は、適当に見繕ったお菓子の詰め合わせを手に病院を訪れていた。 ミッドチルダの誇る、最先端の医療技術を余すことなく活用できる管理局御用達の病院。も任務で怪我をした時には、怪我の重さに関わらず必ずこの病院に搬送されていた。 だからこそ、自分が救助したあの少女もきっと、この病院にいるはずだと。それをゼストに尋ねてみたところ、返ってきた答えは案の定、肯定を示していた。 ミッドチルダの医療技術がどれほどのものなのかなど、まだ14のには到底わからない。そもそも傷を作る専門の職についていることもあり、治療に関する知識など簡易的なものしかわからない状況。それでも、ゼストの 「なにやら、厄介な状況らしいぞ」 なんて答えに、今の彼女の大まかな状況が窺い知れた。 だからこそ今、彼はここにいた。自分で助けておいて、あとはほったらかしなんて不義理なことできるわけもないし、望まないままに今の自分と同じような立場になってしまった彼女を放っておくことが、彼には到底できないことだった。 ……ガラス張りの自動ドアをくぐって院内へと足を踏み入れる。 怪我もしていないのにこうして自分から病院に訪れていることが、どこか不思議な感覚だった。包帯を手に巻いた男性とすれ違い、足に障害を持っているのか、おとなしく看護士に車椅子を押されている老人が目の前を横切り、元気そうに笑いながらぱたぱたと駆け回る寝巻き姿の少女が柱に激突してしりもちをついているのを視界に納める。 にぎわっているロビーに目を凝らすと、中には包帯でグルグル巻きになっている若い男性の姿もある。おそらくは、管理局の局員だ。任務中に大怪我を下のだろう。かすかに赤くにじんでいる包帯が、なんとも痛々しい。 そんな中、は受付で目的の少女の部屋番号を聞きだした。 受け付けてくれた看護士の女性は、のような少年が見舞いに来るとは思わなかったのだろう。軽い驚きを表情に宿して、しかし局員証を見せると表情には真剣味が宿る。慣れた手際でカルテのコピーを取り出すと、差し出した。 「エミリア・グランディス、8歳。ミッドチルダの幼年学校に所属している普通の女の子ですね」 「は、はぁ……」 はそんな説明を受けながら、あいまいにうなずく。 正直な話、彼女の素性などどうでもいいことだったから。欲しい情報は、たったの1つだけ。……今の彼女の容体について、それだけだった。 だからこそ、まるで大人にでも接するかのような看護士の態度がどうにもむず痒く、しかし言い出そうにも口を挟めない。 どうしたものかと思案していた矢先、 「あれ、くんじゃない。どしたの、性懲りもなくまたケガでもしたのかしら?」 「! ……あああフィリス先生、ちょうどいいところに!」 「は?」 フィリスという名前の女医が、に話しかけていた。 彼女はが怪我をしたときに面倒を見てくれることが多い女医さんで、名前はフィリス・アローストリームという。 整った顔立ちで、まだまだ若い彼女だが、その腕は洗練されている。彼女に怪我を診てもらった人間は皆、彼女の腕は確かだと声をそろえて言うほどに優れた医師だった。 また、その整った顔立ちに、柔らかな物腰が、一部局員に人気の女医さんだったりする。……もちろん、これは局内での話。本人はまったく知らない話だったりするが、それはまた別の話。 「……あっははっ! いつもずうずうしい君が、話をやめない看護士を止められなくて四苦八苦なんて、珍しいこともあるんだね」 「だってさあの人、俺……てか目下の人間に対して妙に真剣すぎるほど真剣になって話すんだもんさ」 「まあ、彼女は仕事に熱心だからね。相手が管理局の人だから、力が入っちゃってたんだと思うよ。……でも、別に気にしてないんでしょ?」 そんなフィリスの問いに、はばつが悪そうに小さく肯定。愚痴るように懐いた不満を口にしたものの、正直に肯定してしまうのはなんとも、本人がいなくても気まずいものだった。 結局、看護士の後をフィリスが引き継ぐような形で、彼女がカルテを受け取った。中空に浮かび上がったカルテに目を通しながら、ふむ、とつぶやく。そんな彼女の瞳に、悲しげな色が宿っているのを、は見逃さない。 「この娘の両親は、見つかった?」 カルテに書かれていた『保護責任者』の欄に書かれている2人の名前を見て、フィリスはそんな問いをにぶつけていた。 保護責任者: 代理:クイント・ナカジマ 書かれていたのは、実際に少女を保護したと、救出当時に彼とコンビを組んでいたクイントの名前だったからだ。 かけられた問いに、は押し黙り軽くうつむく。少女の病室を目の前に、は歩く足を止めた。 この重厚な扉の向こうに、あの娘がいる。保護した直後、両親がいないことに気づくや否や、狂ったように父を呼び、母を求めた彼女にこの事実を告げていいものか、一時、悩んだ。 父母を呼ぶ彼女を目の前にして、両親の存在というのは彼女にとってそれほどに大切なものなのだと見せ付けられたから。には、この気持ちは到底理解できないもの。でも、彼女の様子から彼女がどれほどに両親を大事に思っていたのかを感じ取れた。 だからこそ、事実を口にするのがとても辛い。 フィリスの問いにはただ、 「…………」 小さく、首を横に振った。 魔法少女リリカルなのは A's to StrikerS - Act.06 - 扉を開いた、その先では。 「エミリアちゃん、なにかあたしにしてほしいこととかないかな?」 「…………」 「大丈夫。お姉ちゃんはこう見えても結構すごいんだから。できる限りのことなら、きっと叶えてあげられる」 「クイントさん……」 ベッドの上で上体を起こしてうつむいたまま動かないエミリアに、笑顔で話しかけるクイントの姿があった。 見慣れた管理局員の制服を身に纏い、エミリアと目線を合わせるようにベッドに腰掛けて。彼女は、とコンビを組んで生存者の捜索作業をしていたのだ。危険すぎる現場で唯一見つけた生存者。それがまだ年端もいかないような子供となれば、同じ年頃の娘が2人いるクイントが、心配に思ってしまうのも仕方がないというものだった。 「やあ、にフィリス先生。……この娘のお見舞いかい?」 「はい。ようやく時間が取れたので」 は任務の合間を縫って学校に通い、来る数日後の文化祭に備えてバンドの練習ばかりをしていたのだ。 だからこそ今までずっと忙しく、こうして見舞うまでに結構な時間があいてしまった。そんな事情をそれなりに知っているクイントだからこそ、自身が保護責任者の代理になるようにゼストに取り計らったのだ。 「あ、そうそう。保護責任者の件、すっごい助かりました」 「なに、いいっていいって。あたしもこの娘のこと、心配だったしさ……さて、と。それじゃ、あたしは退散しようかね」 ロビーで待ってるよ。 そんな言葉を最後に、クイントは病室を退出した。 …… は、フィリスからカルテを受け取り、その文面に目を走らせる。身長や体重、局で調べた素性など、そんな情報は読み飛ばし、今の彼女の容体についてを記した部分で走っていた目を止めた。 書かれていたのはたったの2行だけだった。 容体:外傷なし。しかし、話しかけても一切反応を見せない。 心因性外傷を負っている可能性が高い。 つまり今の彼女は、『抜け殻』なのだ。虚ろな目で、ただ白い掛け布団を見つめる彼女の顔には、表情というものが存在しなかった。 「心因性外傷……トラウマね。大事な人がいなくなったことがショックで、心を閉ざし、鍵をかけてしまったのね。今の医療技術では、かけられてしまった鍵を開けることは……」 視線を止めたに、フィリスの補足が入る。まだ14で医療知識などほとんどないだろうからという、彼女なりの配慮だった。 実際、心因性外傷なんて単語、は意味がまったくわからなかった。でも、そんな文面からでもわかることがある。 それは、たった2行の文面がありありと物語っている…………ミッドチルダの進んだ医療技術でさえも、お手上げ状態だということだけだった。 「エミリア。君のごりょ……」 「くん」 うつむいたまま微動だにしないエミリアを覗き込むように身体を傾けて、口に出したの一言を、フィリスが押さえつけていた。振り返った先の彼女の表情は、少しながら険しい。 今の彼女は、とても不安定な状況なのだ。外傷がない以上、鍵をかけるきっかけとなった両親のことを話してしまうときっと、彼女の心は壊れてしまうから。 だからこそ、彼女の心が壊れてしまわないように、の話そうとしていた言葉を止めたのだ。 しかし、は首を横に振った。 「こういうことは、早い方がいいと思う」 「……でも」 「大切な情報を後回しにしちゃうと、すればするほど……聞いたときのショックはきっと、大きくなる。だったら」 心を閉ざしているなら。 鍵をかけて閉じこもってしまっているなら。 「エミリア。よーく聞くんだよ」 強引にでも、開けてあげるべきなのだ。 話しかけても、触れても。そ閉じた心が開かないなら、誰かが開けなければならないのだ。 これは、いうべきことなのだ。どれだけ隠しても、どれだけ言わないでいても、結局事実は揺らがない。 言うべきかどうか、悩んだ。口にするのは、やはり辛い。 でも、いずれは知られてしまうことだしなにより、彼女はそれをずっと、望んでいたから。 エミリアの華奢な肩に両手を乗せて、言い聞かせるように言葉をつむぐ。 「君の両親のことだけど……」 ぴくり、と。 少女の身体が小さく震えた。 が救助され、自身の状況にも関わらず両親を想い、彼に掴みかかった。病院に搬送されて治療を受けてからずっと、動くことがなかった彼女の瞳が、初めて。 「…………」 ゆらり、と揺れた。 「頑張って探したよ。1つでも、生きながらえてる命があるなら助ける。それが、俺たちの仕事だからね。でも……」 ゆっくりとしゃべるの背後で、フィリスが小さく息を飲み込む。 医者としては、心に病を持つ患者に無用な刺激はご法度だと理解できているのに、小さく首を振られた後には、もう彼の言葉を止めることができなくなっていた。 同時に、確信があった。はきっと、彼女の心の扉を強引に抉じ開けてしまうのだろうと。 なにせ、今のエミリアは――― 「ごめんな」 何年か前のと、同じだったから。気づいたときにはもう両親といえる存在は、この『せかい』にはいなかったから。 「……っっ!!」 呟くように発されたたったの一言に、エミリアの小さな身体は内側からハンマーを叩きつけられたかのように鼓動した。 半分以上閉じかけて輝きを失っていた目は大きく見開かれて。 「ぁ……」 ちいさなちいさな声と共に、ざわり、と。 病室の空気が、一変した。 「ぅぁぁぁぁああああああああああッッッ!!!」 放たれたのは、荒れ狂う暴風。咆哮を上げた少女の瞳は虚空を仰ぎ、開ききって、滝のように涙が流れ出す。 あまりの風の強さに吹き飛ばされそうな身体をその場にとどめて、は薄目を開けてエミリアを覗き込む。彼女の身体は、海のような蒼に包まれて、その蒼が天井へと立ち上っている。 それが何であるかなど、聞かずともわかるだろう。 「きゃあっ!?」 彼女はまだ8歳。完成し切れていない身体に内包されたその力は、容赦なく目の前のへと叩きつけられていた。自身の招いた状況とはいえ、しかしこんなことになるとは思わなかったが。 背後で、鈍い音が聞こえた。力の余波を浴びたフィリスが、背後で壁に身体を叩きつけられたのだろう。 さらに聞こえたのは、乱暴に開かれた病室唯一の出入り口。 「っ!? フィリス先生!? いったい何が……って、あんたエミリアちゃんになにしたの!?!?」 『魔法』とはほぼ無縁のこの場所で感じた膨大な魔力に血相変えたクイントが、病室に飛び込んできたのだ。もちろん、その両手には彼女の武装――リボルバーナックルが装備されて。 病室に飛び込んだ彼女が見たのは、泣き叫ぶエミリアと彼女の肩を掴んだ。一緒にいたはずのフィリスの姿は扉のすぐ脇に身体を強く打ちつけ、絶賛気絶中だった。そして、さらにその目に驚きを宿したのは、エミリアから発される強烈な波動だった。自身と同じ、あるいはそれを越えるほどに膨大な魔力。ただ地上事件に巻き込まれた普通の少女にしては、その力はあまりに大きすぎた。 「クイントさっ、ナイスタイミング! フィリス先生を外に出して!!」 クイントの問いに答える暇もないほどに切羽詰ったような声で、は必死に声を上げる。彼の身体を包むように翠の光が迸り、彼女の肩を掴んだ状態のまま身体をその場に押さえつけていた。クイントが認めるほどの魔力が直接、しかも目の前で叩きつけられているのだ。切羽詰るのも仕方がないというものだが。 「俺が蒔いた種だから……っ、俺が止めるっ!!」 は、泣き叫ぶエミリアの身体を自身に引き寄せ抱きしめた。 力を込めて、強く、強く。 ……大丈夫。 君は1人じゃないから、と。 両親が亡くなり、今の彼女は確かに一人ぼっちだ。 でも、今は違う。 「君を心配している人がいる。友達になれる人もいる。親身になって、話を聞いてくれる人もいる!」 大丈夫だから、とはエミリアにささやいた。 手を差し伸べてくれる人は、きっといる。かつての自分がそうであったように、困ったことがあれば助けてくれる人だっていた。将来を案じて、家族に迎えてくれる人もいた。 そんな優しい人たちに支えられて生きてきた自分がいるということを知ったのは、たった2年ほど前の話だ。たかが2年、されど2年。息づいたその温かな気持ちは今も、だらけること好きなの胸の奥にある。 面倒なこと、この上ないと思う。自分よりも小さな子供をあやすなど。……でも、それが必要なことだと思ったから、今もこうして少女を腕に抱いている。 「おとうさぁぁぁん!!! おかあさぁぁぁぁぁぁんっ!!!」 しかし、彼女は止まらない。 そばにいることが当たり前で、そんな当たり前にも幸せな日がずっと続くはずだったからこそ、目の当たりにした現実を直視できずただ、泣き叫んでいた。 両親の死というのは、それほどまでに辛いことなのだと。は今日、生まれて初めて知ることになった。 「エミリアのことおいていかないで!! エミリアはここにいるからぁぁぁっ!!!」 「んぎっ……エミリア、現実を見ろってッ!!」 現実を見ろ。 それは、彼女のような年端も行かない少女にとっては、とても難しいことだった。しかも今の彼女は、大切な両親を喪ったことを知ったばかり。情緒不安定もいいところでのこの一言。 理解できるはずもない。 「おとうさん! おかあさんっ!! どこにい……」 そんなときだった。 突然、荒れ狂う暴風がぴたりと止み、病室を染めていた蒼い光が消えていた。部屋を染めているのは、の発していた魔力光だけとなっていた。彼を守る翠の光は焔のようにゆらめき、の、そしてフィリスを部屋の外へ連れ出したクイントの顔を照らし出す。 「止まっ……た?」 そんな小さな呟きと共に閉じていた目を開けると。 「ぁぅ……」 彼の腕の中で、エミリアがぐったりと身体を彼に預けていた。 「……っ、いけない!」 彼女の様子にいち早く行動したのは、完全に今回の一件に巻き込まれただけのクイントだった。 暴走による魔力の枯渇。どれだけ内包する魔力量が高くても、それが底をつけば当然、気持ちより先に身体が悲鳴をあげる。ただでさえ事件の後遺症が残っているのだ。その状況で魔力が暴走すれば、こうなることは必然ともいえるだろう。 クイントはからエミリアを奪い取るように抱きかかえると、 「フィリス……あんたいつまで寝てんの! エミリアが……!」 エミリアは乱れきった病室のベッドに寝かしつけられ、真っ赤な顔で、苦しそうに眠っている。 そんな彼女が目を覚ますのは、いつになるか。 少なくともしばらくはこうして会うことはできないかな、なんて、不謹慎にも考えてしまっていた。 ● 「しかし、あの娘がアレだけの『資質』を持ってるなんてね」 「俺も驚いたよ。しかもあれは、ヘタしたら……」 普通の女の子が類稀な魔法の才能を持っていた、なんて。 どこかのだれかさんにそっくりだとか思ってつい、口に出てしまっていた。もちろん、クイントは彼女のことを知らない。 口に出しておいて、途中でそれに気づいて、言葉は止まってしまっていた。 結局、エミリアはしばらく面会謝絶状態。魔導師としての訓練をつんでいない彼女が突然、魔法を行使したのだ。気絶からようやく目覚めたフィリスいわく、 「魔力の回復と、事件で弱った身体の静養が必要ね。あなたたちには悪いけど、しばらくのお見舞いは無理」 とのこと。小さな子供にはやはり、両親の死と魔力の暴走は自殺行為だったようで、体力的にも精神的にも弱りきっている。目覚めは早くても、彼女の身体が快復するまでにはかなりの時間を要するとも、彼女は言っていた。 目が覚めたら、ちゃんと話ができればいいと思う。 そしてそれからしばらく時間がたって、今はクイントの車の助手席には座っている。 彼女の通勤用の車だ。彼女はすでに家庭をもっており、子供が2人いるという話は前に聞いていた。余った時間をどう過ごすか考えていたことと、食事をとっていなくてお腹がくぅくぅなってしまったことをきっかけに彼女は、をマイホームへ食事に誘ったのだ。 「まあ、いずれはアンタをウチに誘おうとは思ってたのよ」 「? なんでさ」 「前に言ったじゃない。ちょうどアンタと同じくらいの年の娘が2人いるって」 彼女はただ、にその娘たちと友達になって欲しかっただけ。 学校にも行っている。学校での友達もたくさんいる。でも、彼女たちはきっと将来、管理局へ入局するだろう。 長女ギンガはシューティングアーツを意慾的に学んでいる。妹のスバルも、気弱な性格であるけれどきっと、ギンガを追いかけて管理局へ入るはず。そのときに、歳の近い友達がいればきっと、楽しく仕事ができるはずだから。 クイントはクイントなりに、かわいいかわいい娘たちの将来を案じている。 運転しながらそんなことを話す彼女の表情はにはどこまでも、優しく見えた。 「むぅふふぅ〜ん」 「な、なにさ変な声出して」 「いや、たいしたことじゃあないですよん」 母親という存在は実に……興味深い。 … …… ……… そんなこんなで、たどり着きましたナカジマ家でありますが。 「……でか」 やたらと庭が広かった。 そして、家も。建坪は高町家といい勝負かもしれないが、問題は庭の広さだ。親子でキャッチボールなんかやっても余裕でスペースが余るくらいに広い。地面はきれいな芝生で覆われて、シンプルに飾られたテラスに純白のベンチ。あたたかな太陽の光が降り注げば…… ベンチに寝っ転がって昼寝なんかしたら、最高なんだろうなあ。 「だらけるのもほどほどにしときなよ? ただでさえアンタは特別扱いなんだから」 正式な局員なのに、第97管理外世界の学校に通わせてもらっていて、なおかつ呼び出しがあったら勤務なんて破格の待遇。つい先日まで、この待遇のせいで隊でも孤立していたこともあるくらいだ。 これ以上だらけてしまうとなんつーか、いろんなことがだめになる気がする。 呆れたようにたしなめるクイントだったが、彼の性格をよく知っているのか特にそれ以降言及することなく、 「たっだいま〜♪」 元気よく玄関を開けた。 きれいに掃除された玄関へ、クイントの帰宅を待っていた娘たちが。 「おかえりなさいっ」 「おかーさんおかえりっ!」 続々と現れた。 明るい紫のロングヘアを紺のリボンで結わえた少女と、紺の髪をショートボブに切り揃えた少女。両方ともエミリアと同じ年のころの女の子だった。 「ただいまギンガ、スバル。……今日はお客さんが来てるわよぉ」 「「?」」 そんな言葉に、ギンガ、そしてスバルと呼ばれた少女たちはクイントの背後を覗き込む。そこにいた1人の少年を見るや否や、 「こんにちはっ、いらっしゃいませ」 「……ぅぅ」 ギンガは少年――に向けてにっこり笑い元気に挨拶。反対にスバルは人見知りするのか、半歩あとずさってしまっていた。 特におびえた様子もないところを見るに、歓迎されていないわけじゃないとは思いたい。 そして、さらにその奥から。 「おう、おかえりクイント」 「ただいま。あなた」 白髪の男性が、ゆっくりとした動作で姿を現した。白髪とはいえど『しらが』ではない。働き盛りといった年代の、鍛えられた筋肉が薄手のシャツから見え隠れしている。 クイントの言葉どおり彼はクイントの夫で、名前はゲンヤ・ナカジマ。管理局の地上本部に所属する局員だ。の記憶が正しければ、彼は結構な勢いで偉かったはずだ。そんな彼がクイントと――大事な女性と話をしている光景は、なんとも微笑ましい。 ゲンヤがに視線を向けると、は軽く萎縮する。今まで年の離れた人間と関わる機会はそれなりにあったが、 「よう、だったな。よく来た。ゲンヤ・ナカジマだ……お前のことは家内からよく聞いてるよ」 「は、はぁ……」 どういう風に聞いているのか、が気になったが。 「くん、座って座って」 ギンガに薦められるがままに、ナカジマ一家の食卓に納まっていた。 大きな机に並べられていたのは鮮やかな料理の数々。ほかほかごはんにこんがり焼けた肉。そしてみずみずしい野菜たち。驚くほど豪勢な夕食と相成った。 「やー、ごちそうさんでした〜」 「お前ホントにずうずうしいヤツだなぁ。初対面の人間を前にして普通、あんなにがっつかんだろ」 「初対面だからこそですよ。っていうか、ずうずうしいのは俺のアイデンティティです」 「……余計にタチが悪い」 びし、と軽くチョップを入れてきたのは、食事を終えてまったり気分に浸っていたゲンヤだった。 娘2人は庭へ。姉ギンガは本気で管理局入りを目指しているらしく、クイントを師に据えてシューティングアーツを習っているのだと、は師匠であるクイント本人から聞いていた。 ……まったく、何を思ってあんな危険な仕事をしようとするんだか。 自身、なりゆきかつそれしか道がなかったことを考えると、なんとももったいない話である。 「まあ、なんだ。クイントの言っていたことはあながち外れてもいねえんだ。ギンガはこのまま陸士訓練校。スバルも内気な性格でな。友達も多くない。……『友達』ってのは、本来なってくれと頼むものじゃねえんだろうが……親としちゃあ、心配で仕方ねえんだよ」 そんな親の気持ちというものが、『親』という存在そのものがにはよくわからない。心配なのは感じ取れるが、 「もしかしたらかなりの勢いで出すぎたマネなのかなあ、なんて思いますけど」 どれだけ心配でも、自分の子供のことくらい信じてあげてもいいんじゃないかとは思うわけで。 「あの娘たちのこと、もう少し信じてあげては?」 「まあ、そうしてえのは山々なんだがなあ」 結局のところ、納まりはつかないらしい。 親バカの心配性には。 ● 「はっ! やっ! やああっ!!」 気合のこもった拳が空を切る。華奢で細い腕が空気を押し出し、額に浮かんだ汗が跳ね飛んだ。 熱心ではある。しかしながら、やはりまだまだ発展途上。突き出された拳には洗練された色がなく、修正するべきクセも残っている。唯一、拳撃の型がきっちり固まっているくらいだろうか。 後は彼女自身の問題。鍛えて鍛えて、その拳を磨き上げればきっと、局内でも指折りのエースになれるだろう。 ……と、ナカジマ家玄関からギンガを眺めて、今までの経験からはそんなことを考えてみたりする。まったくもって、自分らしくない。 は頭に浮かんでしまったマジメまじめしている考えを振り払って、 「精が出るねえ」 「くん……うん。まあ、ね」 「しゅーてぃんぐあーつ、っていうんだよな。君と君のお母さんが修めてる格闘術って」 そんなの問いに、ギンガは大きくうなずいた。 彼女自身、訓練を楽しいと思えていて。訓練するたびに未来に夢見た自分に近づけているような気がして、嬉しかったのだ。 自分なりに努力して、頑張って。それで母に……師匠に「よくがんばったね」って、ほめてもらいたい。 管理局に入局したら、母と一緒に任務に就きたい。 母に習ったシューティングアーツで、母と一緒に。そんな未来を夢見て、ギンガはいつも訓練にいそしんでいた。 よくがんばるなあ、なんて思ったのは言うまでもないだろう。 「……せっかくだから、ちょっと相手をしようか?」 「うーん……じゃあ少しだけ、相手してもらっちゃおうかな」 彼女1人でも強くなれば、自分にかかる負荷が減る。たった1人だけでも能力が高ければ、彼女に回る任務も多くなるから。 ……つまり、自分が楽できると。 そういうわけで。 もっとも、そんなの思惑を知らないギンガは、今まで経験したことのない『母以外の人との組み手』をするとあって、心躍っていた。今までは母とだけ組み手をしていたこともあり、自分の力を試すことができると。 「それじゃ、軽く流していこうか」 母クイントは強い。強くて、優しくて、何よりも大きい。 「うん……」 だからギンガは、母が大好きだった。 「やあぁっ!」 「……っ」 がつ、と。 乾いた音が、庭に響き渡って。 「あたっ」 同時に2人の耳に届いたのは、痛みを訴えるような弱い声と、べしゃ、という音だったりした。 それは彼女の妹で、ちょっと内気な女の子らしい女の子で。 彼女は目に涙を潤ませつつ顔を上げると、すりむいたひざを押さえて、 「うえぇっ……」 しゃがみこんで、泣き出してしまっていた。 「あ、あららら……」 「転んじゃったんだね。……ありゃ、すりむいてる」 「お、おねえちゃぁん……っ」 治癒魔法でも使えれば一発なのだが、残念ながらに使えるのは攻撃やら自分自身に対してんお補助魔法とか。 傷口からは血がにじんでいる。ばい菌が入るとことなので、はこの場をギンガに任せて、クイントを呼ぶことにした。まだ出会って間もない自分たち。もともと気さくな性格なギンガとはこのとおり仲良くなれてはいると思うが、おとなしいスバルは彼女とは違う。彼女とはやはり、すぐに仲良くなれ、というわけにはいかないらしい。 「転んだくらいで泣いちゃだめだよ? スバルはお母さんの娘で、ギンガの妹だぞ?」 「うぅ……」 スバルもホントは強いんだから。 スバルが転んだことをから聞いて、クイントは救急箱を片手にスバルの元へとやってきた。 ギンガに付き添われてベンチに座って、やはりまだ泣き顔を表情に貼り付けていた。 両膝の血をふき取り、消毒しつつ少し大きめの絆創膏を貼り付けて治療は終了。人間には自然治癒の能力が備わっているし、怪我自体もそうたいしたものではない。魔法に頼りすぎるのもよくないかな、なんて思ったりもしたが、 『あなたの考えているとおりです。魔法だって万能なわけじゃないんですよ』 なんてアストライアの声が頭に響いて、こいつはどこまでツッコめば気が済むんだろうかとか考えてつい、呆れた表情を浮かべてしまっていた。 「そうそう。ここにおわす君らのお母さんなんか、大の男に引けをとらないほどに過激なんだぞ」 そんな表情を吹き飛ばそうと、母子3人に割って入る。 まだゼスト隊に入って1年と経っていないが、クイントの強烈っぷりはそれこそあふれんばかりにある。彼女も娘たちの前だからと母親らしく振舞っていることをかんがみるに、おそらくその母親らしく振舞った分のツケが、間違いなく隊で『姐さん』と呼ばれるほどの強烈っぷりに拍車をかけているに違いない。 「ちょ、ちょっと……」 「いーじゃないっすか。別に減るもんじゃなし」 「いーえ減ります。精神的にいろんなものが」 きっと娘たちは、クイントの仕事ぶりを知らないはずだ。だとすればそれは、またとないいい機会。うわべだけ並べ立てたクイントの言葉じゃなく、遠慮を知らないの視点からのクイントの仕事振りを。 「最初に驚いたのはさ、俺の着任初日に……」 「こ、こらーっ!! 苦労して積み上げたあたしの仕事のイメージを根底からぶち壊すつもりかぁーっ!?!?」 結局、最終的には普段隊舎で見ているクイントの勝手ぶりを発動させて、手をつけられないを強引に、かつ腕力に物を言わせて彼を止めていたりする。 それを目の前で見ていた娘2人はというと、そんな状況をどこかあ呆けた表情で見ていたりしたのだが、お互いに顔を見合わせると、くすくすと笑っていた。それが普段見られない母の姿を見ることができたからか、あるいは母と少年の絡み方が面白いのか、それは笑っている2人を視界に納めて顔を真っ赤にしたクイントを見るまではわからないままだった。 「やー、ごちそうさまでした」 結局、暗くなるまでお邪魔してしまった。昼間明るいうちはギンガの相手をしたり、暗くなってからは夕食をごちそうになりつつゲンヤと世間話とか、短い時間ではあったものの、ギンガとすばるだけじゃなくナカジマ一家と仲良くなれたような気がした。 は高町家へ帰還するために本局まで行く必要があるため、クイントに送ってもらうのだが。家主のゲンヤやギンガ、そしてスバルとはここでお別れ、ということになるわけで。 「おう、あんまりもてなしもできんですまんな」 「いやいやいや。十分もてなしてもらいましたって」 そりゃよかった、と豪快に笑うのはゲンヤだった。 彼の所属は陸士隊。きっと今後、任務を共にすることもあるだろう。 「またきてね、くん」 「うん。暇ができたら、また遊びに来るよ」 クイントの見ている前でと組み手を繰り広げたギンガは、母以外との組み手が楽しかったのか満面の笑みを浮かべてを見送ってくれていた。 年のころは今も病院で眠っているエミリアとほとんど変わらない。きっと今に、彼女は管理局へ入局、一緒に仕事をすることもあるかもしれない。 そして。 「……あの」 「うん、なにかな?」 最後まであまり話しをすることがなかったスバルは。 「また、お話してほしいな」 もじもじと呟くように、そんなことを口にした。 これだけを聞いていれば、それなりに仲良くなれたのかなと思ってみる。 しかし。 「……おにいちゃんのお話、楽しかったから」 どうやら、必要以上に心を開いてくれているらしい。 上目遣いで視線を注がれて、『おにいちゃん』呼ばわりまでされて。もともと同年代以下の人間との交流が少ないにとって、その呼ばれ方は慣れないもので。基本的に呼び捨てで呼ばれていたこともあってか、 「なっ、おっ、おぉっ、おに……!?」 言葉の意味を認識すると真っ赤になって、数歩後ずさっていた。 「あらあら」 「おうおう、若いねえ」 そんなを見てにやにやと笑っているのはクイントとゲンヤだった。 そのなにか含んでいるような笑顔を目にして、真っ赤な顔のは思う。 いつかこれをネタにイジられる、と。 言うまでもなくこのあと、帰りの車の中でクイントにさんざんイジられたことは、言うまでもない。 |
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