シグナムは思う。目の前にいるこの少年は、管理局の中でも突出した変わり者なのではないかと。
 死を目の前にしてなお、笑みを崩さぬ胆力。
 他人を前に自分の考えをずけずけと言ってのける図々しさ。
 その図々しさが逆に清々しくて、嫌悪感を拭い去っていた。
 だからだろうか。

「…………」
「シグナムっ!」

 少年の真意を聞き、それでいてなお約束を破らない。信じていい、と思えた。

 鉄槌の少女が荒げた声が聞こえる。
 ……それでもいい。私は守護騎士、ヴォルケンリッターが将。
 自分勝手だと言われようが、横暴だと言われようが。それでも、信じていいと思えた。

 少年の表情が変わる。

「……話そう。我らが蒐集行為を行っている理由を」

 その一言に、自分を将と認める3人は目を丸める。
 少女は握り締めたデバイスが淡い光を帯びていることを感じ、それを押さえつけるようにさらに強く握り締めた。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #21



 時刻はすでに夕刻。おなかも適度に空き、ぐぅ、と鳴らすことでそれを伝えていた。
 封時結界の消えたこの場で話すには、時間が足りなさ過ぎる。
 だから。

「――話は、また明日にしよう。14時に、公園で」

 そんな約束を取り付けた。
 いつ、なにがあるのかわからないというのに。このまま少年を行かせてしまえば、もしかしたら今日の事実を局へ伝えてしまうかもしれないのに。
 彼の持つ雰囲気がそうしているのか。あるいは、先の発言が自身の心に落ち着いたままになっているのだろう。
 信じていい、という思いに揺るぎはなかった。

「……ん、りょーかい」

 ゆっくりと立ち上がった。埃のついたお尻を払い、大きく身体を伸ばす。
 少しずれたメガネを直しながら、4人に背を向けた。

「ヴィータ」
「んだよ?」
「彼のデバイスを」
「………………………………はァっ!!!???」

 正気か、とたずねたかった。
 相手は敵なのだ。デバイスも手中にあるというのに、そのデバイスを返そうというのか。
 それはいくらなんでも、と思うわけで。

「冗談じゃねーっ! コイツはアタシらの敵なんだぞ!?」
「わかっている。自分でもどうかしていると私も思う。しかし……ここは私に任せてくれないだろうか?」
「う……」

 少女は口ごもる。
 シグナムが、自分たちの将が自分たちに頼みごとなどするとは思わなかったのだ。
 だからこそ思う。将が信じているのだから、自分も信じても良いだろう、と…………………………ひじょーに納得いかないが。
 強く握り締めていた手の力を緩める。
 指の隙間から、まるで訴えるかのように強い光を放っていた。

「ちっ……」

 このデバイスは。
 どことなく、自分を挑発しているかのように明滅する。
 ……否。挑発しているのではなく、むしろマスターである少年を罵倒しているようにも見えた。
 正直、いけ好かない。

 ……上等だ。こんなデバイス、本当なら地面にたたきつけてやりたいところだったが。

「おらよ……っ」

 ひょい、と。
 少女はそっぽを向いたまま、アストライアをへと投げよこした。

「いいのかな、こんなことしちゃって?」

 デバイスが戻ってくれば、こっちのもの。
 裏切ったって、こっちにだって力があるのだ。そうそう簡単にはやられない。
 自分から手放したデバイスだったが、正直、返してくれるとは思っても見なかったのだ。
 だからこそ、たずねた。

「……フ」

 シグナムは目を閉じて不敵に笑う。

「私は――いや、は守護騎士ヴォルケンリッター。たとえお前が向かってきたところで、容易くは屈しはしない。それに――」

 この、目の前で首をかしげた少年は。
 間違いなく、自分たちのすべてを隠しきるだろう。彼の言葉は、なぜか信頼に値するほどの力を持っているかのように、シグナムの耳へと届いていた。
 首を軽く振る。
 このことは、自分の胸の内にだけとどめておこう。口にすれば最後、目の前の少年は腹を抱えて笑い転げるだろうから。

「――いや、なんでもない。……さあ、行け。仲間が待っているのだろう?」

 そんなシグナムの一言に、はうれしそうに笑う。
 彼女は1人、周りの仲間たちを蔑ろにしてまで自分を信じてくれたのだ。自分の言葉が、彼女には届いたのだから。

「アンタたちも。はやてが待ってるんだろ?」
「……ああ、そうさせてもらおう」

 は越してきたばかりのマンションへ。4人は主の待つ家へ。
 シグナムの後に続く少女や金髪の女性、そして蒼い体躯の狼は、久しく見なかったシグナムの楽しげな雰囲気に疑問を抱いていた。
 はやてとの生活は楽しい。しかし、彼女の抱いている楽しさはそういった類のものではないだろう。

 言うならば……そう。
 騎士として。ベルカの騎士としての本能が、『楽しい』という感情を引き出しているのだ。

「いいのかよ、シグナム」

 が立ち去った後。
 橙色の髪の少女――ヴィータは怪訝な表情のままシグナムにたずねていた。
 何を、と聞くまでもないだろう。それが彼女の意であり、シグナムをのぞく3人全員の総意。

「……ああ。アレの言葉は、信じてもいいと私は思う」

 断言できる。あの一言は、紛れもない彼の本心なのだと。
 納得してくれ、とは言い難い。何しろ相手は、自分たちと敵対する者――管理局の魔導師なのだから。

「さあ、帰ろう。主が待っている」



 ●



『なぜ、あんなことをしたのですか?』

 帰り道、アストライアがふと、そんなことをたずねてきていた。
 あんなこと。それはもちろん、彼女を手放したうえでわざと死を目前としたことだ。
 彼女だけじゃなく、だってまだ戦えた。カートリッジだって、体力だって、戦意だってあった。なのに彼は戦うことを放棄した。そうすることで、強引に話を強要したのだ。

「仕方ないだろ。ああでもしないと、あの人たちは話なんかしてくれなかったよ」

 なりふりかまわず。彼女たちを見ていればそんな言葉が浮かぶだろう。
 管理局の魔導師から、少し離れた世界の巨大生物まで。質や量をまったく無視して、ただ貪欲にリンカーコアを求めている。定めたターゲットがたまたま大きな魔力を有していればやっほラッキー、みたいな。
 それでいて、なくなるまで蒐集はせず、ギリギリまでを持っていく。それは、犠牲を出さないためにという彼女たちなりの配慮といえるだろう。
 だからこそ、強引にでも割って入って話をする必要があった。

 ……今回、はやてと接触できたのはある意味ラッキーが重なった偶然。
 きっと先10年分くらいの幸運を、不本意にも使い切ってしまっただろう。

 あ〜あ。

「確かにアストライア的には悪かったかもしれないけど、俺は別に後悔はしてないよ」

 相棒を手放したのだ。少しくらい謝罪の意を含んでいなければ、彼女も納得しないだろう。
 インテリジェントデバイス――プログラムにも、心がある。人工知能という、心を。つまり、それを手放すということは暗に、心そのものを手放したことと同意。
 相手が物だから。そんな理由は通用しないだろう。彼らはお互いに、パートナーなのだから。

『貴方はそれでいいかもしれませんが、私は』
「……うん。ごめん。君を手放したことは謝るよ」
『…………』

 アストライアは黙りこんでしまう。
 話すだけ無駄だとわかったのだろう。あるいは、謝っているからよしとしたのか。
 彼女は彼女で、と同様にさっぱりとした性格をしていることはすでにわかっていたから、何も言わない彼女に対して言葉をつむぐことはない。
 ただ、一言だけ。

「今回も、君がいたから生き残れた……ありがとう」
『……べっ、別にわかってくれたのなら……いいです』

 その一言に、アストライアは口ごもりながらも引き下がっていた。

「さ、帰ろうか。時間も遅くなっちゃってるし……クロノくんとエイミィになにを言われるやら」

 ポケットに入れていたはやてに書いてもらった紙を取り出してみる。
 両手に持ち、その様子をまざまざと見る。
 …………現状から察するに。

「み、見れん……」

 先ほどの戦闘で、紙は見るも無残な状態になっていた。バリアジャケットを着込んでいたというのに。
 紙の周りはびりびりに破れかけ、シャープペンで書かれていた中身は摩擦なんかで消えかけてもはや読めない。
 というか、紙のど真ん中に大きな穴。
 もはや見れたモンじゃない。
 紙を持っていた両手が震える。

「アストライア。そのぉ……」
『ダメです。その2本の足でちゃんと歩いて帰ってください♪』

 …………


 あふん。





 結局。

 迷い迷った挙句、たどり着いたのはなのはの家で経営している喫茶店兼洋菓子店である翠屋だった。
 閉店直前に迷い込み「久しぶりね!」なんて大歓迎を受けつつ、シュークリームをご馳走してくれたのだが。

「なのはちゃん」
「ん? なあに?」
「向こうの家までの地図、書いてもらっていい?」
「あはは、迷っちゃったんだね……うん。ちょっと待っててね」

 そんなやり取りをしつつ、帰宅したのはすでに夜も深まった時刻だった。





 ちなみに。

 帰宅直後のはというと……

「あ゛ぁ〜、づかれたぉ〜」
「おかえり、遅かったね……って、どうしたの!?」

 玄関に入ったとたん、にその場に倒れつつ、出迎えたフェイトに驚かれていたり。







『こんばんは、エイミィ先輩』

 エイミィは1人、司令室となる暗い部屋でせっせと作業をしていた。
 目下はこの部屋が完全に機能できるように、そして使いやすくすること。
 一面に取り付けたコンソールからのコール。ディスプレイに浮かんだのは、本局メンテナンススタッフのマリーだった。
 彼女は破損したレイジングハートとバルディッシュの修復を頼まれていて、今回の通信もそれに関することだろう、とタカをくくっていたのだが。

『先輩から預かっているインテリジェントデバイス2機なんですけど……なんか変なんです』

 コンソールには、困り果てた表情のマリー。
 ショートボブに切りそろえた緑に髪に大きなメガネがトレードマークの彼女だが、その奥に浮かぶ瞳には困惑。

「変って、どういうこと?」
『部品交換と修理は終わったんですけど……エラーコードが消えなくて』
「エラーって、何系の?」
『必要な部品が足りないって。今、データの一覧を送りますね』

 そう口にして、マリーは目の前に浮かんだコンソールに指先を触れた。
 同時に送信される部品のリスト。
 それはあっという間にエイミィの元へと届き、マリーの元にあるもののとまったく同じリストが浮かんだ。
 流れるように文字が消えていく。アルファベット、数字記号の羅列。

「……え? 足りない部品て、これ?」

 その中にあった、たった一つの部品。それを見て、目を丸めた。

『ええ。これって、何かの間違いですよね?』


 ――エラーコードE203 必要な部品が不足しています。
 ――エラー解決のための部品、"CVK-792"を含むシステムを組み込んで下さい。


 これが、流れていくメッセージの概要だ。
 CVK-792という部品の含まれたシステムを、それぞれに組み込めと。
 レイジングハートとバルディッシュは頑なにその姿勢を崩そうとしていないのだ。

『2機とも、このメッセージのままコマンドをぜんぜん受け付けないんです』

 マリーの声を耳に入れながら、エイミィは動揺した。
 本気なのか、と。

 "CVK-792"という部品を含んだシステム。
 それは。

「ベルカ式……カートリッジシステム」

 2機を、2人を打ち負かした彼女たちの用いていたシステム、そのものだった。




またしても、最後の方でグダグダになってしまいました。
なんか、フェイトが久しぶりにしゃべったような気がしないでもないですが。
ともあれ、次回でメインの2人にカートリッジシステムが搭載されると思います。


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