空はほどよく夕闇に染まる。
 結局、彼女たちの邂逅はたった数十分のことだった。局員たちが結界内に捕らえ、クロノりユーノ、アルフの3人が現場に駆けつけ、なのはとフェイトが彼の増援に出撃。カートリッジシステム搭載後初運用となるレイジングハートとバルディッシュ。そして、のおでましと同時に身体のことも敵味方のことすらお構いなしのオーバーSランク砲撃。
 たった数十分という間に、コレほどまでの出来事が詰まり詰まって、それでいてなおケガ人ゼロ。の砲撃(もちろん非殺傷)に巻き込まれて軽く昏倒気味だった武装局員が指折りいただけで、ことは済んだ。
 しかし、指折りとはいえ味方が味方に危害を加えたという事実は拭えない。それがいくら身体的ダメージがないにしても、だ。
 責任ある立場にあるからこそ、クロノは事実をスルーできるわけがないのだ。

「う〜ん……困ったわねぇ」

 もちろんそれは、彼の母親であり今回の捜査の責任者でもあるリンディも同じ。困った表情の拭えない彼女は、気だるげな上に顔色がすこぶるよくないを見据えている。
 ……これはあくまで、管理局という組織の名のもとで行われている会議なのだ。
 だからこそ、広い広いリビングに民間協力者であるなのははいない。いくらが非常勤の嘱託であるとはいえ、見過ごせるほど彼らは甘いわけがない。
 だからリンディはこうして、話し合いの場を設けたのだ。

「お前の弁解を聞くとしようか」

 エイミィもフェイトも、表情に笑みはない。むしろ心配そうな、どことなくおどおどしたような、どっちつかずな視線を向けている。
 表情に緩みがあるのは全員の視線の先にいるだけ。

「あー……」

 いかにも面倒そうに、はばりばりと頭をかき回す。
 相棒アストライアに補助されているとはいえ魔力を爆発的に高めるカートリッジをたんまり使ったのだ。

 正直、今ほどしんどいこと時はない……なんて。

「俺は、ただ、単に……結界の中に入りたかっただけだよ」

 アストライアの提案もあった。しかしそれを承諾し実行に移したのはあくまで彼自身。責任は彼にある。
 裏がなかったわけじゃない。もちろんそれを口にすることは出来ないし、もとからそのつもりもない。
 意図的に彼らの期待を裏切っているという事実に、後ろめたい気持ちは大きい。今までずっと、よくしてもらってきたのだから、それを仇で返すつもりもまったくない。
 彼はただ、自分に出来る最善を尽くすだけ。
 それがいずれは、ことの終息に向かうのだと信じてやまない今だから。

「結界の中にって……」
「そういえば、くんは士官学校を出てなかったよね」

 ある意味奇跡的な所業だったのだ。
 管理局でも1,2を争うどころか飛びぬけて……というか人目もはばからず怠けまくる彼が、審査の厳しい試験を腕一本でぶら下がって合格したのだから。
 それを奇跡と呼ばずして何を奇跡と呼べばいいのだろう。
 彼の場合は、戦闘試験で使い魔との連携戦がなかった。使い魔自体がいなかったから、やる必要がなかったというのが本音だが、それでも前半の筆記試験をパスしただけでも彼は一生分の運を使い切ってしまってるんじゃないかと思えるほどの所業。
 それもそのはず。彼は当時、そうせざるを得なかったから。

「まぁねぇ……」

 そんな昔のこと、引っ張り出されても困る。
 必要に迫られたからそれだけの勉強をした(テキストなどは提供してもらった)し、試作品だというデバイスを賜って戦闘訓練もした。某猫の使い魔たちに、徹底的にしごかれた。
 「がんばらないとたべちゃうぞ〜」なんて迫られつつ命の危険すら感じて。
 その使い魔たちの主も、デバイスをくれた技術者も。そしてなんだかんだで面倒を見てくれていた家族たちも。
 皆、年端もいかず身よりもないを心配していたのだ。

 何もわからないまま拾われて、日本の警察でなくそのまま連れてこられた先はミッドチルダの首都クラナガン。
 まだ片手で数えられるほどの年の頃だったにもかかわらず、右も左もわからない世界へ放り出された。連れてきた武装局員もなんだかんだで忙しいことこの上なかったのだ。ちょうどこの頃、闇の書の暴走事件の事後処理……闇の書の転生先の捜査がもっとも盛んな時期だったから……と彼が知ったのは、ことが終息を見てから数年の後のこと。
 局内のとある一室に預けられ、寂しい思いをした。やることがなさ過ぎて、ずっと寝ていた。だから、身体を動かすことが億劫になった。いろんなことが面倒になった。
 捜査が打ち切られ、ようやく忙しさから解放された局員がぐうたらなを見かねて、こう言ったのだ。

「お前、局の嘱託魔導師になれ」

 と。同時に、

「なれなかったら、もうお前の面倒は見ないから」

 と、付け加えて。
 だからこそ、士官学校を飛び越えて試験合格のために勉強し、戦闘訓練し、不合格という名の底なし沼に両足突っ込んだ状態であるにもかかわらずなんとかお情けで合格という判定をいただいたわけだ。
 ……結局、怠け癖はなくならなかったのだけれど。
 ちなみにこのとき、7歳。あまりに早すぎる魔法との出会いだった。

 とまぁ、そんなわけで。
 は士官学校を出ていない。つまり、結界についての知識もほとんど知らないまま、今回の場に出たわけだ。
 どうすればいいのかわからないから、とにかく威力の高い魔法でもろともぶっ飛ばす。何も知らないからこそ出来る芸当、ともいえるだろう。
 彼の場合はただ、単純に考えた結果なのだろうが。
 そんな答え方をされてしまうと、責任は現場や作戦本部を指揮している人間に移っていく。
 知識のない人間と承知の上でを戦場に投入したのだ。騒動を起こしたを責める権利などあるわけがない。

「……まぁ、あの混乱があったから僕は、『彼女』と接触できたんだ」

 仕方がないな、と言わんばかりにふぅ、と小さく息を吐き出して、クロノは言葉をつむぐ。
 表情にはもはや咎めの色はない。

「まぁ、どちらにしろ君が彼女たちを逃がしてしまったのは事実だ。罰として……」
「ば、罰って……」

 クロノはにま、と笑う。
 長年の勘か、はその表情が自分にとってよくないことを考えているのだと理解する。

「フェイトとなのはに、カートリッジシステムのレクチャーをしてもらう」

 ああ、やっぱり。
 明日は一日、面倒ごとばかりだ。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #27



「えー、それでは……」

 おほん、と小さく咳払い。
 カートリッジ10発砲撃の疲れも抜けないまま、は1人こーんなところに立たされていた。
 臨時捜査本部、という名の普通の部屋のリビング。異常に広いフリーリングの床にはふわっ……ふわな毛糸の絨毯。その中心にテーブル。綺麗に磨かれたその上には赤い宝石と金色のワッペン。その正面にちょこんと座った栗色と金色。

「これから『よい子のカートリッジシステム使用上の注意』と題しまして、がはじめさせてもらいます」

 本当ならそれぞれの相棒がやるべき内容を、なぜかがやることになっていた。
 いわゆる、ベルカ式カートリッジシステムを使う上でのレクチャーである。気の抜けた題名とともに、

『はぁ〜い』

 2人の生徒たちも、どこか気が抜けた返事を返していた。
 再びの邂逅から一晩経った今日、2人―――なのはとフェイトが授業を終えて帰ってきてから、半強制的にこのような状況におかれていたわけだ。
 元から面倒くさがりだ。そんな彼に、『先生』など務まるわけがないわけで。っていうか、クロノもリンディも最初からマジメな授業など期待していなかった利するわけで。

「それじゃあ、実戦な。実際に使えば、使い方なんて楽々さー」
「……そう言うと思ったよ」

 の期待通りの一言に小さくため息をついて、クロノは戦場への扉を開けた。
 一見、何の変哲もない木造りの引き戸だ。普通なら……というか普通に考えればなんの変哲もないただの部屋が広がっている、はずなのだが。その先にあるのは……一面、黒い世界だった。
 窓はおろか光が差し込む隙間すらない。入り込めば最後、二度と出られないような錯覚にだって陥ってしまうだろう。
 明るいのは今自分たちがいる出入り口だけ。前も後ろも、右も左も上も下もわからぬ恐怖。しかしそれは、空を駆る魔導師たちにとって恐怖とはなりえない。右も左も上も下も前も後ろもない空を、彼らは縦横無尽に駆け巡ることが出来るのだから。
 突然飛び込んできた黒い四角に驚きを見せた3人。先生役であるはずのでさえ、まさかこんな場所が用意されているとは思っていなかったのだ。
 そんな彼らを見て、クロノも、そのそばに控えていたエイミィも顔を見合わせて苦笑する。の性格を知るがゆえ、彼の性格だけを考慮した上での結論として用意されたのが、この黒い世界だった。

「エイミィ」
「あいよ了解っと」

 うきうきとした表情ですぐ目の前のコンソールに座るエイミィ。宙に浮かんだキーボードの上を彼女のスマートな指が踊る。電子音が響けば響くたび、一面の黒い世界は突然広がった白に侵食されていく。
 それは、彼らのためだけに作られた訓練場。どんだけ力を放出しようが、どんだけ衝撃が起きようが、外の世界に影響を与えない特別な封時結界。
 試作品だと本局スタッフからの依頼ということで渡された、次世代を先取ったある意味世界創造な技術。
 ……ゼストやマリーの笑い声が聞こえそうだ。
 がいるからと遠慮なしに試作品を回すのか、単純にAAAクラスの魔導師たちが新たに搭載した新システムの試運転にちょうどいいからか。どちらにせよ、本局のメンテナンススタッフのクセに変なところで力を入れすぎてると思う。

「この試作型封時結界の稼働時間は2時間だ。それ以上やると内側から崩壊して、現実を浸食する」
「簡単に言えば、この家がふっとぶってことだね〜」

 あっはっは。

「エイミィさん、それ笑い事じゃないですよ〜」

 なのはの突っ込みはもっともである。
 しかも結界は試作品。クロノは本稼働時間が2時間と伝えているが、不安定には違いない。なにが起こるかわからないから、気を引き締めて臨むようにと念を押したクロノは、あくまでエイミィの隣で傍観を決め込むつもりだろう。執務官として、この異世界ともいえる封時結界からあふれ出さんとする魔力を現実に漏らすわけには行かない。
 あくまでなのはとフェイトのため。彼女たちが安心してカートリッジシステムを使いこなすことが出来るように、出来る限りのことを尽くすのだ。

 ……のためでは一切ない。っていうか、あり得ないし。


 ●


 もともと、カートリッジシステムというものは、レイジングハートやバルディッシュのような純インテリジェントデバイスには装備できないものなのだ。魔力を爆発的に高めて物理攻撃を強めるベルカのシステムと、魔力そのものを武器にするミッドのシステム。だからこそ、2つのシステムは互いに相反している。それらが合わさった2機はある意味、の持つデバイス『デュアルデバイス』と似通っているともいえるだろう。カートリッジシステムを搭載し、ミッド式の魔法を行使し、それでいて近接戦闘もこなす万能機。
 万能ゆえに、扱いづらい。経験を積めば積むほど、力は大きくなる。しかし使いこなすにはそれだけ多くの努力を、必要とする。

「モードはそれぞれ3つずつだよ」

 レイジングハートは中距離射撃を得手とするのアクセルモードに、砲撃魔法の行使にもっとも力を発揮するバスターモード。そして、レイジングハートの力を最大限に引き出すフルドライブモードであるエクセリオンモード。バルディッシュは汎用……どんな状況でもオールマイティに立ち回れるアサルトフォームに鎌状の魔力刃を作り出すハーケンフォーム。そして、レイジングハート同様にフェイトの戦闘スタイルを極限まで高めるザンバーフォーム。
 どちらも、主であるなのはとフェイトを守れなかったことを悔やんだ。信頼し、その身を預けてくれた期待に応えることが出来なかった自分たちを恥じた。
 だからこそ、強くなることを願った。自らの身体が力に翻弄され、万が一にも大破してしまうことすら厭わず、その信頼に応え守り通すと誓った。
 エイミィの簡単な説明を聞いた彼女たちは、身を呈して自身を守ってくれた愛機に、大切な友達に。

「「ありがとう」」
『All, right』

 感謝の意をたった一言の言葉に込めた。
 同時に、今後もよろしくとお互いに挨拶を交わす。

「さ、始めよっか2人とも……色々と面倒だから、ぱっぱと手早くやっちゃうよ」

 腰に付けられた、槍を模したキーホルダーを取り外して軽く振る。の意思に呼応するかのように一振りの槍をその手に、白の世界へと躍り出る。
 重力にしたがって落下する彼の身体は閃光に包まれ、次の瞬間には純白の羽織に覆われたバリアジャケットの姿が現れた。
 袖の細い羽織にラフなパンツ。腰にはゆるく巻かれた穴の大きな褐色のベルト。そして、黒光りする胸当てに左手のみを覆った鋼の篭手。
 空中で静止した彼を追いかけて、なのはもフェイトもその白い世界へと身を踊らせた。

 以前見た、小学校の制服に似ているという青と白のスカートと同色のベスト。胸元には赤いリボンがあしらわれ、栗色の髪を束ねる白いリボンが映える。真紅の球を先端にあしらった桜色の杖は、と同じように空中で静止し、なのははその杖の先を構えた。
 そんな彼女とは正反対の、身体のラインに密着した袖のない黒いレオタードのような服に、小さな身体を隠すように包む同色の外套。腰周りを彩る薄い桜色のパレオが、黒の中に咲くことでよりその存在感が際立つ。流れるような長い金髪をツインに束ねたのなのはとは対照的な黒いリボン。両脚は大腿までを覆い尽くした黒いブーツ。その足先だけを覆うようにシルバーの具足。両手を包んでいるのはまたしても黒い手袋。その手には、重厚な鈍い輝きを放つ戦斧が握られていた。

「1人ずつは面倒だからね。まぁ、その2機の言葉を聞きながら色々と試してみることー」

 いいねー。

 結局、少年はただ彼女たちの実験台に過ぎなかった。装いの新たなデバイス、搭載された新システム。そして、強化された己の魔法。それらの使いどころや、使った感触。それらを確かめさせるために、彼はあえて今の状況を選んだ。
 結局のところ、カートリッジシステムなど使い方は人それぞれなのだ。のように無駄に消費するような人もいれば、シグナムやヴィータのように一撃一撃に渾身を込める人もいる。
 目の前の少女たちが新たなシステムをどのように使おうが、それはそれぞれのスタイルに依存する。だから彼がこれからするのは、彼女たちが新しいシステムに早く慣れるように促すこと。
 それ以外にすることなどあるわけもなく、ヘタなレクチャーなどしたところでむしろ逆効果にすらなりかねないのだ。

「でも……」
「そんな顔しなくても大丈夫だよ、フェイト。これはあくまで、訓練だよ。それに……」

 自分たち2人を相手に、たった1人で大丈夫なのかというフェイトの心配をよそに、は告げる。

「俺だって正直、負けっぱなしはゴメンでね」

 穂の根元に装着された若葉色のユニットががしゃん、と音を立てて、白煙と共に小さな薬莢を吐き出す。

「15分ごとに5分のインターバル……それが6セットでぴったり2時間。実戦からそれぞれの相棒の具合を確かめるんだよ……」

 具現した槍を片手でくるくると器用に回し、回転を止めると同時にその穂先を2人へと向ける。そして同時に見せるのは、2人を挑発するような不敵な笑み。
 それはある意味、2人の少女たちへの挑戦状、といっても過言ではないだろう。
 ……そう。これは挑戦状なのだ。試作品である『デュアルデバイス』を使って、AAAクラスの魔導師2人を相手にどこまで戦えるか。1人で2人分なかのデバイスで、どれだけ踏ん張れるのか。
 これを時間内で逃げることなく生き延びれば、管理局の局員――よりもずっとずっと上の階級にいる人間を相手にしたって互角異常に戦える。
 自身の力の再確認と、実戦データの収集。何度か戦いを共にしてその使い方をある程度理解した自分にとっても、デュアルデバイスの開発をひそかに推進するぜストたちメンテナンススタッフたちにとっても、それは得にしかならない。
 まさに、一石二鳥というものだ。

「……それじゃ、いこうか?」

 ……もっとも、戦うこと自体は面倒この上ないのだけれど。



はい、原作設定ぶち壊しストーリーの始まりです。
2,3話はこのまま行こうかなと思います。
というわけで、原作のストーリーはしばらくお休みです。


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