そこは、とある会議室だった。
 男が2人に女が2人が一堂に会し、神妙な顔つきのまま、口を堅く閉ざしていた。
 議題は言うまでもなく、先日から新聞紙面を賑わせている『謎の影』のこと。
 正体が見えてこないどころか足取りすらもまったく掴めない状況で、しかも勃発している事件がすべて地上でのこと。ただでさえ人手が少なく、しかも地上事件は小さなものから大きなものまで頻発している。ないがしろになどはいうまでもなくできないので、片っ端から人員を割いていれば、結果は見てのとおり。
 いくつもの事件を1人が抱えてしまい、ただでさえ遅い対応がさらに遅れてしまうのだ。
 まったく、難儀な話である。

「正直な話、俺だけでは手が足りん。かといって、一般の武装局員たちに対応できるような案件は1つもない……」

 そこで、お前たちに集まってもらったのだと。
 神妙な顔つきのまま、巨躯の男がつぶやくように口にした。彼を見る3つの人影は小さく息を吐き出した。

「そんな思わせぶりな話し方しなくてもいいじゃんよ、にいさん」
「そうそう。の言うとおりっ」

 ポニーテイルの女性―――クイントも、呆れたように応えてみせる少年に同調する。
 彼らは同僚で、友達で。

「そうですよ、隊長。私たちは、家族なかまなんですから」

 家族と書いて“なかま”という呼び方がすでに定着しつつある今日この頃だったりした。
 とりあえずまずは、そんな今日この頃となっていることの次第を回想しておこう―――



   
魔法少女リリカルなのは A's to StrikerS - Act.04 -



 始まりは、1人の少年がこの部隊に入隊するところまで遡る。
 それはまだ数ヶ月前のでの話。

「…………」
「あのぉ……」

 隊長――ゼスト・グランガイツは、管理局から各世界へ飛ぶことのできるポートステーションへ足を運んでいた。筒状の機械がいくつも並び、勤務するスタッフたちがせかせかと走り回っている。
 機械の調整をする人もいれば、事件へ向かう局員を極上のスマイルで見送っている人もいたりして、軍隊とは思えないような面も垣間見える。子供でも入局できるのだから、これくらいが普通なのかもしれないが。
 そんなことを考えつつ待っていると、眼下からかけられた声にその視線を向ける。

「……来たか」
「ども。お久しぶりです……2年ぶり、ですかね?」

 ゼストが待っていたのは、まだ年端も行かぬ少年――という名の、新人局員だった。
 少年はどこか含んだような笑みを浮かべて、ゼストを見上げている。ゼストが彼を待っていたように、彼はゼストを探していたのだ。
 もっともすぐに見つけることができたのは、彼にとっては嬉しいことであったが。

。このたび、首都防衛隊・ゼスト分隊に配属となりました」

 らしくもなく敬礼して、はある意味社交辞令とも言えるだろう言葉を口にした。
 白いシャツの上に濃い紫色の薄手なジャケットを羽織り、下半身をデニムのジーンズをはきこなしていた。春先で暖かくなってきていたからと、比較的ラフな格好をしてきたのだが、それはどうやら大当たり。むしろ寒さ以前にジャケットがいらないほどに暖かな陽気だった。

「隊舎に行く。寄りたい場所はあるか?」
「いや、問題ないです。欲しいものもあるわけじゃないし」
「そうか。ならば行くぞ……ついて来い」

 それから地上本部は首都防衛隊の隊舎までは電車で1本。さほど時間もかかることなくたどりつけていた。
 2年前、がゼストから誘いを受けたその場所、その入り口には。

「な、なんすかあれ?」

 ブラウンを基とした局の制服をきっちり着こなす男女が整列していたのだ。
 異様な光景だとは思う。地上事件は頻発していると聞いていたが、これほどまでに多くの男女が肩をそろえて、何かを待ちわびていたかのように立ち尽くしていたのだから。
 彼らはゼストと、をその視界に捉えたかと思えば。

「ようこそ、君。あたしたちは、君を歓迎するよ!!」

 トーンの高い元気な声が耳に届いた瞬間、いっせいに敬礼をしてきたのだ。
 年上が揃い踏み。そんな状況でありながら、目の前に広がる光景に驚くのはもちろん、だ。隣のゼストは特に表情を変えるでもなく……否、軽くながら微笑んでいるように見えた。
 全部で20対ほどの目が自分に向かっている。
 男女の隔てはなく皆が同じ服――管理局の制服を着込んで、背筋を伸ばして敬礼していた。

「……あれ、これはこれはご丁寧に。学校があったりなかったりだったりしますが」

 あまり多くない荷物を地べたに置いて、向かい合って。

「自分なりにゆったりまったり頑張りますので……まあ」

 よろしくどうぞ、と。
 突然の歓迎に少しばかり戸惑いを抱きながら、それでいて客観的にこれからの仲間たちを流し眺めて。
 慣れない手つきで背筋を伸ばして、拙いながらも礼節と尊敬の意を込めて。

「これからいろいろとお世話になります」

 生まれて初めての敬礼をして見せた。


 ……


 そんなすがすがしい気分で入隊しただったわけだが、学校に仕事にと慌しい日々が続いていて。
 自分よりも2つも3つも年上の同期ともまったくコミュニケーションが取れていなかったりした。
 訓練校を出たわけもないが、中学校に通いながら任務……しかも突発的な事件に必ずといっていいほどに呼ばれている現状。彼の事情を知らず、それをよく思っていない局員もいたりしたわけで。
 は今日も、渋々ながらも隊舎に姿を現した。

「お疲れさまで〜っす」
「……よし、全員そろったな。ブリーフィングを始めるぞ」

 ゼストの声に顔をしかめる局員たち。遅刻してきて悪びれなくブリーフィングに参加しているの姿を、彼らはどこか疎ましく思っていた。
 なぜ、訓練校すら出ていないような子供が、このような場所にいるのか。
 かつて勃発した2大事件……『PT事件』と『闇の書事件』を解決へと導いた、クロノ・ハラオウン執務官なんて魔導師中の魔導師ともいえるような人間はさておき、どこにでもいそーなガキんちょが、こんな待遇なのはなぜなのか。
 同じ武装局員であるはずなのに、なぜここまで違うのか。
 そんな疑問すら、浮かんでは消えていく。

「…………」

 ゼストの言葉を耳に入れながら、気だるげに目をこする
 今回の事件も、頻発する事件とはほとんど同じ。違うのは、いつものそれより少しばかり規模が違っていた。
 交通麻痺、施設破壊、殺人。
 地上の人々を守ることを仕事とする地上部隊にとって、『彼ら』の行動はまさに、許されざるものだった。
 だからこそ、地上の正義である首都防衛隊が総出で前に出る必要があったのだ。

「ぁふ……ってヤベ、また怒られちゃうな」

 ……不謹慎にも程がある。


 ブリーフィングは、迅速な早さで終わりを迎えた。
 事件は今も、徐々に被害を拡大させているのだ。いつまでもこんな場所に留まっていたところで、事件が収まるわけでもないのだから。

 隊長であるゼストから手短に話された内容は、と同じ。危険を避けるために複数人で行動し、有事の際は都度報告すること。
 もちろん、それに反対できる人間などいるわけもなく、そのまま現場へと急行する。
 舞台は、変わる。

 ゼスト隊通信士シフル・レインズにとって、は一番歳の近い人間だった。というか、彼が入隊するまでは隊の中で最年少で、と同じ14歳。しかし彼と違うのは、ミッド出身っであったこともあり、入局後は当然のように訓練校で幾年かを過ごした。
 だからこそ、訓練校を出ていないが自分と同じ……いや、それ以前に少しばかり特別な扱いを受けていることに一抹ながら怒りを抱いていた。
 自分がこれまでにどれだけ努力して勉強して、どれだけ頑張って訓練校を出ることができたか。それを考えると、隊長であるゼストにスカウトされたという理由で自分と同じ場所にいることが許せなかった。
 だから、今までずっと話をする必要もないと考えて、それに準じて行動していた。必要なのは任務中の報告や連絡をするだけでいいと、タカをくくっていた。

「状況開始。各員、現場に散開しました!」

 今はただ、自分にできる仕事をするだけと。
 中空に浮かび上がるコンソールを前に、自らの指を置いた。
 しかし。

「え、あれ……?」

 レーダーの端に点った複数のマーカーが、ただの事件では終わらないことを予言していた。


 ……


「くそっ、放せェッ!!」

 突如勃発した地上事件は周囲に多くの被害の爪痕を残して、終焉を迎えた。
 魔導師崩れの彼は、首都のあちこちに魔力を編み上げた即席の時限爆弾を立て続けに起爆していたのだ。まずは、首都の交通を爆破。首都の中枢を爆破。首都の施設を、建物を、街を、家を。
 そして、空から微細な魔力爆弾を降らして、爆破…………しようとした。

「はいはいはいはいわかったから。……うるさいからその口を閉じな」

 犯人を取り押さえたクイントは、後に『姐さん』と呼ばれる所以と言われているその表情を犯人の顔ごと地べたに叩きつける。
 その両手には、武器の類はない。代わりに彼女の両手を覆うグローブ型のデバイスが、重厚な輝きを放っている。
 リボルバーナックル。格闘術シューティングアーツの達人である彼女が、脚部に装備した魔力駆動型ローラーブーツと共に任務をこなす彼女の相棒。彼女はいわゆるフロントアタッカー―――敵の真っ只中に飛び込んで、ちぎっては投げちぎっては投げ飛ばす、いわゆるゼスト隊の切り込み隊長というヤツだった。

「クイントに抑えられたら、もう逃げることはできませんよ……観念しなさい」

 そして、静かに凄むメガーヌは、彼女のサポート。魔力射出・射出魔力制御の補助……つまり味方の魔法行使を補助する役目を担っているブーストデバイス・アスクレピオスを両手に、クイントがちぎっては投げちぎっては投げ飛ばすその手伝いをしているというわけだ。
 クイントのシューティングアーツ、メガーヌの補助が上乗せされたクイントの拳の一撃は。

 ……正直、かなりが悪い。

「…………」

 おとなしくなった犯人をふん縛って一息つくクイントとメガーヌ。彼女たちに同行していた局員たちは2人の様子から、事件は終息を見たのだと理解していっせいに息をついた。
 相手が魔導師で、しかも街の所々に時限式の魔力爆弾を大量に作り上げることができるのだ。その実力はクラスにしてAを越えて、クイントとメガーヌのスパルタ教育によってようやく取得したA+ランクなんかあっさりと飛び越えて、Sという大きすぎる台にすら届こうとしているのではないだろうか。
 そんな犯人を取り押さえることができたのは、くしくもオーバーSランクを保有するゼストのおかげともいえるだろう。
 さすがオーバーS、なんて言葉もきっと皮肉どころか部下からも尊敬の言葉ともなったりするだろうね、ええ。

「周囲の警戒を怠るな。まだ、何があるかわからんぞ」
『はいっ』

 尊敬の念をもって、元気よく返事を返す中。

「…………」

 は1人、青く澄み渡った空を見上げていた。
 黒い柱がいくつも立ち上り、しかし天上の空はどこまでも青い。彼からすればきっと、ぽかぽかとあたたかいその陽気が後押しして「あぁ、だりぃ……」なんていって、隊舎の屋上でぐーすか寝入ってしまいたくなるだろう。
 ……まあ、実際何度かそんな光景を目撃しているだけに、あんまり笑えなかったりするわけだけど。

「どしたの、?」

 縄もといバインドでぐるぐる巻きにした犯人を肩に乱暴に担いだクイントがきょとんとした表情で、自身よりも背が低いを覗き見る。その目は、の顔色が徐々に悪くなっていく光景を見逃しはしなかった。

「散れ……っ!!」

 は言う。
 逃げろと。迅速にこの場を離れろと。話したこともない局員たちに向かって。
 肌で感じる危機感と焦燥感は、ゼスト隊の中でもだけが感じている。彼よりも遥かに大きな力を持っているゼストでさえ気づかないような微妙な感覚。しかしそれが、自分たちを脅かす何かだということだけは間違いなくて。

「あー、もぉっ!! アストライア!」
『Yes. Exth form Set ……mode shied』

 は早々に、アストライアに自らの意思を伝えた。忠告しているにも関わらず動こうとしない仲間たちを、守るために。
 彼の相棒、アストライアは機械質あふれる音と共に、瞬間的にその姿を変貌させた。刀身のない、柄だけを残して肝心の部分が抜け落ちた剣の姿。それが完璧な姿となる瞬間を、一同は目の当たりにすることになる。

「広がれ……っ、広がれ広がれ広がれ広がれぇっ!!!」

 魔力を編み上げ、一気に構成される刀身。一瞬だけ剣としての形を見せながらも、その翠の光を帯びた魔力の塊はいっせいにの前方へと広がり始めた。
 早く、はやく、ハヤク。もう、残された時間はさほども残っていないのだから。

「っ!? ……この感じは……っ!?」
「早いわ!!」

 それは今まで幾度となくぶつかり合ってきた、ある意味では宿敵とも言える間柄。ゼスト隊が一丸となって捜査している対象が、今の自分たちに災いを振りかけていた。
 その存在が何であるか……それは、一般局員だけでは手に負えない、それほどに巨大な力の持ち主たちだ。
 実際、出来上がった盾に降り注ぐ、魔力の雨。鋭利に研ぎ澄まされたその矛先は隊の仲間を守るかのように広がったの盾に突き刺さり、量が増えると共に侵食を始める。その1本1本の威力の大きさに……盾が消えてなくなってしまうのも、時間の問題だったが。

「んぎ……ぅお」

 腕にかかっていた衝撃が消えたことを確認し、ぎゅっと閉じていた目を開くと、攻撃の雨が止んでいることを認める。構成してていた盾はもはや見る影もなく虫食いだらけ。
 こんな状態でよくもまあ皆を守ることができたものだと、内心で自分自身をほめてあげたい。

「もっと危機感を持てって、言われたばっかじゃないか!!」
「すまんな、助かったぞ……総員、散開だ! 急げ!」

 局員たちが狙い打ちされないようにと命令するゼストをよそに、は自分たちを狙ってきた存在を見つけるためにきょろきょろとしきりに首を動かす。

「消えた……」

 しかし、次の瞬間にはの感じた危機感は消え去り、いつもの陽気が戻ってきていて。呟かれた彼の言葉を引き金に、局員たちは散開を取りやめてを見やっている。
 周囲はほぼ廃墟に近い。人的被害は免れたものの、自分たちがいたとあるビルの屋上は完膚なきまでに破壊し尽くされていた。
 ……直すのが非常に面倒そうだが、自分にはまったくと言っていいほどに関係のない話なので気にしない気にしない。

「シフル、そちらではなにかを視ることができたか?」
『えと、レーダーの端に視えていました。あまりに速度が速かったから、驚いちゃって』

 自分自身、突如現れた反応にわが目を疑ったくらいだだと、彼女は付け加えるように口にした。

「視えてるのに、なんで報告しないのさ!? 間違ったら、みんな一緒に死んでるとこだったんだぞ!?」

 まくし立てるの声に、通信先のシフルは口をつぐむ。
 彼の言うことは正しくて、自分自身、任務以外では話したこともないに失敗の尻拭いをさせていまったことは事実。そして、それ以前に驚いたのが先のなぞの攻撃をいち早く感じ取って、20を越える部隊の仲間を守り抜いた。Sランクオーバーのゼストや、彼自身よりランクの高いクイントやメガーヌを差し置いて。
 間違ったら、みんな一緒に死んでるとこだ。
 この言葉が、「気を抜くな」というゼストの言葉を全員が言葉半分に受け止めていた証拠になっていて。

『……』

 誰も、反論すらできず口をつぐんだ。

「今は議論している暇はないわ。問題なのは今、私たちが何者かに狙われているということよ、そうでしょ?」
「……ああ、それなら今から追いかけるのは無理だよ。もう、遅い」

 それてしまった話を戻そうと口を挟んだメガーヌに告げたのは、不機嫌をあからさまにかもし出しているだった。剣の形をしていた彼のデバイスは、元の槍の形へと戻っていた。
 大きく空気を吸い込んで、荒くなった息を整える。そして、熱くなっている頭をクールダウン。普段の彼を知っていれば、その行動が彼らしからぬものだとすぐに理解できたことだろう。無駄に熱くなって怒気を前面に押し出すことや、熱くなっている自分に気がついてクールダウンをしようとしていることが。

 ただ、モノホンの部隊というのはこんなものだったのかという落胆。長く嘱託として働いてきたからこそ、突発的に任務に参加させられることがあっても1つの部隊に留まっていることはなかったからこそ。部隊というのは今回のような突発的なことに対しても適切な行動ができるとばかり思っていただけ。
 それが、実際は緊張しているのは犯人を捕まえるまでの話。隊長クラスであるゼストやクイント、メガーヌはともかくとして、彼らは訓練校で最後まで緊張を解かないようにと……教わっているはずだとも考えていたのに。
 なにせ訓練校を出ていない自分自身ですら、これを基本中の基本、物事の根底において行動しているのだから。

「みんなさ、なんのためににいるのさ?」

 皮肉めいたこの言葉が、すべてを物語っていた。
 彼自身が、周りにいる年上局員たちよりも遥かに多くの経験を重ねていたことを。そして、彼が一番、まだほとんど関わりすらなかった仲間たちの安否を考えていたことを。

 ……

「ちぇっ、外れちゃったか」

 ゼスト隊の面々から離れること約1キロ。普通の人間なら視界にすら納めることができないようなこの場所で、1人の少年が小さく悪態ついていた。
 金の髪に、時折ノイズが走るかのようにぶれる瞳は同色の金。小柄な体格でありながら、頭上に向けられた腕には彼の身体と同じほどの大きさの砲が装着されていた。砲口から糸のように立ち上るのは、赤い粒子の混じった白い煙。それが、つい今しがたに砲撃したことを物語っていた。

「ま、当てやすい的に当てたところで嬉しくないからね。上等上等」

 興味をなくしたかのように砲を下ろし、振り返るように背を向ける。

「アイツも見て来いって言ってただけだし。砲撃したのはまあ、せっかくいい的があったからって理由つけて許してもらおうっと」

 結局、防がれたわけだしね。

 独り言のように呟く彼の目は、広がる蒼天へ。
 一面が青く染まったせいか忌々しげに小さく息を吐き出して、視線を空からはずす。

「次は直接、おれの相手、してもらいたいなあ……ね、?」

 自身の砲撃を防いで見せた少年に思いを馳せ、とん、と軽く地面を蹴りだす。
 その身体はまるでワイヤーでつられているかのように、ふわりと宙へと舞い上がったのだった。
 身体のラインを浮き出しにするような黒いタイツの上からブルーの半そでジャケットと短パン。脚部には重厚な光を放つ足首までのブーツを履いている。
 その少年の腰に巻かれた黒いベルトのホルダー部分には、まるで自分自身を強調するかのように『C』という文字が彫られていた。

 ……


 それから。
 ゼスト隊の面々は、まるで人が変わったかのように日々訓練に打ち込んだ。訓練校で学んだ内容を一から総ざらいする者や、自身の内の力を高めようと魔法訓練に勤しむ者。そして、戦場での感覚を養おうと模擬戦を繰り返す者。
 今まではクイントやメガーヌが率先していたが、今では自分から進んで訓練に向かう姿が日常となりつつあった。そんな光景を見て、「今までは言わなきゃ動かなかった連中が、こうまで変わるとはねえ」なんて感慨深く呟くクイントの嬉しそうな表情が、の目に強く焼きついていた。

 そして、もう1つ。

「なあ! 俺たちこれから連携の訓練やんだけど、相手してくれないか?」
。デュアルデバイスって、使い勝手とかどんな感じなんだ?」
くん。アストライアの調子はどう?」

 深い事情を知らないにも関わらず、名前も知らない局員たちが気さくに話しかけるようになったのだ。
 今までが今までだけにどういう心境の変化かと気にはなる。でも、それを当人たちにたずねて回るのは、たかが20人前後とはいえどもそれなりに多い。
 いちいち聞くのも億劫だし、ということで、が結局深く追求することはなかった。

 にいさんや姐さんといった呼び名になったのは、それからすぐ後のこと。の意思なんかあっさり無視して、どんどんアットホームになっていく隊の仲間たち。

 隊の全体に変化をもたらした元凶が、その変化に一番遅れているのはいったいどういう了見か。


 ●


 閑話休題。
 そんな理由やら心境の変化やらなにやらがあって、今の彼らがある。もちろん、アットホームであることに甘えることなく、一部隊として手を抜くことなく任務をこなし、事件という事件を鎮圧していった。
 ついこの間の、生存者が年端も行かない少女たった1人という悲惨な事件も。

「それで、にいさんほどの人が手に負えないほどの事件てなにさ?」
「あぁ……」

 ゼストはの問いに生返事を返すと、おもむろにデスクの引き出しから書類袋を取り出した。
 それは炎の中にうっすら見えるいくつかの影が3つ。

「これは先日、何者かに破壊された研究施設で撮影された犯人とおぼしき連中の写真だ」

 彼は親友から頼まれたという任務について、話を始める。

 昨今、管理局の施設を立て続けに破壊して回る何者かの姿があるとのこと。
 侵入されたことすら感知できず、出て行くときには足跡どころか完膚なきまでに破壊してすべての証拠を隠滅していく、謎の存在。それがゼストが見せた写真の影かというとそういうわけでもなく、犯人の目星もつかないまま彼は捜査を続けていたわけだ。
 そしてそれは、今も同じ。つまり、手がかりを失って手詰まり状態、というわけである。

「俺は、この事件……『戦闘機人』の仕業ではないかとにらんでいる」
「……戦闘機人?」

 戦闘機人……それは、その名のとおり『機械の身体を持った人間』である。
 自らの身体に人為的な介入を受けて誕生する。旧暦の頃から幾度となく開発を試みられた『人体兵器』。懸命な開発作業もままならず、今まで完成に至ることはなかったが、何者かが研究を完成させたのかあるいは――。
 ともあれ、戦闘機人というのは要は、人為的な力で安定した数の武力を備えることのできる人の形をした『兵器』なのだ。

「なにか、証拠はあるんですか?」
「まだ確信というわけではないが……」

 クイントの問いに、ゼストは袋からさらに1枚の紙……否、写真を取り出す。
 そこに写されていたのは、

「これは……ッ」
「アルピーノ。お前ならこれの意味、わかるだろう?」
「はい……本で見たことがあります」

 メガーヌが凝視していたのは、影の足元に浮かんだ円だった。
 さまざまな図形や文字、数式。デジタルな数字が羅列されたそれは、戦闘機人特有の技能であるIS――先天固有技能インヒューレント・スキルを発現するときに浮かぶ代物だったから。
 両手両足にパープルの、鋭利なデザインの翼を広げているそれが一体どのようなものなのか、それは当然のごとく写真ではわからない。

「間違いありません。これは、戦闘機人の持つISテンプレートです」
「そうか……博識なお前が言うのだから、やはりにらんだとおりというわけか」

 なら、と。
 ゼストは改めて、3人を流し見る。

 つまりは、そういうことなのだ。
 戦闘機人は戦闘力が著しく高い。一般魔導師が束になってかかってもきっと、相手にすらならないだろう。
 多数の平凡より少数の非凡。まずは隊の中でも戦闘に秀でた精鋭で動き、事の確信を見たら隊を総動員させて一気に勝負をかける。
 手詰まり状態であることを考えると少しでも情報が欲しいところだが、今回ばかりは向こうから動いてくれないことにはどうしようもない。だから、機動力の面も考えると少数精鋭で動いた方が得策だと、ゼストは考えたのだ。

「我々に必要なことはまず、情報だ。やつらの正体、力の程度。潜伏場所に、戦闘機人たちを影で操る黒幕……」

 正体や力の大きさについては、あまり気にする必要がなくなった。戦闘機人で、その戦闘力は過去の文献から折り紙つきなのだから。
 それさえわかれば、あとは。

「まずは、やつらの潜伏場所を割り出すことだ。捕縛することで、黒幕の居場所も自ずとわかるのだから」

 事は重大だ。下手をすれば、命を落とす可能性だってある。
 その真剣さがゼストの瞳から理解できたからこそ、3人は息を飲み込み、顔を見合わせて。

「「「……了解」」」

 ゼスト同様に真剣さを帯びた表情で、敬礼をして見せた。


 ……


「あのぉ……」

 自動ドアが開き、そこに立っている少女に3対の視線が向かう。

に用事があるんですが、会議……終わりました?」

 どこかばつが悪そうに頭を掻きながら、少女――シフルは苦笑していた。
 彼女もまた、先のの行動で認識を改めた内の1人だ。

 そういえば、とは思い至る。
 『デバイスマイスター』の資格を得るために勉強中の彼女は、現在デュアルデバイスの構造について激烈勉強中。そこで、ゼスト隊唯一のデュアルデバイス使いであるに、アストライアを見せてあげる約束をしていたわけだ。

、その……」
「うんうん、覚えてる覚えてる。それじゃ、行こっか」
「え、でも……」
「いいからいいから。いいよね、にいさん」

 ゼストの返答もそこそこに、はシフルの背中を押した。






間章第04話でした。
早々に戦闘機人を登場させました。
基本的に戦闘機人をメインにした話となりますので、
早いうちに出しておいた方がいいかなと思い、登場とゼスト隊の面々に認識させました。
とりあえずしばらくは情報収集という名目で何度かその内容の話をした上で、
最終到達点である『戦闘機人事件』に持っていこうと思います。


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