が暇だ暇だとうなりわめいていたちょうどその頃。 守護騎士たちはもはやぼろぼろだった。 シグナムとシャマルはその身体をリンカーコアごと闇の書に吸い取られて影も形もなく、ヴィータはリンカーコアをぎりぎりまで吸い尽くされて、しかも両手を拘束されてぴくりとも動かない。そしてザフィーラもそれは同じ。宙に浮かぶ2つの人影の目の前でうつぶせに倒れたまま、微動だにしない。 そんな中、具現する円形の魔法陣。 中央に現れたのは、他でもない現・闇の書の主の姿だった。なにかの痛みに耐えているかのように胸元を押さえて、ゆっくりと顔を上げた。 彼女の見上げた視線の先。そこにいたのは、2人の少女の姿だった。 ふわりと宙に浮かび、2人が2人、不敵な笑みを称えている。それは、つい今しがたまで自分を見舞ってくれていた2人。 なのはとフェイトだった。 「なのはちゃ……っ、フェイトちゃん……?」 なんなん、これ? 周囲の状況を見て、疑問に思うことは無理もない。 彼女の大事な人たちがひどい目に合わされている上に、それをしているのが知った人間なのだからなおさらに。 「君は病気なんだよ……『闇の書の呪い』って病気」 「もうね、治らないんだ」 彼女の身体を侵食する、闇の書。その速度は守護騎士のみんなに出会ってから、日に日に速度を上げていった。 実際、今も胸の痛みが強い。それもまた、闇の書の呪いであった。 麻痺して動かない下半身も、痛みをともない始めた上半身も。ようは、身体中が彼女を蝕んでいる。 「闇の書が完成しても……助からない」 「君が救われることは、ないんだ」 それが闇の書によるものだと気付いたのが、まさに今だった。 しかし、はやての心配は自分のことではなくて。むしろ、目の前に倒れている男と、2人の真ん中で首をもたげている少女へと向かっている。 「そんなんええねん……ヴィータを放して。ザフィーラに何したん?」 痛みをこらえて話すはやての心に追い討ちをかけるように、なのはとフェイトは言う。 壊れている、と。気が遠くなるほど昔に壊されて、しかしその機能を使えると信じていたのだと。 それこそが、あまりにおろかで無駄な行為だったのだと。 「シグナムは、シャマルは……?」 そしてさらに心配を募らせるのは、書に吸収された2人のこと。 フェイトが不意に、その顔をはやているその奥へとむける。そこに寝そべっていたのは、2人が着ていたはずの服だった。 その光景に、彼女はすべてを察した。 いなくなってしまった、と。自分にはいくことのできない、遠い遠い場所へ、行ってしまったのだと。 そして、もう会うことは叶わないということを。 「壊れた機械は、役に立たないよね」 なのはの持つカードが光る。 「だから、壊しちゃおう」 フェイトの手を覆い隠したグローブが光を帯びる。それが何を指しているのか。この状況では、たった1つのことだけ。 なのはが見るは、磔のヴィータ。フェイトが臨むは、崩れ落ちたザフィーラ。 はやて自身、察するまでもなく事態を理解してしまった。 そしてそれを受け入れたくないという、彼女の気持ちも。 「ちょっ、やめっ……やめて!!」 「はやてちゃん!!」 「はやて!!」 はやての視線とはあさっての方向から、目の前の2人と同じ声が聞こえる。 言うまでもなく、本物のなのはとフェイトである。彼女たちは仮面の男2人によって厳重に拘束されていたのだ。 4重のバインドにクリスタルケイジ。これで抜け出すのに数分しか持たないのだから、それこそ彼女たちの力の大きさが窺えるというもの。 そんな2人は必死にはやての名前を呼ぶが、もはや彼女には届かない。 「うあぁ……っ」 甲高い音と共に耳を貫く轟音。 それが何を意味しているかなど、その場にいれば誰でも理解できるだろう。 音が消えた次の瞬間には、ヴィータとザフィーラの姿は影も形も消えてしまっていた。 なんで? なんで、こんなことするの? 私たちは、ただ―――。 どくん……っ! 大きく胸が高鳴って、彼女の足元に浮かぶ白銀の魔法陣。形作る三角が、ベルカのものであると告げていた。 そして、そんな彼女の目の前に現れる一冊の本。 『Guten Morgen, Meister.』 おはようございます、と本が挨拶を告げた瞬間。 白銀の魔法陣は間もなく、暗い暗い闇の色へ変じていた。 闇の書が、完成した。そしてその主が迎えた、目覚めのとき。 「うあああああああああああああ――――…………っ!!!!」 魔法少女リリカルなのはRe:A's #41 完成した闇の書は、守護騎士たちの吸収を皮切りにはやてという器を寄り代に覚醒を遂げた。 長く艶のある銀髪が夜の闇に映え、背中の黒い翼が鈍く輝く。 大きな切れ長の目には、一筋の涙が頬を伝っていた。 「また…………すべてが終わってしまった」 完成した闇の書が、はやての身体そのものを急成長させた姿。変色した髪や、切れ長の目はもはや、それがはやてとは別人であると告げている。 完成と同時に表に表れたそれは、闇の書の意思そのもの。 「いったい幾たび、こんな悲しみを繰り返せばいい……?」 それは、彼女が大切な人を奪われたから。 大切な人たちを奪った、そんな世界に絶望したから。 「我は闇の書……我が力のすべては――――」 両親にすら先立たれて、広い世界にたった1人。そんなときにひょんなことから現れた、4人の男女。 楽しかった。嬉しかった。そしてなにより、幸せだった。 その気持ち……幸せな気持ちは、八神はやてという殻を破って現れた銀の髪の女性に大きく影響していた。 ……いや、影響どころの話ではない。 「主の願いの、そのままに……!」 今まで蒐集してきたすべての力を持った彼女はまず、強烈な空間攻撃を始まりとして魔法攻撃を仕掛けてきた。魔性の放出という名の空間攻撃魔法をなのはの機転で凌ぎ、2人はなんとか事なきを得た。しかし、それを代償になのはは相当に魔力を削られていた。それも、戦線離脱にフェイトの手を借りねばならないほどに。 「主よ……あなたの望みを、叶えます」 彼女の愛した守護者たちを破壊した者たちを、彼女は。 「破壊します」 頬を伝う涙を拭い、展開するのは結界。対象を逃がさないためだけに、強装型の檻。対象――なのはとフェイトを破壊するためだけに用意された、絶好の決闘場と言えるだろう。 女性はゆっくりと周囲を見渡し、流した涙をそのままに黒い翼を広げて宙へと舞い上がる。 ユーノとアルフ、2人と合流したなのはとフェイトがすることは、することはたった1つ―――徹底抗戦のみ。 フェイトが接近戦を仕掛け、ユーノとアルフのバインドで拘束、なのはが特大の砲撃をぶつけるという見事な連携作戦だったが、その彼女の十八番をあっさり防御、反対側からのフェイトの追加砲撃も同じようにいとも容易く防いでみせた。 ランクにしてAAAなみの2人の砲撃をあっさり止めてみせるその秘められた力は、Sランクを超えるだろう。 そして。 「刃以て、血に染めよ」 『Blutiger Dolch.』 強固なシールドを展開した彼女の周囲を囲うように、具現した真紅の短剣。切っ先が向かうは、周囲に散らばる3つの地点。 『穿て、ブラッディダガー』 それらはピンポイントで着弾、爆音を上げた。複数の魔法を同時展開。それはまるで、今はいない少年のデバイスに備わった機能の1つのようだった。 ……もっとも、彼女の力はそんな機能なんて目じゃないくらい強すぎるものだったが。 吹き出た煙から逃れるように、飛び出す4つの光。 間髪いれず、放つのは。 「咎人たちに、滅びの光を……」 掲げた手に集まるのは、桜色の光。 「星よ、集え」 油断なくためらいなく、その手に集まる大出力。 それはミッドチルダの、なのはが手に持つ最大出力の砲撃魔法。 「すべてを撃ち抜く光となれ……」 星をもぶち抜く威力を誇る魔法を撃とうとしている。 エネルギーのチャージもほどほどに、しかしそれだけでもその威力は折り紙つき。直接受けたことのあるフェイトは、オリジナルであるなのは以上にその砲撃魔法を危険視していた。だからこそ、できうる限りの速度でできる限りの距離を取るためになのはを抱えた。 「貫け、閃光」 その過程で、運悪く結界内に取り残されていたアリサやすずかに遭遇してしまったというアクシデントこそあったものの、 「スターライト……ブレイカー」 「うく……っ!?」 「ぅぁあっ」 その、原子力爆発級の砲撃をなんとか防ぎきっていた。 わずかに残る痺れを腕に感じながらも、なにか言いたげな2人と言葉を交わすことなく、転送陣に包まれてしまっていた。 そんなアリサとすずかを守るようにとユーノとアルフに頼みこんで。 「「っ!」」 2人は、じっと遠く離れた女性を見据えた。 しかし、今もピンチなことに変わりはない。そんなとき、2人はエイミィから1つの伝令を受け取ったのだ。 『闇の書の主に……八神はやてちゃんに、投降と停止を呼びかけて!』 という一言を。 言われるまでもなく、2人は女性に呼びかける。 『お願いします、闇の書さん! 止まってください!!』 止まってくれ、と。 私たちの言葉を聞いてくれ、と。 しかし、彼女は聞く耳を持たない。守護騎士たちを傷つけ奪ったのは、2人。彼女はただ、主の思いを現実のものにするだけ。 主が懐いた幸せな時。それが壊れたことを、彼女は夢であって欲しいと願った。今を流れる現在を、悪い夢だと思いたいと願った。だから、現れた女性はただ、その願いを叶えるためだけに現れた。 自分は最初から最後まで、主の道具なのだから。 「主には、穏やかな夢の内で……永遠の眠りを。そして……」 手を掲げる。 割れた地面から飛び出してくる無数の触手。まるで地面の下に巨大な生物が潜んでいて、女性の覚醒によって目覚めたかのようにしきりに動いてはターゲットへと絡みつく。 それは、いつか砂漠の世界で見た巨大生物の触手と尻尾。目標は言うまでもなく、なのはとフェイトで。 手を、首を、腰を取られ、動くことすら封じられて。 「愛する騎士たちを奪った者には……永遠の闇を!」 「闇の書さんっ!!」 なのはの声に、女性の表情に翳り。 彼女の本当の名前は――― そんなときだった。 「あっ!?」 「……え?」 駆け抜ける、翠の閃光。 その手に刃を携え、一対の眼光はただ真っ直ぐ。2人を縛る無数の触手へ。 振りかざした刃は曲がることなく、そして音もなく触手を根元から斬り裂いた。 自身を縛っていた力が抜け落ちて、なのはとフェイトはその身を宙に躍らせる。自分たちを助けた光へと目を向けると、アスファルトを擦り細い煙を上げながら停止し、ゆっくりと立ち上がる人影を見た。 スマートな羽織を上着に、同色のパンツ。裾を縁取る黒いライン。首に下がったネックレスが小さく光り、上げられた顔はやはり、どこか呆れたような表情を浮かべている。 それは、今まで連れ去られて影も掴めなかった。 そんな彼がざんばらな髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、一言。 「あ〜、まぁた面倒なことになってるねえ……」 気が抜けるような、その場の雰囲気を真正面からぶち壊してくれるような一言を発したのだった。 |
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