『ごきげんよう。騎士ゼスト、ルーテシア』

 不意にかけられた声に、巨体の視線は中空に浮かんだモニターへと向かっていた。
 映し出されたのはダークパープルの長髪に整った顔立ちには、まるで彼らの機嫌を伺っているかのように笑みを称えていた。
 彼はこの男のこの表情が嫌いだった。
 媚びるわけでもなく、内に秘める何かを隠そうともせずに、自分以外の何者をも信じない、感情のない瞳が自身の神経を逆撫でる。

「なんの用だ」

 だからこそ、刺々しくなる言葉を制御することが出来なかった。

『冷たいねえ……近くで状況を見ているんだろう?』

 言わなくてもわかるだろう?
 感情のこもっていない金の瞳が、彼に語りかける。

 それは、とあるホテルで起こっている事件のことだった。
 視線を動かした先。
 レリックと思われるロストロギアを感知して、ただただまっすぐにそこへと向かうガジェット一型が、とあるホテルを襲っている光景だった。

『あのホテルにレリックはなさそうなのだが……実験材料として、興味深い骨董が1つあるんだ』

 少し、協力してはくれないかね?

 男から放たれた一言は、依頼だった。
 たった1つのロストロギア。それをホテルから奪取することは彼と、彼の手につながれている少女、ルーテシアにとっては、造作もないことだった。
 しかし、彼はその依頼に応えるつもりは毛頭ない。
 なぜなら、あのホテルにはレリックなどのだから。

 レリックが絡まない限り、互いに不可侵を守る。

 それが、彼と男との間に結ばれた不可侵条約。
 条約に基づいた行動こそが、彼らの間に存在する間柄であった。

『ルーテシア、君はどうだい? 頼まれてくれないかな』

 ならば、と。
 男は視線を少女に向けた。
 彼女の表情に変化はない。ただ、伏せていた顔を上げて。

「いいよ」

 小さく、答えを返す。
 その少女の左手、黒い手袋には、ライトパープルの石が光っていた。



 
魔法少女リリカルなのは The Another StrikerS  #16



 最前線を映し出すモニターを見て、ティアナは歯を立てた。
 多数のガジェットを相手に圧倒的な力を見せる副隊長たち。

「副隊長たち、すごーい!」

 森のところどころから上がる黒煙は、破壊されたガジェットから上がったもの。その数だけで、副隊長たちの能力の高さが伺えた。
 これで、リミッター付き。
 一部隊が持てる魔力ランクの総量ギリギリでかけられたリミッターは、かなり強いものであると聞いた。
 隊長陣が平均して2つ以上ランクを落として、この部隊を成り立たせているのに。

「っ!」

 圧倒的だった。
 自分と、彼女たちの間にある高い高い壁に。同時に、たどり着くことが出来ないと本能的に理解した。
 理解できてしまったからこそ、そこへ行くことのできない自分自身が悔しかった。
 握り締められた拳につい、力がこもっていた。



『ゼストやアギトはドクターのことを嫌うけど、私はそんなに嫌いじゃないから』

 いいのか?

 彼、ゼストの短い問いに、ルーテシアは小さくうなずいた。
 これからやることは本来、【悪いこと】として教えられること。しかし、年長者であるゼストは彼女の意思を尊重してか、言葉なく彼女からマントを受け取った。

 ルーテシアの左手、グローブ型デバイス【アスクレピオス】が光を帯びる。
 彼女の足元に広がる四角い魔法陣。召喚魔法を象徴するそれは紫に染まり、ゆっくりと回転する。

「我は、乞う」

 凝縮された魔力は風となり、彼女の周囲を駆け巡る。
 溢れる紫が彼女を中心に瞬く間に広がり、

「小さきもの、羽ばたくもの。言の葉に答え、我が命を果たせ」

 足元の魔法陣から、複数の小さな塊がせりあがる。
 それは卵。
 彼女の呼びかけに応えたそれは、

「召喚……インゼクトツーク」

 小さな卵から、小さな羽虫へと姿を変えた。



 どくんっ

「あっ」
「キャロ?」

 感じたのは召喚魔法の胎動。
 同じ召喚士であるからか、その気配を顕著に感じ取ったのは、他でもないキャロであった。
 彼女と同種の、しかし違う色を持つ魔法の力。
 しかしキャロの力とはかけ離れた魔力は、とどまるところを知らず大きく、大きく拡大していく。

「誰かが近くで、召喚を使ってる!」

 それを展開しているのか彼女と同じ年のころの少女であるなど、誰が信じようか。



「……ん?」

 部下たちの戦いを見届けて、はなのはの要請で嫌々ながらに現場を移動している最中だった。
 森の中からは黒い煙が上がり、轟音が鳴り響く中。
 そんなときだった。

「あー……」

 どこかで感じたことのある、なつかしい空気だった。
 それは、もうずいぶんと前のこと。昔過ぎて、完全に忘れていた感触。
 でも。

「どこだ……?」
『マスター、どうしましたか?』

 飛行速度を落として、周囲を見回す。
 展開される魔法の発生源を目で、肌で探し見る。
 の魔法は戦闘に特化している。サーチャーだって使えないし、結界魔法なんてもっての外。
 転移魔法に至っては行使する魔導師たちが何をしているのかまったくわからない始末。
 儀式魔法なにそれおいしいの?
 だからこそ、肌で感じた魔力からその発生元を特定することなんか、出来るわけもなく。

「……お」

 肉眼に捉えたのは、無数の小さな何か。
 群れを成してまっすぐ飛んでいく。
 その先にあるのは、大きな建物。
 ただいま現在進行形でオークション開催中のホテル・アグスタだったりした。

『召喚魔法ですね、あれは』
「ふーん……」

 機動六課の召喚士といえば、キャロを置いて他にはいない。
 彼女の召喚魔法は、この目で見たことがある。だからこそ理解できる。あの小さな何かが、キャロが召喚したものではないということが。
 だとすれば、あれは。

「どーすっかねえ」
『早くしないと追いつけない……あー、もう無理ですね』
「あきらめ早いな、アストライア」
『何をおっしゃいますか。貴方は最初から追いかける気も無かったでしょう?』
「……よくわかってらっしゃる」



 が普通に見逃した小さな塊。
 それは、ルーテシアが放ったインゼクトツーク。それは、機械に寄生する寄生虫。
 まっすぐにレリック【らしきもの】に向かっていくガジェットたちに追いついて、ガジェット1機につき1体の寄生虫。
 取り付くや否や、ただただまっすぐ向かっていたガジェットたちの動きが変化した。
 それに気づいたのは、直接ぶつかっていたシグナムやヴィータと。

「動きが良くなった……」
「自動機械の動きじゃないな」
「有人操作に切り替わったのか?」

 そしてそれを目にしたのは、司令塔として動いていたシャマルだった。

『あー、わり。それ、どっかの召喚士が呼んできたやつだ』

 目の前にいたんで、潰しときゃよかったねえ。

 割り込んできたのは、どこかやる気の感じられない間の抜けた声。
 先ほどまで新型ガジェットと対峙していたの声だった。
 苦笑交じりのコメントには、聞いていたシグナムもヴィータも小さくため息を吐くしかない。

「なに見逃してんだよ……」
『仕方ないだろ、よくわかんなかったしさ。飛行速度がやたら早いし。追っかけてるうちに日が暮れちゃうって』
「まあいい。ヴィータ、お前は後ろに下がれ。向こうに召喚士がいるなら、新人たちのところに回りこまれるかもしれんからな」

 2人は、いまさら彼を怒る気にもなれなかった。
 彼がどういう人間か良く知っているから、というのもあるだろう。彼の人となりを考えれば、目の前の敵を追いかけることを進んでやろうとは思わないことくらい、いくらでも想像できた。
 それはある意味では達観したとも言うかもしれないが。

、お前は今どこにいる?」
『……一応、すぐそこにアグスタ見えるけど』
「そうか……。面倒かもしれないが、お前は最前線だ。敵の先陣を蹴散らす」
『りょーかい』

 敵の数はまだ多く、先の召喚によってそれらのスペックは大きく上がっている。
 最前線を突き進むことも必要だが、防衛ラインを守り抜くのも大事なこと。だからこそ、シグナムはスターズ副隊長のヴィータを下げたのだ。
 ウインド分隊の2人はまだ、スコーピオンと交戦中。
 フリーのは後方の新人たちが少しでも楽できるように、敵の数を減らすのだ。

 の面倒くさそうな声を聞きながら、シグナムは再びレヴァンティンを構えたのだった。



「ブンターヴィヒト。オブジェクト11機、転送移動」

 ルーテシアの両手にはまった黒いグローブが光を帯びる。
 紡がれる言葉に抑揚はなく、しかし確実に術式を構築していく。

「遠隔召喚……きます!」

 シグナムの読みは見事に当たり。
 スターズ、ライトニングの4人の前に展開される複数の召喚魔法陣。
 周囲の空間を把握し、座標を正確に指定し、内の魔力を分散し召喚する。幼いながらにそのプロセスを踏み、展開された魔法陣から現れたのは、前線にも存在しているガジェット1型と3型。
 それは、優れた転送魔導師であることの証ともいえた。

「みんな! 迎撃、行くわよ!!」

 ティアナの号令に、スバル、エリオ、キャロは気合を込める。
 以前の任務でも同じように気分を引き締めた。

 これは訓練ではなく、任務。
 判断を間違えば、仲間を巻き込んでしまうかもしれないのだから。




第16話。
色々と問題の話が始まりますね。
なるべく鬱展開にはならないようにしたいところですが…
まあ無理でしょう(笑)



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