「さて、みなさん。実は先週、急に決まったんですが、今日から新しいお友達がやってきます。海外からの留学生さんです」 フェイトさん、どうぞ! 笑顔を称えた先生が、開いた扉を見て嬉しそうに笑みを浮かべた。 薄い紺色のスーツに身を包み、黒くつやのある髪を肩までで切りそろえた女性は、 私立聖祥大学付属小学校に勤務する教師。なのはやアリサ、すずかの所属するクラスの担任の先生である。 みんなと同じ白を基調とした制服。長い金の髪にはなのはからもらったピンクのリボン。 ほんのりと顔を赤く染めたフェイトが、たどたどしく教壇へ。 「フェイト・テスタロッサといいます。よろしく、お願いします」 一礼と同時に起こったのは拍手。それは、フェイトが仲間たちに受け入れられた証拠だった。 その後、彼女はクラスメイトたちにわやくちゃにされるのだが、それはまた別の話である。 ・・・ 『クロノくん、駐屯所の様子はどう?』 「機材の運び込みはすみました。今は周辺探査のネットワークを」 『そう・・・』 クロノは青い魔法陣を前に、1人の女性と話をしていた。 管理局の人事を司るレティ提督である。陣の中心に映った彼女は今回、頼まれていた武装局員一個中隊の指揮権を得たことを報告するためだった。 その中隊は無論、今回の事件……『闇の書』とその守護騎士たちの捜査をするためだ。 もたらされた報告に安堵しながら、クロノはレティに対して頭を下げる。彼は執務官。捜査やその指揮権は、アースラ艦長であるリンディ次ぐ。別件でいない彼女に代わって、来る衝突に備えるために最善を尽くすのが彼の仕事。 相変わらずソファに寝そべって大きなあくびをしているとはえらい違いである。……っていうか、が何もしなさすぎなのだが。 しかし。 「ねむ……」 今回の事件。駐屯しているメンバーの中でも一番核心の近くにいるのが彼だろう。 それはまさに偶然で、棚から牡丹餅。すでに『闇の書』の主を知り、その守護騎士たちとも一番近い位置にいる。 その事実を口外しないのは、ひとえに約束を守っているからだった。 真実を知るたった一人。人間なら優越感にすら浸っていそうだが、はそれに興味すら示すことはない。 もう12歳、されど12歳。人の心理を語るにはあまりに幼すぎる。もっとも、彼に語らせようとは例え10年経っても誰も思わないだろうけど。 そんなを尻目に、ようやく仕事の落ち着いたエイミィが冷蔵庫からジュースを取り出している。 「お、クロノくん。そっちはどう?」 「武装局員の中隊を借りられた。調査を手伝ってもらうよ。そっちは?」 「……よくないねぇ。昨夜もまたやられてる」 は、と目を向ける2人だったが。 「……ん、なにか用事?」 この男がまじめに話を聞くなどありえないか、と揃ってため息をついたのだった。 「少し遠くの世界で、魔導師が十数人。野生動物が約4体」 話を元に戻す。 エイミィが慣れた手つきでコンソールをたたき、中空に浮かび上がった亀のような生物が映し出された。 魔力の高い大型生物。相手が魔導師でなくても、闇の書は蒐集が可能なのだ。リンカーコアさえあれば、それを自身のページに出来る。それを溜めに溜めて666ページ。そのすべてが埋まれば、書は完成する。溜められた魔力を媒介に、真の力を発揮できるのだ。それはもう、次元干渉レベルまで。 まさになりふりかまわずだな、というクロノのつぶやきも、あながち間違いではないだろう。 さらに厄介なのが、書そのものの転生機能。使用者――主が死ぬか、書自体が破壊されたばあい、ページを白紙に戻して別世界へと単身跳躍するのだ。 「あたしたちにできるのは……闇の書の完成前の捕獲?」 「そう。あの守護騎士たちを捕獲して、さらに主を引きずりださなきゃいけない」 そんなクロノの一言に、エイミィは神妙な表情でうなずいたのだった。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #22 「さて、と」 ソファの端、適度に高い場所に位置している手置きを枕に今まで寝息を立てていたがおもむろに立ち上がる。 時刻は13時半。仲間にまで秘密にした、約束の時間が目の前に迫っていたからだ。 黒のTシャツの上に白い襟付きシャツを羽織り、デニムのズボンのベルトを締めなおす。腰のベルト穴にアストライアを装着し、少しばかりのお金が入ったウエストポーチと十字架をあしらったシルバーを装備。顔を洗って眠気を吹き飛ばした。 「待て。どこへ行くんだ?」 「あー、ちょっと散歩にね。俺は戦闘専門だから、機械操作とかは無理だし」 できることなんてないでしょ? 彼に出来るのは戦うことだけ。その力を武器に、今まで戦ってきたのだ。今から勉強すれば色々なことが出来るだろうが、立場上は嘱託で民間協力者。さらに自身、勉強する気などさらさらないわけだ。 それ以外に出来ることといえば、歩いて回って、情報を集めることだけ。……そう。偶然にも、事件の核心に迫る事だって出来るかもしれないから……今回のように。 「今夜は捜査のための会議があるからな。それまでに戻ってきてくれよ」 「昨日みたいに、なのはちゃん家に迷惑かけないようにね」 「……わかってるよ、そんなことくらい!」 茶化すエイミィにがあー、とまくし立てながら、は靴を引っ掛ける。 待ち合わせ場所は、八神家から一番近い公園。昨日の移動時間を鑑みると、リミットまであまり時間がなさそうだ。 「急がないとな」 『私がナビゲートします。マスターは私の指示通りに歩いてくだされば結構です』 「……なんか、機嫌悪そうだね?」 どことなくトーンの低いアストライアの声を怪訝に思い、たずねてみる。 返ってきた答えは、たった一言だけだった。 『面倒なだけですよ』 ● 「……来たか」 と、いうわけで。は待ち合わせ場所である公園にたどり着いた。アストライアのナビのおかげで、迷うことなくたどり着けていた。 人気のない公園。ベンチにはシグナムと金髪の女性、その脇には青い狼。そして、ブランコには橙色の少女。 守護騎士勢ぞろいで、思い思いの場所でその時間をすごしていた。 「はやては?」 「主なら家にいる。先ほどまで病院に行っていてな。主に無理を言って今、ここにいる」 彼女たちは、主に黙って蒐集を続けている。だからこそ、この場にその主がいても意味がない……否、いてはいけないのだ。 これから話すその内容は、彼女がいては話せない。 だから、シグナムは落ち着いて話せるだろう八神家ではなく、この場所を選んだのだ。 なるほどね、と。腰に両手を当て、小さく息を吐き出す。寒い空気が肌を刺した。 「まずは、自己紹介でもしようか。俺は。時空管理局の嘱託をやってる……で、こっちが相棒のアストライアだ」 キーホルダー型の『彼女』を指に引っ掛け、4人に見せた。 先端の山吹色が、淡い翠を宿し明滅。それがどこか、しぶしぶ4人に挨拶しているようで、少し笑える。 その後、シグナムを除く3人も名前だけを聞いた。 金髪の女性がシャマル、橙の髪の少女がヴィータ。そして、青い狼がザフィーラ。シグナムを含めた4人が、『闇の書』とその主を守る守護騎士たち。 その一言一言には少しばかりとげがあり、自分を信用してはいないのだということが如実に伝わってきていた。 …… 無理もない。相手は管理局の魔導師で、自分たちの敵なのだから。 「……じゃ、世間話は置いといて。話、聞かせてくれる?」 「ああ……」 シグナムは小さく、語り始めた。 …… 彼女は、蒐集を望まないと最初に言った。 今までずっと1人だった。大きな家に、小さな私。生活に困ることはなかったが、心が困らないことはいつもなかった。 心細くて、寂しくて。彼らが現れ、一緒にいてくれることが、とても嬉しかったのだ。 ……もちろん、そんなはやての気持ちを彼女たちは知らない。話を聞いているも知らない。 聞いている話からわかったことは、目の前の4人がはやてのことを常に気にかけ、幸せだと、いつまでも共に生活をしたいと願っているということと……はやてが今とても幸せだということだけだった。 目下、彼女たちの問題なのは。 「闇の書の侵食。主はやての足の麻痺は、それが原因だ」 4人が現れてから、彼女の足の麻痺は加速度的に早まった。書は彼女の足を侵食し、時間の許す限り彼女を侵食する。 彼女たちを現界させるための魔力も、まだ身体的に完成していないはやてから受けている。それすらも、侵食を早めている原因になっている。足を、腕を。しまいには身体……心肺機能までもを、闇で染めつくす。 だから彼女たちは、それを止める。止めて、ただ一時の幸せを享受する。普通の家族なら当たり前の幸せを、彼女たちは得たいだけなのだ。 「しかし、我らに出来ることはあまりに少なかった。それは、主はやてを真の闇の書の主として覚醒させること」 主として覚醒すれば、侵食は止まる。足の麻痺の進行もなくなる。 こっちにはいつかもわからぬあやふやな時間制限がある。本来なら何をしてでも蒐集に力を注ぐべきなのだが、はやての未来を血で汚したくはないから、人殺しはしない。実際、リンカーコアの蒐集もギリギリに留めている。 でも、それ以外なら何だってすると決めた。そうしなければ、明日にもはやてがその儚い命を散らしてしまうかもしれないから。 「…………」 はいつになく真剣な表情を見せる。実際、そんな表情を見せたことなど今までにもほとんどないのに。 自分から厄介ごとに首を突っ込むことを嫌う彼が見せる、真剣すぎるほどに真剣な表情。そんな顔に、4人は……いや、シグナムを除いた3人は驚きを隠せずにいた。 なんの関わりもなかった自分たちの話を真に受けて、さらになにかを考え込んでいる。 ふむ、とつぶやく。 味方となるか、敵となるか。選択肢はたった2つだ。彼女たちに手を貸せば、それが明るみに出たときに自分の居場所はなくなる。かといって手を貸さず傍観していれば多分……いや間違いなく後悔する。 はやてはつい半年前まで、と同様に『家族』という存在がいなかったのだから。 守ってやりたいと思う。『家族』がいて、幸せな日々を送っている彼女たちを。 ならば、話は簡単だ。 彼女は今、幸せに満ちている。だったら、それを失わせないように行動すればいいだけのこと。 だから。 「よし、君たちに協力しよう」 4人は目を丸める。 「ハァ? てめーなに言ってんだよ!?」 「貴方、正気!? そんなことをしたら……」 ヴィータの荒い声とシャマルの慌てた声に「わかってるよ」と答えを返す。 それは、最初からわかりきっていること。しかし、居場所をなくすという明確な事実をも受け入れ、は彼女たちに協力すると決めた。 本当にそれで、はやての命が助かるなら、と。 彼女たちとはやては、すでに互いに家族なのだ。だったら、それがはやての命を救うことであろうが仲間たちを裏切ってまで守護騎士たちの行動を容認することであろうが、それはにとっては最善なのだ。 まったく、難儀な性格だと自分でも思う。 ばつが悪そうに笑う。カリカリとこめかみを掻き、 「ま。もしそうなったら……責任取ってくれ」 『…………』 そう告げた。 同時に走り抜けるは、数瞬の沈黙。 「す、すまんが……もう一度言ってくれるか?」 今まで一度も言葉を発しなかったザフィーラが問う。 「だから、俺はこっち側から情報を流すから、もしそれがバレたら責任を取って匿ってくれと言ってる」 再び沈黙。聞き違いではないと理解したのは、シグナムとザフィーラだった。 つまりは、取引だ。君たちに協力するから、万一の時は手を貸してくれと。彼は言っているわけで。 あまりに釣り合いの取れない取引だ。しかも、性根からして面倒くさがりのがここまでのことを口にしたのだ。もっとも、が面倒くさがりだということは、今の彼女たちには知る由もないのだけど。 「お前ホントに、それでいいのかよっ!?」 「さっきから、俺はいいって言ってるよヴィータ……はやてのため、自分たちのため。殺し以外ならなんでもするんだろ?」 「うぐ……」 詰め寄るヴィータをあっさり言い負かし、顔を将であるシグナムへ向けた。 彼女は目を細める。 「後には戻れんぞ…………それで、本当にいいのだな?」 「なに。俺はただ、俺が満足するために動くだけだよ……前に言ったろ? 今やってることはぜんぶ、俺だけのためなんだってさ」 「仲間とぶつかることにもなるんだぞ」 「…………」 そう。このまま彼女たちが蒐集を続ければ、捜査をしているアースラスタッフたちと……クロノやなのは、ユーノやフェイト、アルフとぶつかることになるわけで。 ……いや、違う。 「確かにぶつかり合うことにはなるかもしれない。でも俺は、あくまで中立だよ」 一番中途半端で、どっちつかず。でも、一番動きやすい立場にいる。 だいたい、局でも結構自由にしていた。任務は自分からやろうとは思わなかったから、向こうから持ってくるのをずっと待っていたくらいに。 だからこそ、今回の造反がバレたとしても、きっといい方向へ向かっていくはずだ。いままでずっと、そうだったから。 「いやいや、大丈夫だって。何事もなんとかなるさ…………俺の持論だけどね」 すべては、事件の早期終結のため。 すべては、自分と同じ立場の存在を出さないためにも。 そしてすべては、面倒ごとをぐしゃぐしゃに丸めて自分が楽をするために。 |
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