「艦長!」 「あ、クロノくんやっと来たー!! ……って」 本局をクロノと共に飛び出したは、転送ポートの導きによって次元航行艦アースラへ。 司令室に入るや否や、待ちくたびれたと言わんばかりに声を上げたエイミィの言葉がクロノより先に視界に納まったの姿に止まっていた。 まっすぐ凝視してくる彼女に、はにへらと笑ってひらひらと手を振ってみせる。 そんな彼の態度が癪に障ったのか、あるいは突然現れた彼に一抹の殺意を覚えたのか。 どちらにせよ、 「いきなり現れてくれるんじゃないわぁーっ!!」 彼女はキレた。 まぁ、それはそれで当然といえるだろう。 なにせ今まで足取りさえも掴めなかったというのに、何食わぬ顔して現れたかと思えばにやにやしてるし。 そのにやけっぷりが、むしろ彼女の癪に障ったのかもしれない。 ……いままで必死になって探していたのはもっぱら、彼女だったから。 「えっ、エイミィ……今はキレている場合じゃないだろ?」 「……はっ、しまった。つい勢いで」 やっちゃった、てへ☆ かわいげのある表情に舌をちょろっと出して笑って見せた彼女に、諌めたクロノはドン引きだった。 そんな中、は視線を司令席のリンディを見やる。 真っ直ぐ自分を見ている彼女に、軽く苦笑。ただでさえ彼女には自分の行動が筒抜けだった可能性が高く、それでいて黙認していたそぶりがある。 そして、一度詰め寄りもされた。 そのときは軽くフェイトの名前を出して言葉を濁し事なきを得たが、すでにあのときには感づかれていただろう。真っ直ぐに視線を交差させてきて、何も言ってこないところがまた精神的にクるものがあったが。 「……ふぅ」 リンディは小さくため息をついて、 「とにかく、細かい話は後にしましょうか。今は、目先のことだけを考えましょう。くん……行ってくれるわね?」 過去を後回しにして1人、今を見ていた。 そんな彼女の言葉に、は言うまでもなくまるで挑発して見せるかのように挑戦的な笑みを見せると。 「もっちろん!」 腰に下がったアストライアを手に握り締めて、踵を返すように司令室を出て行った。 しかしクロノは今も、司令室の入り口で立ち尽くしている。 彼はまだ、動くわけには行かなかった。 なのはとフェイトが、闇の書の意思を相手に今も説得を続けている。彼はそれにかけていた。彼女たちならばきっと、執務官である自分にできないことができると。今はただ力しかない自分にはできないことを、やってくれるだろうと。 だから今は、闇の書の主……八神はやてとも面識のある人間に託した。 なのはとフェイトだけでなく、今しがた出て行った1人の少年にも。 クロノはクロノなりに、普段の態度とは裏腹に。 「頼んだぞ、」 彼に、強く期待を寄せていた。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #42 「!」 「くん!?」 時間は、『今』へと戻る。 触手の拘束が解けて、自由になった2人。はクロノの期待に応えるかのようにまず、なのはとフェイトの助けとなっていた。セイバーフォームをかたどったアストライアを地面に落として、あいた左手でがりがりと頭を掻く。 ともあれ、と言葉を続けて。 「2人とも、平気?」 「うん」 「ありがと、助かったよ」 ただ真っ直ぐ見下ろしてきている女性を差し置いて、3人はそんな言葉を交わす。元気そうな2人の笑顔に安堵しながら、はゆっくりと視線を女性へと向けた。 涙の流れる切れ長の目に真紅の瞳。身体のラインを魅せる黒い騎士甲冑をその身に纏い、そんな暗闇で輝くかのような美しく長い銀の髪。顔立ちも美しい彼女はただ、主の願いを叶えるために現れた意思。その彼女に、はまず。 「なぁ、泣いてくれるなって」 こんな一言を告げた。 大切なみんなを失って、幸せな時間が音を立てて崩れ去って。悪い夢だと思いたくて、その意思を完成した書に託してしまった。表にあらわれた彼女はその悲しみを一身に受けて、泣いていた。 だから、懐いたその悲しみをは、和らげてあげたかった。 今までずっと、自分の進んできた道を大きく外れていた。しかし今は、その道が捻れに捻れて自分と同じ方向を向いてしまっている。 その道を、あさっての方向へ向かせたかった。 「この涙は、主の涙。この悲しみは、主の悲しみだ……主の望みは、『現在』を『夢』にすることだ」 頬を伝った涙が、顎から滴り落ちる。 「我は闇の書。主の願いを叶えるために、この手の力を振るう者」 愛する騎士たちを奪ったなのはとフェイト。少女が、いて欲しいと願ったときにそばにいなかった。 『闇の書の意思』の言葉はただ、そんなはやての心の言葉を代弁しているかのように、心を揺さぶる。 夢だと思いたいという、その気持ちもわかる。 夢の中で、幸せの時を永遠に生きていたいと思うその気持ちもわかる。 でも、これは現実。 単純な破壊行動はただ、自分自身を締め付けるだけ。 だから、これ以上暴れることはない……はずなのだ。 「主の願い叶えられるならば、何を言われようとも構わない」 『Eternity Wind』 彼女の周囲に浮かぶ、無数のディバインスフィア。 翠の球体をかたどったそれは、が見せた力の片鱗。いつか奪われた、彼の力。 「願いを叶えるため……? その願いを叶えて、はやてちゃんはホントに喜ぶの!?」 なのはは懸命に呼びかける。 心ないまま、何も考えずただ願いを叶えるためだけに動く。それはただの人形……機械。主の道具だ。 だから、彼女は問う。 それでいいのか、と。 そんな問いにしかし、女性は言う。 「我は魔導書……ただの、道具だ――」 「っ!」 そんな彼女の発言に、は小さく舌打ち。 この人は……目の前で泣いてる女性は、とんでもない駄々っ子だと。 「だけど、言葉を使えるでしょ……心があるでしょ!? そうでなきゃおかしいよ。ホントに心がないんなら、泣いたりなんか……しないよ!!」 「この涙は主の涙。この悲しみは、主の悲しみ……私は道具だ。悲しみなど、ない」 「っ!!」 もはや、限界だった。 「たはー……」 今まで自分は、何をやってきたのだろう。 話して、笑って、戦って。痛い思いもした。しんどい思いもした。それでもそのすべては、面倒ごとではなかった。純粋に、一緒にいて楽しいと思えた。 シグナムと剣をあわせることも、シャマルと話をすることも。ヴィータをからかうことも、ザフィーラを愛でることも。何もかもが今までになく新鮮で、楽しかったのだ。 それが壊れてなくなってしまった。ほんの少し揺さぶられただけで、弾けて消えてしまった。 なら、やることはたった1つだけ。 壊れたなら、直せばいい。弾けて消えてしまったなら、再び作り直せばいい。 その第一歩として――― 「悲しみなどない……? そんな言葉を……っ、そんな悲しい顔で言ったって……誰が信じるもんか!!」 フェイトの声を聞きながら、は引きずるように持っていたアストライアを頭上に掲げる。 天を貫くように掲げられた刀身は、主の意思を体現せんと光を帯びた。 「アストライア……フルドライブ」 『Yes, My master!!』 ―――言葉を聞かないなら力づくでも止める。それこそが、すべてをやり直す第一歩。 「あのあのわがまま娘を、止めてやる!!」 は軽く、その一歩を踏み出した。 象るは大戦槍。二叉の、砲撃に特化した力の形。彼の力を余すことなく引き出すため、そしてその場の状況にあわせるため。アストライアはサンライトフォームへとその姿を変えた。 二叉に分かれたその中央、何もない空気に触れる部分から噴出すように表れたのは、彼の魔力光を帯びた薄い刃だった。 『Eternity Wind』 アストライアの言葉と共に現れる、たった4つのディバインスフィア。女性の周囲に浮かんでいるそれらと比べると、圧倒的に少なかった。明らか過ぎる力の差。しかし、その頭数の差を考えてもなおその表情に翳りはなく、ビュンビュンとアストライアを頭上で回転させ、しっかりとその手に携え翠に輝く切っ先を女性へと向けて構えた。 「貴女にも心があるんだよ……悲しいって、言っていいんだよ!?」 なのはは言う。 彼女の主は……八神はやてという少女は、心から優しい娘なのだと。 も実際、そのとおりだと思った。 彼女は優しい。家族が悲しみを覚えていれば一緒に悲しむし、楽しさを感じていれば自然と笑顔が浮かぶ。彼の見ていたはやては少なくともいつも、笑っていた。 シグナムがいて、シャマルがいて。ヴィータがいて、ザフィーラがいる。守護騎士のみんながいて、自分がいて。それこそが、彼女自身を笑顔にしている最大の要素といえた。 ……だからこそ、言葉にできる。 「悲しくないなら、泣いてくれるな……主を想うなら、しっかり全部を想ってろっつの」 はやての、本当の気持ちを。 すべてを嘘だと。悪い夢だと思ってしまったら、今まで彼女たちと過ごしてきたすべての時間が泡になって消えてしまう。 きっと彼女は……それを望まない。 「あっ……!」 そんなとき。 突然の地鳴りと共に、無数の火柱が上がり始めた。 それは、暴走の前兆。主自身を終わりへ導く力の奔流。 彼女は自分の意思と関係なく小刻みに震える手を見、止まらない涙をそのままにゆっくりと目を閉じる。まるですべてを諦めて、すべてを受け入れているかのように。彼女は彼女で、自分があと数分もしないうちに暴走するのだと理解しきっていたから。 「早いな。もう崩壊が始まった……私もじき、意識を失う。意識があるうちに……主の望みを、叶えたい」 そんなつぶやくような言葉と共に、周囲に浮かんだ翠の魔力球へと命令を下した。 目の前の敵を、主を壊した存在を……消し去ってしまえと。 命を受け、稼動を始めた球体群は、一直線に3人へ向かってきていた。取り巻くように光が爆ぜ、球体から飛び出すのは魔力の弾丸。 シャワーのように降り注ぐそれらを視界に納めた3人は、大きく目を見開いた。自らの身に襲い掛かるは無数の弾丸。防いだところで破られるのは目に見えていた。防ぎきれないなら、躱すしかない。しかし、高速で飛来するそれらを躱すなら、それらを上回る速度をもって動かねばならない。 応戦を始めたの魔力球は、その圧倒的な数の暴力の前になすすべなく消え去ってしまっていた。 「バリアジャケットパージ!!」 『Sonic form』 「アストライア!!」 『Blight move!!』 フェイトの外套が掻き消える。の身体が物理の法則を覆す。 彼らがとったのは、自らの中でも一番の速力を出すことのできる形だった。 次々と襲い掛かってくる魔力弾。それは、地面に、壁に着弾して黒い煙を立ち上らせている。 「あああああ!!!」 1人、重力の束縛から開放されたは大きな槍を振り構えて、未だ降り注いでいる弾丸の雨の中を疾駆っていた。先ほどの弾丸雨を躱すために無数の傷を犠牲に、今は自身の身体の状態を気にすら留めずに、 「邪魔だぁぁぁっ!!」 巨大な槍を一閃。 翠の光が三日月を描いて、浮かんでいた小型砲台は余すことなく斬り裂かれていた。 爆風をその身に受けながら、アストライアは機械音と共にカートリッジを吐き出す。具現している魔力刃が輝きを増して、は勢いよく飛び出した。 晴れない煙を突き破って同時に飛来したのは、金色の鎌を振りかざしたフェイトだった。 長い金髪をなびかせて突き進むその表情には、話が通じないもどかしさと、わかってくれなくてくやしいという気持ちが織り混ざって、力の足りない自身へ怒りをただその心に認めていた。 「この……っ、駄々っ子!!」 『Sonic drive.』 「俺の……俺たちの話を――」 両手両脚に、金の翼。自身が疾く飛ぶためだけに特化した形をもって、 『Ignition.』 「言うことを」 彼女はただひたすらに、どんよりとした空気を斬り裂くかのように、自分のすべてをぶつけるかのように。 彼はただ真っ直ぐに、自身の懐いた気持ちをぶつけるため……最高の終わりを形にするために。 二方向から飛来する2人を見定めて、女性は書そのものを前に楯を展開。 「おまえたちも、我が内で……眠るといい」 「「聞けェェェ―――っ!!」」 そんな闇の書の言葉と、2人がそれぞれの武器を振りおろしたのは、まさに同時。 展開された楯にそれぞれの魔力刃をぶつけた瞬間、真紅の火花が飛び散る。甲高い音と同時に、振り下ろす勢いが止まる。 力すら及ばずが歯を立てた、そんなときだった。 「……え」 身体中の力が抜けていく。自分自身が、自分自身の色に染まっていく。 隣を見れば、呆けた表情を見せているフェイトの姿が。彼女もまた身体が自分の色に染まり、の視線に気付いてか、赤いはずの瞳がゆっくり動く。 「は、ぁ……っ」 もはや、声すら出す力も残っていなかった。 「フェイトちゃんっ! くんっ!!」 金色と翠は、そのまま。 『吸収』 閉じた闇の書の中へ、飲み込まれてしまっていた。 1人、彼らの名前を呼ぶなのはだけを残して。 今日は聖なる夜。 みんなが笑顔でいるはずの楽しい夜。 しかし、彼は……彼女たちは。 「フェイトちゃん!!!」 ただ1人の少女に笑顔を取り戻すために、言葉を、気持ちを。 そして。 「くんっ!!!!」 その手の力を、ぶつけていた。 ● 「むぅ……」 なんだろう。 ひどく眠い。とんでもなく眠い。最高に眠い。死ぬほど眠い。 しかし、浮上した意識に飛び込んでくるのは眩しいばかりの光だった。 身体は温かいなにかに包まれ、余計に眠気を誘ってくる。 ……ん? 少年はまどろみの中、はたと気付く。 「ここ、どこさ?」 今まで、見たことのない部屋にいることに。 天井から下がる電灯。 自身の隣に鎮座する木造りのタンス。 壁に立てかけてある昔懐かし丸ちゃぶ台。 それは、完全なる和風の部屋。 そして、自分が今横になっているのは、自身の体温で暖まった布団だった。 ……はて。 今まで自分はなにやってたんだっけ、とおぼろげではっきりしない頭で考えをめぐらせてみる。 しかしどこか霞がかったように答えが浮かび上がらず、思考は靄で包まれているかのよう。 「……ま、いいか」 と、二度寝を決め込もうと再び目を閉じた、そんなときだった。 「ほら! 起きなさい!!」 部屋の出入り口である襖を開けて、トーンの高い声が耳を貫いた。 自身を起こそうとするその手はぺちぺちと彼の頬を叩き、沈みかけた思考が再び浮上。 うっすらと目を開けた先に映ったのは。 「まったく、学校に遅れるわよ?」 現実離れした翠の綺麗な髪をした、美しい女性の姿だった。 |
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