最後のクラスの合唱が終わる。
 を含めた4人のクラスは、それなりにそれなりで終わった。特に印象もなく普通に、何のインパクトもなく。
 しかしそれでいいと軽い気持ちで思ってしまうクラスメイトたちはどこか、やる気というものがないのではなかろうか。……もっとも、4人にとってはそんなクラスメイトたちで今回ばかりはよかったんじゃなかろーか。

「……さ、行こうぜ?」

 仁の言葉を受けて、ゆったりまったり船を漕ぎ漕ぎ鑑賞していた残りの3人がおもむろに立ち上がる。
 周囲のクラスメイトたちはそんな彼らを横目に、クラス合唱の最優秀クラスの発表に視線を戻す。
 ……誰も何も言わないところが、どこか不思議だったりするのだが。
 ともあれ4人は静かに席を立ち、舞台袖へ。
 実のところ、先生方には話が通っていたりした。事情を知っている音楽教師が、事前に職員たちに周知していたのだ。
 もちろん、実際に演奏する4人には内緒。
 生徒の自主性を重んじる、なんてもっともらしい理由をつけて、音楽室からガンガン鳴り響く仁渾身の曲の演奏を黙認していたのだ。
 だからこそ、彼らは誰にも告げずに舞台袖へすんなり侵入でき、かつ裏口から姿を現したフェイトを迎え入れることができたわけだ。
 そんなフェイトもまた、一緒に来た友達に笑顔で送り出されてきていたりする。

 …

「それじゃあ私、いってきます」
「なのはちゃんとヴィータちゃん、残念だったわね。任務が重なっちゃうなんて……」

 あんなに楽しみにしてたのに、と小さく息つくシャマルに、フェイトは苦笑した。
 が最初に誘ったなのはと、彼女から今回の話を聞いたはやてと八神家のヴィータ。
 2人は今日、管理局の任務でこの場にはいなかった。

「仕方ないわよ。そのために、あたしらがカメラ持ってきたんだしぃ」
「フェイトちゃんの晴れ姿は、なのはちゃんの代わりにしっかりおさめるから、安心してね?」

 手に持っているデジタルビデオカメラをひらひらと振って見せたのはアリサだった。
 隣で苦笑するすずかも同じようにカメラを持っているが、彼女の場合はビデオではなく普通のデジカメ。暗がりでも対象をしっかり撮影することができる、なかなかにオーバーテクノロジー気味な反則カメラだ。
 2人とも、仕事でこの場に来ることのできなかった翠屋クルーたちのために、世界最先端のカメラを携行してきたわけだ。
 ……まったく、金持ちの考えることは良くわからない。

「ぶっちゃけわたしらはこれだけのために来たようなモンやし……期待してるで、フェイトちゃん」
「うん、楽しみにしてて」

 はやての一言に自信たっぷりと言わんばかりの表情を見せて。

「我々のことより先に、お前はまず自分が歌うことを楽しむことだ、テスタロッサ」
「もちろんです。精一杯楽しんで、精一杯歌ってきます」

 シグナムの大人な一言に素直にうなずいて、フェイトは友達の輪の中から1人抜け出て、約束していた体育館の裏口へと向かっていた。

 ちなみに余談だが、八神家の最後の1人、ザフィーラは『ペット入場禁止』のため、自宅待機中である。

! 先輩!」
「おー、グッドタイミングだよフェイトちゃん。ささ、制服に着替えちゃおっか」

 フェイト用の制服の入ったカバンを手に、にこりと笑いかけたリリスに従って急ぎ着替えを始める。
 時間はない。なさ過ぎるほどにないのだ。
 介入する絶好のタイミングは、合唱コンクールが閉会してから生徒たちが体育館を出て行くまでの数分間。
 その間にフェイトの着替えをはじめ、楽器のチューニングや意識あわせ。
 数分間の間にすべてを万全にした上で、目の前の舞台に立たなければならないのだ。

「リリスちゃん、キーボードの準備は!?」
「とりあえずだいじょぶだと思う。悪いけど、と仁に運んでもらっといて!」
「なあ、ここってこんな感じでいいんか?」
「はあ……めんどくさいからやだ」
「ちょっ、そんなこといわずに……ネ?」
「よるな、かおちかづけるな、きもちわるい。俺は自分のことで忙しいの」

 そんなこんなで、『彼らにとっての』本当のお祭りが始まる。
 それぞれの定位置について、互いの顔を見つつ小さくううなずく。
 アリーナは終わったとばかりにざわつき、出入り口から続々と人が流れ出ていく。
 この場所にたった5人がまずすること。
 それは……

『そこな行く生徒諸君! ちょっと足を止めて聞いていきなよ!』

 面倒から開放されて出て行こうとしている学生たちの歩みを止める。
 足を止めさせて、自分たちの演奏で彼らを魅了する。
 短期間だったが曲はそれなりに完成していたし、フェイトの歌声は正直、下手な歌手なんか足元にも及ばないほどの実力であると。
 彼女の歌を聞いて最初に抱いた感想を、今では心の底から確信している。
 曲の作者として、今回のコンクールジャックの発起人として。

『せっかくの祭りの日! 辛気臭い顔してないで、少しくらいは楽しんでいきなよ!!』

 ギターのチューニングをようやく終えた仁は、マイクを片手に声高らかに。
 のスティックでリズムを取って、1曲目のイントロが始まった。


 ――遥か響いている


 始まりはフェイトの歌から。
 舞台の中央で両手でマイクを持ったフェイトから。
 静かに、ゆっくり。コーラスとして声をダブらせるさとりとリリス。
 『第2期オープニング』なんて妙ちくりんなネーミングのこの曲は、最初はゆったり、徐々にテンポを上げていくもの。
 だから今は、ただフェイトの歌い方にあわせて調和させる。
 彼らも……の仲間たちも、忙しくなければどうかと誘ってみたものの、結局無理だった様子。
 だったら、せめてこの歌が天まで……ミッドチルダにいる仲間たちみんなに届くように……



 ――祈りは奇跡に……



   
魔法少女リリカルなのは A's to StrikerS - Act.11 -



「入り口付近に、門番がいるはずです。たしか……アーレフという、戦闘機人が」

 メガーヌのそんな言葉に、ゼストとクイントは目を丸めた。
 目の前の施設。そこを彼女とが戦闘機人がらみのなにかであるとにらんでいた理由を思い出したからだ。
 彼女とが見たという、ISテンプレート――戦闘機人の戦闘機人たる象徴。
 自身の目でこそ見てはいないが、仲間の言葉を信じないはずもない。

「シフル、施設周辺の探査を。小さいことでも何でもいい。こっちへ報告してくれ」
『はいっ!』

 ゼストの要請を受けて、司令部で周辺地域の探査をしていたシフルは、調査対象を施設周辺に絞って調査を始める。
 生命反応から魔力反応、エネルギーの高まりなど、思いつく限りのすべてを対象にしての調査を実施する。

 ことは一刻を争うのだ。
 レクチャーを受けたのは戦闘機人の関わる歴史と、固有の能力の高さ。そして、危険性。
 聞けば聞くほど、同時に感じたのはこれから向かう先でのこと。
 能力の高さを聞いて、素人ながらに気付いたこともある。
 それは、分隊全員を率いたところで、施設の内部で無事でいられる確率があまりに低いということだ。
 施設にどれだけの戦闘機人がいるかもわからない状況での突入捜査。
 危険度はあまりに高い。
 だからこそ、ことは一刻を争う。
 頼まれた調査は迅速に。

「えと、周囲には特になにもないみたいです。その、アーレフって戦闘機人の姿もないみたいです」

 シフルからの報告に、メガーヌは驚きの声を上げる。
 扉より先へは何人たりとも通さぬようにと言付かっている、と口にした彼は、その任務をほっぽりだして一体どこへ行ったのか。
 だからこそ、が自分を守るために必死になってくれたのだ。彼女の言葉を信じないわけではないが、素直に信じることもできないでいた。

「アルピーノ、その話は後にしろ。……突入するぞ」

 ゼストの号令で、舞台は施設内へと移る。

「チームA、チームBはナカジマとアルピーノに続け。チームCは俺と他の出入り口を探す」

 そんな指示を飛ばしたゼストは、先行して地面を蹴った。
 あるかどうかもわからない裏口だが、中の人間を拘束する必要も出てくる可能性を鑑みて、逃走防止の策を講じただけ。
 すべては、作戦に万全を期すため。
 隊の中から、1人たりとも欠ける者の出ないように。

「作戦の開始前に……1つだけ」

 走り出そうとして、思いついたかのようにゼストは立ち止まる。
 今回の危険度を考慮して、というわけではない。
 危険な任務はいつものこと。今回はその危険性が、著しく高い。
 いや、高すぎる。
 だからこそゼストは言う。
 隊を預かる人間として、この世界に生きる1人として。そしてなにより彼らの『家族』として。

「俺たちはまた、『あの場所』へ帰る。…………だから、死んでくれるな」

 そんな一言を贈った。


 ●


 会場は沸いていた。
 フェイトの歌声に、未完成ながらも各パートが見事に合わさった演奏に。
 そして、ノリのいいメロディに。
 汗をかきかき、は自分でテンポを刻みながらドラムを叩く。
 ドラムは他のパートの指針になる。指揮者がいないバンドのチームは、演奏が乱れることのないように誰かが、リズムを刻む必要がある。
 それがである理由はない。ただ、ドラムというパートがだからこそ、彼が指針となっているのだ。

 メロディが響くごとに、帰ろうとしていた生徒たちは足を止めて舞台を見る。
 友人同士が顔を見合わせて、笑顔と共に。

「いいぞいいぞ!」
「ちゃんとできてるじゃないか!」
「この時を待ってたよ!!」

 そんな声を口々に上げた。


 ――を越え刻まれた 悲しみの記憶……


 彼らは皆、知っていた。
 誰かがバンドを組んで、今この場で流れている曲を練習し続けていたことを。
 防音設備もないままずっと練習してきたのだ。通りがかった人や部活帰りの人がたまたま耳にして、瞬く間に広がったとしてもおかしくはなかったのだ。


 ――まっすぐに受け止める君は光の女神てんし


「ははっ」

 自分達の認識が甘かったのかもしれない。
 サプライズという形でコンクールジャックを企画したはずなのに、その過程で生徒どころか教師たちも知るところとなって。
 彼らが知らないのは、そんな企画をしている男女の正体だけだったのだ。


 ――あの日胸に灯った 永遠の炎


 だからこそ、逆に驚かされた当人たちは笑うしかない。
 演奏をしながら、自分達の練習に一切口出ししてこなかった生徒たちはそれだけ自分たちに期待していた……否、彼らもまた仁と同じように現状に『ものたりなさ』を感じているのかもしれない。

 だったら、やることは1つだけ。


 ――深い闇解き放って 自由のトビラ開いてく……


 ただがむしゃらに、そして全力で『今』を演奏するたのしむのだ―――。


 ――強く果てない未来へ……


 ●


 施設内に明かりは少ない。
 起動しているのかもわからない巨大な機械から発されるランプの光と、エメラルドに光る液体の入ったカプセルが整然と並んでいるだけ。
 人の影どころか気配もない。
 何かの駆動音と、ぶくぶくというカプセル内の液体が気泡をはじけさせる音だけが響く。

「クイント、見て」

 そんな中を、チームAとチームBは進む。
 周囲の警戒に細心の注意を払いつつ先頭を歩くクイントを呼び止めて、メガーヌは頭上を見上げる。
 視線の先には緑の液体が満ちたカプセルがある。
 ……それはいい。問題なのは。

「なによ、あれ……?」

 その中に、1人の女性が浮かんでいることだ。
 着衣はない。意識がないのか瞳は閉じられ、動きを見せる気配もない。
 長い茶髪がカプセル内を揺らめき、儚げな印象を受けた。
 むしろ、その女性がなぜあんなカプセルの中に押し込められているのかということの方が大事だった。
 助けようにも、うかつな行動をとって作戦に支障をきたすことになると隊の全員を危険に晒す可能性がある。

「私にもよくわからないわ。それは、この施設の責任者……つまり犯人に問いたださないと、ね」

 メガーヌは険しい表情をそのままに、クイントの肩に手を乗せる。
 今必要なのはこの場所が戦闘機人を生産している工場であることや、この場所の責任者を捕縛すること。
 そのために強行した突入捜査だ。

「……っ」

 クイントは悔しげに悪態をつきつつ、視線から女性を外したのだった。



 一方、ゼスト率いるチームCは無事施設の裏口を発見、侵入を果たしていた。
 チームA、Bと同様、人の気配はない。
 しかし、カプセルなどの巨大な機械は見られない。
 ただ、広い広い空間がいくつも続いているだけ。

「なんだ、この空間は……?」

 道はシンプルに一本だけ。
 そこから枝分かれするように、鉄がむき出しになった広い部屋がいくつも並んでいた。
 しかしその壁には無数に傷痕が見られる。

 巨大かぎ爪のようなものでつけられた同じ長さの削り傷。
 膨大なエネルギーの塊がぶつかり弾けたような大きな穴。
 何かに抉られたような床のクレーター。
 まるで、なにかとなにかが戦った跡のよう。

「隊長、なんのためにこんな部屋が」
「さあな。おおかた、戦闘機人の成果実験でもしていたのだろうさ……もっとも」

 入った一部屋を見回して、壁の傷や床の穴を視界に納めてゼストは言う。

「成果は上々だったようだがな」

 皮肉げに、吐き捨てるように。
 そして。

「ああ、そのとおり。成果は上々だったよ」

 そんな彼らの会話に入り込む、1つの声。
 勝気な、比較的トーンの高い女性の声。
 隊の全員が気付いて振り向いた先には、3つの人影が出入り口に立っていた。
 背の高い影、反対にグレーのシェルコートを羽織った子供のように華奢な影、そしてマントをはためかせた影。
 明かりがほとんどなく、わかるのはただシルエットだけ。

「……戦闘機人か」
「大正解♪ どこかのおばかさんが侵入したって連絡を受けてこちらへ来たのですけれど……」

 マントの女性が口元に人差し指を当てつつ、ふざけているかのような軽い口調で言葉をつむぐ。

「時空管理局の方々だったようですねぇ……これはこれは失礼をいたしましたわん♪」

 彼女はただ、楽しんでいるようにしか見えなかった。
 そういう性格なのだろうが、その人をおちょくるような行動が隊員の神経を逆撫でする。
 全員が全員、表情に険しさを宿してしまう。

「よせクワットロ。話がこじれる」
「あらあら、チンクちゃん。いいじゃないの……」

 クワットロという名前なのか、マントの影は華奢なそれに向けて言い放つ。
 彼女たちは、侵入者である自分たちを排除するためにここにいる。
 和気藹々と話しているように見えるが、それはただの余興に過ぎないのだろう。
 自分達の能力を確信しているのだから。

「……どうせ、この人たちはみぃ〜んな、ここで死んじゃうんだし?」

 その言葉を皮切りに、チーム全員が臨戦態勢をとった。
 隊長であるゼストも同じ。
 相棒のデバイスを一振りの槍に変え、その穂先を『敵』へと向ける。

「貴様らの親玉はどこにいる」
「誰がその問いに、答えると思っている」

 長身の女性の嘲笑めいた答えにゼストは、もはや話すことはないとばかりに目を閉じる。
 相手は戦闘機人。マスターの命のみに従い、ここへきたのであれば。

「総員、戦闘準備。……ねじ伏せるぞ」

 最初から、話をして分かり合えるような存在ではなかったのだ。

「あらあら、やっぱり抵抗しちゃう気ね?」

 ゼスト隊の全員が敵意の視線を向ける中、クワットロはしかし表情を変えず右手を天に掲げる。
 その瞬間、彼女の表情には満面の笑顔が宿り、足元にISテンプレートが展開した。
 青く白いそれは形を残したまま回転する。

 望むのは勝利のみ。
 目の前の管理局員たちを嘲りなぶり犯し壊し、その存在すべてを否定する。
 そのために展開する、絶対的絶望。

「IS……シルバーカーテン」
『Load cartridge!!』

 動く前に、一瞬のうちに周囲を囲まれる。
 すべては同じ、3種類のシルエット。
 彼女のISが作り出した幻影に過ぎないが、絶望感をあおるには十分すぎるほどの数が彼らを取り囲んでいた。
 しかし、ゼストは止まらない。
 石突部分のカートリッジシステムから飛び出す薬莢。

「恐れるな!!!」

 太い怒声が響き、次の瞬間には爆音と共に取り囲んでいた戦闘機人の一部が忽然と消え去っていた。
 爆心地には深いクレーター。
 そして、その中心にはデバイスの排気ダクトから白い蒸気を噴出させつつゆっくりと立ち上がるゼストの姿がある。
 さすがはSランクオーバーとでも言うべきか、たったの一撃……発動した突撃魔法は敵の幻影の輪に大きな穴を作り出した。

「お前たちは何だ! 何のためにここにいる! 自分の力を信じてみろ…………絶望するにはまだ早い!!」

 ゼストは険しい視線を部下へと向け、咆哮。

「……お前たちは強い!!」

 それは、彼らの抱いた絶望感を払拭するには十分で。
 隊長としての最高の仕事を、そして全員の『兄貴』としての責務を果たして見せた。
 ……あとは、彼ら次第だ。

「チームC、散開だ! 二人一組枠、または三人一組枠で各個撃破!! ……全員まとめて捕縛する!!!」
『了解ッ!!』


 ●


 1曲目が終わる。
 体育館内が、熱気に包まれている。
 彼らは彼らの曲をもって、生徒たちの心を掴み取ったのだ。
 今年はただの合唱コンクールなんかじゃないと。ただ必要にかられて歌を歌っただけなんて、そんなつまらないイベントではなくなったのだ。
 たったの1曲。
 その1曲で心を掴んだフェイトの歌声。
 彼女のことをまったく知らない生徒たちだったが、そんなことは気にならないくらいに盛り上がっていた。

『みなさん、こんにちは。今回、彼らの助っ人としてヴォーカルになりました、フェイトといいます』

 遠慮がちにしゃべるフェイトだったが、バンド仲間を……今までまったく不明だったバンドのメンバーを紹介する。
 仕切っていたのはお祭り好きの仁だったが、今だけはそのバトンがフェイトにあった。
 全員が年上の先輩たち。
 しかもいくつもの視線が自分を見ているのだ。
 緊張しないわけもなくて。

『1曲終わったところで、メンバーの紹介をしたいと思います』

 フェイトの視線が仁へと向かう。
 同じくたくさんの視線が仁へと移動する。
 目をあわせると、仁は小さく舌なめずりをして見せた。

『ギターの仁!』

 フェイトの声と同時に、仁はギターを操る。
 器用な指裁きと共に軽快な音が体育館中に響き渡った。
 デモンストレーションに盛り上がる学生たち。

 ぶんぶんと手を振る仁に続いて、フェイトはさとりへと視線を移動した。
 真っ赤な顔してベースを担いださとりは。

『ベースのさとり!』
「へぅっ!?」

 なんて、素っ頓狂な声を上げた。
 どっと広がる笑い声もそこそこに、彼女もまた仁と同じようにベースの弦を弾く。
 低く太い音が、ゆったりと流れて止まった。
 沸き起こる拍手と、彼女を称える指笛。

 フェイトはさらに視線を飛ばす。
 その先にはリリスがいる。
 彼女はフェイトと目が合うと、ばちん、とウインク。

『キーボードのリリス!』

 いつ練習したのか、ピアノの音で流麗なメロディが流れる。
 たった十数秒の内容ではあったものの、その場にいる全員がうっとりと聞き入った。
 デモンストレーションが終わると、豊かな胸を揺らして笑顔でぴょんこぴょんこ飛び跳ねてみせた。
 実に彼女らしい。

 そして、最後に視線を移動した先で、少年と目を合わせる。
 だ。
 目が合うと、彼は小さくうなずいて笑顔を見せる。

 ――まったり行こうか。

 そんな風に言ってくれているようで。

『ドラムの!!』

 フェイトの紹介と共に、はスティックを振り上げた。
 右足を踏んでバスドラムを鳴らし、トム、スネア、ハイハットを適当に連打。それでなんとなく音楽っぽく聞こえるのはある種の才能だろうか。
 最後にクラッシュシンバルを思い切り打ち鳴らして、彼のデモンストレーションは終わりとなった。

 沸く会場。
 結局、練習してきたのはたったの2曲。
 つまらない合唱コンクールを最後の最後でぶち壊すために用意したものだ。
 だからこそ、壊す道具はたった一発のハンマーでよかった。
 しかし、保険としてもう一発。

 たった一発打ち込んだだけだときっと、自分たちも聞いている学生たちも拍子抜けしてしまうだろうからと。

『今回のためだけに結成された私たちは、本当はサプライズで演奏するはずだったんですけど』

 皆さん、知っていたみたいですね。

 そんな一言を言葉にして苦笑して見せた。
 彼女に従うように笑顔を見せたのは観客である学生たちだ。

『私も誘われただけだから、結成の理由は知りませんが』
『みんな楽しいかいっ!?』

 フェイトの1人トークに割り込む形で、仁は声を上げた。
 話をするのは結成の理由。
 お祭り好きかつ今回発起人である彼が、簡単な説明を買って出たのだ。

『簡単なことだぜフェイトちゃん! 俺たちはただ、合唱コンクールなんて行事だけじゃツマラナイじゃないかと思っただけさ!』

 各クラスごとに歌を歌って、教師たちがそれを評価する。
 そんな彼らの評価で、最優秀のクラスを決定する。

 …

 それのどこに意味がある? 
 そこにどんな意味がある?

 そんなものあってないようなものだ。
 あると確信できるのは、ただやらなきゃいけないという義務感だけ。
 そんなもの、面白くもなんともないし、なによりつまらない。

 ――だったら、面白くすればいい。

『だから、今が楽しければ俺たちはそれでいいのさ! …………みんなは今、たのしいかっ!?』

 仁の言葉に、会場の雰囲気は最高潮クライマックスに達した。

『じゃ、じゃあ、時間がなくてこれで最後になってしまいますが、最後に1曲』

 背後の仲間4人の顔を見合わせて、お互いにうなずく。
 みんなで協議して決めた曲の順番。
 そのころ彼らの手には、

 【3期オープニング2】

 というタイトルの楽譜があった。

『……盛り上がっていきましょうっ!!』

 フェイトの元気な声を好機と見てか、は1曲目と同じようにスティックを打ち鳴らす。
 最初はリリスとの2人で二重奏。さらに途中からギターとベース。

 この曲なら、たった2曲の最後を飾るにふさわしいと。
 今年の合唱コンクールの最後とするにふさわしいと。
 だからこそ、は精一杯ドラムを叩く。
 もちろんだけではなく、仁も、リリスも、さとりも。
 今年だけしかない『今』を、精一杯楽しんで、がんばるだけ。

 少年たちは今日、後世まで語り継がれる伝説となる――。



 今を楽しむこと。
 それはきっと、最高に幸せなことなのだろう。
 親しい仲間がいれば、先に待つ楽しみがあれば。
 人間は、毎日を生きていけるのだろう。
 『生きる』ことに常に、楽しさを感じてさえいれば、これ以上ないくらいに世界が輝く。

 しかし。

 幸せは唐突に、儚く崩れることもある。

「やっぱり、間違いない」
「ここは、戦闘機人プラント……っ!」

 見たこともない無数の機械たちに囲まれて、クイントとメガーヌが悪態をついていた。
 この機械たちの突然の襲撃で、部下たちと分断されてしまっており、お互い以外の支援は望めない。
 ラグビーボールのような形状でその場に浮かびアイセンサーを光らせているものや、同種のもので形状が球形かつ巨大なもの。さらには全身が刃のように鋭利なもの。
 そんな無機物の軍勢に囲まれ、まさに窮地。
 メガーヌの支援を受けたクイントでさえ、ここを突破するのは難しいと彼女たちは判断する。
 そんなときだった。


『こちら、チームC!』


 聞こえてきたのは、絶望を促す鐘の音。
 中空に映し出された映像に、2人は目を見開いた。
 しかし、絶望に浸っている時間もない。
 今はただ、自分たちが生き抜くことだけを最優先に考える。
 死んでくれるな、というみんなの『兄貴』のためにも。

「……メガーヌ」
「ええ、わかってるわ」

 だから、立ち止まっているわけには行かないのだ。

 彼女たちが目にした映像に映っていたのは――

『隊長が、俺たちをかばって……!』

 ――血だらけで部下に担がれたゼストの姿。


 そして……


『みんな、たのしかったかぁっ!?!?』

 2曲目の演奏を終え、興奮も冷めやらぬままに観客と一体になるステージ上のバンドチーム。
 同じ曲しかできないことを承知の上でアンコールをせがまれ、カイトは汗をかきかきドラムをたたく。
 ……充実していた。
 今までにないくらいに、自分の心が満たされているのを感じる。
 カイトは心から、『今』を楽しんでいた。

 〜〜♪

 だからこそ、仲間の窮地に気付くことすらできなかった。
 ステージ袖で鳴り響く着信音。
 骨董品に近い単音でしか鳴らない携帯電話は、誰もいないこの場所でけたたましく鳴動する。
 白と黒以外に映すことのできない液晶画面に映っていたのは――



『ゼスト隊』



 発信者を示す、たったひとつの単語が表示されていた―――




間章第11話。
かなりいろいろとすっとばしましたが、日常編と管理局編の区別が
ちょっとできていない状況です。
というか、このまま日常編と管理局編をおり混ぜて、最後まで
いってしまおうかと思います。


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