すでに学校公認と化していたコンクールジャック大作戦は、文句なしの大成功を修めていた。 熱気に包まれていたアリーナは観客……すなわち生徒たちを外へ吐き出して、開け放たれた扉からは少しばかり冷たい空気が流れ込んできている。 ……正直、驚いた。 まさか、たった2曲でこれだけ盛り上がれるとは思わなかったから。 あの時の興奮は治まっているはずもなく、汗だくの5人は笑顔を称えてステージ袖へと戻ってきた。 殺到する生徒たちを躱すのは、まさに至難の業だったと一息ついたは思う。 曲データよこせだの、フェイトはどこの学生かだの。 この1日で彼らの知名度はうなぎのぼり。ヴォーカルとして、見事歌いきって見せたフェイトの名前もまた、この学校の生徒および職員のほぼ全員が一字一句間違えることなく覚えたことだろう。 そんな彼女は来年、小学校を卒業する。 モノホンの中学生として、この学校に入学しないことを祈るばかりである。 理由など、いうまでもないだろう。 間違って入学でもしてしまえば、それこそ全校生徒の約3分の2は間違いなく彼女の元に殺到することになるのだから。 「どーだったよ。コンクールジャックの感想は?」 流れる汗をタオルで拭いながら、仁がそんなことを尋ねてきた。 発起人としてか、あるいはただの興味本位か。 どちらにせよ、彼は純粋にライブを楽しんだのだろう。満面の笑顔が、それを物語っていた。 「仁、あんたそんなことをいまさら聞くわけ?」 「そうだよ、仁くん」 リリスとさとりは、口々にそんな一言を彼に返す。 答えなど、たった一つだけしかないのだから。 「楽しかったです」 「ああ、フェイトの言うとおり。……充実してたよ、すごく」 フェイトとが、そのたった一つを口にする。 最初はかなり無茶だと思った。 絶対に成功しないとも思っていた。 でも、彼らはそんな所業を大成功させることができた。 そんな『今日』という日を、彼らはきっと忘れない。 いつまでも色鮮やかに、輝かしい思い出として心に刻み込まれたことだろう。 「」 「ん?」 フェイトはの隣に座り込み、話しかける。 お礼を言いたかった。 誘ってくれてありがとう、と。 執務官試験に落ちて、それなりに頑張って準備していただけに落ち込みもひとしおだった時に、彼は今回のイベントに誘ってくれた。 「息抜きも兼ねて」という名目で。 そんな彼の配慮が、フェイトには嬉しかった。 次の試験ではきっと、文句なしで合格できるという自信すら湧き上がってきているような、とにかく久しぶりのこのすがすがしい気分を、彼はプレゼントしてくれたから。 は傷だらけの携帯電話のボタンをプッシュしながら、フェイトの言葉に反応を返すが。 「………………」 次の瞬間には、彼女の言葉を待たずにすっくと立ち上がっていた。 「……?」 「ごめんフェイト、みんな。俺、緊急の用事ができちゃったんで」 「はァ? 空気読みなって。普通、この状況なら」 「ごめん、俺行くから」 リリスの呆れた視線を放置して、カバンすら持たずに体育館を飛び出していた。 フェイトは、あっという間に見えなくなってしまったの背中を眺める。 開け放たれた扉の先で、 「うそ……っ!?」 激しい魔力の猛りと、一瞬にして変貌した空間に目を見開いていた。 魔法少女リリカルなのは A's to StrikerS - Act.12 - はグラウンドに向かって走りながら、慣れた手つきで携帯電話のボタンをプッシュしていた。 着信履歴から呼び出したのは、『ゼスト隊』の名前。 呼び出される番号の先には、隊の司令室が繋がっているのだ。 そして、決まって電話を取るのが、 『、今までなにやってたのよぉっ!?』 通信担当のシフルだった。 今しがたの携帯にメールを入れたのも彼女。 その文面がいつにもましてシンプルすぎたからこそ、火急の用事であることが窺えた。 「シフル、急ぎ転送して!」 とにかく今は、隊に合流する必要がある。 だからこそ、言い訳もことの次第も後回しにして、転送の要請を出していた。 ……のだが。 『マスターっ!』 「なっ……うわっ!?」 アストライアの声と同時に一変する空間と、降り注ぐ光の雨。 シールドを張ったの周りの悉くを破壊し蹂躙し、巨大な煙を立ち上らせた。 封時結界。 が気付いたときには彼自身を中心に、ドーム状の結界が形成されていた。 そして、降り注いだ雨に追い討ちをかけるように。 「ヒャッハーッ!!」 「!?」 結界のせいでどんよりとしてしまった空に、1つの影が映った。 影はまっすぐ、をだけに狙いを絞って、アンバランスな右腕を大きく振り上げる。 集まるエネルギー。 高まる危険性。 そして何より、その存在の異質さに。 「うわああっ!?」 ただ躱すことだけを目的にして、脚力に物を言わせ大きくバックステップ。 つい1秒前に彼がいた場所に影は降り立ち、同時に右手を振り下ろす。 同時に、その影の足元に輝きを称えた円陣が浮かび上がる。 それは象徴。 影の存在そのものを決定付ける最大の要素。 「――IS……デモリッションフィストぉぉぉっ!!」 発動に伴い、その膨大なエネルギーを受けて ただでさえ巨大なその右腕がさらに巨大に、膨大に。 風船に空気を吹き込むように際限なく膨らんでいく。 しかしその存在感は風船とは大違い。肥大していく拳は、にのしかかるプレッシャーを増していく。 それがけして、ハッタリでないことを物語っていて。 「おおおいっ!?」 拳が叩きつけられた瞬間、そこを始点としてまっすぐ、バックステップしたの足元にまで亀裂が走る。 崩れていく足場にバランスを崩したにさらに襲い掛かったのは、間違うことのない噴火だった。 走った亀裂からもれる黄金の光。 轟音と共に噴出したのは、エネルギーの奔流。 巻き込まれたは、身体中に走る苦痛と共に宙を舞う。 腰のアストライアを外して、強く握る。 彼の意思を汲み取ったアストライアは強い強い光を発し、の身体を包み込む。 『バリアジャケット、ウィンドスタイル!!』 その手には細い槍の形態をとったアストライアが握られる。 細いラインのパンツに上半身には胸当て。さらにその上からジャケットを羽織り、首元には黒いチョーカーと新緑の宝石をあしらったネックレス。 ウィンドスタイルという名前のついたこのバリアジャケットは、彼が普段使っている『仕事着』。 魔法による攻撃を遮断するそれは、『この世界』で生きる人間にとっては必須のもの。 だからこそ、彼はその先にあるものに焦りを覚えていた。 ただでさえ、急がなければならないのだ。 それなのに今のこの状況。冗談にしては手が込みすぎているし、何より笑えない。 「戦闘機人っ!?」 煙が晴れていく先で、明らかになっていく影の姿。 またそれが、1つではなく2つになっていることに気付くや否や。 「まってたよ、 小さな影が、少しばかりトーンの高い声を発した。 影は2つ。 に向かって攻撃してきた大きな影と、声を発した小さな影。 その姿はまるで、弁慶と牛若丸を彷彿させた。 「……なんでこんなところにいるんだよ」 冷静に、急いでいることを悟られないように表情を隠す。 相手は2人、こっちは1人。早くこの場所から離れたいことがバレてしまえば、徹底的に邪魔をされる。 力で押し通ろうとしてもきっと、数でねじ伏せられる。 しかも相手は戦闘能力の高い戦闘機人。戦闘でこそその本領を発揮するのだ。 魔法がちょっと使えるただのいち人間が、そんな2人を相手に力で押し通れるわけもない。 「ひゃは、白々しいな兄上殿ォッ!」 (!? ちょっとなにがあったの!?) (戦闘機人がこっちに2人いる。襲われた) 『男』の嘲笑に内心で首を傾げ、焦り気味のシフルからの通信を受けながら、は事の次第を報告する。 向こうからは何度も、個人転送のアプローチをしたのだろう。 いつまでたっても応答がないから、シフルは改めてに向けて声を飛ばした。 「……白々しい? なんのことだよ?」 (そんな……っ! なんとかならないの!?) あんた強いじゃない、なんて追い討ちをかけてくるが、交戦経験のあるだからこそ理解できる敵との戦力差。 どうすればいいかなど、ちょっとやそっとじゃわかるわけもないし、焦りにあおられているにそんな作戦を考えろなんて、無理がありすぎた。 「……ああ、兄貴は (そんなこといわれたって) 突然で困るとシフルに向けて答えを返そうとした、そんなときだった。 「ちょっと! あんた突然どっか行こうとすん……じゃ、ない……」 聞きなれた声が、耳に飛び込んできた。 さらに背後から聞こえてくるのは、複数の足音。 それは、本来いるべきはずのないの、かけがえもない親友たちだ。 「なに、その格好? コスプレ?」 しかも空気読んでない。 ちらりと背後を振り向くと、先ほどまで一緒に演奏していた3人が息を切らしていた。 フェイトはいない。現状に気付いて別行動をとったのだろう。 自分の置かれた立場で、もしフェイトがいてくれさえすればあるいは打開できたかもしれないが、いない人間を望むほど都合のいい世界なんてあるわけもない。 「そこ、動くなよ」 「は? お前、なにいって」 わけがわからない、と首を傾げながら尋ねてくる仁が最後までしゃべりきる前に、少年は右手の砲口をへ向けた。 「IS――ディメンジョナル・バレル!!」 『Protection!!』 同時に、背後の友人たちを守るために左手を突き出し盾を展開。 放たれた砲撃が、展開した盾とダイレクトに衝突する。 そんな非現実を目前にした背後の3人は、自分の目に映る光景に己が目を疑っていた。 ありえない。 最初に抱いた感想は、みんながみんなそんなたった一つの単語だけだった。 吹き付ける風。 耳を貫く轟音。 眩いばかりに弾ける光。 そのすべてが新鮮……もとい、夢の中の光景にしか見えない。 「っ、もう1回聞くよ! ……なんでこんなとこにお前たちがいるんだ!?」 「簡単なことだぜ、兄貴殿よォ!」 「なっ!?」 腕にかかる衝撃に眉をひそめていたは、目の前に現れたザインと呼ばれた大男に驚愕する。 少年の砲撃の隙間を縫って、無骨な右腕を大きく振りかぶっていたのだから。 「ヒャハッ、ぶっ飛べぶっ飛べェェェェッ!!!」 肥大した拳が、一発。 バリアブレイクの付加能力でもあるのだろう、その一発で盾は消滅。 寸止めされていた砲撃が、に襲い掛かった。 やられるわけにはいかない。でも、背後の友人たちを巻き込み、迷惑をかけるわけにはいかない。 ……どうする? 「―――、大丈夫だよ」 考えている時間もなかったからか。 背後から聞こえた声に、彼は従う以外に道はなかった。 『Round Shield』 トーンの低い電子音声。 見慣れた黄金の光が、砲撃を躱したの目に飛び込んできていた。 猛る稲妻。 爆ぜる光。 手の杖先に装備されているリボルバー式のカートリッジシステムからカートリッジがロードされる。 その数は2発。 『Defensor Plus』 さらに展開したのは半球型のバリア系魔法だ。 防御より回避を主とする『彼女』にとって、負担になるだろうなとか考えつつも、 「くん、そこ離れとき!」 さらに言われるがままに距離をとると。 「穿て、ブラッディダガー!!」 真紅の短刀が、2機の戦闘機人に襲い掛かる。 魔力を感知したのか早々に距離をとる2人はやはり、戦闘に特化した存在なのだろう。 自分を助けてくれた2人の魔導師の能力の高さを本能的に感じているのか、少しばかり険しい表情をして見せた。 「……あんたをここにとどめておくためだよ、兄貴」 少年の言葉は、に向けられたものだった。 彼の問いに対しての回答。それはたった一言だけだった。 ただ、がこの場を離れられないようにとどめておいておくことが、彼らの仕事。 それ以外は何も言い付かってないんだよ、と言うと、少年はへらりと笑って見せた。 「事情はわからないけど、あなた方のやっていることは犯罪行為ですよ……おとなしく武装を解いて、私たちに従ってください」 「フェイト、はやて!?」 を助けた2人はちらりと彼を見てうなずいた後、厳しい表情で戦闘機人たちを見つめる。 「ハン、冗談。お前ら2人なんかに、俺たちが止められんのかよ?」 「わたしら2人? なにかの間違いやろ」 「……なんだって?」 はやての言葉に眉をぴくりと動かした少年は、気付いていないのだろうか。 それはザインという大男も同じこと。 感じたのは、ごうごうと猛る魔力。 涼やかで流麗な魔力の奔流。 「ゆけ、……急いでいるのだろう?」 シグナムと、 「貴方は貴方のやるべきことを。この場は私たちが抑えておくから」 シャマル。 偶然この場に居合わせた、はやての家族たちだ。 そんな2人の言葉を受けて、は。 「……悪い、助かった!!」 足元に、円形の魔法陣を展開する。 発動するのは、普通の飛行魔法。 目的地は屋上。そこから砲撃し、結界を破壊、仲間たちの援護に向かうのだ。 ……が。 「あの、くん!!」 ひとつの声に、その行動を止めることになる。 フェイトの背後で自分の状況をようやく把握したさとりが、声を張り上げたのだ。 さとりも、仁も、リリスも。 いまのようなコスプレまがいの格好や、目の前で展開されている非日常というかファンタジー。 聞きたいことは山ほどあるはずだが、今は話ができる余裕は少しもない。 今この瞬間にも、大切な『家族』が危険に晒されているのだから。 「その、これは? それにその格好……」 「ごめん。今は話してる暇はないんだ。だから……」 「いいよ。落ち着いたら、私から話しておくから」 そんなフェイトの配慮に感謝しつつ、結局3人とはろくに話もすることなく、屋上へと飛んだのだった。 「いいのか、が行ってしまうぞ?」 「……いいさ。ニアSクラスの魔導師4人を相手にしてまっとうに戦えるわけないからね」 シグナムの問いに、少年は言う。 やけにあっさりとあきらめるものだ。 たった1人を相手に2人がかりでかかるほどの力の入れようだったというのに。 ……ただ、状況を鑑みた結果だろうが。 「けっ、せっかく会えたのになあ」 ザインはぶーぶー文句を言いつつも自分の周りにいる女性たちを眺める。 高い力の持ち主がこれほどまで一堂に会しているのだから、やることといったらせいぜい1つくらいしかないだろう。 「時間制限付きっつーのがなんとも納得いかないが、まあいいだろ。アイツにはうまいこといってくれんだろ、ダーレット兄?」 「まあね。……思わぬ邪魔者が入っちゃって、止められませんでしたってことでいいんじゃない?」 ザインの問いに答えたのは、話を振られた少年――ダーレットだった。 彼の答えを受けたザインは、ニヤリと唇の端を吊り上げると、足元に円陣を展開する。 ダーレットも同様に、右手の銃器を天上へと向けた。 彼の特性は後方からの砲撃。ザインは見てのとおり前衛も前衛、最前線でクロスレンジを得意とするパワーファイターであることは間違いない。 「ねえフェイトちゃん、あんたたちって……」 「リリス先輩、それについてはこの場が落ち着いてから必ずお話します。だから今は、この場から少しでも遠くまで離れてください」 「フェイトちゃん、君と……あのコたちはどうするんだい?」 「彼らと交戦、できれば捕縛あるいは破壊します…………ここは戦場になりますから」 と、3人共通の問いにフェイトは彼女たちの顔も見ずに答えを返す。 彼女たちは戦闘機人を知らない。だからこそ実力は未知数。気を抜いて背を向けて後ろからグサリなんて、取り返しのつかないことになったら事だ。 そして、『戦場』という言葉に反応して見せた3人は、黒いマントを羽織ったフェイトの後姿を注視する。 彼女たちとってこの単語は、イメージしづらい言葉である。 この現代日本は、戦争のない平和な国だ。『戦場』という言葉にいまいちピンとこないのは当然といえば当然のこと。 しかし。 「……ああ、わかった。ほら、急げリリス。さとりも……俺たちはここじゃ邪魔なだけだから」 「ちょっ、仁!?」 「あわわっ、押さないでよう」 仁は表情に険しさを宿して、リリスとさとりを伴ってグラウンドから姿を消した。 リリスもさとりもどこかしらに納得できない部分があるのか、何度もフェイトへ振り返りながらもグラウンドから出て行った。 「……わざわざ待っていたのか?」 「どうせやるなら、全力じゃねえと面白くない。あの連中がいたら、お前さんたちは安心して全力が出せねーだろ?」 「任務が失敗した以上、やることなんてないしね。……どうせやるなら、楽しくないと」 そんな一言を告げた瞬間。 緑の砲撃魔法が、中天を貫く。 ガラスが割れるかのような音と共に、彼らを打つんでいた結界が破壊、崩壊を始めた。 差し込む太陽の光と、崩壊していく結界の隙間から見え隠れする青い空。 その光景を見上げて、戦闘機人2人はどことなく残念そうに小さく息を吐き出した。 ● 「シフル!」 「、遅すぎだよ! もう、かなり被害が」 「それは現地で確認するから! 急いで俺をあそこへ!!」 ゼスト分隊の司令室へ、ばたばたと飛び込むように入ってきたは、シフルの言葉をさえぎってまくし立てた。 時間はあまりに少ない……いや、もはや手遅れなのかもしれない。 隊の魔力反応が、あっという間に消え去ってしまったのだから。 魔力反応が見られない=生命力が著しく低下している。 そんな図式が成り立っているこの世界では――またこの場所においてはもはや生死の確認すらできない。 「うん、わかった…………」 「ん?」 司令室を出て行こうとしたを、シフルは呼び止める。 この任務がどれだけ危険だったかを彼女はようやく、実感できた。隊長たちが言っていた、戦闘機人単体の戦闘力の高さや危険性を。 だからこそ彼女はに、たった一言を贈る。 「ちゃんと、帰ってきてね。…………生きて、必ず」 「とーぜん」 そんな言葉を最後に、は司令室を飛び出した。 向かったのは転送ポート。 目的地にはすでに通達が済んでおり、いつでも出られる状況になっていた。 さすがシフルだ、なんて思いながら、は指定されたポートに飛び込む。 その先に広がっていたのは…… 「な、なんだよこれ」 まさに、地獄の一言に尽きるものだった。 破壊され無残に転がる何かの機械。表面に亀裂が走り内部のケーブル千切れ、ばちばちと光を発する丸い機械。 先の欠けた刃物のような何か。 それらに混じって見え隠れするのは、黒ずんだ赤い液体。 それが何であるかを、は見た瞬間に理解した。 瓦礫と化した機械の中に倒れているのは、一般武装局員であることを示す指定のバリアジャケット。 それがこの場に、瓦礫に混じっていくつもいくつも存在していた。 「……っ!」 そんな凄惨な光景には、目を背ける。 背筋を走る冷たいなにか? ……彼はおびえていた。 人の『死』を間近で視た彼はただ、戦慄していた。 胸に抱いたのは圧倒的な喪失感。そして、じぶんも 『マスター、しっかりしてください!』 「っ!?」 身体が固まっていたにかけられた声は、彼の相棒からのものだった。 『今、貴方は何のためにここにいるのです!? 少なくとも、彼らの死に見ているためではないでしょう!?』 「で、でもさ」 『貴方も、この場で死ぬつもりですか? ……彼らと同じように』 反論しようと震えた声を発するを押さえつけて、アストライアはさらに彼に追い討ちをかける。 彼に課せられた目的は、アストライアの言うとおりすでに息絶えている局員たちの姿に恐怖するためではない。 今のこの時間も生きながらえている仲間を助け、共に帰還を果たすことだ。 だからこそ、ここに留まっていることが愚かな行為であることくらい、言われなくてもわかること。 動かなければならないことくらい、 「そんなわけないだろ!!!!」 わかっていた。 わかっていてなお、身体が動かなかったのだ。 恐怖と戦慄で身体が震える。 握りしめた手のひらは汗でぐっしょりと濡れ、同じように顔を流れる汗はおびただしい。 「……しかたないだろ。身体が、言うこと聞いてくれないんだからさ」 『マスター……』 それはもしかしたら、が初めてもらした【弱音】なのかもしれない。 人の死を見たことがなく、魔法という技術の残酷さを肌で感じて。 そして、追い討ちをかけるのはその死が、知った人間のものであればなおさら、彼の恐怖心を煽る。 「俺はこの光景を見ていつもどおりでいられるほど、人間できてないんだよアストライア」 きっと、彼女も忘れていたのだろう。 がまだ、年端も行かない子供であるということに。 子供が眼前に瓦礫と、知った人間の死体の山を見て発狂しないだけ、ある意味ではマシなのかも知れない。 でも、いつまでもこの場にいることは得策ではない。 主にはの精神的に。 しかし自分では何もできないもどかしさに、アストライアはデバイスである自分の身を呪った。 「……あれ?」 ……のも、束の間。 は嫌悪丸出しの表情で周囲を見回し、一箇所で急停止。 大きく高鳴る心臓。 他の武装局員とは違った服装に、最悪のシナリオを思い描いてしまう。 そして同時にそうであっては困ると、そうなっていないと自分自身に言い聞かせる。 しかし。 「う、嘘だ……ウソだ!」 今まで動かなかった身体が突然、弾かれるかのようにの制御下に入り、同時に走り出す。 瓦礫を押しのけ死体には目もくれず、目にとまった1つの色に向かってただまっすぐ。 彼の重いとは裏腹に、頭を巡った最悪のシナリオがゆっくりと鮮明になっていく。 「あ、あ…………」 見えたのは1つの色。 のことをいつも気にかけてくれていた、1人の女性の青い髪。 その髪は、貫かれた胸から流れる血液で黒く黒く染まりきっていた。 彼の心に、強い衝撃が襲い掛かる。 精神的に大人になりきれていない彼の心が、真っ黒に侵食されていく。 「く、クイントさん!!」 それは、メガーヌと共に行動していたはずのクイントだった。 シューティングアーツの達人で、その戦闘力は誰もが認めるところにいた彼女が、今。 「……、かい?」 自身の死を目前に感じ取っていた。 痛みに苦しむ目がゆっくりと開く。 しかしすでに視界が閉ざされているのか、動かす気配は微塵もない。 彼女はもう助からないと、誰もが思うことだろう。 「あたしの、ことは……いいから。め、メガー……ヌを……」 「ダメだよ、しゃべるなって!!」 少しでも呼吸をしやすいように気道を確保して、弱りきったクイントを見やる。 自然と出てきたのは、涙だった。 毎日毎日、彼女の笑顔を見ることが日課だったからか。 弱りきった身体で見せた弱々しい笑顔がどこか、彼女が彼女ではないように見える。 それだけ、普段のクイントが彼の中で大きくなっていたからこそ、 「あん、た、は……あんた、の……っ、やるべきこと、をっ……するのよ」 「クイントさん! しゃべっちゃダメだ、寝ちゃダメだって!!」 ダメダメずくしのの言だが、それだけは必死になっていた。 いつもみたいに笑って欲しい。 以前のように、手を差し伸べて欲しい。 いなくなって欲しくない。 「ギンガ、と……スバ、ルにご、ごめんねって……」 ゆっくりと、クイントの目が。 「クイ……」 『マスター』 聞こえたのはアストライアの声。 しかし、は目を閉じもう笑顔を見せることのないクイントを見つめて動かない。 大きく目を見開いて、彼女の閉じた目を見つめている。 『マスター』 「…………」 アストライアの呼びかけに、しかしは答えない。 彼にはもはや、彼女の声は聞こえていない。 聞こえていたのは、自分の体内で大きな鼓動を鳴らす心臓の音だけ。 『マスター!』 アストライアは、とにかく呼びかける。 彼女は、焦っていた。 周囲を見回せばわかる、1人と1機の置かれた状況。 命の危険性すら隣に感じ取れるほどに、そこらじゅうに転がっていた残骸と同じ機械の群れがひしめき合っていた。 「…………」 ゆっくりとクイントの身体を横たえ、立ち上がる。 うつむいたまま黒い瞳を動かして、周囲を見回す。 まるいものからラグビーボール。虫のような四足のやつ。 とにかくそれらがたくさんいる。 それを見た瞬間、どこからかわきあがる感情があった。 くいんとさんを■したのは―――― ……カンッ 次の瞬間、球形かつより一回りも二周りも大きな機械が、真っ二つに斬り裂かれていた。 駆動エネルギーとして供給されている電気が行き先をなくして、ばちばちと爆ぜかえる。 足元に浮かぶ緑の魔法陣。 アストライアに有無を言わせず、魔力で形成された刃が爆発を起こした機械を斬り飛ばしたのだ。 そんな光景に他の機械たちは皆、アイセンサーを光らせ、周囲にあるフィールドを展開した。 もちろん、その様子はからは窺えない。 それはあらゆる魔法攻撃を遮断する、対魔導師戦で相手を圧倒する魔法技術だ。 「……っ」 でも、今の彼にはそんなことは関係ない。 「ああああぁぁぁぁAAAAhhhhhhhhhッッッッ!!!!!!」 『マスター!』 はアストライアの声を聞かず、ゆっくりとうつむいていた顔を上げる。 黒いはずの彼の瞳が、怒りのままに。 ――めのまえにいるやつらだ……だったら、やることはひとつだけ。 「おおお前らあああぁぁぁあっ!!!」 輝かんばかりの琥珀色へと、変貌していた。 ――こいつらを、全員まとめてぶっ壊すだけだ!! |
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