「それで、何で俺はこんなところに?」 本人は知らないまま、『末期ぃ』のインクを落としたはそんな形で話を振っていた。 食事はすでに終わり。もちろん全部平らげたが、しかし口の中は未だにもごもごとひっきりなしに動いていたりする。もっとも、そんなことは話の内容とはまったく関係のない事だったりするわけだけども、としては自分がここにいるというその真相を、とにかく知りたかった。 「リーゼたちが連れてきたんだよ。闇の書の守護騎士たちとの戦闘跡で、君が伸びているのを見つけたらしい」 彼は、が闇の書の守護騎士たちと交戦したことを知っていた。 リンディから報告を受けていたこともあったのか、あるいは彼が独自に捜査をしていたのか。どちらにせよ、知っていたからどうだとか細かいことを言うつもりはまったくない。 むしろ問題にしたいのは、リーゼたちがあの場所にいてなぜ気付かなかったのか。しかも2人の様子から察するに、後から来ていたクロノやなのはにも気付かれてはいないようす。 仲間にすら隠して、いったいなにをしているんだろうか? そんなの思惑を察したのか、グレアムはゆっくりと目を閉じた。 「……やはり君は聡明だね」 「は?」 「頭の回転が速い、ということだよ……普段から色々なことに無頓着なわりに、こういうときだけはまったく、頭が良く回る」 その頭の中には、どれだけの経験が詰まっているのかな? グレアムはそんな言葉を口にして苦笑する。なにかを思い出すかのようにその視線をに向けて、しかしその目はを見ていないようにも感じられた。 「君が考えている通りさ。私たちは、ずっと待っていたんだよ……このときをね」 闇の書の完成を目前に控えた、このときを。アースラスタッフに事件の担当を任される、ずっと前から。 始まりは、11年前。クロノの父クライドを、艦船もろとも消滅させたあのときから。転生した闇の書を探して、提督としての権限を最大限にまで利用して、新たな主を見つけて。あの悲劇を繰り返さないように、できる限りのことをしてきた。 書が新しい宿主として据えたのがまだ幼い子供だったから、そのときが来るまでの間だけでも幸せな時を過ごしていられるようにと、支援をしてきた。しかし、この時点で主を捕らえようと、闇の書を破壊しようと、すぐに転生してしまう。だからこそ、彼女の父の友人を騙って支援をしてきた。 有効と判断される闇の書の唯一の封印手段が『暴走寸前の書を主ごと永久凍結させる』という、まだ将来のある1人の少女にとってはどれだけ甘く見ても残酷な所業だったから。 両親に死なれて、ひとりぼっちになってしまった彼女だからこそ、たとえ一時の間でも幸せな時間を過ごして欲しかった。 「……まさか」 「ああ。必要以上に書の完成が早まって、準備が整わないまま時が来てもらっては困るんだ。だから……君が蒐集に参加している状況を、容認するわけにはいかなかった」 それは暗に、自分を連れてきたリーゼたちが。 「……ごめんね」 「私たちにも、譲れないものがあったのよ」 自分の前に現れては、邪魔だ邪魔だと口にしていたあの仮面の男の正体だと、言っているようなものだった。 「申し訳ないが、あと一週間ほどは……君にはここにいてもらうよ」 魔法少女リリカルなのはRe:A's #39 なのはとフェイトは、今の状況にとにかく驚いていた。 今日は12月24日。自分たちで立てた計画を実行する日。だからこそ、ただ病床のはやてを喜ばせようと思っていただけなのに。 入ったその部屋には、何度となくぶつかり合った女性たちが一堂に会していたのだから。 今まで敵対していたからこそ、そう簡単に割り切って楽しげな会話をすることもできるわけがない。特にヴィータは、それが顕著だった。はやての前だというのに、2人――主になのはに向けられたその目は敵意。それ以外の考えは、まったくといっていいほどに存在しなかった。 「あの……そんなに睨まないで」 「にらんでねーです。こーゆー目つきなんです」 「あう……」 「あ、あああの……そう! コート! コート、預かるわね」 もちろん、取り付くしまもなし。 言うまでもなくはやてに自分たちがやってきていることを気付かれるわけにはいかない。そんな考えから、場を取り繕うようにどこかぎこちない笑みを見せたのが、コートを口実にしたシャマルだった。 アリサとすずかのコートをシャマルが、そしてなのはとヴィータのコートをシグナムが受け取って、個室備え付けのクローゼットのハンガーにかけていく。そんな光景を見て、 「念話が使えない……通信妨害を?」 2人の脇でフェイトが小さくつぶやくと。 「シャマルはバックアップのエキスパートだ。この程度のことなど、造作もない」 シグナムが、律儀にもそんな答えを返していた。 そんな会話をしている外で、アリサとすずかははやてと談笑。 なのはを睨みつけたままだったヴィータを諌めるように彼女の鼻を軽くつまみあげたはやてと、それを見て面白おかしく笑うアリサとすずか。 コートをしまって、その光景を見つめていたシグナムもシャマル。 今、目の前に彼女たちの望んだものがあった。それを永遠なものにするために、今までがんばってきた…………つもりだった。 しかし、彼はそう言わなかった。書が完成しても、はやてへの侵食は治まらないと。むしろどのスピードはどんどん上がって、いずれははやての身体を食い破るとすら言っていた。……実際、その通りだった。書の完成は目前にも関わらず、さらには彼の言うとおり侵食のスピードは上がる一方。 彼女の命はもう、雀の涙ほどもないのかもしれない。 でも、もう戻れない。ここまで来た……来てしまったのだから。 自分たちの行いが正しいと信じてただ、前に進んでいくしかないのだから。 「お見舞い、してもいいですか?」 はやてが主と知られてしまった。 それまで知られていなかったところを見ると、は約束をずっと守ってくれていたのだということを考えながらも、しかしやることは決まりきっていた。 「……ああ」 だからこそ……今は、断る理由がない。問題なのは、今ではないのだ。 数十分先のことを考えながらシグナムは小さく、フェイトの問いにうなずいたのだった。 ● 「暇」 開口一発、まったくもって間の抜けた声で、は無機質な天井を見つめていた。 まさか、味方である管理局内で監禁まがいのことをされるとは、夢にも思わなかった。食事はリーゼたちが交代で持ってくるし、グレアムが唯一の出入り口である自動扉の外から鍵をかけてしまった。しかも空が見えない上に時計がなかったから、時間の感覚すらも麻痺してしまっていて。 そして極めつけは、アストライアであった。今、の手元に彼女はいない。 言うまでもなく、今はグレアムの手元にある。 まったく、彼女さえいればこんな部屋ヌッ壊していけるというのに。 ……いやごめんいまのなし。 やることもなく手持ち無沙汰に寝そべったベッドの上で両手両脚をばたつかせてみる。言うまでもないと思うが、この行為に意味はない。無駄に埃が舞うだけで、結局変化なんか微塵もなくて、ただ自分が疲れただけだった。 今日はいつだ? あれからどれだけ時間がたった? はやては……守護騎士のみんなはどうなった? 自分がいないうちにすべてが終わっているんじゃなかろうかとか、こう広い部屋にたった1人だといらないことまで考えてしまう。 …………言うまでもなく、これもカットカットカット。 あの2人が仮面の男の正体だとわかったところで、その理由を聞いてみれば結局のところ責めることもできなかった。 ってかそもそも、自分らしくない。なにごともほどほどに、がモットーの自分としては、無条件で休めるこの状況は最高に待ち望んでいたのだけれど、しかし今はそんな考えにはなれなかった。 退屈というたった2文字の単語に耐え切れない。 「ふんが……」 「お〜い、入るよん」 「あぁぁ……ぁら?」 思わず声を上げたくなって叫ぼうとした瞬間、ずっと開かずだった扉が開いて。 両手両脚を天にかざしている状態を眺めて呆けていたのは、リーゼロッテだった。 「なにやってんの?」 「や、だって暇だったから……それよりも、ロッテこそどうしたん?」 の切り返しに、ロッテはばつが悪そうに笑ってみせる。 そんな彼女の背後から顔を出したのが。 「やあ。元気そうで何よりだ」 「お……」 クロノ・ハラオウン、その人だった。彼いわく、事態がおっそろしい勢いで進展しているのだとか。 なのはとフェイトが友達のお見舞いに行ったきり帰ってこず、それどころか突然展開された広範囲にわたる封時結界。唯一出撃できたクロノが出向いたときにはすでに遅く、闇の書が完成、書の意思そのものがはやてよりも前面に押し出された。 今も、フェイトとなのはとアルフとユーノが、その意思が具現化した存在と交戦している。 運命がついに、動き出した。 「とにかく、今は少しでも戦力が必要だ。……手を貸してくれるな?」 「……なんだよ改まって。俺はもともと、そういう命令をされてたはずだよ。それに……いつまでもケンカしたままじゃ、後味悪いからね」 はまさに即答、気合を入れるかのように拳を作った手を打ち合わせて、ロッテへと顔を向ける。 彼女がもっているはずなのだ。彼の相棒を。 「やっぱりね。そう答えると思ったよ……はい」 「さんきゅ……よっしゃ、行こうよクロノくん!」 「お、おい! 待てって!」 を先頭に、クロノが続く。そして同時に、クロノはエイミィへと念話を送る。 闇の書の主にへ向けて、投降と停止の呼びかけを。 ● グレアムのプラン……そして、残り少ない命を幸せな時間にしてもらいたいという彼の思いは、しかし明らかな偽善。これより行う自分の犯罪行為を正当化させるための、ただの言い訳にすぎなかった。 …… 時間は少しさかのぼり、場所も変わる。 現場で捕らえた仮面の男……いや、男たちの変化魔法を強制解除し、さらにその動きすらも奪う拘束魔法――ストラグルバインドを使って、クロノはリーゼロッテとリーゼアリアの行動を止めた。そのままグレアムの元まで連行し、彼女たちの行動の真相を聞きだすに至った。 その内容は、一週間ほど前にに語ったそれと同じもの。しかしそのプランに問題があることを、クロノが見逃すはずもなかった。 まず、力を欲するものはどこにだって、いつの時代にだって存在する。だからこそ彼のプランには、明らかな問題があった。どれだけ厳重に、どれだけ世界の奥深くに隠そうとも、いずれは力を欲した人間が主ごと凍結した闇の書を手にしてしまうだろう。それ以前に、暴走寸前の闇の書の主はまだ、犯罪者なりえない。犯罪者でもない人間を永久凍結するという行為は、明らかな違法。しかしそれを承知の上で、ロッテとアリアは自身を偽装して、しかもグレアムの知らないところまで独断で動いていたのだ。 「法、法って! そんなのがあるからクライド君は……アンタの父さんは!」 クロノがそれを指摘した上で、ロッテは声を荒げる。 しかし、彼はそれを聴いた上でに冷静そのものだった。 「現場が心配ですので、いったん失礼します」 「クロノ!」 「ロッテ」 「父さま!?」 グレアムが彼女を止めなければずっと、その怒声を身に受けたままだったことだろう。 「私たちは、できることをやったよ。あとはもう……現場に任せるしかない」 表情を変えずすっくと立ち上がっていたクロノを呼び止めたグレアムは、このときのために作り上げたものをクロノに渡すと決めた。自分たちの行動がバレた時点でチャンスはない。ならばあとは、チャンスのある者に望みを託すことこそ、進む先を失った人間にできることと言えるだろう。 だから。 「氷結の杖、デュランダル―――これをどう使うかは、君に任せる。できるなら、これが君たちの大きな力となることを……願っているよ」 氷結することのみに特化したストレージデバイス――デュランダルを、彼に託した。 「それから、彼を連れて行ってやってくれ」 「彼……? まさか」 その『彼』というのが誰であるかなど、わからないわけがない。 クロノ自身も、それなりに心配しつつ行動していたのだからこそわかったようなものかもしれないが。 「ロッテ、これを彼に渡してくれるかい?」 「りょ〜かい。さ、行くよクロノ」 「おい、ロッテちょっと待て……では提督、失礼します」 槍を模したキーホルダーを受け取ったリーゼロッテを追いかけて、クロノは一礼しつつばたばたと部屋を出て行く。 広い部屋には、グレアムとリーゼアリアの2人だけ。流れる静寂が、彼らに労いの言葉をかけるかのように。 『今までお疲れ様』と、年老いた自分を労わっているかのようだった。 「11年間いろいろあったけど、お疲れ様でした……父さま」 「ああ……私の無茶につき合わせて、悪かったな」 ぼす、と音を立ててソファに腰を落とす。 両の足を投げ出して、顔を天井へ向けて。無機質な天井を眺めて、グレアムは大きく息を吐き出した。 そんな彼によりそうように、リーゼアリアは彼の隣に腰を下ろして、 「いいえ……私たちはいつまでも、父さまと一緒ですよ」 |
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