足が痺れて立ち上がれない。
そんな理由でか、アスカは新田先生の強襲を受け、亜子のいるほうへ向かって倒れかかっていた。
「亜子、危な……」
「あかんて、ウチも痺れて……」
結局、逃げることも叶わず、そのままアスカが亜子を押し倒す態勢となっていた。
しかも、とっさのことで手を出すのが遅れていたので。
「む………」
口元に感じる生暖かい感触。
なんていうか、ずっと昔に感じた感触だった。
アレはいつのことだっただろう……たしか、6年程前だったか。
ついた腕を突っぱね、閉じていた目を開くと。
「…………」
口を押さえて顔を真っ赤に染めた亜子の姿が飛び込んできた。
まぁ、つまるとところ、アスカは事故とはいえ亜子とキスしてしまったというわけで。
「ネギ君逃げたよーっ!」
「ええい、もうヤケですわ! 追いかけますわよ!」
そんな言葉が聞こえてくるが、今は目の前にいる亜子のことで手一杯。
のどかと夕映が見ていることすら気づくことなく、ただ彼女の瞳を見つめていた。
「「……………」」
事態を理解するのに数秒。
行き着いた答えに、アスカは狼狽した。頭に血が上って、顔が真っ赤になっているだろう。
心なしか、熱すら帯びてきたような気がする。
「ごっ……ゴメン! そ、その………」
事故とはいえ、謝る以外に方法はない。
慌てて離れると、頭を下げたのだった。
その場から、淡い光が出ていたことなど、もちろん知る由もなかった。
「と、とにかく! ネギ先生がこんなアホなゲームに参加するとは思えないです! だからホンモノは別の場所です!」
「ま、待ってよゆえ〜」
亜子とアスカの事態を鑑みた結果、その場を離れておくことに決めた夕映。
思考をフル回転させ、ネギが今どこにいるのかを考えた。
今までのが影武者なら、ホンモノはまだ見つかっていない。だからこそ、他のメンバーが偽ネギを追いかけているうちにホンモノを探せばいいのだ。
そうと決めた夕映の行動は早かった。
偽ネギに迫られたことや、先刻のアスカと亜子の接吻を目の当たりにしたため頬が紅潮していたが、外から戻ってこようとしていたネギを見かけたことでその考えは吹き飛んでいた。
まぁ、外から戻ってくるなら、ここロビーにいたほうが会える確率はほぼ100パーセントと言っても過言ではない。
今回も、例外ではなく。
「あ…宮崎さん……」
「せ……ネギ先生……」
ばったりというかなんというか。
千雨、亜子、アスカをのぞいたゲームの参加メンバーはこの場におらず、アスカは一言も言葉を発しない亜子にせわしなく声をかけているが。
それらをすべて無視して、というか気づくことなく、
「あの、お昼のことなんですけど……」
ネギはそう口にした。
彼は昼間、のどかから告白された。もちろん、告白など初めてな上に自分はまだ10歳。
好きとか嫌いとか、まったくといっていいほど分からない。
友達としての好きなら、クラスのみんなもルームメイトの明日菜や木乃香も好きだし、のどかも好きだ。
しかし、それはLikeであって、Loveではない。
そんな理由で、
「ちゃんとしたお返事、出来ないんですけど……」
「………」
お友達から、始めませんか?
そうのどかに告げた。
10歳としての返事なら、コレくらいで普通。
むしろ、返事をしただけでもネギが普通の10歳の子供よりも大人びているのかもしれないが。
「…………」
夕映はどこからか取り出した『超神水』なる飲料を口に含みながら、
「あ」
戻ろうと歩き出したのどかの進行方向に、足を突き出した。
いじめとかそういった類のものではなく、彼女のためを思ってのこと。
おせっかいな部分も含んではいるのかもしれない。
もともと人見知りが激しいほかに、運動神経もいいわけではないのどかは見事に夕映の足に引っ掛け、前倒しに。
その先にはネギがいて。
互いの唇が、見事に合わさっていた。
淡い光と共に離れ、互いに慌てる。
結局、大作戦!? の勝者はのどかとあいなったのだった。
「その……」
「もうええて。そないに謝らんでも……」
「でも」
2人して正座して。
特にアスカは必死になって謝っていた。彼の慌てっぷりのおかげか逆に亜子は冷静になれたのだが。
よく考えてみれば、別に暴力をふるわれたわけでもないので。
女の子としては大事なことかもしれないけど、それだけで済んだという思いも強かった。
なにせ、大の大人である新田先生が思いきり倒れかかってきたのだから。
「じゃあ、近いうちにウチのお願い、かなえてもらおかな」
「え……」
「今はまだそないなモンわからんから、考えとくわ」
「え? え?」
すばやい展開でことが進んでいくが、新田先生の復活で有耶無耶になってしまって。
結局参加メンバー全員がロビーで正座という形で、すべてが丸く収まっていた。
もちろん、いつの間にかターゲットにされていたネギも。
はい、すいません。
私の妄想はついに彼女を侵食してしまいました。
亜子スキーの皆さんは、ホントに申し訳ありません。
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