「……ぃっ!!」 ぱぁんっ!! 乾いた、それでいて激しい衝突音。それは、とある道場から響く剣音だった。 相対する2人の手に握られるそれが、広い道場の隅から隅まで音を響かせて。あわせられた竹刀が小さく軋みをあげて2組の双眸が交差する。 青年と少年だ。 完成された大人と、発展途上の子供。それだけでも子供には大人と渡り合う要素が無い。 さらに少年を追い込んでいるのは、培ってきた鍛錬と経験の差。鍛え上げられた筋肉がしなやかに、その手の剣と共に少年に襲い掛かる。自身の状況に歯を立てながらも、繰り出される剣に合わせて手を動かしていく。 しかし、そのレスポンスは瞬く間に落ちていく。 そんなわけで。 「うおぉっ!?」 結局、一方的にすら近かった連撃を処理しきれなくなるわけだ。 快音を立てて手から離れていく竹刀は2本。大きな音を立てて床に転がる竹刀を横目に、少年は吐き出しきった酸素を肺に流し込みながら小さく息をつく。 目の前で剣を引く青年は、息すら乱していない。涼しい顔で、汗の一滴も出ていないようにすら見える。 「……ふむ、基礎はしっかり身についているようだな。もともと戦いの中に身を置いていただけあって、状況把握は申し分ない。あとは」 しりもちをついた少年に手を差し出しながら、青年は言う。 「いかに『自分らしく』戦うか、だな」 流派に則り、それでいて自身の長所を最大限に生かすことができるかどうか。 少年――にとっての課題は、戦いの中での『自分らしさ』を見つけることらしい。 「よくわかんないです、恭也さん」 「わからなくていいさ。これは、そういうものだからな」 意識して見つけるものじゃない。偶然見つかるものでもない。 自身が無意識に行ってきていることを認識し言葉にするのは、とても難しい。だから、こういうものだと思うしか、今はできないのだ。 「ちょっとぉ〜……」 そんなときだった。 2人の真ん中を立ち合いを見ていた人影からの、不満げな声が聞こえていた。 少年と青年――高町恭也と、そしてその人影は。 「恭ちゃん、最近にばっかりつきっきりでずるいよ〜」 「仕方ないだろう。とお前は違うし……正直言うとお前より物覚えが早くてな。教え甲斐があるんだ」 「な、なんとぉーっ!?」 不満たらたら、相手をしてもらえないのがどうにも納得いかないらしい。 そんな子供じみた感情をフルドライブさせているのは、恭也の一番弟子である高町美由希だった。 朝っぱらからハードな立ち合いを見せた2人に対して、美由希はというと。 「じゃあなにですか!? 私、もしかしなくてもないがしろですか!?」 「そうは言わないが……」 「ほったらかしですか!?」 「だからそんなことは一言も……」 「お邪魔虫ですかあああああっ!!!???」 「わかったもういい黙ってろ」 恭也の言葉を聞くわけもなく、呆然としているの眼前で発狂する美由希。そんな彼女にこめかみをひくつかせながら、なだめようと言葉を発する。 しかしそれに意味はなく、2, 3言話しただけでもはや諦め、疲れたようにため息を吐き出した。 まだ朝も早いのにね。 「きょーちゃああああんっ!!」 「ああもううるさい黙れというに!」 「あー、俺文化祭の練習があるから、これからしばらく帰り遅くなると思うんでよろしく」 果たして、の言葉は2人に届いているかどうか。 魔法少女リリカルなのは A's to StrikerS - Act.03 - 「……で、具体的にはどーするのよ?」 時間は流れて、昼休み。 売店で購入した味気ない昼食もそこそこに、リリスがそんな言葉を口にした。 話題はもちろん、1ヵ月後に開催される学校行事にゲリラ参戦するという、自由の限界を超えた企画のこと。許可などとっていないのは言うまでもないが、言いだしっぺである仁にはいまだに詳しい話をまったく聞いてはいなかった。 「おう、聞いて驚け」 仁はにんまりと笑みを黒い笑みを浮かべて、同様潰れた学生鞄から数枚の紙を取り出すと、机に叩きつけるように置く。 英文字のタイトルと共に描かれているのは、いわゆるオタマジャクシの羅列。 普段、特定の授業でしかお目にかからないような内容の、少し小汚い記号が書き入れられている。 それは。 「……楽譜?」 「そうっ! そのとおりだよさとりくん!」 「くん、て……」 びし、と仁はさとりを指差す。 広げられた楽譜から考えられるのは、たったの1つだけ。 「今、世界はバンドなのだよ!」 いわゆる軽音楽という部類の、現代人に親しみの深いポップスを4人でやってしまおう、と考えているのだ。 すでに手はずは整っているらしく、軽音楽部に頼み込んで内密に楽器は手に入っているとのこと。 ギター、ベース、ドラム、キーボード。 何の変哲もない普通のチョイスだが、素人集団がやるにはしかし難しいのだろう。 しかも期間はたったの1ヶ月。正直、無理じゃないかとは誰もが思うわけだが。 「とりあえずまずは、普通のコンクールに出る。で、全クラスの出し物が終わったところで、俺らがどーん! と飛び込んでいくわけ」 楽譜に書かれている曲はたったの2曲。正直、かなりの勢いで無理くさいなあとか思うわけだけど。 パートごとに演奏されたものを合成して1つの曲にまとめたものを、仁は自前のポータブルプレーヤーで鳴らして見せる。 「俺様オリジナルなんだぜ」なんて言っている仁を尻目に聞こえてくる曲は、少しばかりばらつきこそあれ、テンポが速くてノリのいいもの。まさか、仁にこんな才能があったとは………まあ、ただ祭り好きなだけじゃないというわけだろうか。 「おい。お前今、ひどいこと考えたろ?」 「え? ……いいえぇ、別に」 曲を聴きながら4人全員に配られた楽譜の、それぞれのパートをひと眺め。 「うん……なかなか、いいメロディじゃない。うん、俄然やる気が出てきたってモンよ」 「で、俺は少しギターをかじったことが実はあったりする」 「そ、そうなの?」 少しでも経験している楽器があるなら、それを選べば楽だ。しかし、楽器なんてものに少しも触ったことのない人間にとっては、それはかなり大変だと思う。 でも、意外とセンスの光る曲で、みんな引き込まれた。 だから。 「俺、ギターとかはわからないから。なんか、こーどってのがあるんでしょ? ……面倒だから、叩くだけのドラムにする」 「うわ、出たわね節……まぁいいや。あたしはキーボードかな。ピアノ少しできるし」 「さとりは、歌うまいからボーカルかな。やっぱベースもあった方が音に重み出るしだから、兼用で」 「えええっ!? そんな無理だよおっ!」 「大丈夫だって、意外となんとかなるもんだって」 と、そんなやり取りもあったものの、結局彼女も言い包められて。 ギター:沢渡仁 キーボード:リリス=雪村 ドラム: ベース兼ヴォーカル:御園さとり このような配役で、当日まで頑張ってみることになったわけだ。 放課後、早速ながらみんなで練習開始。手始めに音楽室を借り切ってそれぞれ練習をしていたわけだが。 「あ゛ぁ〜っ! 難しいっ!」 「ま、まだ始まって10分も経ってないんだけどな……」 さとりのツッコミもなんのその。最初に根を上げたのはもともとじっとしていることが苦手なリリスだった。彼女は走るのが好きで、部活も陸上部。都合のいいことに今日はたまたま休みだったからこそ、こうやって練習に参加している。 常に動いていないといられない性格ゆえに、キーボードの前で艶のあるショートカットの髪をぐしゃぐしゃとかき回していた。 キーボードは難しい。というか、仁の作った楽譜に無茶がありすぎるのだ。 ボタン1つで音質を変えるという機能をフルに使わせようとしているのだから。『ここからこの音で』とか、『この部分だけこれに変えて』とか。 音を出す鍵盤の操作と、音そのものを操作する無数のボタン。その複雑すぎる動作のせいで、リリスの脳細胞はフルドライブを通り越えてリミットブレイク。頭からは煙が立ち上っていた。 頭はしゅうしゅう、目はぐるぐる。 「こりゃあ、根気が必要だな」 なんて仁が隣でつぶやいているのを見て、は苦笑していたりして。 ● 結局、今回は雰囲気だけということで早めに切り上げることに。っていうか、そうしなければリリスの頭がオーバードライブを起こしそうだった、というのが早めに終わった主な理由だった。 さとりに支えられながら歩く彼女はどことなく哀れにも見えつつ、その理由が理由だけに、彼女を知る人間からすれば完全にバカなだけ。集中力のなさが顕著だということだけだった。 「お前さあ、いつまでもエセミステリアス気取ってないでもっと落ち着きを持とうぜ、マジで」 「うっさいわねえ、いーじゃないそんなの。あたしの勝手でしょうよ」 なんて言葉の応酬を続けるのは、あまりに見慣れた光景だった。遠慮がない間柄というのも、まさにそのとおりだと思う。 「ともあれ、まだ1ヶ月あるわけだしさ。完成には期間が足りないだろうけど、まぁまったりやってきゃいいじゃん」 「家で練習できないのがちょっとねえ」 「そこはまあ、昼休みとか放課後に時間とって練習するしかないね。リリスも、いつまでも頭オーバードライブはよろしくないと思うぞ、この先」 「何よう、にまで言われなくてもわかってるわよう」 仁とに言われて、リリスはぶーぶー不貞腐れるが、当の2人はお構いなし。 2人して先行し、暗くなった空の下で笑いあう。呼び出しがないまま1日が終わることは久しぶりで、はいうまでもなく喜びにあふれていた。 このまま帰ったら、飯食って風呂に入って寝るのだと。 今日は初めてのドラムになんとも神経を使ったから、疲れたのなんのって。 「じゃあ、また明日……ふあぁぁぁ」 だからこそ、別れ間際に出たのは大欠伸だった。 ● 「ただいまでーす」 「おかえり。今日もお疲れさん」 帰宅したを出迎えてくれたのは、高町家の大黒柱だった。風呂上りらしくバスタオルを頭にかぶせて、ビンの牛乳をあおっていた。 風呂上りのビン牛乳はうまい。意味もなくうまい。海水浴で食べる素ラーメンや焼きそばが異様にうまく感じるのと同じような感じだと思う。 「今日は遅かったんだね」 「ええ、1ヵ月後の文化祭の練習があったので。もう少ししたら、今より帰りが遅くなるかと」 「そぉかぁ。なかなかの充実ぶりだね」 「ホントは楽なんがいいんですけどねえ」 そんなのため息に、大黒柱――高町士郎は苦笑。同居してきたこの2年間で、彼の基本的な行動原理がわかっていたからこその苦笑だった。 しかし、帰宅した彼が休むことができるのは、もう少し先の話。 「恭也と美由希は道場だよ。君が帰ってくるのを待っていたみたいだから、早く行った方がいいな」 そんな言葉を最後に、は自身にあてがわれた部屋へ。稽古着(ジャージだが)に着替えて道場へ。 その先に待っていたのは。 「遅くなった……あれ?」 妙に神妙な面持ちの美由希が、小太刀ほどの長さの木刀ふた振りを脇に座していた。 彼女の表情には、いつもの明るい雰囲気はない。あるのは、どこまでも真剣な眼差しだけ。そんな彼女の横であぐらをかいている恭也にどういうことかと視線を向けると、彼はただ、その整った顔を横に振った。 「、君が帰ってくるのをずっと待っていたよ」 「はい……?」 話を聞いてみると、彼女はどうやら朝のことを根に持っているらしい。 要約すれば、恭ちゃんひとりじめしてずるい、といったところだろうか。 しかしながら、彼女は強い。恭也に、もうほとんど教えることはないと言わせるくらいまでに。そして同時に、彼のその言葉は今の自分では彼女の相手にもならないと、言っているように聞こえた。 実際、相手になんかならないのだろう。せいぜい、時間稼ぎが関の山といったところか。 それがわかっていてもなお、彼女は。 「が勝ったら、朝のことは水に流すよ。でも、わたしが勝ったらの稽古はしばらくお休み」 「おい美由希、それはさすがに……」 「恭ちゃんは黙ってて。これは、わたしとの問題だから」 いや、恭也が賞品にされてる時点で2人だけの問題というわけでもないような気がしますけど。 ……なんてツッコミは、きっと通用しないんだと思うわけで。 同時に、断っても聞かないんだろうなとも思うわけで。 結局、面倒でも道場に顔を出してしまった時点でもはや逃げることはできないわけで。 「決闘よっ!!」 と、いうわけで始まった勝ち目のない決闘。 それは、与えられた得物――木製小太刀での一本勝負。技量の違いは歴然だったが、彼女の様子からは自分のこの鬱憤をぶつけたい相手が欲しいだけのようにも見えた。 ……というか、人間のジェラシーって怖いなあ。 両手に小太刀を携えた彼女の雰囲気は、まさに本物。本気そのものだった。目は笑っていないし、なによりほとばしる気が鋭く突き刺さってくる。 ――気を抜いたら、殺される。 「「…………っ!!」」 2人がぶつかり合ったのは、がそう考えた直後のことだった。 右の斬撃を初撃に、足を力いっぱい踏み込む。美由希が女性だったのが怪我の功名というべきか、力の差はあまりなく、明確な差は技術と速度。女性特有のしなやかな身体と、無駄のない鍛え抜かれた筋肉が見事に組み合わされて織り成す、神速の剣舞。 はただ、ついていくだけで精一杯だった。 ぶつかる小太刀。肌に吹き付ける 「やあああっ!」 一寸離れ、放たれる裂帛の気合。 同時に、かつ一瞬のうちにその間合いを詰めて、逆袈裟からの一閃。 これをは受け止める。受け止めてなお、その力のこもった一撃はその歩みとめることなく、ごと前方へと吹き飛ばしていた。 「ちょ、ま……っ」 「はああっ!」 バランスを崩しながらも確実に着地して、体勢を整える機会すら与えないつもりらしく、美由希の目は着地した姿勢で硬直したを追撃。止めるこえすらも彼女には届かず、彼は危険回避のためにと床を蹴った。 無様に転がる彼の身体。直後に彼がいたところを美由希の剣が通り過ぎていく。いくらその回避が無様でも、それで生きながらえているのならそれでいい。 ていうか、気になどしていられるほど余裕がないのだ。 「……っ!!!」 「待ってってば!」 身体を跳ね起こして、美由希の剣を受け止める。力が拮抗して、剣がようやく停止した。 「ちょっ、落ち着いてって。話聞いてってば!」 「聞きませーん!」 「なんでさ!?」 「なんでもでーす!!」 結局、力任せに押し切られた。 背後にたたらを踏むを肉薄する美由希。そんな彼女を前に剣の腹を突き出して、 「ならいいです! 俺の負け、負け――っ!!」 そんな言葉を聞いた美由希は、ようやく剣を引いた。 剣を引いて、胸を張る。 彼女は勝利したのだ。これにより、美由希は恭也の意思に関係なく一緒に稽古をするという権利を得たのだが。 「や、今朝も言ったと思うけど、1ヶ月くらい先に学校の行事があるんです。それに参加することになったので、これからしばらくはあんまり稽古に参加できなくなるかと」 「……はァァァ!?!?」 「そうか。それは仕方ないな。時間はなくても、反復練習だけはしっかりやっておけよ。何もしないと、身体がなまるからな」 「もしかしなくても、いまの決闘って無意味!?!?」 「了解っす」 「そうだな……は基礎もできているし、先ほどの戦いぶりも相手が美由希ならば申し分ない。いい機会だから、行事が終わったら奥義の伝授に入るか」 「なっ、なんとぉ―――っ!?」 「対応も美由希と違って大人だしな。ともあれ、反復練習だけはしっかりやっておくようにな」 美由希をそっちのけで話がとんとんと進んでいく。 彼女は結局、勝っても負けてもほったらかしにされる運命だったのだ! 「あーん、なんでわたしだけこんな扱いなのぉ―――っ!?」 恭也とが連れ立って夕食へと向かっていったあとでも美由希はその場に残ったまま、OTLの体勢で落ち込んでいた。 ……哀れなり。 しかし、ここでの君はこんな扱いなのだよ。……諦めなさい。 「うおぉぉぉ、このバカ作者ああぁぁぁぁっ!!!」 ● 「ぁあ、ぐ……っ」 倒れ伏す身体。砕けるデバイスコア。 その光景を見届けた3つの影は動かない身体を見下ろしていた。 長身の女性、マントを羽織ったの女性、そして、小柄な少女。 「……フン」 「ヨワヨワでしたわねぇ〜」 内、長身の女性が捨てるように空気を吐き出し、倒れた身体をマントの女性が蹴り飛ばす。 倒れたのは魔導師だった。赤い液体が池を作り、身体そのものの活動は完全に止まっている。 ここは、とある工業プラント。 3つの人影はなにかを探すかのようにきょろきょろと首を回し、何もないことを悟ると小さく舌打った。 「……はずれか。ならば、ここにはもう用はないな」 小柄な少女のつぶやきにうなずくことなく、残りの2人はくるりと反転。言葉もなく出口へと向かっていく。 彼女たちが何を考えて、何を探しているのか。 それがわからないまま、所々に点在するヒトだったモノをうっとおしげに蹴り飛ばす。 ……そう、彼女たちにとってこの場所はもはや用はない。 だから。 「はぁい、ご愁傷様ぁ〜」 マントの女性は出口の寸前で何かを放り、そのまま飛翔する。 それから、5分後。彼女たちの姿は見えず、乾いた風が吹きすさぶそのプラントは。 ―――ゴォ……ッ!!!! まるで彼女たちがいたすべてを打ち消すように……否、その場にプラントがあったことすらなかったかのように、膨大なエネルギーが迸り、大爆発を引き起こしていた。 この時間は悪質な地上事件として、後にを含むゼスト分隊が調査を進めていくことになる。 これら一連の事件が、 今はただなすすべなく、彼女たちの暴走を見てみぬふりをしているだけだった―――。 |
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