はやては深い眠りについている。 艦船アースラのとある一室。鋼に見えてしかし、磨き抜かれた壁は小さな明かりが反射して、その光を強めていた。 彼女の眠るベッドを囲うように話すのは、3人の女性と1人の少女。そして、一頭の獣。はやてを守る守護騎士たち…………お互いに認め合い家族になった4人と、書そのものを司る銀髪の女性。はやて本人から新たな名前をもらった女性。 夜天の魔導書は、致命的なほどに破損していた。書の基礎構造は完膚なきまでに歪められ、防御プログラムは停止した。このまま放っておけば、夜天の書の『闇の書』たる機能が活動を再開し、書そのものが新たな防御プログラムを作り出す。 そうなれば最後、今までの苦労は水の泡。新たな悲劇として、歴史に残るだけ。 修復もできない。それ以前に、完成プログラムである女性――リインフォースの内部から書本来の姿が完全にデリートされているため、直しようがないというのが正直なところだった。 「主はやては、大丈夫なのか」 シグナムの問い。それは、今も眠るはやての安否。 そんな彼女の問いに、 「何も問題はない。私からの侵食は完全に止まっているし、リンカーコアも正常作動している。不自由な足も、時をおけば自然と治癒するだろう」 リインフォースは、淡々と答えを述べていた。 はやての身体に残る心配事をすべて。誰かに言われるまでもなく、すべての答えを口にしていた。 「そう、じゃあそれならまぁ……よしとしましょうか」 「ああ……」 そんな答えに、問いを放ったシグナムも、隣のシャマルも安堵の息を漏らす。 彼女たちの心配事はすべて、彼女たちの幸せの象徴であるはやてのことだけだったから。 「心残りはないな」 自分たちがどうなるかなどは二の次で。 彼女たちは、夜天の書の守護騎士プログラム。その存在は、書そのものに依存する。 書そのものが生きていれば守護騎士たちも生き長らえるし、もし破壊されれば…………守護騎士プログラムをも巻き込んで破壊される。つまり、彼女たち守護騎士は、リインフォースが消滅すれば同時に消滅する。 「すまないな、ヴィータ」 心残りはない、というシグナムの一言に、小さくも重たい息を吐き出したのはヴィータだった。 長い間、人々を深い悲しみの底に落してきた『闇の書』。 絶対に破壊できない、と記録されていたかの書は、防御プログラムが破壊されて無防備な今、管理局側によって完全に破壊できる唯一の時間が与えられたのだから。 自分たちが今、こうして管理局の腕の中にいる以上、書は完全に破壊される。書が破壊されれば、自分たちは消える。それがわかっていたからこその、ヴィータの重たい吐息。 「なんであやまんだよ。いいよ別に……」 はやてが生きてここにいる。はやてに自由が与えられる。はやてが笑ってくれる。 そうなる未来が先にあるなら、自分たちは。 「こうなる可能性があったことくらい、みんな知ってたじゃんか」 突きつけられた現実を、余すことなく受け入れよう。 『闇の書』が完成するもっと前から、それはみんなで決めていた。 ずっとそばにいたい。ずっと一緒に笑っていたい。しかし、それは叶わない。 書を残しても、破壊しても。どちらの道を選んでも、はやては不幸になるから。 しかし。 「いいや……違う」 リインフォースは、静かに首を横に振る。 「お前たちは残る。往くのは…………」 昏く赤い瞳に、眠り続けるはやてを映す。 夢の中で見た彼女の笑顔を、病院で苦しむ彼女のゆがんだ表情を。そして、守護騎士たちと一緒にいることを心の底から望んで、幸せそうな笑みを見せた彼女を、その脳裏によぎらせて。 「私だけだ」 小さく結論を告げて、その目を閉じたのだった。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #47 夜天の書を破壊する。 それは、アースラ艦長であるリンディの決定というわけでもなく、かと言ってなのはとフェイト、アルフに打ち明けたクロノの独断というわけでもない。 なら、その決定を下したのは誰か? 「夜天の書の、管制プログラムからの進言だ」 なのはが交戦した銀髪の女性……夜天の書そのものを司る女性が自ら、クロノとリンディに頼み込んだのだ。 破壊してくれと。そうしなければ、きっとはやてに不幸が降りかかるからと。 彼女もまたはやてのことが大好きで、大切で、何者にも代えがたいほど愛しく思っていた。 大好きで、大切であるがゆえに、彼女を蝕む『自分』という存在が疎ましい。 彼女はただ、輝かしいはやての未来を、不幸なものにしたくない。 「防御プログラムは無事破壊できたけど、夜天の書本体はすぐにプログラムを再生しちゃうんだって」 つまり、夜天の書は放っておけばいずれ、はやての身体を侵食する。 書が存在している限り……いや、彼女が存在している限り、はやては常に危険と隣り合わせなのだと、ユーノは言った。 破壊するなら、防御プログラムのいない今が最大のチャンスなのだ。 「だから、闇の書は防御プログラムが消えている今のうちに、自らを破壊するよう申し出た」 「……難儀だねえ」 クロノの言葉に、行儀悪く机に腰掛けて足を組んで、わしわしと濃い茶色の髪をかき乱すは、今までしてきたことが水の泡になるんじゃないかとか無駄に考えをめぐらせる。今まで自分が巻き込まれ……もとい、関わってきた出来事が脳裏を走馬灯のように駆け巡り、重たい空気を肺の奥底から思い切り吐き出した。 「でも、それじゃシグナムたちも」 「いや」 言葉を挟むフェイトを遮って彼女たちの前に現れたのは、ほかでもない。 「私たちは残る」 シグナムとシャマル、そしてザフィーラの3人だった。医務室にはやてともう少し一緒にいる、と主張したヴィータを残して、伝えるべきことを伝えるために参上したのだ。 もともとは1つだった闇の書と、その一部として本体を守る守護騎士プログラム。彼女たちは本来、切っても切れない間柄にあるはずだった。本体に従うように、守護騎士プログラムは在るはずだった。 しかし。 「防御プログラムと共に、我々守護騎士プログラムも本体から解放したそうだ」 まるで誰かに聞いたかのように、ザフィーラがそんな言葉を口にした。 つまり、彼ら守護騎士たちは、はやてを置いて消えることはない。唯一消滅するのは、はやてを蝕む根本である完成プログラムだけ。 守護騎士たちが消えることを、はやては望まない。彼女から笑顔が消えるくらいなら、自分が1人、旅に出ればいい。 しかし、それだけならば聞こえはいいが、悪く言えばそれはただの自己犠牲。一緒に生きていくことを、諦めてしまっている。その一点に関しては軽く眉をひそめたが、代案があるわけでもない。そもそも、知識的なことはからっきしなだ。言うだけ無駄。言ってしまえば最後、後に待っているのは面倒なことばかりだ。 (もっと、勉強してればよかったかなあ……) 柄にもなくそんなことを考えてしまったことに気付いて、思わず髪をさらにかき乱した。 「それで、リインフォースからなのはちゃんたちに、お願いがあるの」 シャマルの一言に、なのはとフェイトは2人、思わず顔を見合わせた。 彼女の……リインフォースのお願いとは、自分を破壊するためのもの。自分で自分を破壊することはできないからこそ、今までずっと敵対しながらも歩み寄ってくれていた彼女たちに。 自身の旅立ちを、見送って欲しいと願った。 「リインフォースはもう、準備を始めているわ。あとは、私たちが合流するだけ」 はやての身体を蝕む前に。一刻も早く、夜天の書に幕を引く。 長きに渡り、宿主を喰らい尽くしてきた『闇の書』の、終焉だ。 はやては1人、静かな部屋で目を覚ます。 窓から差し込む光は弱く、儚い印象を懐かせる。 外は雪か。 窓の外で降り続いている白いそれは、家の庭を白く染め上げている。季節は冬。雪が降って、積もってもそれは仕方がないと彼女は思う。 ……あれから、どれだけ時間が経ったのだろう? 外の雪を眺めながら、意識が落ちる前の光景が脳裏をよぎる。 生まれてからずっと共にいた書に新しい名前をプレゼントして、暴走した自動防御プログラムを消滅させてそれから―――。 「……っく」 胸元に走る小さな痛みに、思わず両手を押さえる。 高鳴る心臓の音を聞きながら、その時に自分が使った杖の姿が突然、浮かび上がった。 それは証。 闇の書が、『闇の書』でなくなった証の杖。 「ぁ……っ」 融合していたからか、あのとき自分と一緒にいた『あの子』の考えていることが、なんとなく理解できた。 だから、はやては慌てて車椅子に手をかける。 誰かをこれ以上失うのは、イヤだったから。これ以上なにかを失くすのは、ごめんだったから。 「リイン、フォース……」 着の身着のまま車椅子に座り込むと、勢いよく車輪を押し出した。 「ごめん。俺は、行かなきゃいけないところがあるから」 なのはとフェイトよりも守護騎士たちと関わってきたは、シャマルの願いを聞き届けることはできなかった。 彼は非常勤とはいえ、管理局の局員……言うなれば、軍人そのもの。命令を無視して単独で走れば、それ相応のリスクを負う必要がある。 彼はこれから、自分自身の行動にけじめをつけに行く。 アースラの廊下を、クロノの後を追いかけるかのように歩く。 道中は無言。無機質な足音だけが響き渡り、しかし見飽きた廊下が続いてか、は早々にうんざり。 目的地がわかっているだけに、退屈で。 「ふぁ〜あ」 つい、不謹慎にも大あくびなんかしてみたりして。 「お前は……ふぅ」 クロノはそんなを背後に、頭痛を錯覚してか額を抑えてため息。 彼のマイペースは今に始まったことじゃないことくらい、わかっていないわけもなかったから。というか、彼の面倒くさがりとマイペースは、局内でも割と有名だったりする。普段交流がある人間はさておき、名前はおろか顔も知らない人ですらそれを知っているという事実を、彼は知らない。 結局クロノは。 「ま、いつものことか」 彼の持って生まれた性格を、変えることなんかできないことを理解しているクロノはただ、何も言わずに少しでも早く目的地にたどり着くしかないのだ。 「ああ、来てくれたか」 白い雪舞う小高い丘に、女性はいた。 寒いだろうに、腕や足に素肌を晒して、小脇には一冊の分厚い本を抱えて立ち尽くしていた。 表情には、穏やかな笑み。心から、穏やかでいる明確な証拠と言えるだろう。これから自分は、遠い世界へ旅立つというのに。 人は誰でも、『いなくなる』ことを嫌がる。『いなくなって』しまうことを怖がる。生き恥を晒そうとも、たった1つの生命を絶やさんと抗う。 ……彼女は人だ。 心を持ち、穏やかで。笑って2人の少女を迎えた彼女は、間違いなく『人』たらしめる。 「リインフォース、さん……」 「そう呼んでくれるのだな」 そんな言葉に、声をかけたなのはは言葉を失った。 「あなたを空に還すの……私たちでいいの?」 「お前たちだから、頼みたい」 はやてを喰らわずに済んで、はやての言葉を聞くことができたから。 なにもかもを、望んだ形で残すことができたから。 感謝している。感謝しているからこそ、最後は2人に、私を閉じて欲しい。 紡がれた彼女の言葉は、穏やかでありながらしかし、なのはやフェイトには悲しく聞こえた。 「はやてちゃんと、お別れしなくていいんですか?」 「主はやてを、悲しませたくないんだ」 悲しませたくないがために、彼女の笑顔を目に焼き付けたまま。 「そろそろ、始めようか……」 雪の舞う曇天を見上げる。 旅に出るには、いい天気だと。 そして、浮かぶ笑み。 彼女は嬉しいのだ。すべてを守り、大好きな主を幸福の中に残せるのだから。 「夜天の魔導書の、終焉だ……」 「さあ、話を聞きましょうか……くん」 執務官クロノを隣に、リンディは真っ直ぐを見据えた。 命令を受けてアースラに配属されて、守護騎士たちを追いかけて、出会って、話をして。は行くべき道を自分から外れた。 「教えてください。あなたが今まで何を思って、何を考えて動いてきたのかを」 眼前で両手を握るように合わせて、リンディは言う。 子供とはいえ、彼は管理局の局員なのだ。組織だって動いている彼らは、1人が外れればそこを基点に崩れていく。そのことは、今まで任務を遂行してきた上で理解させられたはずなのだ。 そして、私情は禁物であることも。 それを念頭に置いた上で、しかしは独断行動を取った。その真意は。 「俺は、自分の行動を間違っているとは思ってない」 まず、こんな言葉から始まった。 最初は、PT事件から少し後。出会った剣士は、彼のリンカーコアを奪っていった。その行為をしていた理由を知ったのは、それから3ヵ月後のこと。主を守りたい、主を幸せにしてあげたい。そんな気持ちが、聞いた話からひしひしと感じられた。 だから、は彼女たちを離れ離れにしたくないと感じた。 自分と同じにしてはいけないと思った。 「俺ははやてを守ろうとか、あの4人に肩入れしてるとか、そんなんじゃないんですよ」 はただ、自分の行動が結果につながると思ったから、そうなるように動いただけ。 彼が守ろうとしたのは、人という個のくくりじゃない。 その存在がどれだけ大事なもので、大事だからこそ愛しいと思う。持っていないからこそ大切で、大切だからこそ守りたいと思う。当たり前のように持っている人よりも強く、強く、強く。 「俺はただ、自分が守りたいものを守ろうとしただけです」 「守りたいもの……?」 「艦長……リンディさんなら……いや、クロノくんもきっとわかると思うよ」 彼らもまた、その『一部』を失っていたから。 それが完全な形である間は考えもしない、失ってこそその大切さが身に染みてわかるもの。 それは。 「『八神家』っていう家族を……守りたかっただけですよ」 人と人のつながり。 強くて固い、絆の糸。 「弁解はしません。俺は、あなたのの決定に従います」 「……」 クロノの声に、は薄く笑う。 それは、今まで自分がしてきたことのすべてが『組織』にとっては間違いであったことを肯定し、受け入れていると誰もが理解できるような、どこか諦めたかのような笑みで。 「そう……なにもかも知っていて、今まで私たちに黙っていたのね?」 「はい」 間をおかずリンディの問いに答えを返す。 「俺はただ、自分の思いにしたがって動いただけです。後悔なんか、ない」 「わかりました。話ここまでです」 下がってください、という言葉に従って、は2人に一礼。艦長室を後にした。 |
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