稲妻が走る。荒れ果てた荒野に轟音が走り抜ける。 曇りきった空は青く清々しいはずの空を覆い隠し、今にも雨が降り出しそう。 そんな人間もいないような世界に、地響きを伴う雄叫びが響き渡った。その世界に存在する、巨大な亀のような生物だ。 そんな生物を相手に激戦を繰り広げているのは、赤いゴシックドレスに身を包んだ少女。手には真紅の鉄槌を振りかざし、生物の背にあたるこれまた巨大なトゲを吹き飛ばす。 魔法あるがゆえの行為だ。 そうでなければ、ちっぽけな人間が……それもあまりに華奢すぎる少女がそんな芸当、やってのけることなど出来はしないのだ。 「闇の書、蒐集」 紫に光る本が強く発光する。 茶色い装丁の本は、闇の書本体。蒐集した魔力も半分を超えて、邪魔がないうちに少しでも多く集めなければと奔走していたのだが、相手がたった2,3ページ程度のリンカーコアではあまりに効率が悪い。 そんな事実に不満たらたらの少女は、自らのデバイスにカートリッジを放り込んでいた。 「今ので、3ページか」 「くっそー。でっけぇ図体して、リンカーコアの質は低いんだよな」 がしゃん、とカートリッジを装填したデバイス――グラーフアイゼンがダクトから白い蒸気を吐き出す。 「さ、次行くよザフィーラ」 「……ヴィータ、休まなくて大丈夫か?」 「平気だよ。あたしだって騎士だ。この程度の戦闘で疲れるほど、ヤワじゃないよ」 ヴィータとザフィーラ。たった2人という人数でリンカーコアを集め始めて、すでに数時間が経過していた。 ● 「ありがとうございましたー!」 所変わって、ここは時空管理局の本局。 元気よく響いたのはトーンの高い少女の声だった。先日、魔力の源であるリンカーコアに大きなダメージを負った彼女の、今日は最後の診察。 部屋を出てきた少女に駆け寄るのは、3人の人影。 「フェイトちゃん、ユーノくん、アルフさん!」 駆け寄った3人は今日、彼女――なのはの付き添いに来ていたのだ。 どうだった、とたずねる3人に対し、なのははにっこりと微笑んで、 「無事、完治!」 ぐっ、と腕を軽く振って見せた。 「こっちも完治だって」 そう言ってなのはに見せたのは、先の戦闘で大破したはずのレイジングハートと、バルディッシュだった。 が八神家の面々と関わり始めて一週間。 物語はゆっくりと、動き始めていた。 …… 「そっか、よかったぁ〜」 コンソールから聞こえるユーノの声に、エイミィは一人でたくさんの機材を前に胸を撫で下ろしていた。 いくつものモニターは異常なしの白い画面を映し出し、今日も何もないかなと安心しかけた矢先。 「今どこ?」 『2番目の中継ポートです。後10分くらいで戻れると思います』 「そか。じゃあ戻ったら、レイジングハートとバルディッシュについての説明を……っ!?」 今まで白かった画面全体に、赤をバックに『CAUTION』の文字。 「こりゃマズい!!」 エイミィは慌ててコンソールを叩き始める。 目と鼻の先で緊急事態が起こっているのだ。相手はAAAクラスの魔導師。迂闊な武装局員たちでは話にならない。 だからこそ、いずれ命令が来るであろうその前に。 「エイミィ、クロノを現場へ!」 「了解! もう準備終わります!」 執務官を、転送する準備をすでに整えていた。 「あと、くんにも連絡を。クロノの補助にまわして!」 「わかりました!!」 うなずいたはいいが、今は外回り(という名のサボタージュ)中。サブのコンソールからの携帯番号を打ち込むと、 「うぁい、なにエイミィ……?」 ………… 彼は思いっきり寝起き声で携帯に耳を当てているらしい。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #25 『2人とも、落ち着いてよく聞いてね!』 彼女たちが望んだ。 彼らが決めた。 自分自身の意思を。そして、己が主を守らんと。 『レイジングハートもバルディッシュも、新しいシステムを積んでるの!!』 だから、そんな彼女たちの思いに応えなければならない。 守りきれず、主を危険に晒してしまった自身の不甲斐なさを乗り越えて。敵の力に耐えられず、ボロボロになってなお、勝利をもたらすことが出来なかった。 エイミィの声が2人の頭の中に響き渡る。 彼女はただ、目の前で光を帯びている2機の思いに応えただけ。 『呼んであげて……』 ここからは、私たちの出番。 強くなった愛機たちの期待に、願いに、そして思いに。 「Condition, all green. Get set」 「Standby, ready」 2機のスタンバイが終わりを告げる。 新たなシステムに対応するために、システムそのものを書き換えたのだ。 『そのコたちの、新しい名前を!!』 応えてあげなければならない。 「レイジングハート・エクセリオン!!」 「バルディッシュ・アサルト!!」 名を告げた2人に呼応するように、 『『Drive, Ignition!!』』 光が放たれた。 ● 「OK, りょーかい。こっちは直で向かうから、座標よろしく……ふぁ〜あ」 欠伸もそこそこには1人、人気のない裏路地へ。 天下の往来で突然バリアジャケットに換装なんてしてしまったらそれこそ大事件になるからと。彼なりの配慮だが、それは他の人間から見れば常識そのもの。 駆け足のまま腰のキーホルダーを手に取る。 『まったくもぉ……この給料泥棒』 「あ、それはひどいと思うな。俺だってこう見えて、ちゃんと働いてんだから」 コンソールの前でジト目をしているエイミィの姿が簡単に想像できる。 そんな彼女の心情など気にするわけもなく、は裏路地のさらに高いビルへと足を踏み入れた。すでにビルとして機能していない廃ビルだ。地上10階ほどのそのビルにはもちろん、電気など通っているわけもなく。 「あ゛ぁ〜っ! 選択ミスった!!」 めんどくせ〜! 高層ビルには標準装備であるエレベータなど、動いているわけもない。 2段飛ばしで軽快に鉄製の階段を上っていく。ビルに住み着いたネズミや虫たちを蹴散らし、一角に秘密基地を構えていた自分と同じ年の頃の少年たちのど真ん中をすれ違い、壁に書かれている数字にため息。 目的地は屋上。そこでアストライアを開放すれば、人の目などそこには存在しない。 なんの気兼ねもなく現場へ向かえるというものだ。 ただし、問題が1つあった。 それは、が少しばかり特殊な立ち位置にいるという事実だった。 管理局員の中で唯一、闇の書の守護騎士たちと面識を持ち、彼女たちの行動の原点を知っている。その事実が、彼の行動範囲を狭めていると言っても過言ではないだろう。 立場上、守護騎士たちに味方することはできない。でも、協力するという言葉に嘘はない。 「……どうしたもんかな」 自分の考えなしの行動に、小さくため息。 同時に彼の身体が光に包まれ、次の瞬間にはバリアジャケットをフル装備していた。 細い袖の羽織にラフなズボン。細身の彼の身体には少しぶかぶかすぎるサイズだが、動きやすさからすればさして問題はない程度。 服の裾に刻まれた黒いラインが白地に映える。さらに、以前は存在していなかった黒い胸当てと左手のみの篭手が今は装備されていた。 そして、首元にぶら下がるブルーのネックレスが、アストライアの覚醒と共に淡く光を帯びた。 『…………』 グリーンの光が消え去り、宙へ身を投げ出す。 ……まではよかったのだが、問題なのはこの先。 「あ゛ぁ〜〜〜〜っ!」 がしがしがしと頭を掻き乱す。のろのろと現場へ向かう中で。 『マスター』 一つの声が聞こえた。 それは、自身の手に携えられた一振りの槍――正確には翠の宝玉からの電子音声だった。 「? なに、アストライア」 『私に一つ、提案が』 それは、彼にとっては願ってもない提案だった。 ● 魔力で編み上げた新たなバリアジャケットが彼女たちを包み込む。 手のひらサイズだった真紅の宝石が肥大し、桜色が目立つ魔導杖へ。黄金のワッペン。稲妻を帯びつつ、その姿が金に輝く宝玉へ。そして漆黒のメッキで彩られた戦斧へ。 表情の見えない電子音声が、その姿を変える。 より重く感じる、2本の相棒たち。 勝てなくてもいい。ただ、負けなければいい……今はただ、抗えるだけの力を。 『Assault form, cartridge set.』 『Accel mode, standby ready.』 リボルバーが回転する。 弾丸が装填される。 戦闘準備は抜かりない。これならば、対等以上に戦える。 そんな確信めいた思いが、彼女たちの中を走り抜けた。 表情を引き締めて2人がそれぞれの相棒を構えた時。 その遥か後方を、のろのろと飛行する人物が一人。誰なのか、なんていうまでもないだろう。 相棒であるデバイスから助言を賜り、それでもなお面倒だと言わんばかりの表情でひょろひょろと飛ぶその人影は、少年のもの。 ……だった。 「む〜……」 確かに、アストライアの提案はいろんなことをいい感じに引っ掻き回せる。しかしそれは、どうにも疲れることはまず間違いないのだ。 だからこそやるべきか否か、迷う…………あー面倒だ面倒だ面倒だ面倒だこんちくしょう。 『ほかに方法もないんですから。腹をくくっちゃいましょう、マスター』 「しょうがないなぁ……ったくよー……」 ふぅ、とため息。 「じゃあ、行こうか。サンライトフォームな」 『All right,my master!』 変化は一瞬。 瞬きの間に、細身の槍を象っていたアストライアは、巨大な戦槍へと変化を遂げていた。 『Drive, Ignition!!!』 先の割れた切っ先を標的へ構えた瞬間、トーンの高い電子音声が耳に届く。さらに吐き出される2つの薬莢。 行なうは彼らの持ちうる最大最高の砲撃魔法。結界を貫き大爆発を引き起こし、敵味方構わず引っ掻き回せばオールオッケー。それが、アストライアが提示した案だった。 ミッド式に続き、ベルカの魔法をも発動させ、特に威力の高い砲撃をぶち込む。 もともと燃費の激しいアストライアだ。システム始動の2つに加え、さらに4つ。本来ならばかなりの勢いで身体に影響が出そうなところだが、そこは日々鍛えているだ。 とりあえず問題はない……と、思いたい。 「果てなく輝く滅びの光……その力をもって、すべてを薙ぎ払え」 切っ先に浮かぶ、緑色の魔力球。ロードしたカートリッジの量に苦悶の表情を浮かべながらも、ゆっくりとカウントしていくアストライアに苦笑する。 アストライアも自分も、望みは同じなのだ。 ただひとえに、戦いのない世界を。面倒なこともなく生活できる世界を。 『Three, Two, One……』 低い振動と共に、放たれた衝撃波が結界を揺らす。 『Zero』 砲撃の衝撃から、槍を構えなおすと同時にカウントが終わる。 魔力をかき集めた光球は先に環状魔法陣を浮かべ、激しく渦巻き爆ぜている。 大きく息を吸い込んで、 「エンドレス・スレイヤー!!」 『Endless slayer……!!』 滾る魔力を、解放した。 のしかかる負荷。貫く爆音。それを気にすることなく、は空になったマガジンを入れ替える。ダクトから強い排気。間髪いれずに飛び出すカートリッジ4発。 砲撃は続いている。押し寄せる魔力の波に表情を歪めながらも、を囲んで宙に浮かぶ3つの光球。 クサナギの犠牲を経て、進化した彼の魔法。DDSに後押しされて発動するは、3つに分割された『未曾有の大災害』。 『Beispiellose……』 「……まだまだ!」 アストライアを振りかざし、最後の一言をつげる。 「カタストロフ!!」 『Katastrophe!!』 現在の彼の持ちうる、最大最高全力全開の一撃が放たれた。 |
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