空は暗く、夜が訪れる。
 空を覆う曇天はぶ厚く、大雨でも降ってきそう。そんなくらい空を窓に映して、はやては病院の一室から空を見上げていた。
 なにを思ったのか、何が悲しいのか。彼女にすがるように抱きつく朱は、彼女の家族のもの。優しく、安心させるようにはやてはその朱を撫でる。

「ん? ヴィータ、どないしたん?」

 そんなはやての問いに「なんでもない」と答える朱。しかしその顔は、なんでもないような表情とはとても言い難いものだった。
 そんな朱の雰囲気に気が付いていながら、しかしはやては撫でる手を止めることはない。

 自分はここにいる。彼女が自分を認めている限り、ずっと。
 まるで、朱に向かって言い聞かせているかのように。

「今夜は、雪になるかな……」

 今日は年に1度の、クリスマス・イブ。
 家族が、友達が、恋人たちが。
 思いを募らせ、笑顔が街中に溢れる日。

 そんな楽しい日であるはずなのに。
 笑顔が絶えない、嬉しい日であるはずなのに。

「はやて……あたし、行かなくちゃ」

 朱――ヴィータは笑顔を貼り付けていながら、しかし目はまったく笑っていなかった。

「……そ、か?」

 そんなヴィータを見て、はやてはどこか胸騒ぎを抑えられずにいた。
 どくん、どくん、どくん。
 早鳴る心臓。まるで中で誰かが太鼓をこれ見よがしに叩きまくっているかのように、己の胸が高鳴る。

 まるで、ヴィータがどこか遠くへ行ってしまいそうな。
 そんな気すらしてしまって。

「気ぃ……つけてな。ヴィータ」

 4人の見舞い客が帰路についてから、十数分後のこと。
 はやてはすっくと立ち上がったヴィータを見て、そんな一言を告げていた。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #40




 八神はやてが、闇の書の主。

 誰もが思いも寄らなかった事実に、なのはもフェイトも動揺を隠せずにいた。自分たちと同じ、まだ10にも満たない年齢の少女が、そんな重すぎるほどの色々なものを抱えてなお、あのときのように花が咲いたかのような笑顔を見せていたのだから。
 その笑顔の裏にはきっと、自分たちには想像もできないような苦しいことがあっただろう。きついこともあっただろう。
 そんな彼女を、自分たちは。

「はやてちゃんが、闇の書の主だったなんて……」

 目の前で立ち尽くすシグナムやシャマルと一緒に、犯罪者として捕えなければならないのだから。

「悲願はあとわずかで叶う」
「邪魔をするなら、たとえはやてちゃんのお友達でも……っ!」
「ま、待ってください! 話を聞いてください!!」

 ダメなのだ。
 闇の書の完成は、イコールはやての命を押し潰すこと。侵食した闇の書が彼女の内側を激しく暴れて、喰らい尽くして、やがて彼女自身がいなくなる。
 存在から何からを食い潰して、書の本性が表に現れるだろう。
 それを伝えようと、声を上げたなのはだったのだが。

「らああぁぁっ!!」

 頭上から強襲してきた鉄槌に、右手をかざした。
 その瞬間に具現する桜色の楯。中央から波打ちながら外側に広がるそれは、カートリッジシステムを搭載したことによって強化されたラウンドシールド。鉄槌はためらいなく振るわれ、爆音を上げながら激突した。
 火花を散らし、腕にかかる強い衝撃。
 今までになく強い力の前に、なのははシールドごと吹き飛ばされ金網ががしゃんと音を立てた。
 ここは海鳴の中でも一際高いビルの屋上。もし金網がなかったら、なのははビルから真っ逆さまに落っこちていただろう。

「なのは……っ!?」

 友達の安否を案じるフェイトもしかし、悠長にはしていられない。真正面から襲い掛かる鋭い剣先を緊急回避。バルディッシュを介してのソニックムーヴ。斬られる瞬間に、背後へ飛び退いた。
 刹那、レヴァンティンの剣先は床にめり込む。ビシ、と音を立てて、一直線のヒビが走る。

「管理局に、我らの主のことを知られては……困るのだ!!」
「私の通信防御範囲から出すわけには……いかない」

 シグナムとシャマル。それぞれが言葉を紡ぐ。
 シャマルはクラールヴィントをかざして、自身にできる最高の広さまで通信防御の範囲を広げにかかった。
 そして、金網にもたれかかるように腰を落としていたなのはが見上げた先で、

「邪魔、すんなよ……もうあとちょっとで助けられるんだ。はやてが元気になって、あたしたちのところに帰ってくるんだ」

 ヴィータの服が、赤のゴシックドレスへと変わっていた。
 どう見ても服にしか見えないそれは、あらゆる衝撃をさえぎる魔法の鎧……騎士の甲冑。
 グラーフアイゼンを握る手には力がこもり、小刻みに震えている。

 ゴールは目の前。もはや戻れないところまで来ることができた。
 だったら、やることはたった1つだけ。

「もう、あとちょっとなんだから……っ!」
「っ!?」

 ただただ、ひたすらに前に突き進むだけ。

「邪魔、すんなぁ―――っ!!!」

 ヴィータが流れる涙を振り飛ばして、鉄槌を振りかざす。カートリッジがロードされたその瞬間、ビルの屋上が炎に包まれた。
 結界を張っていなければ、階下を歩く一般人にも聞こえていただろう轟音と閃光。そして、一面に広がる真っ赤な炎の中から現れる1つの影。そして、輝く炎の中で一際光り浮かぶ宝石。それは彼女のデバイス。
 1人の少女を守る桜の守護神が、1つの杖を象り少女の手に納まる。
 その姿を視界に納め、ヴィータは。

「悪魔め……」

 そんな一言をつぶやいていた。

「悪魔でいいよ……。でも」

 杖を両手で構えて、険しい表情で告げる。
 彼女が自分を悪魔だというのなら、やることは簡単だ。

「悪魔らしいやり方で、話を聞いてもらうから!!」

 言葉どおり、悪魔にでもなんでもなればいいのだ。




 一方、フェイトは剣の切っ先を自身に突きつけたシグナムをただ真っ直ぐ見つめていた。
 一歩でも退けば、背後から斬られる。そんな、見ているだけでもその身を斬り裂かれそうなほどに鋭い威圧が自身の身に襲い掛かっている。
 眼前に突き出した手にバルディッシュが納まり、その柄を両手で構える。
 突き出しされたバルディッシュのコアから低い声が漏れる。それは、彼女に立ち向かうためだけにあつらえた武装。防御を犠牲にしてまで、自身の持ち味であるスピードを極限まで極めた武装。

『Barrier jacket……Sonic form.』

 ただただ目の前の女性に勝つためだけに、金の少女は鎧を脱いだ。
 勝って、止める。止まればきっと、先があるから。

「薄い装甲をさらに薄くしたか……ゆるい攻撃でも当たれば死ぬぞ。正気か、テスタロッサ」
「貴女に勝つためです……強い貴女に勝つには、コレしかないと思ったから」

 そんなフェイトの答えに、シグナムは歓喜した。騎士として、1人の戦士として真っ向からぶつかって来ようというその気概。それだけで、彼女は昂ぶる気持ちを呑み込んで。
 その身を、炎が包み込んだ。魔力で形作られた炎は、彼女の力の奔流。立ち上る過程で編み上げられていくのは、彼女の鎧。

「こんな出会いをしていなければ……私とお前は、いったいどれほどのになれただろうか」

 懐いた気持ちを押し潰してなお、その思いはたった1人の主のために。そのためだけに……主の笑顔のために騎士としての誇りさえも捨てた。
 そうするだけの価値があった。彼女の笑顔さえあるならば、自分たちに怖いものなどありはしない。
 だから、その笑顔を本物にするために、彼女たちは今まで戦い抜いてきた。

「まだ、間に合います――!」

 だから。

「止まれん……」

 カートリッジが飛び出す。
 足元に浮かぶは、紫光の魔法陣。

「我ら守護騎士……主の笑顔のためならば、騎士の誇りさえ捨てると決めた……もう、止まれんのだ!!」

 ならば、フェイトにできることはたったの1つだけ。

「止めます……私と、バルディッシュで……!!」

 止まれない彼女を、止めるだけ。



「なんで『闇の書』なんて呼ぶの!? 本当の名前があったでしょ!?」

 なのはの言葉に、ヴィータは攻撃の手を止めていた。
 闇の書の本当の名前。それは、も言っていたことだった。その言葉があまりに頭にのしかかってきて、ずっと頭の大半を占めていた。それを強引に抑えていたのは、言うまでもなくはやてを助けるためだった。闇の書の力を使えば、はやては助かる。そう信じて今まで戦ってきたのだから、迷うことなどありはしない……はずだった。
 しかし、改めて発されたなのはの言葉に、ヴィータはやはり迷ってしまっていた。
 自分はそれは知っている。知っているのに、思い出せない。答えが浮かびかかっているにもかかわらず、しかしいっこうに浮かんでこないその名前。

「本当の、名前……」

 だからこそ、わかるようでわからないもどかしさにヴィータはただ小さくつぶやいただけだった。
 そんな彼女だけに注意を向けていたからこそ、彼女と相対するなのはは気づかない。

『Master!!』
「え……?」

 自分の周囲に集まる、青い輪の出現に。
 いつかも同じように拘束された。超が付くほどの遠距離から自分だけをピンポイントに狙いを定めた拘束魔法と、寸分の違いもないその輪は、躱す間もなくなのはの身体を縛りつけた。

「まっ、また!?」
「なのは!!」

 距離こそありながら、しかしそんななのはの危機に気付いたフェイトは、シグナムをレヴァンティンごと弾き飛ばし、1つの魔力球を作り出した。彼女の魔力は彼女自身の変換資質によって雷を帯び、黄金の魔力に紫電が爆ぜる。

 今の自分は、昨日よりも前に。
 昨日の自分よりももっと、進歩し強くなっている。
 そうなるようにと、今までずっと努力してきた。
 だからこそ、わかるのだ。

「……っ! そこ!!」

 わずかばかりの、魔力の揺らぎが。
 いつか感じた魔力の流れが。
 だから、思い切り地面を蹴って、目標へとまっしぐら。

「ああああ!!」

 一撃、二撃、三撃。
 その瞬間、空間が揺らいで押し出されたのは1人の男性の姿だった。

「こないだみたいには……いかない!!」

 纏っている服にはいくつもの亀裂が走り、仮面で隠れている顔は苦痛にゆがんでいることだろう。
 しかし、誰が気付くことができただろうか。

「はぁっ!!」
「……っ!?」

 もう1人の、仮面の男の存在に。
 気付いたのは、子供だという彼女の立場などあってないようなものとでも言わんばかりに、ひと思いに蹴り飛ばされてからだった。
 態勢も整わないまま、傷だらけだった男はさらにカードを取り出す。
 青い光となったそれは、フェイトに抗う暇すら与えられなかった。

「ふ、2人!?」

 そして、仕上げとばかりに一度に複数枚のカードを浮かべ、発動したのはやはり青い拘束輪。
 目標は。

「……っ!?」
「うあっ!?」
「な……っ」

 シグナム、ヴィータ、シャマルまでもが彼の拘束の餌食となっていた。
 身動きの取れない5人を流し見て、フェイトを蹴り飛ばした男が小さく息を吐き出す。
 彼らは知っていた。
 目の前で拘束を逃れようともがく3人……人であって人でない3人が3人とも、すでに壊れているという事実を。

 彼らの目的も、守護騎士たちと同じ闇の書の完成。
 しかし、その方法は彼女たちとはまるで正反対だった。
 命は取らないが、それ以外だったらできることは全部やると決めた守護騎士と、犠牲を厭わず、完成寸前を待って残りを彼女たち自身で補わせる男2人。

「この人数だと、バインドも通信妨害もあまり保たん……早く頼む」
「ああ……」

 そんな静かな会話と共にかざした手の先に現れたのは。

「っ、…… いつの間に!?」

 彼女たちが血眼になってページを集めた、闇の書そのものだった。
 残りは50ページほど。これならば問題なく、完成を見ることができると判断した。だから、その期をうかがっていた。

「さあ……」

 守護騎士3人の前でかざした手の先で、一際光を帯びる闇の書。
 その思惑は、もはや言うまでもないだろう。

『!?』

 それぞれの前に顕現する、それぞれの色を持つ小さな光……彼女たち自身のリンカーコア。
 闇の書の最後のページは、守護者自らがその身を捧げる。幾度目かの事件でも、同じことを彼女たちはしたはずだと。状況が特殊だったのは、今回が初めてのこと。しかし、やること事態はさほど変わらない。

 これで―――

「壊れ汚れた魔導書ロストロギア……こんなものでは、誰も救えるはずもない」

 闇の書は……完成する。

「うおおぉぉぁぁぁっ!!」

 迫るはザフィーラ。通信が通らず、それを怪訝した彼はいても立ってもいられず八神家を飛び出したのだ。
 そんな彼が現場に来てみれば、仲間たちがピンチどころかすでにシグナムとシャマルは消えてしまった。闇の書に取り込まれた。それを見届けざるを得なくて、しかしそれを容認できなくて。
 彼はただ、男たちに向かって疾った。拳を固く固く、握り締めて。

「そうか……もう一匹、いたな」

 しかし、それすらも見越したかのように楯を展開する男。
 振るわれた拳はしかし、その固い壁に阻まれた。
 そして、闇の書が反応する。まるで磁石のS極とN極のように、ザフィーラのリンカーコアが闇の書に引き寄せられるかのように露出する。ゆっくりと魔力が、リンカーコアが吸い取られていく中でしかしザフィーラは再び拳を握り締めた。

「うああああああああああっ!!!」

 そして、再び激突する拳と楯。しかしその渾身の一撃も、堅固な楯を破れず、逆に彼の拳が壊れて真紅が噴出した。
 リンカーコアを露出させたままの渾身の一撃も結局、通らない。
 そんな絶望すら感じる間もなく、

「…………奪え」

 ザフィーラは、リンカーコアを一気に吸い取られていた。



 どくん……

 心臓が一際大きく高鳴り、はやては勢いよく跳ね起きた。
 今までにないほどの強い痛みが身体を締め付け、どこかざわざわと胸騒ぎが大きくなる。

 ……苦しい。苦しい。

 ……まるで大切な何かを失ったかのように。

「っ!」

 胸元の服を握り締めつつ、胸を手で押さえつける。

 どくん……っ!

 ゆらめく視界。秒単位で痛みを強める自身の身体。
 まるで大きなもので頭を殴られたかのように、頭が、身体が大きく揺れる感覚。

 ……いつか、自分で言った記憶がある。
 1人の少年の前で、泣きじゃくりながら。
 その心配がただ、形になっただけ。しかしそれ自体が、怖かった。

 どくんっ!!

「た、たすけて……」

 まるで、自分が自分でなくなっていくような感覚だった。
 そんな状況で、脳裏をよぎったのは。


「怖いよぉ……っ!」


 いつか自分の本当の声を聞いてくれた、1人の少年の笑顔だった。






とりあえず、時間を少し戻してみました。
はやてが主として覚醒するところはやはり、あったほうがいいかな、と思いまして。
しかしまぁ、なんだかんだでクライマックスっぽくなってまいりました。


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