『マスター!』

 アストライアの呼びかけは、もはや聞こえない。
 周囲の音すべてを遮断して、はただその胸に宿った気持ちを、ただ目の前の『モノ』にぶつけていた。
 非殺傷設定は完全に解除され、彼女の意思を無視し無駄に吐き出されたカートリッジによって満たされた魔力が身体を巡り巡って、限界はとうに越えていた。

 しかし、は止まらない。
 琥珀色に染まった瞳が輝きを帯び、まるで野獣のごとき俊敏さと卓越した戦闘技術が次々と『モノ』を潰し貫き破壊しつくす。
 展開されているはずのフィールドは意味を成さない。
 魔力結合を使用者から強引に切り離す、現在最先端の魔法技術は確実にの身体を流れる魔力の結びつきを掻き消している。
 それでいて止まらないのは、単純にフィールドの意味を知らないから。
 カートリッジをロードしてはそれが意味を成していないことを気に留める暇もなく、彼はしかしその魔力を有効に活用していた。

「ヒュー……ヒュー……っ!」

 呼吸音すらすでに正常なそれとはかけ離れている。
 痛みすら伴いながら、しかし空気を肺いっぱいに吸い込んで、さらに身体を動かす。

 床を強く蹴り、間合いを詰め、そして。

「あああああっ!!」

 振りかぶった拳を振りぬく。
 拳はまっすぐ機械の中心部を貫いて、爆発を引き起こす。
 耳を貫く轟音。
 爆発が爆発を呼び、の拳を中心に真紅の華を咲かせる。

「ぐぁ……っ!?」

 もちろん、そんな彼が無傷なはずもない。
 四方八方から降り注ぐレーザーを無防備な身体に浴びせられ、通常なら動くことなどできないほどに無数の大怪我。
 さらに攻撃を受けたのは、の猛攻の要である右腕だった。
 ぱん、とはじけるような快音を発した腕が、意思とは関係なく明後日の方向へ曲がる。
 ばきりという鈍い音。
 突如響く強烈な痛みが、を正気へと立ち戻らせると。

「……づっっっ!!」

 すでに彼の周囲は、炎と機械の残骸が山のように積みあがっていた。
 状況の把握ができないが、とっさにクイントのことを思い出し彼女を見ると、彼女は変わらず目を閉じて、が寝かせたまま、動くことはない。

 ――ああ、そうだった。

 強烈に痛みを訴える右腕を押さえながら、は自分の置かれた立場を理解しつつその場に立ち尽くす。
 炎の中で天井を見上げ、変わらず琥珀色のままの瞳をゆっくりと閉じる。
 そして、ようやく。

『マスター! 私の声を、聞いてください……っ!!』

 必死に呼びかけるアストライアの声にようやく、気付くことができていた。
 なぜ、自分がこんな姿になるまで頑張ったのか。
 なぜ、こんな地獄絵図の中に立っているのか。
 なぜ、クイントさんが■んでいるのか。

「……っ」

 彼にとって彼女は――否、彼女にとって、もう1つの自分の拠り所だった。
 一緒にいて遠慮をしない関係。
 話していて苦に思わない間柄。
 隣にいて当然と胸を張って言えた。
 日常だけでは得られない、かけがえのない仲間で、大切な家族だった。
 だから、彼は我を失った。
 目の前のすべてを『敵』とみなし、溢れ猛る想いの篭った一撃がすべてを粉砕。ことごとくを破壊に至らしめた。

 ゆっくりと目を見開く。
 感情の高ぶりが見せるのは、輝かんばかりの琥珀の瞳。
 炎の赤を照らす琥珀の黄。それはまるで、獲物を狩る獣の眼光のよう。

「ごめんね、クイントさん。もう少し、ここで待ってて……」

 これだけの地獄の中とは思えないほどに傷一つない空間。
 クイントが寝そべっているそこは、が無意識に守り通したある種の『聖地』だった。
 琥珀の光を宿した優しげな瞳を彼女に向けて、ゆっくりと一歩を踏み出す。
 まるで、自分がどこへ行けばいいのか、わかっているかのように。

「必ず、みんなを……ここまで連れてくるから」

 自身の風で作り出した、炎のアーチを潜り抜けた。



   
魔法少女リリカルなのは A's to StrikerS - Act.13 -



「この施設は破棄、だな」

 小柄な少女が、そんな一言を呟く。
 その手には投げナイフが握られ、臨戦態勢は解かれないまま。
 右目を隠す眼帯が特徴的な銀髪の少女は、額から真紅の液体を流したまま周囲を見回す。

 砕け落ちた壁。
 抉られた床。
 鼻をつく異臭は、破壊しつくされた戦場から吐き出される煙や薬品臭の混じった、ヒトの神経を大いに刺激する悪臭となっている。
 そして、床に転がるヒトだったモノ。
 半ばで折れた杖や完膚なきまでに砕けて粉々になってしまった剣。
 流れる赤く黒い液体はただならぬ死臭を放ち、ただでさえキツイ悪臭に拍車をかける。
 そんな中に立ち尽くしているのは、数人の男女だった。

「よっ……と。ったく、無駄にデカい図体だなあ」
「でもソレは、ドクターの大事な大事な実験体。邪険に扱ったらいけませんわよ、お兄様?」
「わかってるっつの……あああ、暴れたりねえ!」

 真紅の髪に金の瞳。
 完成された男性体に浮かぶ鍛え抜かれた痩躯は、黒く薄く薄い装甲に包まれ、身体のラインを浮き彫りにする。
 皮膚がむき出しになっている肩には『B』のローマ数字。
 そんな彼は、すでに事切れた巨躯の男性をいともたやすく持ち上げた。

「発見された時点で破棄を決めたのはドクターだ。気にする必要もないだろう」

 長身の女性の声。
 気性の荒さが伺えるその男性めいた口調は、彼女という存在を強く認識させた。
 両手両足に浮かぶのは鋭利なデザインの羽。
 その紫の光こそが、彼女自身を象徴する力の奔流といえた。

「さあ、ここを離れよう。……いつ崩れてもおかしくないからね。君たちが怪我をしてしまうことが、僕にはきっと耐えられないから」

 続いて響いたのは、優しげな男性の声だ。
 細身のシルエットにどこかいろのある雰囲気をかもし出す彼は、青く長い髪を軽くかき上げる。
 周囲は死体の山。
 そんな場所に長居などする人間は、広い世界のどこを探したところでいないだろう。
 彼女たちもまた例外ではなくて。
 音頭をとった男性を先頭に、一同はこの場を離れようと床を蹴る。
 そんな光景を入り口で見ていたのが。

「…………」

 満身創痍の身体を引き摺りながら施設を回っていただった。
 宙へと浮かぶ前に、そんな彼と目を合わせた男女合わせて5人は。

「あらん、まだ生き残りがいたのねえ」

 見下みおろすように、その視線を交錯させる。
 見下みくだすように口にしたのは、メガネをかけた女性だった。
 ウェーブのかかった栗色の髪をなびかせながら、浮かんだ身体を再び床へ降ろそうとして。

「まあ、待ちたまえよクワットロ」

 男性2人によって、止められた。

「そうだぜ。トーレ、お前もな」
「……しかし」
「さっき言ったろ? 暴れたりねえってよ」

 巨体を投げ渡された長身の女性――トーレは反論する間もなくその巨躯を抱える。

「ここは、兄が抑えておく。お前たちは、その2を確実にドクターに届けること……いいね?」



 ●



 ドクン…………。


 たまたま訪れたそこに、『みんなが』いた。
 兄も、姉も。そして、多くの家族たちも。
 物言わず動くこともない、ただの置物と化して。


 ドクン……。


 その光景に、の目は大きく見開かれた。
 助けるはずだったはずなのに、みんなで一緒に帰るはずだったのに。

「あ、あ…………」


 ドクン。


 全部が全部、手遅れだったという事実に気付く。

 聞こえるのは、自身の心の鼓動。
 それは大きく、強く強く鳴り響く。
 目の前に広がった光景はそれだけで、かけなおした鍵をいともたやすくこじ開けてしまう。
 そして抑えきれなくなるのは……

「う……」


 ドクン――


 消えることのない激しい感情。
 足元に浮かんだのは、光り輝くテンプレート。
 さまざまな情報が織り込まれた、そして恐ろしいまでの皮肉を持った、今の彼にとっては忌まわしい、しかしすべてを打倒できる大きな大きな力。

 2人の男性が、背後に女性たちを押しやって床に降り立ち、一歩踏み出す。

 彼らは皆、同じ人種……………………否。

 彼らは人ではない。
 だからこそわかる。
 今のには、そんな真実が嫌悪にしか感じない。
 それほどに、大事な家族を奪った彼らを許すことなど…………できるはずもない。


 ドクン―――!!


 だからこそ。


「うあああアアアあぁァああああアぁああァぁぁぁあああああ――――!!!!!」


 彼はただその溢れ猛る気持ちのままに、咆哮を上げる。

 怒りをむき出しにした彼は、相棒に装てんされているカートリッジを全部まとめてロードする。
 その数は6発。マガジン1個分の魔力が一気に充填され、溢れる力に耐え切れなくなったのは、まず彼の相棒たるデバイスだった。
 必死の処理も追いつかず、システムを侵食され、細い長槍を形作っていた表面には無数の亀裂が走り、崩れていくシステムを司っていたAIから発される電子音声も、徐々にノイズが強くなる。

『落ち、つ……てくださっ、マ……ス、』

 彼の足元に広がるのは、いつか見たテンプレート。
 同時に理解したのは、謎めいていた自身の出生。

 幼い頃、1ヶ月以上も飲まず食わずで生きていられたことも。
 感情の高ぶりが限界を越えてSランク魔導師を真正面から殴り飛ばしたことも。
 同質の力を感じ取って、真っ先に行動できたことも。

 ……全部。
 全部が、この事実を物語っているかのように。


「返せ、かえせ…………………………」


 彼は今、たった1つの指令の元で動いている。
 身体中を席捲するたった1つの気持ちがただ、まだ完成されきっていない華奢な身体を突き動かしている。
 全身から立ち上る碧の奔流。空気が爆ぜてできたかのような真紅の粒が、瞬く間に広い空間を侵食していく。


「オレノダイジナモノヲ…………」


 ゆっくりと身体を傾げる。
 それはまるで、獲物の様子を伺う猛獣の様相を醸している。
 からん、と取り落とされた相棒は中腹から真っ二つに折れ、小さなヒビ入りの宝石となり……


「カエセエエエェェェェ―――――――ッ!!!!!」


 同時に、床が大きく爆ぜかえる。
 目の前のすべてを喰らい尽くすために、獣が襲い掛かる。
 真紅の粒子と碧の焔をまとう獣は、

「お前らか……」
「なっ!?」

 次の瞬間には、音もないまま、『一匹目』を刈り取っていた。
 1つの痩躯が、宙を舞う。
 腰から2つに分かれた一方がゆっくりと弧を描き、

「……おMAエらカアあァアaあぁァぁAアaぁ!!!!!」

 雄叫びと共に、がしゃん、と音を立てた。

「兄上殿……っ」

 長身の女性が危険を感じ取り、残った男性に呼びかける。
 しかし、男性はゆっくりと首を振り、行けと促す。

「逃が」
「おっと、悪いけど……彼女たちを傷つけるのはやめてくれないか」

 怒りのままに行動する彼を止めたのは、言うまでもない。
 長髪の男性だった。
 手に持つ鞭を操り、彼の身体を拘束していく。
 すこしでも、『妹』たちが生き延びる確率が上がるのなら、と。

「彼女たちは、僕の大事な大事な大事な大事な妹たちさ……傷つけさせるわけにはいかないな」
「うおおおおおおおおおお!!!!」

 男性の話など聞く耳持たず、彼はただ拘束を解こうと力を込める。
 強烈な力と、足元のテンプレートがアシストする形で、彼ら特有のエネルギーで編まれた鞭がめりめりと音を立てる。

「だからね……」

 足元に浮かび上がるISテンプレート。
 至近距離で2つのテンプレートが重なり、干渉し合っているのか、その力を強めていく。
 男性は金の瞳を輝かせ、告げる。

「IS、起動……ナイトメア・イリュージョン」

 悪夢の始まりを。
 彼を中心に広がる黒い霧。
 それは瞬く間に碧と赤のコントラストを侵食すると、男性の意のままに分散し、それぞれが気配を持った実体を成す。
 それは、男性をかたどった幻影だった。
 長髪をかき上げ、手には鞭。
 まさに、男性そのものが分身しているかのように、『彼ら』は髪をかき上げた。

「あああっ……っ!!」

 無数に増えた『敵』。
 の周囲を取り囲む彼は、薄笑いを浮かべる。
 魔力で編まれた鞭に強引に魔力を注ぎ、拘束から逃れると。

「っ!?」

 次に襲い掛かってきたのは、鋭く尖った鞭の群れ。その鞭はもはや、鞭というには程遠い。
 魔力で作った、即席の槍だ。

「申し訳ないが、彼女たちの邪魔を……いや、『我々』の邪魔をしないでもらおうか」

 そんな言葉と共に、四方八方から襲い掛かる槍の群れ。
 満身創痍のに、それらを止められるわけもなく。

「ああああっ!!」

 は咄嗟に、まだ動く両の足に力を込める。
 目前に感じた『死』から逃れるために。

 ――あとは、いかに『自分らしく』戦うか、だな。

 突如思い返されたのは、幸せな世界に生きる強いひとの言葉。
 あのときは、そんな言葉をよくわからないで片付けた。
 でも、今ならその意味がよくわかる。

「……空間認識、完了」

 ――わからなくていいさ。

 怒りに気持ちを任せていても、どれだけきつい状況でも、死ぬような目に遭っても。
 力のなさを嘆く前に、限られた力でどうやって今の状況を切り抜ける。
 無様でも、誰かにバカにされても、最低なまでに情けなくても……

「目標、捕捉」

 使えるものは全部使ってでも、生き延びる。

 ――これは、そういうものだからな。

 『そういうもの』というのはまさに、そういうものだ。
 人が多種多様十人十色といるように、その個性も多種多様で十人十色。
 数多に存在する次元世界の人々だって、ミッドチルダにいる人々だって、今自分と敵対しているだって。
 みんながみんな、同じではないように。
 いくら似通っていても、その内面、考え方に少しずつの違いがあるように。

「座標……確認」

 『自分らしく戦う』ことの答えは……人の数だけ、存在しているのだから。
 そしては、それを今、見つけただけ。

「IS……ディストラクション」


 何事もなかったかのようにすとん、と着地し、同時に展開するISテンプレート。
 するなら、今だと思ったから。
 そしてなにより、この力が、目の前のすべてを壊しつくしてくれるという、確信があったから。


 たとえ憎らしい力でも、聞くだけも嫌悪してしまいそうな忌々しい力でも。
 結局ただ、力は力でしかない。
 それが先天的なものならばなおさら、それは切っても切っても切ることなどできないもの。
 だったら、折り合いよく付き合い、必要になれば利用する。
 それが、望まず偶然得てしまった力に対する、にとっての最大の譲歩だった




「イグニッション―――!!」




 ………



 ……



 …



「……!」



 ぱっ、と。

 青年は切れ長の目を大きく見開いた。
 眼前に広がったのは澄み切った空の青。ふんわりと柔らかな印象を受ける、白い雲。
 背中に感じるのはごつごつした硬い感触。
 それは、今のこの状態が現実のものであることを物語る。
 視界を照らす太陽の光を手で覆い隠し、ゆっくりと上体を起こす。

 そこは、とある建物の屋上だった。
 ひときわ高いわけでもなく、真正面には巨大なビル群が立ち並んでいる。
 ここはミッドチルダは時空管理局。
 本局から少しばかり離れた、空の守護者の溜まり場。
 航空武装隊6137航空隊。
 武装隊の中でももっとも危険と称される部隊の端の端に位置する、唯一暇をもてあましている部隊の隊舎だった。

「……嫌な夢、見ちまったなあ」

 大きく息を吐き出しながら、青年はばりばりと茶と黒の入り混じったツンツン髪をかき乱す。
 枕代わりに敷いていた管理局指定の制服のジャケット、上半身を包むワイシャツは寝相が悪かったのか裾がズボンから完全に出ていて、かなりラフな様相を見せている。
 しかしそれを気にする様子はまったくない。
 だらしないのもなんのその。彼は元からそういう男だ。

 …

 思い出すのは、『あの時』のこと。
 力強い兄の声、心を包む姉の笑顔、優しく差し出された母の手……8年経った今でも、鮮明に思い出すことができる。

 結局、彼は何一つ救うことはできなかった。
 ……間に合わなかった、というよりは、何もかもが遅かったという方がしっくり来るだろう。
 地上本部は首都防衛隊 第3150防衛隊・ゼスト分隊……司令室および当時はまだ少年だった彼を除く全隊員があえなく命を落とし、事実上の全滅。
 唯一の生き残りとして戻ってきた彼もまた、満身創痍。息も絶え絶えという状況だった。

 苦し紛れに使った先天固有技能Inherent Skill
 それは、自身の逃げ場を失ってしまうくらいに完膚なきまで施設を破壊しつくした。
 彼自身から放たれていた真紅の粒子。
 それが、の放ったキーワードに呼応し、一斉に起爆したのだ。
 広い空間で大規模な爆発。壁は崩れ天井は崩落、助かる見込みもほとんどないような絶望的な状況。
 しかし、ISを起動した彼の行動は早かった。男性が爆発に巻き込まれたのを確認すると、ぼろぼろのアストライアを拾いクイントを抱え、さっさか施設を後にした。
 もちろん、彼は身体中が怪我だらけ。
 常人なら、よくて入院&面会謝絶&常時完全拘束。悪くて医師が匙を投げるくらいに酷い状況で、魔力を制御するアストライアがウンともスンとも言わない上に魔力も空だったため、痛みのある身体を引き摺りながら、徒歩で本局まで帰りついたのだ。
 両足のダメージはさほどでもなかったことが不幸中の幸いと、言ったところだろうか。

 しかしながら、帰り着いた本局は本局で、一部……主に医務室が騒然としていた。
 管理外世界に任務に赴いていた高町なのはが、正体不明の『敵』に撃墜されたからだ。
 医務室に入った瞬間に見たヴィータの泣き顔が、鮮烈なまでに焼きついて、しかしそれをからかう元気もなくて、気付いたら1週間ほどが経過していた。
 シフルのきょとんとした表情と、歓喜のあまりけが人に向かってダイブしてきたのはいただけなかったが。

 が唯一連れ帰ってきたクイントの葬儀は、目を覚ましてから3日後に行われた。
 静かに、内々的に。それも、身内だけでの小さな葬儀。
 は言うまでもなく、車椅子&フィリス同伴の元で参加した。事件の当事者、唯一の生還者として。
 声を殺して涙を流すギンガとスバルを黒に戻ったその目に映した瞬間、何度も発される「ごめんなさい」の言葉と共に、涙が大量にあふれ出たあの時を、これからもけして忘れることはないだろう。

 間に合わなくてごめんなさい。
 助けられなくてごめんなさい。
 大事なものを守れなくてごめんなさい。
 約束を、守れなくてごめんなさい。

 もまた、ギンガやスバルのように声を殺し、大粒の涙を流した。


 ……


 …


 閑話休題。

 そんな悲しい事件から、早いもので8年の月日が流れた。
 はなのはと共につらいリハビリに耐え、首都防衛隊から航空武装隊へと転属。
 空の事件の解決に、今も従事している。
 自身が人間ではないとはいえ、致命傷になるほどの大怪我だ。機械の手足を交換する、なんてことは医者だってやったことはないし、なによりまだ、未知なところは多い。

 自分を『作った』のは誰か、とか。
 骨格や筋の構造はどうなっているのか、とか。

 10年以上も点検などをしていないのに、なぜ成長できるのか。
 そして、不思議なのは自身に自然治癒能力が備わっているのか。
 まるで、人間そのもののように。

 とにかく、リハビリが必要なのは目に見えていた。
 だから、同時期に怪我から回復し始めたなのはと一緒に、リハビリを始めたわけだ。
 お互いに苦楽を共にしたからか、8年経って配属が違っていてもたまに連絡のやり取りはしていたりする。

ーっ!」

 そんなとき、階下から声が聞こえ、階下へと続く扉がばぁん! と音を立てて開く。
 もっとも、扉とはいってもはしごでえんやこらと登ってたどり着けるような、人の来ない寂れたところなのだが。
 マンホールのような丸い穴から顔を出したのは、

「やっぱりここだった!」
「な、なんだよそんなに慌てて……てか、なんでそんなに怒ってるのさ、シフル?」
「うるさいちがうわよっ、いいから早く降りてきなさい!」

 あの事件のあと技術部へ転属となった、シフル・レインズその人だった。
 彼女は、ゼスト隊がなくなった後に技術部へ配置替えとなり、「デバイスマイスターの資格取った」と興奮気味に連絡をよこしたのが3年ほど前になる。
 もちろん、それなりに連絡は取り合っていて、仲は悪くない……はずなのだが。
 彼女は興奮気味にの問いを一蹴すると、出していた穴に頭を引っ込める。
 階下はすでに人通りのある普通の廊下だ。彼女はそんな往来に普通に降りているはしごに普通に登って、しかも怒っているのだ。
 下から見ている人は、ある意味シュールな光景と捉えてもおかしくないだろう。

「くぁ……」
「はやくしなさいっ!」
「はいぃっ!!」


 ●


「……きどう、なんだって?」
「だから、機動六課よきどうろっか!」

 出向命令が出てるの!

 そうまくし立てたシフルは、やはり興奮気味だった。
 誰に、なんて疑問はきっと愚問なのだろう。
 彼女がそれをこともあろうに自分に伝えているのだ。

 また配置替えになるからよろしくね、とか。
 そんな軽いものだと思っていたのだが。

「何年ぶりになるかしらね、私とが同じ部隊に配属になるのって」

 どうやら違っていたらしい。
 どことなく嬉しそうに口にするシフルを見つつ、耳にした言葉を反芻する。

 ――私とが同じ部隊に……

「あー、シフルさんや」
「なに?」

 頭に思いついたことを、ちょっとばかり聞いてみることにしようと、いきり立つ。

 ……機動六課といえば、アレだ。
 古代遺物管理部機動六課。
 『夜天の王』八神はやてを部隊長に、本局のエースオブエースやら巷でやり手と名高い執務官殿が召集されてるとかで、「三提督時代の再来か?」とか「夜天の主がなにやらかすつもりだ?」とかひそひそとうわさされてる、ロストロギアを扱う、試験運用的な部隊だ。
 発足の理由はもちろんしっかりと存在しているし、局の上の人間もそれを承認している。
 正式に認可が下った、正式な部隊だ。
 もっとも、エースオブエースと執務官、そして夜天の王が揃った時点で、の中ではかなり特殊な扱いになっており、最も関わりなくない部隊の現時点でナンバーワン。
 面倒ごとが嫌いな性分は相変わらずである。

「私とってことは……まさか」
「まさかもなにも、そういうことでしょ……あれ? もしかしてまだ辞令来てなかった?」
「……がーん」

 落ち込んで見せたのも束の間、

『仕方がないでしょう、マスター。貴方がいくら落ち込んだところで、決定事項は覆りませんよ』

 の腰に光る緑のキーホルダーが、トーンの高い声で追い討ちをかけてきた。

 デュアルデバイス、アストライア・ユスティード。
 8年前の事件で大破した彼の相棒は、かつてのなのはやフェイトと同じように、格段の進化を遂げていた。
 今までと比べてスペックも上がり、運用上の欠点もほぼ克服。
 22歳になった彼とのコンビは、相も変わらず健在。

「や、それはわかってるけどさ」
『だったら、つべこべ言わずに辞令をもらってください、マイ・マスター』
「……がふ」

 デバイスに口で負ける魔導師って。

「いいぞいいぞー。もっと言ってやれアストライアーっ!」

 そしてシフルは、かつての同僚よりもデバイスの味方。
 ……なんだこの構図。

「しかたないなあ……」

 ひとしきり落ち込んだは、事の真偽を確かめるためにもまず現所属部隊の隊長室へと向かう。



 そして、舞台は変わる。


 友人たちと、自分が助けた1人の少女と、かつての同僚の娘たちとの再会を果たして。


 彼はまたしても、面倒ごとに巻き込まれることになる。


 そして勃発する事件の果てに、自分のすべてと向き合うことになるのだ。


「ああああ、面倒なことにならなきゃいいなぁ……」
『残念ですが、きっとなにかしらあると思いますよ……私の経験がそれを語ってます』
「デバイスのクセに達観してますねえ……」
『誰がさせたと思ってるんですが、誰が?』
「…………」


 デバイスに言い負ける不憫な彼に、幸あれ。




…はい。
お疲れ様でございました。
間章はこれにて終了となります。
しっかりオチたかどうかはわかりませんが、
最終的にこのような形になった理由やオリキャラ諸々
については、このあとの「あとがき」にて。


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