空中にいるにも関わらず、身体全体で感じられる地鳴りが響き渡る。それは、地鳴りがただの自然災害ではないという事実を如実に物語っている。身体の芯に響くような震動音。 そんな中、はやてはなのはとフェイト、を見やり、 「あ、なのはちゃんフェイトちゃん、くんも」 「「「?」」」 よく見れば、フェイトもも闇の書の『夢』から覚めたばかり。なのはに至っては闇の書の意思との戦いで魔力も、その小さな身体すらもボロボロだ。これじゃ、まともに魔法すらもできやしないと思い立って、 「シャマル、よろしく」 「はい、3人の治療ですね」 自身に寄り添う碧の騎士に言葉を投げた。 「クラールヴィント、本領発揮よ」 『Ja!』 シャマルは、その手にはまった指輪に軽く口付ける。 彼女は湖の騎士。後方支援に特化した魔導師で、その本領は。 「静かなる風よ……癒しと恵みを運んで」 補助するだけでなく、癒す。 湖の騎士シャマルと、風の指輪クラールヴィント。彼女たちはここで、最大限の力を振るう。 対象となった3人は確かに、まるで風が運んできたかのように疲れが、魔力が癒されていく。 ボロボロだったなのはのバリアジャケットも、完全に修繕されていた。 は、運んできた風を感じて思う。風の変換資質を持つ彼だからこそ、その風が優しく自分を包んでくれているようだと感じられた。 「……いい風だね」 そんなつぶやきにシャマルはくすりと笑みをこぼした。 「あたしたちはサポート班だ。あのウザいバリケードをうまくとめるよ」 アルフとユーノとザフィーラ。 彼女たちに砲撃を行う術はない。基本的には補助か、あるいは近接戦闘のみ。だからこそ、自分たちにできることをするだけだった。 アルフもユーノも、黒い球体の周囲を動き回る触手やら巨大生物の尻尾やら色々なもの……とにかく自分らの敵であるものすべての動きを、拘束魔法で封じる。そしてザフィーラは、即席の杭で敵を粉砕する。彼女たちが、心置きなく作戦を遂行できるように。 「……始まる」 クロノがつぶやく。黒い球体の周囲を、同色の光柱が立ち上る。 それは前兆。それは序章。この世界を破滅へ誘う闇の光。 闇の書の自動防御プログラム。その暴走が今、始まろうとしていた。 「夜天の魔導書―――呪われた闇の書と呼ばせたプログラム…………闇の書の、『闇』」 魔法少女リリカルなのはRe:A's #46 現れたのはまさに異形としか言えないような化け物だった。 両手に鉤爪、背には鋼の棘。大きく開いた口に鋭い歯。背中から広がる2対の、漆黒の翼。そして頭には、大人の女性を象ったモノが、断末魔にも似た金切り声を放っていた。 海面に広がる波紋は大きく、大地すらも揺るがしてその波を広げている。 「行くぞ、作戦開始だ!」 クロノの声が響き渡り、同時に展開されるはあらゆるものを拘束する無数の鎖。 「チェーンバインド!」 「ストラグルバインド!」 「縛れ、鋼の軛……!!」 アルフとユーノの最大出力、展開された魔法陣から放たれる光の帯。それらは現れた巨体の周囲で動く巨大生物の胴体や触手を縛り切る。ザフィーラの放った魔力の杭まるで薙ぎ払うように、すべてを斬り裂いていく。 聞こえてくるのは悲鳴にも似た金切り声。 彼女たちに続いて、己の相棒を構えたのは。 「ちゃんとあわせろよ、高町なのは!」 「ヴィータちゃんもね!!」 なのはとヴィータ、つい先日までお互いにその力を比べあっていたライバル同士だった。 鉄槌と槍のコラボレーション。 始まりは、赤の鉄槌から。 「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン!!」 『Gigantform!!』 前後に装備された小さな鉄槌がカートリッジのロードと同時に、支柱と共に比較にならないほどに巨大なそれへと変じていく。新たに現れた黄金の支柱に装備される、ヴィータの身体ほどもある鉄槌は振るいかざすと同時に巨大に、より力強く膨張していく。 「轟天、爆砕!!」 悲しいことがあった。つらいこともあった。でも、それと同じくらいに楽しくて、幸せなときがあった。 一時は絶望すら感じたものの、しかしその幸せがこの手に戻ってこようとしている。 自分と、シグナムと、シャマルと、ザフィーラと……はやてと。毎日が楽しくて、今まで仕えた主の中でもとりわけ、ずっと一緒にいたいと願った。だから、ずっと一緒にいるために。 「ギガント、シュラーク……!!」 この手の力を、振るうと決めた。 振り下ろされた鉄槌は、現れた闇の書の闇と同じほどに巨大になっていた。それが思い切り振り下ろされれば、周囲に張られたバリアなどひとたまりもあるわけがない。 真紅の衝撃波が広がると同時に、四層のうちの一層にヒビが走り、ガラスが割れたかのような音と共に破れ消えていった。まるで、自分で張ったシールドが破られたかのように。 続いて相棒を構えたのは、 「高町なのはと、レイジングハートエクセリオン……行きます!!」 『Load cartridge』 天に掲げた真紅の矛先。 吐き出されたカートリッジは4発。足元には見慣れた魔法陣が広がり、また掲げた矛先には桜色の翼が広がった。照準はただ真っ直ぐ、目の前の巨体へ。 「エクセリオンバスター―――!!」 放たれるは2段構えの砲撃魔法。 何度も敵対して、戦って。やっと、分かり合えると思った。仲良くなれると思った。友達になれると思った。なによりこの先の未来。闇の書が原因で悲しいことやつらいことを受けて、こんなはずじゃなかった人生を歩んでしまわないように。 『Barrel shot』 今、自分にできることがある。できることがあるならば、それをやろうと決めた。 襲い掛かろうと殺到する触手のすべてを巻き込み放たれた凝縮された魔力は、曲がることなくバリアに衝突。その強度を大きく削り取って、放たれる本流。 「シュート!!」 瞬く間に集まった魔力が、本流となって放たれた。暗い空間を照らす桜色は滝となって、弱まった2つ目のバリアを打ち抜いた。先ほどと同じようにバリアは砕け、魔力となって霧散していく。 さらに響く悲鳴。同時に、周囲の触手やら尻尾やら無数いる敵が、動きを活発化させていた。 攻撃自体が一方的でも、暴走しているのだ。その力の大きさは、その場にいる全員の魔力を結集させたところで敵わないだろう。 でも、その力を弱めることくらいはできるのだ。今のように。 「このやろぉっ!!」 「はあっ!」 さらに拘束魔法を繰り出すユーノとアルフ。 その表情からは、余裕が消えていた。 「次、シグナムとテスタロッサちゃん!」 まるで急かすかのように、シャマルは口を挟む。その言葉よりも前に、シグナムはすでに今こそが自分の行動だとわかっているかのように、その身体を魔力で包み込んでいた。 鞘から自らの相棒を抜き、天にその切っ先を掲げる。 「剣の騎士、シグナムが魂……炎の魔剣レヴァンティン」 彼女の持ちうる最大の攻撃は、今までに展開したことのないものだった。今までずっと、使う必要がなかったから。炎を纏う刃、魔力そのものを走らせる連結刃。それらだけで、今まで切り抜けてこられたから。 「刃と連結刃に続く、もうひとつの姿……」 しかし今こそ、そのベールがはずされようとしている。 切り抜けるだとか必要に駆られたからだとか、そんな理由ではなく。彼女が、そしてレヴァンティンが、使うときなのだと判断したから。使うべきときなのだと決めたから。 鞘と柄がつながり、吐き出されるカートリッジ。 1本となったレヴァンティンは赤一色に染まり、形状が変わる。 左手で握り締めた柄の部分……中央部分を握り締めて、その手を眼前の敵へと向けた。 『Bogenform』 包んでいた光が剥がれて、現れたのは弦のない1張りの弓。しかしその端と端を結ぶように魔力で編まれた弦が張られ、空いている右手でそれを引く。同時に現れた矢はその切っ先を見据えて、さらにカートリッジが上下でロードされる。 展開された三角の魔法陣を走る真紅の炎。 ロードされた魔力と、彼女自身の魔力、そして周囲の魔力がその切っ先に集まる。 「駆けよ、隼!!」 『Sturmfalken!!』 弦の推進力を得て静かに放たれた矢は、瞬く間に三層目のバリアに突き刺さる。途中から伸びた勢いは衰えないまま、バリアを貫いた。 間髪入れず、フェイトは次いでその手の大剣を振りかざす。 みんなが幸せでいられるように。自分のような、悲しい運命を背負う人が出ないように。 「フェイト・テスタロッサと、バルディッシュ・アサルト……いきます!!」 彼女の持ち得る全部を使って、そこにいるだけで楽しい『今』を守りたい。 そんな願いを持って、フェイトは大剣を……相棒を振るう。 展開する黄金の魔法陣。魔力にものを言わせて、作り出したのは大きな大きな斬撃波。それは活発化した敵を容赦なく斬り裂いていく。 さらにその切っ先を空に向けて、その刀身に帯びる雷。宿った魔力は爆ぜ返る。 「撃ち抜け、雷神!」 『Jet Zamber』 舞い降りた雷は、その刀身に力を与えるためのもの。 フェイトとバルディッシュ。2人の声と共に、黄金の両刃剣は真っ直ぐ巨体へと向かっていく。それはまるで、なのはの砲撃魔法のように光が伸び、しかし彼女の砲撃のように着弾するわけではなくバリアもろとも斬り裂いていく。ちょうど、人で言うところの右肩からの袈裟斬り。その切れ味は申し分なく、抵抗すらできないまますっぱりと裂かれて声を上げていた。 しかし、暴走した闇の書の闇は弱まるどころか海の底からさらに巨大生物の頭や触手を作り出している。さらに、今しがたフェイトが斬り裂いたにも関わらず、すぐに再生が始まっている。 闇の書の無限再生は健在、と言ったところだろうか。 巨大生物の頭は、まるで水晶のような形状をしている。その頭の前に、光が集まっていくのを確認して、動いたのはザフィーラだった。 「盾の守護獣、ザフィーラ……砲撃なんぞ、撃たせん!!」 砲撃を止めるかのように、海中からせり上がる白銀の杭。それは、今にも撃ちだそうとしていた敵の砲撃を止めるかのように串刺しにしていく。 しかし、現実はそううまくはいかないもの。複数あった魔力球のほとんどは霧散したものの…… 「ちぃっ!!」 そうならなかったものもある。ザフィーラが小さく舌打ち、思惑とは外れた行動を取る魔力球を忌々しげに見やる。具現した杭がちょうど、魔力球を貫いている。魔力で編み上げられた杭と、純粋な魔力でできた球体。それぞれの魔力が混じり合って。 ぱぁんっ!! まるでシャボン玉のように弾けていた。爆発した魔力は無数に散らばり、飛んでいく。 「あぁっ!?」 飛んでいった魔力のかけらを眺めて、なのはが声を上げる。彼女の見ている先。そこには、彼女の友達がいるはずなのだから。 「あ、はじけた!」 聖祥大学付属小学校の校門前。 なのはが叫んだのと同時刻に、遠くではじけた光を見てアリサが声を上げた。 まったく、ずいぶんとファンタジーな世界が構成されているものである。突然大きな怪物が現れたかと思ったら、さっきからボンボンぼんぼん光が飛び交っているし。 だいたい、なのはとフェイトはなんなこんなことやってんのよ、なんてアリサは思う。 これはもー、終わったらいろんなことをきっちりかっちり話してもらわないと気がすまないってものだ。 なんて、そんなことを考えていたのもつかの間。はじけた光のうちのいくつかが、自分たちの方に向かってきているではないか! 「アリサちゃん、どうしよう!?」 「そ、そそそそんなコト言われたってぇ!?」 すずかと2人でわたわたと慌てふためく。 だいたい、ただでさえわけのわからないことばかりなのだ。いきなり光が降ってくる〜、なんてロマンチックでクリスマスチックな状況であるにもかかわらず、対処のしようもないまま。 ただ彼女たちは、慌てふためくしかなかったわけだ。 「あぁっ、もう目の前に!?」 すずかの声にアリサは我に返り、ひき、と固まる。 もはや逃げることもできず、そもそもこの光が自分たちに何をするのかもわからない。 アリサもすずかもただ、ぎゅっと目を閉じた。 だからこそ、彼女たちは見えなかった。 目の前に突然現れた、1人の少年の姿が。風を纏い、その手には一振りの剣を携えて。羽織っている上着の裾をばたつかせながら、その手の剣を振るう。 「エクスキャリバー・モードシールド!」 聞こえた声に、2人は目を開ける。 どこかで聞いたような声だったというのもある。そもそもただ聞こえたから、という理由もある。 しかしなにより、自分たち以外にいないはずの場所に突然現れたことに、むしろ驚いて。 『Mode shield set!』 トーンの高い電子音声が聞こえたと同時に、象っていた刀身が形を変える。 ぐるぐると渦巻いて、大きく広がって、象ったのは盾。 薄い膜のようで、しかし強固な壁のようで。2人に迫っていた光がその盾に遮られて、乾いた音と共に霧散していた。さらに連続して響く快音。 (こっちは問題ないよ。ほら、はやて) 『そやった。いくで!』 はやてはの呼びかけに応じて、手にした杖を天に掲げる。 空いた手で生まれ変わった書を開き、呪文を紡ぐ。 「彼方より来たれ、宿木の枝……銀月の槍となりて、打ち貫け!!」 眼前に展開した三角の魔法陣。さらにその周囲に6つの白い光が現れる。 それは触れたものを石化させる槍。 ザフィーラの杭によって動きを封じられたその巨体に、それら無数の槍が降り注ぐ。 「石化の槍、ミストルティン!!」 アリサとすずかは、目の前の少年の姿に目を丸めていた。 コスプレみたいな服を着ているし、手には時代遅れな剣なんか持ってるし。そしてなにより、 「あんた浮いてる!?」 浮かんでいることに驚いて、アリサは少年を指差していた。 「なんで、なんで!? あんた浮いてる!!」 「あ、アリサちゃん……おちついて」 聞きたいことはたくさんある。知りたいこともたくさんある。たくさんありすぎて、アリサは混乱しすぎている。そんな彼女たちを見ては軽く笑いながら、盾の形を取っていたアストライアの刃を元の形に戻す。 あくまでイメージだ。刃はただ、の中で描かれた想像を形にしただけ。しかしそれこそが、エクスフォームの真骨頂。扱いが難しい分、使いこなせるようになれば使用者のイメージをそのまま形にして、使用者を守り、敵を縛り、攻撃する。 「くん、あのね……」 「ごめんね、すずかちゃん。今は、問答してる場合じゃないんだ」 「じゃあ、どーゆー場合なのよっ!?」 それくらい教えなさいよっ! の答えを押しのけて、アリサは彼を怒鳴りつける。 彼女たちは彼女たちで、今の状況が知りたくて仕方ないのだろう。彼女の表情が、それを物語っている。 でも、今は問答すらしているヒマはなかった。 「アリサ、悪いけど後にしてよ。いろんな事が終われば、きっと話してくれると思うから」 主になのはちゃんとフェイトがね。 向きを変えて、2人に背を見せる。少し離れた先で、白い光が巨体を貫いている。 そろそろ行かないと、自分の出番がなくなってしまう! ……なんてことも思うことなく、しかし少しでも早く事件を終わらせるためになにかをしたい。しなければならない。だからこそ、は飛ぶ。 「ちょ、ま」 『Blight move』 アリサの静止の声を最後まで聞くことなく、はその場から一瞬にしてその姿を消していた。 今の状態でも行使ができる数少ない魔法の1つを用いて、超特急で現場へ戻ったのだ。 残された2人はというと、の消えた先を見つめて放心している。そのまま数分固まって、光が爆ぜた瞬間に我に返ると。 「もぉーっ、なんなのよアイツはぁ―――っ!!」 声を上げていた。 「ありがとう、くん!」 戻るや否や、はなのはに感謝されていた。大切な友達なのだ。失ってしまうのは怖くて、でもあまりに突然で動くこともできなくて。だから、失わずにすんでよかったと。失わせないでいてくれた彼に、ただただ感謝。 「いいさ。それより、俺の番かな?」 はやての放った魔法で全身石になってしまったはずが、しかし無限転生の機能がしっかり働いて再び再生、むしろ石になる前よりも巨大化しているようにも見える。棘だけしかなかった背からは新たに獣の顔がせり上がり気味の悪い触手が出てきたり。 『やっぱり、並みの攻撃じゃ通じない! ダメージを入れたそばから、再生されちゃう!』 「だが、攻撃は通ってる。プランの変更はなしだ!」 「そうそう……それじゃ、行くよクロノくん」 「お前が指図するな!」 クロノの声を背後にが剣を振るい、疾る。飛行速度はトップスピードまで加速し、襲い掛かる無数の触手を躱しながら目の前まで近づき、 「空破裂風……」 『Rush to the sky, and Slash the wind』 翠の三日月が1つ、2つ。さらにどんどん増えていく。風を切り裂き、空気を断ち斬り、なおも三日月は増えていく。 彼が願うは平穏。彼が望む平凡。何も起こらずただただ流れるごく普通の日常。たちはだかるすべてを斬り裂いて、自分は平穏を手に入れる。この事件が終わった先にはきっと、何もなくても楽しい日々が待っている。 ただはそれを信じて、目の前のすべてを斬るだけ。 「エクスキャリバー!!」 『Exth calibur!』 幾重にも重なった三日月――軌跡を描いて、巨体はいくつもの破片になってしまっていた。 ひゅう、と。さわやかな風が吹き抜ける。シャマルのそれとは違う、優しくもどこか力強い風。 その風を身体に受けながら、クロノは小さくため息をつく。 の行動が問題というわけではないが、そのあとが問題だとも言えるだろう。 微塵切りにしたところで、結局再生してしまうのだから。 「まぁ、いいか。全部凍らせてしまうわけだし……行くぞ、デュランダル」 『OK, Boss』 クロノの足元に広がる青い魔法陣。氷結魔法に特化した杖を片手に、言葉を紡ぐ。 十数年来の因縁を断ち切るために、一句一句に気持ちを込めて。なくしてしまった過去を変えることができないから、せめて。 「悠久なる凍土、凍てつく棺の地にて……永遠の眠りを与えよ」 そんなフレーズを口にしている間も、が細切れにした敵はあっという間に再生が始まっていた。合体と修繕を繰り返し、ばらばらになっていたはずのパーツが1つにまとまっていく。より強く、より大きくなって。そして、染まっていた闇をより暗く染め上げて。 の行為も含めて今まで、内包した魔力を削ぐことが目的だったのだ。魔力を削げば削いだだけ、シャマルがリンカーコアを捕まえやすくなるのだから。だからこそ、今までの行動は無駄ではなくて。そしてそれは、クロノの魔法も。 「凍てつけっ!」 『Eternal Coffin』 すべてを凍てつかせ、命を刈り取る永遠の棺。 それは、どれだけ巨大であろうと。 それは、どれだけ力が強くとも。 なにもかもを凍りつかせる、極大の広域攻撃魔法。ランクにしてSをゆうに突破するほどの力を有する魔法だが、デュランダルが氷結呪文に特化したデバイスであることと、クロノ自身が培ってきた魔力変換・温度変化技能が見事に合わさった結果、彼はこの魔法を行使することができたのだ。 他の人にはまねできない、堅実な彼だからこそできる芸当だった。 雪が降る。 魔力を含んだ雪が、しんしんと降り注ぐ。 海を凍らせ、大気を揺るがせて、雪は海を……闇の書の闇の巨大な身体を完全に凍結させた。頭から、尻尾の先まで。 「いくよ、フェイトちゃん……はやてちゃん!」 そんな凍てついた世界の中でも復活し、動きはじめる闇の書の闇。まるでもがくように。少しでも早く、自らを縛るすべてから逃れようとするかのように。 レイジングハートを構える。 真紅の矛先の照準を合わせて、広げた光の翼に力を込めた。 これ以上、悲しい運命を辿る人が出ないように。誰も、悲しい思いをする人がいないように。 『Starlight Breaker』 集まる光。1つに集う魔法の力。 この力で、悲しいことやつらいことを全部……。 「全力全開! スターライト〜……」 落ちる雷を、まるで避雷針のように受け止める黄金の剣。 この力で、自分のような悲しい思いをするような人が出ないように。 悲しみの源を全部…… 「雷光一閃! プラズマザンバー!!」 十字架に集う黒い球体。それを覆い潰すかのように白い光が輝きを増す。 遠く広がる凍土にぽつんと浮かぶ異形を認めて、整った眉の端を垂らして目を閉じる。 『彼女』もきっと、過去の改変さえなければ今のような形にはなりえなかった。こんな仕打ちを受けることもなかった。自分たちも……そして、『闇の書』も。 ――ごめんな…………おやすみな。 結局、お互いに悲しい思いをしてしまっただけなのだから。 はやてはゆっくりと、目の前の異形に向けて小さく、謝罪の言葉を口にする。 自分たちの幸せのために、同じ気持ちであるうちの片方を潰そうとしているのだから。 「響け、終焉の笛……ラグナロク!!」 リインフォースと、守護騎士のみんなと一緒に。 過去も、1人でいることの寂しさも、今まで懐いてきた苦しみも。 自分に降りかかったすべてのことを……… 「「「ブレイカー―――ッ!!!」」」 ……吹き飛ばす。 3つの光条が1つに集う。 膨大な煙と、耳を貫く轟音。それをその目に映して、は臨戦態勢を解いた。アストライアに労いの言葉をかけて、待機状態に戻してズボンのベルトへ。 小さく息を吐き出しながら、輝く3つの光にその眼差しを向けた。 巨大な力。それは才能だ。 自分はオーバーSランクの力を出せても、それは自分の命を削るものだから。これほどの大出力をここまで簡単に出すことこそ、それはまさに才能と言えるだろう。 でも、それは彼女たちにできる全力全開。 自分はただ、自分にできる全力を出すことができたのだから…………それでいい。 「ま、俺はこんなんで十分かな……これ以上は面倒だわ」 「お前は……こんなところでも節か?」 隣で同じように光景を眺めていたクロノのツッコミを、は聞いていなかった。 「本体コア……露出」 クラールヴィントで形成した扉に……碧の中に1つ浮かび上がる、一条の黒。 それは、闇の書そのもの。目の前で苦しむ異形そのものに宿るリンカーコア。それを消滅させることが、この作戦の目的。 ならば、リンカーコアをいぶりだすことができたところで、やることはあと1つだけ。 「長距離転送!」 「目標、軌道上!!」 ユーノとアルフがターゲットを定めて転送魔法を唱える。 コアを捕まえたシャマルを含めた3人で行う、超々長距離の転送魔法。はるか上空へうん千メートル。 相手は腐ってもロストロギアなのだ。気を抜けば、今までの行動が全部、泡となって消えてしまうから。3人は目の前の黒いコアだけに注意を向ける。 「「「転っっ送―――!!」」」 七色の光が、一直線に天へと上る。 それをモニターしていたアースラ艦内では、このときのためだけに照準を合わせて動いていた。 たった一度きりのチャンスなのだ。これを生かさずして、なにが時空管理局かと。 「コアの転送、来ます!! 転送されながら、生体部分を修復中……すごい速さです!」 「アルカンシェル、バレル展開!!」 すごい速さでキーを叩くエイミィ。ただでさえ時間が限られているのだ。 少しのミスも許されず、ただの妥協も許されない。すべてにおいて持ち得る力を注ぎ込んで、この作戦を成功させる。艦内すべてのクルーが、それだけを望んで動いていた。 アースラの前方に展開される三重の環状魔法陣。その中心に集まる膨大なエネルギーは、艦に内包されたすべてをこめて。 「ファイアリングロックシステム、オープン」 徐々に再生しつつある闇の書の闇を目前に、指令席のリンディの目の前に現れる1つの箱。それは、アースラに搭載されたアルカンシェルの引き金そのもの。 「命中確認後、反応前に安全距離まで退避します……準備を!」 『了解!!』 一本の鍵を、箱から突き出した鍵穴へと差し込む。 それまでは真っ白だった箱が、一瞬にして真紅に染まる。鍵の色と同じ、赤い色に。 軌道上、アースラの向く方向と一直線に並ぶ位置に現れた闇の書の闇は、ほぼ完全にそのコアの周囲の修復を終えていた。その姿はまさに化け物。うねりながら蠕動し、耳障りな音を立てる。 「アルカンシェル、発射!!」 リンディは、その鍵を回す。 その瞬間。アースラの前方に現れた巨大なレンズに、集まったエネルギーが照射される。レンズは集まったエネルギーを1つにまとめて凝縮し、1つの光線となって放たれる。その光は真っ直ぐ、現れた異形の元へ。 ピンポイントでその影に激突、空間歪曲と反応消滅を引き起こした。 「…………」 中天を見上げた先で、花火のような鮮やかな光が広がっていく。 音もなく衝撃もなく、その光は消えていく。 『効果空間内の物体、完全消滅……再生反応、ありません!』 「常時警戒態勢を維持。もうしばらく、反応空域を観測します」 『了解! ……ふぅ』 闇の書の闇の姿は、影も形もなく。スキャンしたモニターにもその姿が映らない。 それを見たエイミィは大きな息を吐き出して、高い背もたれのイスにその背を預けた。 『というわけで』 響くエイミィの声。 彼女の声はどこか嬉しそうで。いろいろと気苦労の多かった事件が、ようやく終わろうとしているのだ。気分が高揚してしまうのも無理はないだろう。 状況は終了。お疲れ様でした。 つまり、が提案した作戦は大成功に終わったというわけで。 降り始めた雪の中、みんなの引き締まった表情が徐々に和らいで、笑顔になっていく。状況が終了したことを喜ぶ人、気を張りすぎて小さく息を吐き出した人、デバイスをウエイトフォームに戻す人。 『市街地の修復とかいろいろあるんだけど、みんなはアースラに戻って一休みしていってね』 なのはとフェイトとはやて。 3人はすべての終わりにハイタッチ。 「あ、あの……アリサちゃんとすずかちゃんは……」 その2人は、真実を何も知らないまま。被害のひどい場所以外の結界は解除されて、気がつけば元いた場所に戻っていた。ぽけー、と放心したまま、人々行き交う商店街の前で頭に積もった雪を振り下ろしながら、 「あーっ! もーなんなのよこれーっ!!」 「あ、アリサちゃん落ち着いて……」 わだかまりを残したままとにかく、平和な日常へと戻ることができた。 「……ふぅ」 しんしんと降る雪を見上げて、は小さく息を吐き出した。 身体に残る疲れがどこか心地いい。面倒だ面倒だといっていた今までがまたなんとも懐かしい。……もっとも、根底は変わらないまま。『面倒』の向かう先が少しばかり、変わっただけ。 ……ともあれ、今はお疲れ様。 『マスター、お疲れ様でした』 「うん、アストライアもお疲れ。……さて、大変なのはこれからかな」 私利私欲で追っていた『犯罪者』に情報を流し、手を貸した。それがどれだけ重大なことか、がいくら子供でもわからないわけもない。最悪、大事な相棒を没収すらされてしまう可能性もある。 とにかくこの先は、大変なことだらけなのだから。 大変なことの前に、いろんな人に出会って話してきた少年に、ひと時の休息を。 「はやて!」 そんなときだった。 はやてが突然、意識を失って倒れてしまったのは――― |
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