焦っていた。 突然襲い掛かられて、有無を言わさず攻撃されて、時の止まったビルの中でその痛みに耐えていた。 年端もいかぬ、自身と同じ年の頃の少女。 朱の長い髪を左右でまとめて三つ編み、ハンマーとよく似たデバイスを振るい、その小さな身体とは裏腹に激しい戦いをする少女。 展開していた魔法陣が、3ヶ月ほど前にホームステイに来ていた少年と同じものだということを理解することに時間は要らず、同時に彼女が友達である金髪の少女と同じ戦い方をすることがわかった。 自身が苦手とする接近戦主体の戦闘スタイルに、魔法そのものの威力を飛躍的に高めた『なにか』。 それが何であるか、何が目的で自分に襲い掛かってきたのかすらもわからないまま、咄嗟に展開した防御魔法は破られ、愛機レイジングハートは無残な姿に。 そして私――高町なのはは、杖を持つことすら危ういほどに。 (こんなので、終わり? ……いやだ) 疲弊していた。 「…………」 無言で、少女はその手のハンマーを振り上げる。 ……目が霞む。動悸が激しい。とっても痛い。 誰か。 誰か……。 誰か……! (ユーノくん、クロノくん……フェイトちゃん……!) 助けて、という声すら出せず、代わりにその目をぎゅっと閉じる。 これから自分はどうなってしまうのだろう、などと考える暇もなく。 「……っ、仲間か」 その耳に金属音が届いて、閉じていた目をゆっくりと開いていた。 振り下ろされようとしていたハンマーは。 「…………友達だ」 流れる金髪を靡かせる少女のデバイスによって、受け止められていた。 「ごめん、なのは。遅くなった」 「ユーノ、くん……?」 なのはの肩に手を置いて、ユーノは安心させるように笑いかけたのだった。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #17 「くぁぁぁ〜〜〜〜……ふぅ」 のっけから大あくびをかますこの男は我らが主人公、である。 いつまで経っても慣れるわけがない。彼はつい数時間前まで、時空管理局本局の裁判に出席していたのだ。 内容はもちろん、数回行ったフェイトの最終裁判。 厳正な、そして平等な場。のらりくら〜りまったり大好きな彼は、そんな場所になど1マイクロ秒たりともいたくなどないわけで。 「いやぁ、よく寝たよく寝た♪」 今の今まで、仮眠室にて惰眠を貪っていたのだ。 実は彼、本局の仮眠室での惰眠の常習犯。局内の仕事で疲れたときはもっぱらここで寝ていたりする。 大きく両手を上げて伸びをする。 同時に、 「ん……あれ?」 自分の周囲の人々が、妙にせかせかと動き回っていることを認めていた。 表情は険しく、人によっては怒鳴り声すら上げていたりしている。 そんな光景に首を傾げ、頭上にハテナマークを浮かべてみる。 その中に知った顔を見つけて、声をかけようと手を上げたのだが。 「おい、お前こんなところで何やってんだ!?」 向こうから自分の前へとやってきては、弾丸のごとく怒鳴り飛ばしていた。 クライン・ウェルト。武装隊の隊長さんで、年の差こそあれとは親しい間柄。 真面目な彼は父親気取りで接してくるのだが、は彼を別にそんなふうに思っておらず、彼の一言を体よく回避しては空回りするという、意外に苦労人な人である。 そんな彼が、まるで子供を叱りつけているかのように声を荒げている。 いつもは「だっはっはっは!」なんて笑うほどに気さくな性格なだけに、その表情に真剣みを帯びていることが伺えた。 「お前、さっき出頭命令出てたろ! 行かなきゃダメじゃねえか!」 「……まじですか?」 「冗談でんなこと言うかよ。ほら、早く行かねえか!」 「うあぁっ、わかった。わかったから!」 ……というわけでレティ提督のもとへ出頭すると、烈火のごとく怒っていた彼女にヒきつつ、言われたとおりに転送ポートへ。 なんでもなのはの様子がおかしいとのことで、それを非常に心配したフェイトがリンディとクロノに頼み込み、整備直前のアースラで出動していったらしい。 本来なら色々と手続きがあるのだが、連絡にまったく応じない上に局で調べたら広域結界が張られていた。 その事実にリンディもクロノも、そして局の上層部も事の重要性を理解した上で、いろんな手続きをすっ飛ばして出動の許可を出したのだ。 たまたま任務にも行っていなかったもその出動メンバーに加えられていたのだが、暢気に惰眠を貪っていた。ようするに置いてけぼりにされたわけである。 「まったく。重要な連絡だったんだから、ちゃんと聞いてないとダメだよ?」 「むぐ……面目ない」 今回ばかりはさすがに弁解のしようもなく、素直に頭を下げる。 転送ポートからアースラへ直接転送させようと、アマネが必死になって作業をしているのだ。 浮かんだコンソールへと手を伸ばし、転送先を設定する。 ただでさえ慌しい上にアースラの転送ポートは大半が調整前だったこともあり、アースラ側のシステムの全部がダウン。その復旧に少しばかり手間取っていた。 アースラに連絡して、現地スタッフと協力してダイレクトに転送ルートをリンク。 今までにない方法で設定したため、手間がかかっていた。 「よし……よし。転送……こい、こい……よっし来た!」 アマネにとって、そして他のスタッフにとってもはじめての試み。 手探りの状態でいくつもあるルートを絞り、施設の能力をフルに使って、ようやく。 「くん、準備できたよ!」 「ありがとうアマネ。迷惑かけてごめん!」 今回ばかりは、さすがに面倒などとはいえないだろう。 自分の落ち度で周囲に迷惑をかけていたのだから。 返事を待たずに広がった転送陣へ飛び込む。次の瞬間には、アースラの内壁が視界に広がっていた。 自分のために大変な作業をしてくれたアースラのクルーに礼を言いながら、ブリッジへ向かう。 歩く足が自然と駆け足になっていた。 足音が響き、ブリッジへの扉が目の前に現れる。 中へ飛び込むと。 「アレックス、結界抜き、まだできない?」 『解析完了まで、あと少し!』 ブリッジオペレータであるアレックスと言葉を交し、宙に浮かんでいた映像を眺めて、表情に険しさを宿していた。 無数に浮かんでは消える文字の羅列。 テレビなどでよくある砂嵐のような映像が複数。 2人は目の前に浮かぶ文字の羅列を視界の中心に納めていた。 「術式が違う……ミッドチルダ式の結界じゃないな」 「そうなんだよ。どこの魔法だろ……これ?」 と、2人が呟いた時だった。 「ごめんなさい! 迷惑かけましたっ!!」 汗を額に浮かばせて息を切らしたがブリッジに飛び込んできていた。 ブリッジメンバーの全員の視線がへ向かい、きょろきょろと周囲を見回しては。 「うああすいませんすいません! 寝てました!」 弁解することなく事の真実を告げていた。 そんな彼にため息を吐いて、やれやれと言わんばかりに額を押さえるクロノ。 無駄に正直な彼に怒る気が失せていたのだ。 リンディにしっかり一礼して2人の元へ。その途中で浮かんでいた文字に目をやると。 「……へぇ、珍しいね。ベルカの術式だ」 そんな一言をのたまっていた。 聞こえた言葉に耳を疑った一同。特にの目の前にいる2人はそれが顕著だった。 なにせ、つい今しがたまで目の前の結界魔法についてを話していたところだったからだ。 「くん。それ、ホント?」 「……あのねエイミィ。俺は一応、こう見えてもベルカ式のデバイス使ってたんだよ? ……最近はそのあたり微妙だけどさ」 知ってて当然じゃないか、とは言葉をもらす。 衰退していたこともあって今の管理局ではミッドチルダ式の魔法がほとんどであるため、2人ともベルカ式の魔法は専門外だったのだ。 そこへ以前、ベルカ式のアームドデバイスを使っていたの登場。 わからないわけがない。 「艦長。俺、加勢してきます。結界も破壊してくるから、中の連中の特定を」 「わかったわ。中継転送ポート、開いて!」 リンディはその言葉にうなずき、転送準備を通達。 管理局でも数少ないベルカ式魔法の使い手がこの場にいる。それだけでも、運が良いと言えた。 相手が同じベルカの魔導師なら、その中身のほとんどを熟知しているはずだから、と。 ● が降り立ったのは、結界の外に位置しているビルの屋上だった。 結界の解析を終えていないアースラでは、内側への転送が不可能だったからだ。 魔力のない一般人には気付かれもしない広域結界。外から中へ入るなら、結界を壊すしかない。 だからこそ、はウェイトフォームであるキーホルダー状態のアストライアを腰のベルト穴から取り外した。 「アストライア。フルドライブ……いくよ」 『了解。サンライトフォームへ移行します』 カートリッジが1発分、吐き出される。 熱を帯びた薬莢は白い糸のような煙を上げて、地面に転がった。 同時に、アストライアが緑の光に包まれる。今回はカートリッジのストックがあるため、充分に力を込められる。 先が左右に展開し、ガラスが粉々に割れるかのように光が剥がれると、そこには。 『サンライトフォームへの移行完了』 白銀に輝く切っ先を持った大槍を模ったアストライアの姿があった。 先端の刃部分が緑の光を放ち、魔力刃を作り上げている。 『……マスター、指示を』 そんな一言が、にはひどく頼もしく感じられた。 「結界壊して、みんなの援護するよ」 フェイトとの試験後。 はアストライアに秘められた『複数魔法の同時発動』という能力について、少しずつ研究を重ねていた。 まず、事の経緯をメンテナンススタッフのゼストに報告したところ、原因はクサナギから継承された魔法にあることがわかった。 発動できるのは2種類。新たに加わったミッドチルダの魔法を最初に発動することと、カートリッジ2発のロードを条件に、ミッドチルダ式とベルカ式の魔法を同時に発動する。 発動する魔法の組み合わせが自由な分、威力によってはさらにカートリッジを消費するという高燃費ぶりだが、こと戦闘においては相手にとって厄介なことこの上ない。 1回の発動でマガジン1個分をまとめて、なんてことは結構ざらだった。 そんな能力に対して、ゼストはD.D.S.――『デュアルドライヴシステム』という名前をつけた。 ベルカの魔法とミッドチルダの魔法。 その両方をある程度理解していないと使いこなすことのできないシステム。 大半がミッドチルダ式の魔導師である管理局の局員たちにとって、このデバイスはあまりに受け入れがたいものだった。 確かに、両方の魔法が使えるのは魅力的ではある。しかしその分、さらに予備知識が必要になる上にデバイスとの連携や高速思考が必要になってくる。さらに極めつけには、カートリッジシステムの扱いに難しさがあった。 局員たちはその多すぎるデメリットを嫌がり、結局デュアルデバイスを使っているのはいまだに1人だけ。 彼がこれほど簡単に2種の魔法を使いこなせた理由として挙げられたのが、以前彼が使っていたベルカの魔法が、元々ミッドチルダのそれに近かったから、というのがあった。 本来、なにかしらの道具に魔力を付与して即席の弾丸とするベルカ式の射撃魔法だが、彼の場合は基礎知識がなかったこともあり強引に魔力球を作っていた。さらには存在するはずのない砲撃魔法なんかもやっちゃっていたから、その特殊性もなんらかの関係がある……らしい。 閑話休題。 「カートリッジロード」 『了解。カートリッジをロードします』 吐き出される2発の弾丸。 同時に目の前に掲げた手の平から、1つの球が浮かび上がった。 文字や図形で構成されたそれは、デュアルドライブシステム特有の魔法陣。 『球形魔法陣』と名づけられたそれは、2種の魔法を組み込むために必要な情報を格納する情報領域が必要だったのだ。 だからこそ、円形でも頂点に円を持つ正三角形でもない、球型の魔法陣が作られたのだと……ゼストが予測していた。 中に3発分残っているにもかかわらずマガジンを取替える。 自分の任務は中にいる仲間の援護。しかし援護するなら、目の前の結界を撃ち抜かねばいけない。 だからこそ、カートリッジを4発使用する最大の砲撃魔法で撃ち抜くのだ。 『バレルショット』 発生するは竜巻。 一直線に結界にぶつかり、轟音と共にその強度を削り取る。チャージタイムも滞りなく進み、渦巻く魔力球が完成していた。 「エンドレス・スレイヤー!」 『Endless slayer!』 渦を巻きながら一直線に結界にぶつかる砲撃魔法。 一般人が頭上を見上げればぶったまげるような光景だが、自身の周囲にも結界を張ってもらったため問題なし。 空を切り裂きながら進む緑の光は、先のバレルショットで削られていた部分へ寸分の狂いもなく突き刺さる。 同時に、桜色の光が内側から天へ向かって伸びていくのが見て取れた。 必要なかったかな、などと思いながらも、とりあえず自身の周囲へ魔力球を作っておく。 霧散していく中を突き抜けて出てきたは、紫と赤、緑、白の4つの光。 その内の1つ、紫の光に見覚えがあり、目で追いかけてみると。 「おやおや」 「……っ」 目が合う。 その正体は以前戦った燃えるような赤い髪の、シグナムという女性だった。 ● 「あぁっ、逃げるっ! ロック急いで!」 『やってます!!』 結界が破れたことでようやく解析を終え、転送の足跡を導き出すために、エイミィは必死にコンソールを叩いていた。 しかし、対象の速度は速く、さらにそれが4つ。1人2人ではとても追い切れない。 結局取り逃がし、悔しさからかコンソールを思い切りひっ叩いた。 その際に展開されたいくつもの映像の1つを見、クロノは目を丸めていた。 緑の服の女性の手に抱えられた、茶色いカバーの本。 「第一級捜索指定遺失物――ロストロギア……闇の書」 「クロノくん……知ってるの?」 「ああ、知ってる」 一冊の本を見て、過去を思い返して。 「少しばかり、嫌な因縁があるんだ」 篭手に包まれた彼の拳は、強く強く握られていた。 |
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