は朝ごはんを食べていた。
 どうやら、自分が今いるこの家……2階建ての一軒家らしく、寝ていた部屋は2階。階段を下りてみればいいにおいが漂ってくるし、さっきから空腹で腹の虫が大合唱してるしで、とにかく一目散に朝食の置かれたテーブルに座って、箸同士をかちかち鳴らしていた。

、お行儀悪いからやめなさい」
「だって腹減ったし」
「あんたはいつも、本能に忠実よね」

 ほんと、誰に似たんだか。

 キッチンに立っている女性は、先ほどを起こしていた綺麗なひと。箸を鳴らす行為をやめない彼を咎めつつも、しかしどこか優しげな瞳で見つめている。
 背後でから声。つけっぱなしのテレビから、白髪の混じった黒い地肌の男性キャスターが、かかったBGMやら効果音と共に巨大なパネルを思いっきりまわし始めたところだった。
 昼の顔として名高い男性だが、以前、『1週間で最も長時間、テレビの生番組に出演する司会者』としてギネスブックに載ったと風の噂で聞いた。流れるような舌使いは、過去の努力の賜物といったところだろう。……もっとも、空腹にはそんなことは関係ないこと。
 ほくほくできたての目玉焼きを運んできた彼女に、は嬉しそうに笑顔を見せた。

「ほら、あんたも手伝いなさい」
「アイサー!」

 空腹この上ないので、とにかく早く食事にありつきたいは、彼女の言葉に素直に従っていた。
 しらじらしいまでの敬礼すらしながら。

「おおぅ」

 炊飯器の蓋を開けて、立ち上る湯気。
 茶碗2つに白飯を盛り付けて、テーブルへ。はそれだけやると、再び席についていた。
 ホントに手伝った気でいるのか、などと思うかもしれない。しかし実際は、彼女が持ってくる味噌汁のお椀で最後だったため手伝うことがなくなってしまったというのが本音だった。

「いただきま……ってこら! ちゃんといただきますしなさい!!」
「朝からうめーっ!!」

 席に付いた瞬間、は箸を手にご飯をかっ込んでいる。
 マナーを守れない少年を再び咎めて、しかし女性は笑っていた。

 楽しそうに。
 そして、どこか寂しげに。

「気をつけてね」
「わかってるって……それじゃ」

 靴を引っ掛け、指定の鞄を背負う。
 紺のブレザーにグレーのズボン。それらを軽く着崩している今のは、中学生。
 ガラガラと引き戸を開けて外に出ると、柔らかな日差しが彼を照らした。まぶしい光に目を細めて、顔に降り注ぐ光を手でさえぎる。
 わざわざ玄関まで見送ってくれている女性に振り向いて、

「行ってくるね、

 意気揚々と、家を飛び出していったのだった。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #43



 時と、場所が変わる。
 と同じように闇の書に取り込まれたフェイトは、眩いばかりの日差しと共に目を覚ましていた。
 優しい光と、暖かな身体。
 まどろみもそこそこに、

「さあ、朝ですよ。起きてください」

 扉を開けて入ってきた人影に、フェイトは目を丸めていた。
 いつか見た洋風の広い部屋の中心、大きなベッドで眠っていたのであろう。入ってきた人影に驚きつつも周囲を見回した瞬間に、さらに我が目を疑った。
 自分と同じ顔、同じ髪の色、髪型。身体だけが少し小さい自分自身が隣で、幸せそうな寝顔を見せていたのだから。

「え、あれ……?」
「フェイト。おはようございます」
「え、あ、うん。おはよ」

 人影は、女性だった。フェイトが発した返事に満足げに微笑んだ彼女は、となりの娘を起こし始めた。

「アリシア、起きてください」
「むぅ……まだねむいよぉ」

 しぶしぶと身を起こした彼女は、フェイトを見て。

「おはよ、フェイト」

 にっこりと挨拶を言葉にしていた。
 自分を挟んだ2人を交互に眺めて、改めて確認。

「あの、リニス?」
「はい。なんですか、フェイト?」
「……アリシア?」
「うん?」

 きょとんとした表情の彼女を見て、リニスという名の女性は小さく息を吐き出した。
 いつもと違うフェイトの様子に軽く驚きつつ。

「今朝のフェイトは、寝ぼけやさんのようです」

 くすくすと笑うアリシアという自分と同じ顔の少女。
 それを気にすることなく、続いてリニスが発した言葉にフェイトは心臓を高鳴らせることになる。
 焼きついていたいつかの記憶が、苦しい記憶が蘇る。彼女のためにがんばってきた自分がフラッシュバックする。

「さあ、着替えて。朝ごはんです。プレシアは、食堂ですよ」
「っ!?」

 聞こえたのは、虚数空間に飲み込まれてしまったはずの、母の名前。



 ●



「おっす、
「おう♪」
くん、おはよー」
「おはよーさん!」

 見知った顔と挨拶を交わし、自分にあてがわれた席へ。
 鉄パイプでくみ上げられた机は、長い間使われているものなのだろう。表面の至る所が欠けて削れて、しかも落書きが消えずに残っている。もっとも、そんな些細なことを気にするではない。シャーペンと消しゴムしか入っていない鞄を放り置き、イスにどっかと腰を下ろした。
 窓際の一番後ろ。居眠り常習なとしては、まさにベストポジションともいえるその場所。
 集まってくる人影は皆、

っ! お前よーやく来やがった!」
「な、なにさいきなり。藪から棒に」
「うっせーっ! とりあえず一発殴らせろ!」

 なんて意味もわからずかかってくる彼も、

「け、けんかはだめだよぉ」

 状況についていけずおどおどしている彼女も、

「いーから、いーから。いつものことじゃん。どうせが勝つに決まってんだから、ほっとこほっとこ」

 2人の抗争にまっさきに見切りをつけた彼女も。
 皆、の友達だった。
 少年の拳をあっさり躱すと、連続して繰り出される拳もなんのその。涼しい顔でそのすべてを躱しきると、隙を窺って反撃とばかりに繰り出すは軽く力のこもったチョップを脳天に叩き込む。
 決着は……

「ふぎゃっ!?」

 いつも、この一撃で片がついた。難癖こそつけてくるものの、一度負ければそこまで。出会ってからこっち、こんなやり取りを続けている彼とは、基本的には仲がいい。というか、今の机の周囲に集まっている彼らを含めた4人は、基本的にどんなときでも一緒に行動していた。
 朝、登校直後も。待ちに待った昼食でも。そして、部活に入っていないため放課後でも。

「はいはいおつかれおつかれ。で、。今日ヒマでしょ? ヒマよね? ヒマに決まってるわよね?」
「……なんで断定的なんだよお前」

 かんらかんらと笑ってみせる彼女は、さばさばした男勝りな性格の女の子。いつも一緒にいる引っ込み思案な彼女と一緒に、と少年の2人とのバカ騒ぎに付き合ってくれている。そんな物好きな娘たち。
 入学して、話しかけてきたのは彼女たちだった。
 どことなく会話して、それがいつのまにバカ騒ぎになって。気付いたら、いつも一緒にいるくらいに仲良くなっていた。
 一緒にいて疲れない、空気みたいな。そんな存在ともいえるだろうか。

「いーじゃない。で、ヒマなんでしょ?」
「……まぁ、それなりには」
「ほ〜ら見なさい」

 あはは、ばかね〜。

 あっはっは、と少女は笑ってみせる。
 まったく、少しは女らしくしろってんだ。

「……なによ。文句あんの?」
「イイエ、アリマセンヨ?」

 しかしまったく、は押しに弱い男であった。

「……あのね。放課後、みんなで遊びいこって話、してたのね。だから……その」
「ああ、いいっていいってみなまで言わずともわかってますとも」

 おどおどと話してみせる彼女の言葉にかぶせるように、は言う。
 彼女は顔を赤く染めて、肩を竦めた。
 そう、言いたいことなどわかっている。もずっとこうだったから。

(……んん?)

 ふと、脳裏に浮かぶ疑問。
 それはすごく些細なこと。ちっぽけで、どうでもよくて。でも、なぜか心の端っこに引っかかって取れない。しかもなぜだか、いくら取ろうと努力したところでいっこうに取れないような気がする。……っていうか、絶対取れないとどこか本能的に悟っていた。
 その疑問とは。

(今まで……? 出会ったときから…………???)

 思わず、首を捻ってしまっていた。

「……? どした?」

 脳天チョップから復活した少年が首をかしげたを覗き込んでくる。
 どこかクセであるかのように、手を腰へ。何かを掴み取ろうとわきわき動かす。もちろんなにも掴み取ることなどできるわけもなく、指が寂しく空を切った。

 あれ、あれ、あれれ、と小さくつぶやく。

「……君、どうしたのかな……?」

 挙動不審なの行動を気にしてか、かけられる少女の言葉。
 一呼吸、間をおいて考えてみる。今、頭をよぎった疑問なんて、今の自分にはどうでもいいことなのだと思い返した。
 ……彼女を心配させることもない。

「い、いや……なんでもないなんでもないっ」

 だから、首を横に振った。
 その次の瞬間に、鳴り響く予鈴。

 学生の本分、今日の分の学業が始まりを告げた。



 ●



 フェイトは戸惑っていた。
 食堂に来て彼女を見た途端、足が竦んだ。しかし彼女の母親は、以前見ていた彼女とはまるで別人。
 『作り物』である自分にとても優しく、怯える自分を優しく包んでくれた。
 今までに見たことすらない笑顔を、自分に見せてくれた。
 それがあまりに衝撃的で、出された食事など手に付かなかった。

(違う、これは夢だ。母さんは、私にこんな風に笑いかけてくれたことは一度もなかった……アリシアもリニスも、今はもういない。でも、これは―――)

 そして今は、みんなで買い物。
 魔導試験満点のご褒美に靴を買ってあげるからと、みんなで出かけることになった。

 アリシア、プレシア、フェイト、リニス。
 そしてアルフを加えた4人と1匹で歩いている間もずっと、笑顔も会話も絶えることはなかった。アリシアはすごく楽しそうで、リニスは嬉しそうで、プレシアは幸せそうで。
 そんな彼女たちを見て、気が付いた。

 みんなが笑っていて、悲しみなどない幸せな時間。
 一時でもそれを享受できたことを自覚して、フェイトは1人歩みを止めていた。
 内側から、こみ上げて止まらない気持ちが溢れそうだったから。……いや、すでに溢れていた。

「……っ」

 目尻に浮かぶ涙。いくら拭っても止まらない涙。
 溢れる気持ちが留まるところを知らず、嗚咽となって吐き出されていた。

(―――私がずっと、欲しかった時間だ。何度も何度も夢に見た時間だ……っ)



 ●



 授業は滞りなく進み、時刻は放課後。夕焼けが空を赤く染めていた。
 カラスが鳴くからさあ帰ろう。
 ……なんて、そんなことを言うのは小学校まで。今の自分たちは中学生。義務教育とはいえど、少しくらいの買い食いくらい許してください。
 というわけで、4人連れ立って帰りがてら買い食い。
 自然公園を歩きつつかじる。
 ちょびちょびかじる。
 豪快にかじる。
 適度にかじる。

「ん〜、仕事の後のクレープはおいしいねぇ〜」
「仕事って……それはちょっと違うと思うなぁ、なんて」
「いーのよ。学業はあたしら学生の本分。つまり、あたしらのお仕事なんだからっ」
「そーともさ! 学生は遊びこそがメインさ。ホントなら勉強なんて仕事にすらしたくねーっての!!」
「お、珍しく考えが合うじゃない」
「お互い、考えてることは一緒ってこったろ」

 女性陣2人がそんなやり取りをしていた間に少年が混ざり、笑いあっている。
 そんな光景を見て、脳裏に浮かんだのは自分と誰かが笑っている映像だった。おぼろげで、霞がかって、まるでテレビの砂嵐のようにノイズが走っている。
 自分と同じ年の頃の子供たちと。今、目の前で笑い会っている3人のように。

「…………」

 再び、腰へ手を当てる。いつもあるはずの『あれ』は影も形も、やはりない。
 心の真ん中に、大きな穴が開いていたかのような感覚と共に、どことなく寂しかった。

 続いて向かったのは、ゲームセンターだった。本来中学生がこぞって行くような場所ではないのだが、この町に悪い人間なんかいないとタカをくくって、出入り口をくぐっていた。
 耳に飛び込んでくる騒音。ちかちかと目を刺すような強い電子光。滑らかに動くキャラクターたち。まず少年が、格闘ゲームの筐体にコインを投入。操作レバーとボタンに手を添えていた。

「いよっしゃ、勝利っ!!」

 どうやら台を挟んだ向こう側の人と対戦、勝利したらしい。ぐっ、とガッツポーズを決め込んで、満面の笑みを浮かべていた。

「ふふん、よぉし……次の相手はあたしよっ!!」

 そんな言葉を口にして、反対側の台へ。コインを投入した。
 『Welcome to challenger!!』と画面に表示され、向こう側のキャラ選択画面へ。すぐに対戦が始まった。
 少年の使用キャラは『Felt』……フェルトという名前の金髪が綺麗なツインテールの魔法少女。対する相手が選んだキャラは、『Signal』……シグナルという赤い髪の剣士。信号か。

 ……

 どこかで見た構図だとか考えてしまったのは、気のせいだと思いたい。
 ともあれ、対戦はあっという間だった。次々と繰り出される金髪魔法少女の飛び道具による弾幕をなんなく突破して、あっさりと間合いへ進入。後はコンボのオンパレード。弱中強の技が流れるように決まり、ダウンしてもなお強制的に起き上がらされてさらにボッコ。止めとばかりに放たれた超必殺技。

『往くぞ……レヴァティーン』

 ぴきーん、と効果音が聞こえたかと思えば、画面いっぱいに剣士が映る。まさに独壇場であった。
 剣を手の中で回転させ、円軌道を描く刀身を水平に構える。その切っ先に添えるように左手を突き出す。するとその手に光りが集まり、ひと張の弓を模った。

『刃よ、貫け。すべてを滅する力と為せ』

 女性キャラはつぶやくように口ずさみ、力の限り光の弓を引く。
 ターゲットポイントが画面上をせわしなく動き、少女をターゲッティング。

『アーク・グラディウス――ッ!!』

 蓄えられた力が解放され、すべてを滅する矢と化した彼女の剣が疾り、

『うわああああっ!!』

 少女を貫いた。

 K.O.!!

 流れる電子音声。倒れこんだ少女と、勝利のガッツポーズを決める女性。

「あ゛ぁ〜っ!!」

 軍配がどちらに上がったかなど、言うまでもない。

「ふっふ〜ん。あたしを倒そうなんて、10年早いわね♪」
「このやろ、たかだか1回勝ったくらいで調子に乗りやがって」

 そう。この格闘ゲームは、世の同系列のゲームと同様に先に2勝した方が勝ちとなる。今は第一ラウンドが終了しただけ。
 彼いわく、本当の勝負はこれから……らしいが。

「う、うそだぁ―――っ!!」
「あははははは! らっくしょう♪」

 彼女は嬉しそうにVサインを決めた。



 ●



「これは、夢なんだよね?」

 雨が降ってきた。帰ろうか、と尋ねてくるアリシアに首を振って、大きな木の幹に寄りかかった。
 今は2人で雨宿り。そんなときでもいつも、彼女は楽しそうだった。

 流れる沈黙。
 雨の音だけが響き、大きな木の葉をぬらしている。

 ここは、幸せな場所だ。自分がずっと望んできた場所。それが目の前にあるのに、しかしどこかでそれを認められていない自分がいた。これは夢なのだと。

「私とあなたは、同じ世界にはいない。あなたが生きていたら、私は生まれなかった」
「そう、だね」
「母さんも、私にはあんなには優しくは……」

 アリシアが死んだから、プレシアは壊れた。優しくて、アリシアを心から愛していたゆえに、彼女が死んでしまったことが認められなくて壊れてしまった。彼女にとっての幸せの象徴がなくなってしまったから、プレシアはジュエルシードを求めた。アルハザードの失われた秘術を求めた。だから、その願いを成就するためにフェイトを『創った』のだ。
 だから半年前、願いの成就が中途半端で、その上自分の計画が頓挫寸前にまで追いやられてしまったから、フェイトを切り捨てた。
 片付けと称して、自分の作った『道具』を消そうとした。

 夢でもいいじゃない。ここにいれば、わたしもプレシアも、リニスもアルフも一緒に、幸せに生きていられるのだから、とアリシアは言う。
 たしかにそれは魅力的で、今までその胸のうちに秘めてきた願いを成就することができる。
 でも。

「ごめんね、アリシア……」

 代わりに失うものもある。
 自分を救ってくれた人。本当の家族のように接してくれる人。自分の存在を認めてくれる人。
 夢の中での幸せと、現実での幸せ。
 選ぶなら……フェイトは。

「だけど私、行かなくちゃ」

 後者を選んだ。
 優しくて、強くて。そして優しい子たちが、自分の帰りを待っているから。
 そんな言葉に、アリシアは笑みを浮かべて。

「……いいよ。私は、フェイトのお姉さんだもん」

 金色の彼女の相棒を手渡した。
 そして2人、別れを惜しむように抱きしめあう。本来なら、あり得ることのない邂逅。そんな出来事に、フェイトは感謝の意を懐いた。自分は彼女の遺伝子を元に作り上げられた、いわばクローン。いわば妹。
 だからこそ、アリシアは彼女を抱きしめる。ひょんなことからできた妹が愛しくて。でも、自分はもう夢の世界の住人でしかなくて。
 だけど姉としては、フェイトの意思を尊重したいから。

「いってらっしゃい、フェイト」
「……ん」

 現実でも、こんな風に……いたかったな。

 アリシアは光を放ち、粒となって消えていった。
 彼女を見届けたフェイトは受け取った金の相棒を握り締める。
 私はこれから、戦いに行く。でもそれは、誰かに言われたからだとか誰かにけしかけられたからだとか、そんな他人任せな理由じゃない。フェイト自身が自分の意思で決めたことだから、後悔なんてあるわけはない。

「バルディッシュ、ここから出るよ」
『Yes, Sir』

 場所を移し、時の庭園の儀式場へ。
 この場所には、あまりいい思い出はなかった。鞭で叩かれて、『どうしてこんなことができないの』と罵られ、自身の使い魔に悲しい思いをさせてしまった場所。そんな場所だからこそ、この夢から目覚めなければきっと、これからも過去の夢にすがって生きてしまうから。

「……いい子だ」
『Zamber form』

 バルディッシュが、黄金に輝く大剣へと姿を変える。
 刀身を光が爆ぜ、足元に浮かぶ金の円形魔法陣。
 溢れる力。懐いた思いのすべてを込めて、

「疾風、迅雷………………スプライトザンバー!!」



 ●



 夜が来る。
 太陽は地平線に顔を隠し、続いて顔を出したのは白く輝く満月。
 中学生が遊んでいていいのは、ここまで。ゲームセンターで放課後ライフを満喫した彼らは、それぞれが帰路につこうとしていた。
 遊びつかれたのか、足取りも少し重い。あとはそれぞれ、帰宅して自分の時間を過ごすだけ。
 しかし。

「ねえねえ。今度の休みにでもさ、みんなでどっか遊びに行こーよ!」
「うーん。でもよぉ、そんな遠出はできないぞ。金ねーし」
「わ、わたしも……」

 彼らは疲れを知らない笑顔で、まだ会話に興じていた。

 ……まったく、今日は朝から妙な事が多かったな。

 そんな彼らの会話を聞きながら、今日1日を振り返ってみる。
 朝起きて早々、「ここどこだっけ」なんてボケかますし、腰元にあるはずの『なにか』を手に取ろうとして挙動不審になるし。ゲームキャラにデジャヴ起こすし。
 授業中こそいつもどおりに生活できたものの、1日ずっとどこか空虚だった。
 ぼーっと外を眺めて、聞いているようで聞いていなかったり。なぜだか終始胸にぽっかり穴があいているかのように寂しい気持ちに駆られていた。
 気にしないでいようとしても、身体が……心が、頭の片隅から、その疑問に答えを出せと急かし続ける。

 だいたい……

「じゃーなー」
「また明日……ね?」
「ふぁ〜、疲れたわね。早く帰って寝たいわー」
「…………」

 仲がいいはずなのに、他のクラスメイトたちよりもよっぽど親交も深くて、遠慮だっていらない関係のはずなのに。
 つい、今しがたまではこんなこと、考えもしなかったというのに。
 しかし、考えてしまえばそれはもう止まらない。

「そもそも今の3人、誰だよ……?」

 口にした瞬間、いくつもの疑問が溢れるように浮かび始めた。

「……うぁっ、なんだこれ!?」

 そして、同時に割れんばかりの頭痛。
 頭を抑えてうずくまりながら、しかしは帰路を歩き始める。

 ここはどこで、あれは誰で、なんで自分がこんな生活を送っていて、なんでこんなに頭が痛いのか。

 考えないようにと努めて家の前まで壁に手をつきつつ戻ってくると、

「……あれ?」

 頭痛が、ぴたりとやんでいた。
 さほど大きくもない一軒屋が目の前に佇んでいる。見上げた先にある出窓が、朝自分が眠っていたはずの部屋。
 肩に引っ掛けていた中身のない鞄が、重力にしたがって落下、どさ、と音を立てる。
 玄関先には1人の女性が佇んでいた。
 翠の綺麗な、美しい女性。
 その様相は、佇むというよりもむしろ。

「朝からずっと、ここに?」

 まるで、朝彼を見送ってからずっと、その場を動きすらしていなかったようにには見えた。
 女性は目をゆっくりと閉じて、首を縦に振る。肯定の証だった。
 あわただしく靴を引っ掛けて出て行った彼を見送ってからずっと、食事もせずに。

「そろそろ、いいでしょう?」

 なんて、彼女が口にした瞬間。

「っ!?」

 まるで風が吹き付けてきたような気がして、驚きつつもうつむいていた顔を上げる。
 色々なことに答えが出た。いや、最初から出ていたのに気付きもしなかったのだ。自分は、1人で。
 そっかそっか、と小さく息を吐き出しつつ落としていた鞄を拾い上げ、付いていた汚れを軽く払う。改めて肩に引っ掛けなおして、夜の闇を見上げた。

「これは、夢……なんだよな?」
「……ええ」

 目を軽く閉じる。

「この服も、俺が行った学校も、一緒に遊んだ友達も……みんな、幻だったんだよな?」
「……ええ」

 小さな笑みがこぼれる。
 自分は今まで何を考えていたのだろうかと。自嘲するかのように。

「この世界は……俺が望んだ、俺が作り上げた世界なんだろ?」
「…………はい」

 彼女はすべてを肯定した。
 この家、この服、あの学校。先生もクラスメイトも何もかも、作り出したのは自身。彼が知らないうちに、心の奥底で望んでいた騒がしくも平和な世界。

 ……いや、違うな。

 小さく首を振って。

「俺は望んでたのは、今日みたいな平々凡々な生活……そのものだったんだ」

 朝起きて、学校へ行って勉強して、クラスメイトたちと笑いあって。放課後には仲のいい友達と一緒に遊びまわって。
 そんな年並みに子供じみた生活を送りたかった、ただそれだけだった。
 口では『それはない』なんて言っていても、結局彼も1人の人間で、子供だったのだ。

 でも、そんな甘い考えも、もうお終い。
 はゆっくりと歩を進め、家のコンクリート造りの門をくぐる。その瞬間、彼の服装は学校指定の制服ではなく、真白いバリアジャケット姿へと変わっていた。

「夢なら、そろそろ目を覚まさないとな」

 今、自分だけ悠長に安穏な生活を送っている場合じゃない。きっと今も、みんなが必死になって自分にできることをしているはず。
 腰に手を当てる。いつもそこにあるはずのキーホルダーが、ない。あるはずなのに。ないわけがないのに。
 ……いや、そうか。
 思い立って、翠の髪の女性を見やる。彼女はただ、笑みを浮かべていた。自分よりも背が高くて、大人な彼女は。

「さあ、行きましょう?」

 その手を、に差し出した。しなやかでしみ1つない綺麗な手の上には、彼がいつも腰に付けていたキーホルダーが乗せられて、玄関を照らす電灯に反射して光を放っていた。
 その顔を見上げると、彼女は笑ってうなずく。まるで、自分に『行け』とけしかけているかのように。

 なら、そんな彼女の配慮に乗っかろうじゃないか。
 うだうだ考えているのは性に合わないし、難しいことはクロノやエイミィに任せればそれでいいのだから。自分にできることはただ、たった1つのことだけなのだから。
 ならば、やれることを貫くだけ。
 のうのうと夢に浸っているわけには……いかないのだ。

「ありがとう。それから……」

 差し出された小さなそれを受け取りながら、は言う。
 融合騎ユニゾンデバイスでもないくせに、夢の世界だからと無理して自身の『母』を演じてくれた、彼女の名を。自分を現実へ引き戻してくれた彼女に、最大の礼を。そして、先の未来を、良き相棒として共にいて欲しいという願いを。

「これからも、よろしくな…………アストライア」
「ええ、もちろんです」

 彼女の身体を光が包む。自身の魔力光と同じ、翠色に。
 見上げるほどの背丈を持った彼女は1つの光球に変わり、手のひらに乗せたままになっていたキーホルダーへと宿って。

行きましょうかLet's GO相棒さんbuddy

 キーホルダーは、頼もしい言葉と共に、強い光を発した。

「ああ、行こう……まずはここから脱出だな。アストライア。エクスフォーム、行けるね?」
『Yes, My master…………Exth form Set!!』

 高く高く、その手の剣を掲げる。
 今ならきっと、これを使いこなすこともできるだろう。何せ自分には、1つの世界を作るほどの想像力が詰まっているのだから。
 シャープな刀身が形を作る。
 自然体で立ち尽くして、ゆっくりと目を閉じた。思い出されるのは朝から今までのすべての時間。この世界で体験した出来事を忘れないように、逡巡した。
 未練などない。そもそも、あっちゃいけないのだ。この場所には。

「空破……裂風」

 相棒と心通わせ、1つとなったそのとき。ようやく答えが見つかった。
 この剣は、自分の意思だけで使うものではないのだと。

『Rush to the sky, and Slash the wind』

 彼の意思と、インテリジェントデバイスである彼女の意思。この2つの意思が重なり合って初めて、最高の力を発揮するものなのだと。
 すべてを斬り裂きすべてを絡めとり、そしてすべてを拘束する。あらゆる状況を覆す術を兼ね備えた、最強の形態を今。

「エクスキャリバー!!」
『Exth Calibur!!』

 見せつける時だ。





……はい。
長くなりましたがこれで、いろんなことに片が付きますね。
だいぶ強引だったような気がしますが、ともあれアニメ11話のフェイト&夢主編は終了です。
次回はなのは&はやて編。
まぁ、内容自体はアニメと変わらないので、そちらを改めて視てもらった方がいいでしょう(汗。


←Back   Home   Next→
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送