こわかった。



 今日は休日。自分の通う学校も例外じゃなく、ずっと楽しみにしていた。
 この日が来るのを、今か今かと待ち望んでいた。
 久しぶりに家族でお出かけ。お仕事が忙しくて、ずっとさびしい思いをさせていたからと、お父さんとお母さんが笑顔でそう言ってくれた日。
 ショッピングをして、ちょっと豪華なランチを食べて、ずっと欲しかったくまのぬいぐるみを買ってもらうのだ。

「おとうさん……」

 嬉しかった。楽しみにしていた。そしてなにより、幸せだった。

「おかあさん……?」

 こんなことになるまでは。

 ここは、たくさんの店が並ぶ大型のショッピングモール。
 きれいな服が店先に展示されていて、店員さんが買い物をしてもらおうと声を張り上げている。喧騒は止むことを知らず、笑い声が絶えない。
 ……そうであるはずの場所。
 しかし今は、見渡す限りに赤と黒。
 肌をちりちりと焼く炎の赤と、その炎に焼かれて崩れ落ちた建物の黒。瓦礫の山と化したショッピングモールの一角で、一人の少女が立ち尽くしていた。
 小さな身体はゆらゆらと所在なさげに揺れ動き、燃え盛る炎を青い瞳に映し、ゆらゆらと揺れている。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 私が一体、何をしたというのだろう。
 なんで、こんな目に遭わなければならないのだろう。

 赤い。
 あかい。
 アカイ。

 おとうさんも。
 おかあさんも。
 イナイ。

 自分に襲い掛かってくる炎が、怖い。

「うあああぁぁぁぁんっ!!!」

 でも、私はこんなときに何をすればいいのか、まったくと言っていいほどわからない。
 ただ感じる恐怖感を受け止めて、泣き叫ぶだけだった。

 自分にとっては力いっぱいの声でも、広い広いこの場所ではさほどの衝撃にもなりはしない。しかし、炎に焼かれて瓦礫と化した建物の中で泣き叫ぶその声に反応したのか。あるいは、崩れて不安定だった建物のなれの果てが、ついに支えの限界を迎えたのか。
 建物は声を上げて泣き続ける私に、暗い暗い影を作り出した。

「っ!?」

 気づいたところで、逃げても無駄なのだと悟ってしまった。
 その黒が、懐いた恐怖感に拍車をかける。
 しかし、それは。

『Storm Blade……Gusted Shift』

 トーンの高い電子音声と共に、頬を撫でる一陣の風がすべてを吹き払っていた。
 自分に降りかかってくる瓦礫も、自分を取り囲んでいた炎も、この胸を蝕んだ恐怖すら、遠い遠い彼方へと。
 同時に、自分を包んでいた黒が消えていく。残ったのは、私よりも少し大きな黒い
 それは手に翡翠色の剣を携えて光と称えていた。刀身の周囲を何かが回転しているようにも見えるが、それもすぐに消えて。

HQヘッドクォーター、生存者いたよ。そう、1人。10歳前後の女の子。いまそっちに……はいはい……あのさシフル、この非常時になに言ってんのさ。……はぁ、はいはい。わかりましたよ。通信終わり」

 少しトーンの低い声が聞こえる。
 ……最後の方はどこか場にふさわしくないような棒読みで応対していたような気がしないでもないが。
 赤い炎に照らし出された横顔は、自分よりも少しばかり年上の少年のものだった。
 少年は私に笑いかけると、

「もう大丈夫。怖かったね」

 そんな優しげな声を、私にかけつつ手を差し伸べる。
 私は呆けた表情のまま、流していた涙をそのままに、導かれるように震える手でその手を取っていた―――



   
魔法少女リリカルなのは A's to StrikerS  - Act. 02 -



「あ、やっと来た。遅い出勤だねぇ、?」
「俺、14歳。学生。趣味はだらけることですがなにか問題でも?」

 呼ばれて飛び出て何とやら。
 ブリーフィングがあるだろうと踏んで作戦室に足を運んだところ、部屋にいたのは1人の女性だけだった。
 身体のラインをそのまま強調する紫色のタイツに上半身を隠しているのは白を基調とした半袖のジャケット。鋼のブーツに、その両腕には二重の歯車が搭載されたナックルが装備されている。明るい紫の髪は長く、薄い緑のリボンで1つに束ねている。
 見事なまでのポニーテイルである。

「はいはい。自己紹介なんかしなくてもあなたの事はよぉ〜く知ってるわ……ブリーフィングは終わったわよ。みんなもう犯人グループの確保にかかってる」

 重役出勤してきたの仕事は、生存者の救出。
 地方の小さな街1つを舞台に勃発した地上の事件は、すでに街そのものがほぼ壊滅状態。犯人グループはさておいて、目下の問題は生存者の確認だった。
 地方の街にクラナガンと同じだけのセキュリティを求めたところで無理というもの。瓦礫の山と化していた街の中を探すにも人海戦術を採用しなければならなかった。

「ウチの隊がメインで出撃してる。隊長とメガーヌ、それに武装局員数名は犯人グループを追いかけてる。あたしらは生存者探しよ」
「うは……面倒この上ないねぇ」
「面倒めんどー言わないの。あんたまだ若いんだから。もっとこー、フレッシュに活動してみなさいな」
「はいはい。じゃあ行きますか。ナカジマ准陸尉殿?」
「……まったく、こんな状況なのにあんたはやっぱりマイペースなのね」

 なんて彼女の言葉を最後に、渋々ながら任務についた。

 さて、ここでが属する部隊のメンバーを紹介しておこう。
 まずは隊長を務めるゼスト・グランガイツ。真剣に仕事に打ち込む真面目さん。しかしその実力は折り紙つきで、ランクにすればSオーバー。いわゆるストライカー級の魔導師だった。
 ちなみに、2年前にを自分の部隊にスカウトしたのも彼だったりする。
 次に、彼の部下であるメガーヌ・アルピーノとクイント・ナカジマ。彼女たちはお互いに同僚同士で、任務も前衛にクイント、後衛およびクイントのサポートにメガーヌという形で行動する。今回のようにバラバラに行動するケースは稀なことだった。
 隊における指揮官的立場のメンバーはこの3人。あとは彼女たちの指示で動く武装局員たちが約15名。を含めて20名前後のメンバーが、時空管理局首都防衛隊・ゼスト分隊のフルメンバーだった。

舞台は現場へと飛ぶ。

「これから、生存者の捜索を始めるよ。不測の事態に備え、みんなは常に二人一組枠ツーマンセルで行動すること。それから、生存者を発見した場合は都度、HQに報告すること……いいわね?」

 そんなクイントの号令に、武装局員たちは大きな声で返事を返してくる。中にはと同じ新人局員もいる。今回が初任務という人もいる。そんな彼らのとの違いはただ、年齢と経験の違いだけ。
 しかし、その違いがこういう場では決定的な差となって現れる。戦闘経験をこれでもかと積んで知識は後付けなと、知識に先駆け経験の浅い武装局員たち。現場で不測の事態に陥ったとき、それに対処できる程の力を持っているのはどちらであるか、それはわかりきったことだった。
 知識なんか、現場に出ればイヤでも身につく。問題なのは、いざというときに力を発揮できる胆力と行動力なのだから。

はあたしと組んでね」
「了ぉー解」

 光を纏い、散開。
 小さな街とはいえ10人かそこらで隅から隅まで捜索活動を行うには、やはりきつい作業だった。砂丘の中から米粒1粒、とまではいかないものの、それほどに捜索活動は困難。
 しかし、それでも頑張るのが時空管理局。気を張って真剣に事に当たるのがゼスト隊。隊長の生真面目な性格が伝染した、隊全体に行き渡った習慣のようなものだった。

「しっかし、ハデにぶち壊してくれたねえ」

 目の前の惨状を見ては小さくつぶやいた。
 それもそのはず、街はすでにその形を残してなどいなかった。そこいらじゅうから立ち上る赤い炎。崩れ落ちた建物だったもの。そして、どす黒く染まった焦土に転がるヒトだったモノ。鼻につく異臭に思わず、小さく息を呑み込んだ。

「ホント。まったく、何のためにこんなテロなんか起こしたんだか」

 クイントも同じように小さく息つき、ナックルに覆われた両手で自身の頬を景気よく叩いてみせる。
 彼女なりの気合の入れ方だ。例えどれだけ事件が小さかろうとも、常に緊張しながら事に当たれるように。今まで、その小さな油断がどれだけの命を散らせたかを知っているからこその行為と言えた。

「さ、行くよ」
「おっけい」

 は今、いわゆる『仕事着』を身にまとっている。
 上半身は皮製の胸当て。下半身には線の細い長ズボン。その上からは白とグレーのジャケットを羽織り、両手は黒いフィンガーレスのグローブに包まれている。首から下がっているのは、トップに新緑色の宝石があしらわれたネックレスに、黒いチョーカー。茶と黒の入り混じったつんつん髪は、幼い頃と同じ様相を呈していた。
 そしてその右手には、長槍を模した彼の相棒の姿がある。この2年間で多少なりとも普及し始めつつあるインテリジェントデバイスの後継機、そのプロトタイプ。
 ロング、ショートレンジを問わず、現在のこの世界における2種の魔法体系に対応できるというスペックの高さがウリのデバイス。デュアルデバイスという名で広まったこのデバイスはしかし、取り入れる魔導師たちは少なかった。
 ウリであるはずのスペックの高さが逆に使いこなせる人材を限定してしまっていたのだ。
 デュアルデバイスを使いこなすと言うことは、ミッドチルダにおける魔法体系であるミッド式とベルカ式。この2つの体系を使いこなすと言うことと同義であったからだ。
 1つの体系だけであっても極めることは至難の業。それが2つもあってしまっては、誰ですら使おうと思うものは多くはない。そんな使い勝手の悪いデバイスを、はよき相棒としていた。
 閑話休題。

 クイントは地上から、地上部隊でも稀少な飛行資質を持つは空から。それぞれが目による捜索を行う。
 相手は魔導師としての訓練を受けていない一般市民。魔力を感じ取っての捜索ができないというのは、まったくもって面倒この上ないものだった。
 
「クイント姐さん。前方1000くらいの地点に倒壊寸前の建物があるよ。俺、先行して見てくる」
『……ん、気をつけてね』
「りょーかい」

 障害物のない空は、地上を走るクイントよりも安全に、かつ迅速に目的地へ急行できる。飛行魔法は法律では許可が要る行為だったりするが、突発的な事件であるからこそ、四の五の言ってもいられない。
 もっとも、許可なんかすぐに取れるものなのだが。

 は今にも倒壊しそうなビルへと急行する……いや、すでに倒れかけていた。
 万が一、あの真下に生存者でもいたりしたらと思うと、自然とその飛行速度は上がっていく。

「アストライア、あそこへ……っ!?」

 かすかに聞こえたのは、泣き声だった。


 ●


 犯人グループは、この街に住んでいた数人の中年男性で構成されていた。
 仕事に疲れ、ストレスを溜め込み、それでもまっとうな評価は返ってこず、なにもかもがうまくいかない。妻に子供に愛想をつかされ、彼らはすべてを失った。
 どれだけ努力しても報われない、無慈悲なこの世界に……彼らは絶望した。
 ゆっくりと時間をかけて、世界のすべてに復讐してやると誓い、それぞれに散らばって、手始めにこの街のすべてを破壊しようとした。
 犯罪を取り締まる時空管理局の持つ力を知りもしないで。

 かくして、今回の事件は犯人グループの捕獲という形で幕を閉じた。
 もともと彼らはグループとしての構成はなく、ただひとつの目的のためだけにそれぞれが行動していたため、全員を捕獲するために街そのものを犠牲にしてしまった。いくら郊外で、首都からどれだけ離れていようとも街は街。たった20名で守りきるには、やはり広すぎた。

「やはり、人手不足は拭えんか」
「そうですねぇ……結局、生存者はくんが助けた女の子だけみたいですし」

 つらいですね、とうつむいた女性がメガーヌ・アルピーノ。
 隊長であるゼストとともに犯人グループを捕獲した、今回の事件の功労者だった。
 ここは、ゼスト分隊の隊長室。部屋の主であるゼストとメガーヌ、そしてと行動をともにしていたクイントの3人が顔をつき合わせている。
 目的はもちろん、事後の報告書の作成だ。上からは出せよ出せよとせっつかれ、下は下でなにかと苦労をかけてくれる。
 まったくもって、頭が痛い。

「あの娘から、話は聞けたか?」

 そんなゼストの問いに、クイントは小さく首を横に振った。

「ダメです。あの子、自分を包む炎が怖かったみたいで。ショックで誰とも話をしようとしないんです」
「確かにあの年で周りに誰もいなくて、ただ炎に包まれていたなんて……考えるだけでもぞっとする」

 あの惨状では、彼女と一緒にいたであろう両親はおそらく生きてはいないだろう。
 彼女はこれからどうなってしまうのだろうか、などと考えながらも、しかし報告書には書かねばならない。彼女のことも、現在の状況も。

「とりあえず、をここに呼んでくれ……話はそれからだ」

 ……

 …

 と、言うわけで。

「で、俺に何か用事?」

 さほど時間を要することなく召喚されたは、すでに帰り支度を済ませている状態だった。
 茶色のブレザーにパンツというこの制服は、彼が通う中学校のもの。薄く潰された学生鞄を小脇に抱えて、メガーヌが淹れてくれた紅茶を軽くあおる。

「悪いな、時間を取らせて」
「や、別にそれは……あー、それなら学校への言い訳を考えてくれると嬉しいかなあ…………とか言ってみたりして」
くん、茶化しちゃダメよ」
「……はーい」

 メガーヌの声には肩をすくめる。
 どうにも、彼女には頭が上がらない。からすれば彼女は今までに出会ったことのないいわゆる『大人のお姉さん』であるからだろうか。そんな立場の人間ならばクイントも同じ『大人のお姉さん』なのだろうが、彼女は性格的にさばさばしすぎていた。
 だからこそ、彼女は『お姉さん』というよりは『あねさん』といったほうがしっくりくる。言うまでもなくクイント本人もそれを気にしている様子もないことから、『姐さん』という呼び名が定着してしまっていた。

「まあ、聞きたいことはそう多くはない。茶化して話が脱線しなければ、5分程度で終わる」
「むぅ……」
「聞きたいことは、そう多くない。まずは……」

 という前フリから始まった話は、さほど時間もかからず終わっていた。
 内容としては、主に彼が助けた少女のことだった。
 容体と、精神状態。そして、彼女があの場にいた事情。知っている限りでいいから、と口ぞえ手くれていたこともあってか、淡々と話は進んでいた。

 実際のところ、にも知っていることはさほど多くはない。
 彼女の身体に異常な箇所はまったくないが、極度の精神疲労が積み重なっているから安静にする必要があるということ。
 彼女がいた場所――ショッピングモールには、両親と共に来ていたこと。
 あとは、『エミリア』という彼女の名前だけだった。

「彼女を運んでいるときにそれとなく聞いたときの話です。そしたら……」



 時間は、少し遡る。
 エミリアを助けて、司令部に報告して、彼女を安全な場所まで送り届ける時のこと。

「名前、聞いてもいいかな?」
「……えみりあ」
「……そか。それで、エミリアちゃんはどうしてあそこにいたのかな?」
「…………」

 の両腕の中で、少女はうつむく。
 よほど、辛かったのだろう。実際、あんな場所にたった1人でいたわけだし。きっと今回の事件がなければ笑顔のかわいい元気な女の子なのだろう。
 すす汚れた服装も乱れた髪型も、元は活発さを物語っているデザインだったのだとも思う。
 しかし、今は。

「っ! おとうさんっ、おかあさんっ!?」
「おわっ!? エミリアちゃん、暴れたら落ちるって」
「おとうさんっ!? おかあさんっ!? ……どこぉっ!?」

 自分以外にいないことに気づいて突然、取り乱す始末だ。
 空中でじたばたと暴れるエミリア。は彼女をなだめるどころか、腕の中から落ちないように支えることだけで精一杯だった。

「おとうさんっ、おかあさんはっ、どこにいるのっ!?」
「うわっ、ちょっ、あぶぶっ」

 の服を掴んで前後に揺すられる。
 バランスを司っている脳みそが揺すられれば……そう。

「おっ、落ちっ…………」

 彼女を抱えてバランスを保とうとしている自身もバランスを崩して、

「たあぁぁぁぁ――――っ!!??」

 落ちた。


 ……


 …


「俺が知ってるのはこんなところです」
「あのくらいの年の子が両親を一度に亡くして、冷静でなんていられないわ。あんたと一緒に落ちかけるほど取り乱すのも、無理ないか」

 数名の人間が引き起こした事件で今、1人の子供の人生が、完膚なきまでに狂わされた。それ以前に、たくさんの人の人生を奪っていった。
 ……いくら小規模とはいえ、とても許せる行為じゃない。

「隊長! さあ書いて。“彼らはたくさんの人間たちを殺して、子供の人生を台無しにした”って!」
「お、おいナカジマ……」
「隊長。これは当然の報いです。連中には、それ相応の苦しみを味わってもらわないと気が済みません」
「あ、アルピーノまで……お前たち、少し落ち着け」

 ずずいと詰め寄るクイントとメガーヌ。矛先にはゼスト。言うまでもなく、彼に逃げ場はない。
 きっと彼女たちは、自分が報告書に望み通りの内容を書くまでは止まらないだろう。
 俺の話は、もういいよね。
 そんなことを考えたは小さく息をついて、ゆっくりと立ち上がる。

「お、おい……見てないでなんとかしてくれ」
「報告書を書くのは、隊長の仕事ですよ。……そうでしょ、ゼストにいさん」

 入局からまだたったの数ヶ月。それでも彼が隊になじんでいる証拠としての言葉を口にして、は笑って。

「今の2人をなだめるなんて、そんなめんどーなことできるわけないよ。あっはっは」

 去り際に棒読みとしか思えないそんな言葉を残して、は隊長室を出たのだった。
 エミリアちゃんのことについてはまあ、酷なことかもしれないが上が何とかしてくれるだろう。下っ端の自分にできることは、精神的に参ってしまっているあの子と話をしてあげることだけ。

『いいのですか?』

 帰り道を歩くに話しかけるアストライア。その声は電子音声ながらに心配そうな雰囲気を見せている。
 彼は、物心ついたときから両親と言える存在がいなかった。いるのは、育ての親としての親だけ。その“彼”も、が嘱託局員として働き始めたあたりにふらりと出かけたきり、もう5年も音沙汰なし。
 心配は微塵もしていないが、エミリアは今、『昔の自分』とほとんど変わりないのだから。

「……いや、わかってるんだけどさ」

 ばつが悪そうに頭を掻く。
 実際、歯痒いのだ。今まで自分は、周りのみんなが『そう』ならないようにと動いてきた。
 面倒だ面倒だと口に出していながらも、それなりに必死になってきたのだから。

「でもさ。今の俺は自由が利くような立場じゃないし……っていうかそれ以前に、自分のことだけで手一杯だしさ。あの子のことは確かに気になるけど、今の俺にできるのは話し相手になることくらいだと思うわけですよ」
『それは、そうかもしれませんが』
「もうちょっと大人だったら、何かいい考えでも浮かぶのかも知れないけどさ」

 とにかく今は、自分にできるだけをしていくしかない。

 ……

 からこっち、年だけ重ねているだけで、それだけ成長しているのだから。
 できることとできないことの区別だってつくようになってきたつもりだ。だからこそ、妙に物分りがよくなってしまう自分に、どこか嫌悪感も持っていたりして。
 ……の自分は、面倒だ面倒だと言いながら、無茶でもできることに全力を注ぎ込んでいたはずなのだから。

「時間の流れって、怖いねえ。アストライア?」
『……』

 アストライアは、黙り込んだまま反応を見せない。
 中途半端にの今までを見てきてしまっているからこそ、『成長』していく自分自身を憂いているその気持ちが痛いほどわかってしまっていた。
 否定したいのに、できない。
 それが自分の相棒であったらなおさら、口に出すことは憚られた。

 ……口ないけどね?


 ●


「ただいまーっ」
「あ、おかえりくんっ!」

 高町家に戻った彼を出迎えてくれたのは、ここ高町家の最後の住人。
 いま一家の中で一番忙しい末っ子さん。それでも弱音ひとつ吐かずに、学業と仕事を完璧に両立させて頑張るスーパー小学生だった。

「お、なのはちゃんただいま。……ってか、今日は帰ってこれたんだね」
「うぅ、そりゃ確かにここのところずっと忙しーことばっかりだけど、口に出して言われちゃうとなんかフクザツかも」

 高町なのは。
 日常での肩書きは私立聖祥大学付属小学校の6年生。そして、非日常……つまり魔法の世界での所属は時空管理局本局武装隊・航空戦技教導隊。いわゆる超がつくほどのエリートさんだった。
 そんな彼女はしかし、忙しいにも関わらず元気な笑顔を振りまいている。
 ……たまりにたまった疲れが彼女の笑顔を蝕むことがこの先、なければいいなと切に思う。

「仕事は順調?」
「うんっ、もう絶好調だよ。あ、そういえば今度フェイトちゃんが執務官試験受けるでしょ? だから、みんなで応援会を開こうと思うの。くんも一緒に行こうよ!」
「へぇ、いいね。仕事がなければ参加するよ」
「うんうんっ!」

 なのははの返事に心底嬉しそうな笑顔をみせた。
 こういう笑顔がホント、つい今しがたまで考えていたことを吹き飛ばしてくれる。日常はさておき、そういえば最近会ってないな、とか思ってみたりもする。
 2年前の事件で一緒に仕事をした仲間たちと。首都防衛隊に配属されてから、めっきりと会う機会が減っていた。それがある意味で、地上の部隊がどれだけ忙しいか……ひいては、地上での事件がどれほど多いかを物語っているようだった。

「あー、おなかすいたー……」
『昼食以来、ろくに食事を取っていないですからね』

 帰宅は、日付が変わる寸前だった。この時間になのはが起きていると言うことは、彼女も帰ってきてそれほど時間が経っていないということなのだろう。

くん、おかえりなさい。大変だったみたいね」
「あ、桃子さん。ただいまです」

 高町家の面々はみな、となのはの仕事についてよく知っている。
 危険だと知った上で彼らの仕事を認めていた。

 なんでも、やってみるといい。

 そんな言葉と共に。
 家族として親として、心配にならないわけもない。
 でもも、なのはは2年前、生まれてはじめての我侭を口にした。
 喫茶店での仕事、大きな怪我をした父の世話。いろんなことが重なって、なのはにはさびしい思いをさせてしまっていたから。
 初めての我侭を、尊重してあげたかったのだ。

「なのははこれから食事だけど、くんはどうする?」
「いただきます。ぜひに!」

 桃子の問いに間髪入れず答えるに、なのはは苦笑する。
 一緒に暮らしはじめてからわかってきた、彼の内面。
 何もない日は心底面倒くさがりだとか、出された宿題は完全に他人任せだとか、休みの日は一日中寝まくっている日があったり、それでいて日常を人一倍楽しんでいて、人一倍頑張っている人。ただでさえ自分は仕事と勉強だけで手一杯なのに、彼はそれにプラスして友達と遊んだり学校での仕事をこなしたり、イベントに積極的に参加したり。さらには毎夜、兄や姉と一緒に剣術の稽古をしている。
 そんな彼を以前、同じ学校で1年間だけ見ていたからこそ、家でのだらしないことこの上ない彼を見ているのは自分だけなんだと少しばかり優越感があったことも少なくはなかったり。

「おかあさーん、なのはもおなかすいたー」
「はいはい。なのははくいしんぼさんねー」
「うぁっ、おかーさんひどいよぉー……」
「はっはっは。なのはちゃんはくいしんぼさんだねー」
「はうっ!? くんまでひどいー」

 だからこそ、ずっとこんな日が続けばいいなと思う。

「さ、くん。行こっ!」
「おっとと。なのはちゃん、そんなに引っ張らなくてもご飯は逃げていかないよー」
「はぅぅっ!?」

 忙しくても笑っていられる、今このときを。


 ずっと、ずっと。



   


というわけで間章第02話です。
第01話を含めて、高町一家がとりあえず全員登場させました。
もっとも、なのはちゃんについてはこの間章ではあまりで出張らせるつもりはありません。
どちらかというと、恭也や美由希の方が多く出ることがありそうです。


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