「リインフォース!」

 車椅子を走らせて、はやては力の限り叫ぶ。
 銀髪の女性を中心に広がるベルカの陣に連結させる形で、桜色と金色が展開されていた。
 はやての声に気付いて伏せていた目を見開く女性。
 上げていた杖を軽く動かすなのはとフェイト。
 着の身着のまま、といった服装で、大変だっただろう坂道を必死に車椅子の車輪を押していた。

「あかん、やめて! 破壊なんかせんでええから! あたしがちゃんと抑えるから!!」

 三角形の手前で息を切らして、肺の中の空気なんて空っぽなはずなのに、彼女はやめてと声高にさけぶ。
 それは、それだけこれから旅立つ女性の存在を大切に思っている証拠。

「主はやて……よいのですよ」
「いいことない、いいことなんか……なんもあらへん!!」

 一緒にいて欲しいから、苦しいことも我慢できる。
 みんなが一緒にいてくれるならきっと、自分はいつまでも笑っていられる。

「随分と永い時を生きてきましたが、最後の最後で私は、あなたに綺麗な名前と心を頂きました」

 楽しくて、嬉しくて、幸せだったから。そんな時の流れを、ずっと。

「ですから、私は笑って往けます」

 享受していたいと、誰よりもはやてが願っていた。
 だからこそ彼女は今、初めてのワガママを口にする。

「話聞かん子は嫌いや! マスターは私や、話聞いて!!」

 なんとかすると。暴走なんかさせやしないと。一面広がる闇の中で、約束した。今までも、そしてこれからもずっと。何かあっても、きっとなんとかする。
 彼女は『生まれ変わった』時点で、そう決めた。
 ……はずだったのだが。

「その約束は、もう立派に守っていただきました」

 女性はすでに、その約束を果たされたものと認識していた。
 主の危険を掃い、主を守る。今の彼女が『魔導の器』としての本懐を遂げる方法は、たった1つだけ。

「あなたを守るための、もっとも優れたやり方を……私に選ばせてください」

 はやてはその目に、大粒の涙をこぼす。
 疎まれ、恐れられ、蔑まれて。悪意ある改変を受けてからずっと、『闇』の名前が似合う書物として認識されてきた夜天の書。
 なぜ自分だけが、このような仕打ちを受けるのだろう?
 自分が一体、何をしたというのだろう?
 そんな思いが渦巻いて、しかし完成と同時に発動する暴走を止めることはできないまま。走るプログラムに沿って動く彼女はずっと、悲しい思いをしてきたはずなのに。
 穏やかに笑う彼女は時、救われたはずなのに。

「どうしてこんなことしかできひんの!? ほかに何か、方法はないんか!?」
「こうすることが私の選んだ、『もっとも優れたやり方』なのです。お分かりください、我が主」

 意思は魔導と、騎士たちの魂に。
 姿形はなくとも、この身はずっと共に在る。

「そんなんちゃう、そんなんちゃうやろ! リインフォース!!」

 はやてにとって、コレからが始まりの時。
 自分と、みんなと、あなたと。今まで悲しんできた分だけ、幸せにならなければならないはずなのに。
 現実はしかし、確実に望んだ方向へ進んでいくことはないのだ。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #48



「俺たち、これからどうなんのかな」

 アースラの自室に、はいた。ベッドに寝転がり、枕元に相棒を置いて。
 誰でもいいから話がしたかった。このもやもやした気持ちを、紛らわせたかった。
 後悔はしていないはずなのに、この頭はこれから先の物事を全部、悪い方へ悪い方へと考え込んでしまう。無駄に深い思考の渦に囚われて出られなくなる前に、その考えを吹き飛ばしてしまいたかった。
 明かりはついていない。窓から入ってくる、時空間のかすかな光がまるで夜の街の光のように、少年を照らし続けている。
 音はない。ただただ無音の世界と、彼は相棒と共に漂い続けている。

『私にはわかりかねます』
「そーだよなぁ。アストライアはそのあたり、あんまり関係なさそうだもんなぁ」
『…………』

 ふう、と小さく息を吐き出すに、アストライアは言葉を失った。
 彼女はデバイス。心を持ちながら、人でない存在。そんな彼女が、の……ひいては人間の考えていることなど、わかるわけもない。それ以前に、人間同士でさえ考えていることなどわからないのに、デバイスである彼女がわかるわけがあろうか。
 頭の後ろで手を組んで、無機質な天井を見上げるの視線は余所へ向かず、

「もしさ。俺がここ追い出されちゃったりとかしちゃったら、どうしようか?」
『考えすぎです。ありえません』
「…………もしかして、怒ってる?」
『怒ってません!』

 普段と違う主の様子に、戸惑っているだけ。
 いつもは、飄々としていながらも大切なこととだけは常に真っ直ぐ向き合う人。しかし今は、来る未来を恐れて縮こまっている子供にしか見えなかった。…………もっとも、は年齢の上ではまだ子供なのだが。

「まあ、追い出されることはないにしてもさ。いろんなこと制限されるよな、きっと」

 魔法とか、魔法とか、魔法とか。

 の言い方では、まるで命令を無視したことの罰則が魔法行使の制限であると言っているようなもので。
 ……実際、そうなのだろう。上官の言葉も聞かず単独先行するような兵士は、軍隊には必要ないのだから。
 魔法の行使を制限されるということは、度合いにもよるのだろうが悪ければ……アストライアを没収されることは間違いない。
 今回起こった一連の事件には、ロストロギアが絡んでいたのだ。第一級捜索指定とされるほどに重要で、同時に危険度の高い魔導書が、深く関わっていたのだから。
 重要度の高い事件ほど危険性が増し、同時に高い統制力が必要になる。高ければ高いほどに、そこから外れた者はそのほとんどが命を落とす。
 1人1人の責任感が、重要になってくるのだ。

「もしホントになっちゃったら、アストライアはどうしたい?」
『そう、とは?』

 魔法の行使が著しく制限された場合のこと。
 今回は相手が悪く、第一級の事件だ。追い出されこそされないにしても、課せられる制限はきっと、最上級のものになる。
 すなわち、魔法行使の全面禁止と無期限謹慎。事実上、追い出されるのと変わりはない。
 それを考えて、アストライアは。

『私の主は、あなただけです。他の人間が主になるなど…………天地がひっくり返ってもあり得ません』

 なんて、にとっては嬉しすぎる一言を返してくれていた。
 彼は自分をデバイスとして使っていながら、接し方は人のそれとほとんど同じだった。言葉を交わし、時には相談し、時には皮肉を言い合ってみる。そんな、まるで長年の友人のような間柄。

「そんなこと言ってたら、あっという間にスクラップだよ?」
『あなたは私を“使おう”としなかった。最初から私を相棒として見てくれた。でも実際は“使おう”と思っていなくても、使われている。相棒だと言ってくれていても、私は結局、ただの道具に過ぎません』

 デバイスは、魔導師の魔法行使をサポートする道具。闇の書の意思である銀髪の女性が言っていたように、いくら心を持っていようとも、行き着く先は人間の手の中。
 それが道具の運命で、在り方。否定することも反論することも、『彼ら』には許されていないはずだった。

『でも……』

 アストライアは言葉を続ける。
 出会って間もないにもかかわらず、彼女は彼女なりにの人となりを理解していたし、一連の事件を通して彼の奥に眠る想いもわかっていた。そして適当な物言いや仕草にも関わらず、そのくせ内側は自分と同じ道を進ませないようにと、己を省みず動いてみせる行動力。そんな彼だからアストライアは、『彼ならば自分をうまく使いこなしてくれる』と悟ったのだ。

『あなたに使われるのなら、それを良しとしている自分がいます。あなた以外に使われるくらいなら、いっそスクラップにされた方がまだマシというものです』

 そんなアストライアの言葉を、嬉しいと感じる自分がいた。
 彼はただ、かつての相棒――クサナギに対するものと同じ接し方をしているだけなのだ。何気なくやっていることで、これほどまでに強く信頼されている。信頼しているからこそ、彼女はすべてを自分に委ねてくれる。
 それが、どうにも嬉しくて。

「よっ……と」

 足で反動を付けて、身体を起こす。
 相手が『道具』であるにも関わらず、その方向を向くこともできず、は部屋の出入り口へと足を運ぶ。

『どこへ?』
「散歩だよ。ちょっと頭冷やしてくる」

 アストライアの返事を待たず、にやけはじめている顔を元に戻そうと、部屋を出たのだった。



「リインフォース……っ!?」

 はやては車椅子の車輪に手をかけ、力いっぱい押し出す。しかしその力があまりに強すぎて、車輪は雪に取られてなかなか前に進まない。しまいには石に躓いて転倒する始末。

 ……頬が冷たい。でも、涙が止まらない。
 悲しいことばかり背負ってきて、今はそれが全部終わって、救われて。やっと、新しい一歩を踏み出せると想っていたのに。背負ってきた悲しみの分だけ、幸せにならねばならないのに。

「これから……ッ、どんどん幸せにしてあげなあかんのに……!」

 それは義務じゃない。ずっと悲しいことばかりをその身に受けてきた彼女の主だからとか、そんなちっぽけな理由じゃない。
 はやて自身が彼女を幸せに、その綺麗な顔を笑顔で溢れさせたいと心から思っていたから。
 幸せは、たった一人で成り立つものじゃないから。家族だから、大切だから。自分が幸せであるように、彼女にも幸せになってもらいたい。
 それだけを思って、はやては今、泣いていた。

「主はやて……」

 女性――リインフォースはうずくまったままのはやてへ歩み寄る。跪くと身体を起こした彼女の頬に手を添えて、笑みを浮かべた。

「大丈夫です。私はもう……、世界で一番幸福な魔導書ですから」

 それははやてが望んだ、溢れんばかりの幸せな笑み。
 見惚れんばかりの笑顔だけで、はやてはもはや、なにも口にすることはできなかった。

「主はやて……1つ、お願いが」

 それは、自分の名前のこと。
 その名前は消えゆく自分ではなく、はやてが手にするであろう新たな魔導の器に与えて欲しい。自分はただ無力な、小さなかけらになるだけだから。

「祝福の風、リインフォース……私の魂は、きっとその子に宿ります」

 その名前は、自分よりも、その新しい器にこそ付けてあげて欲しい。
 そうすれば彼女はきっと、新たな器と共に、これからもずっとはやてを守っていくことができるから。

「リイン、フォース……」
「……はい。『我が主』」

 それは、お互いを呼び合う最後の言葉。最後にして最高の主と認める、リインフォースの最期の言葉。

 覚えていられるように。忘れないように。その笑顔を、消えなくなるまでその目に焼き付ける。
 幸せだと言って笑いながら消えていく、彼女の姿を。

『Ready to set』
『Stand by』

 レイジングハートとバルディッシュが、儀式の準備ができたことを告げる。
 リインフォースはその言葉を聞いて立ち上がると、再び陣の中心へと戻っていく。
 魔法陣が、光を帯びる。
 それは、薄い紫色。はやての白に、なのはの桜、そしてフェイトの金が混ざってできた色。

「ああ。短い間だったが、お前たちにも世話になった」
気にせずにDon't worry
よい旅をTake a good journey

 2機の言葉に、彼女は小さくうなずいて。

「主はやて……守護騎士たち。それから、小さな勇者たち」

 心穏やかに、優しい笑みを浮かべて。

「ありがとう。そして……」

 自分のこれからの旅を思い描きながら、光を放つ姿を受け入れて。

「さようなら」

 優しい声で別れの言葉を口にしたのだった。


 彼女の消滅を引き換えにはやての手に舞い降りる、十字を模した金のアクセサリー。
 それは、消えずに残ったリインフォースのかけら。
 はやてはそれを胸に抱きしめて、涙をこぼしたのだった。





なのはとフェイト、そしてヴォルケンズは、その場にいるにもかかわらずまったくしゃべっておりません。
まぁ、口を挟む場面でもないでしょうし。仕方ないといえばそこまでなんですが……
しかしどんだけ原作どおりだよ(爆。


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