がフェイトの資格試験に立ち会ってから3ヶ月。 プレシア・テスタロッサ事件――通称PT事件終息から半年ほどが経過した。 彼がフェイトの試験前に就いていた任務から得た情報から、捜索担当班が躍起になって彼女たちの足取りを追いかけている。 今現在でわかっていることは、一連の事件が第一級捜索指定遺失物――ロストロギアが絡んだ事件であるということと、PT事件での功労者であるなのはの世界を中心に起こっているということ。 全力で捜査しているものの中々尻尾を見せないと、は知り合いに聞いていた。 もちろん、知り合いは年上。と同年代の人間なんてそうはいない。 その開けっぴろげな性格が幸いしてか、年の離れた大人の間にも顔が広かったりするのだ。 「死ぬ思いしたのに、半年も手がかりほとんどナシって……そりゃないでしょ」 「仕方ないの。こっちだって必死になってやってるの。ってか、あたしに文句言われてもねぇ」 捜索担当班の一員であるエリカ・ルーベルトが困ったように笑った。 青いショートボブの髪に同色のくりくりとした瞳にそばかすが印象的な女性。 よく気のつく性格で友人の多い彼女だが、仕事には貪欲。 前向きな姿勢が好印象な、まだ女性というよりも少女な雰囲気の新人局員である。 「そんなコトより、はどうなのよ最近?」 「最近? まぁ、俺は非常勤の立場だからね。そこそこに出ては行ってるよ」 非常勤でも、戦闘力だけなら折り紙つきの彼だ。 単独任務でなくても戦闘に駆り出される事がないわけではなかった。 1人暮らしのできるほどの給料も貰っているのだ。拒否するわけにもいかず、武装隊の集団訓練なんかにも参加させられたりもした。 たくさんの武装隊員たちを相手に、その力を余すことなく披露していた。 非常に迷惑な話である……こっちは楽がしたいというのに。 「一応、俺も例の事件の被害者だからさ。ことの次第を知りたいワケデスヨ?」 「あはは。それに関してはもうちょっと待って、ってあたしは言わないといけないんだけど……」 「わかってる。情報が入ってくればイヤでも耳に入ってくるだろうから、それまで待ってることにするよ」 「そーしてくれると助かるよ…………あ、そろそろ休憩終わりだ。じゃね、♪」 「うん。付き合ってくれてサンキュー、エリカ」 エリカはコーヒーを飲み干した紙コップをゴミ箱に放ると、へ向けてウインク。 溢れんばかりの笑顔を残して去っていった。 この先特にやることもなし、というかむしろ動けば何を言われるかわかったものじゃない。 だからこそ、その場を動かず目の前の自販機にコインを入れた。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #16 「なのはー、郵便が来てるぞー」 「え、ほんと? ありがとう、お兄ちゃん」 「差出人は……フェイト・テスタロッサ」 かけられた声に振り返ったなのはは、大き目の茶封筒を手に持った恭也へ歩み寄った。恭也は書かれた差出人の名前を読み上げ、手渡す。 海外郵便。人やら船やらいろんな絵が描かれた切手が数枚貼られた茶封筒は、半年ほどまえにようやく局内である程度の自由を獲得できた、友達の少女からだった。 嘱託魔導師としての資格を得たことで行動制限が緩和したおかげだったりする。 「その文通も、もう半年になるよな」 「フェイトちゃん、今度遊びに来てくれるのよね?」 もー、うんと歓迎しちゃう♪ 木製のサラダボウルを両手に、桃子は楽しげに笑って見せた。 大き目の封筒の中身は開けるまでもなくわかってる。 近況を知らせるビデオメールだ。アリサとすずかにも紹介したくて、一緒に見ることが最近のなのはの楽しみでもあった。 ……もちろん、魔法の練習も楽しくて仕方ないのだけど。 「ユーノも本当の飼い主が見つかっちゃって、めっきり寂しいしね」 「お前は特にかわいがってたからなぁ」 美由希が残念そうに肩を落とす。 ユーノ・スクライア。言うまでもなくフェレットモードの彼だが、高町家に居候をしていた間は美由希が特に彼をかまって癒されていた。 今はフェイトの裁判の証人として本局へ移動している。 11月の半ばに巡航任務中のアースラに便乗していた。 (フェイトちゃん、ユーノくん。クロノくんにリンディさん、エイミィさん……みんな元気かなぁ) 今も休まず任務に就いているアースラのみんなへ思いを馳せた。 ● 「失礼します。艦長、お茶のおかわりはいかがですか?」 「ありがとうエイミィ。いただくわ」 なのはがビデオメールを受け取った時間と同時刻。 時空管理局の艦船『アースラ』のブリッジで、艦長のリンディは自身の任務の終了を目の前に控えて胸を撫で下ろしていた。 気ままな巡航任務だったが、何事もなく平和に終わってよかったと思う。 すでに本局は目の前。ドッキング作業も滞りなく終わり、あとはそこまでの道のりを楽しむだけ。 「本局にドッキングして、アースラも私たちも、ようやく一休みね」 大きく『湯』と書かれた湯飲みに注がれた緑茶に、リンディはいつものように慣れた手つきで角砂糖2つとミルクを投入、かき混ぜた。 苦いのが苦手なのか、白くにごった緑茶を口に含んでさもおいしいといわんばかりにのどを通す。 身体中が温まるのを感じながら、小さく息を吐いた。 「子供たちはどうしてるかしら?」 「今は、3人で休憩中のはずですよ。クロノ執務官とフェイトちゃん、さっきまで戦闘訓練してましたから。ユーノくんもそれに付き合ってましたから」 そんなエイミィの返答に、マイペースねぇ、と一言。 フェイトの最後の裁判も目の前に迫っているというのに、いつもと変わらない生活スタイルに対しての一言だった。 『勝利確定』の裁判だからこそ、といったところだ。 事実上は判決無罪。裁判という名前の、ただの事情聴取だった。 「じゃあ、最終確認だ」 アースラ内の食堂。 目の前に置かれたコンソールを前にして、クロノとフェイト、アルフ、ユーノの3人が向かい合って座っていた。 何回か行われた裁判もあと1回。 勝利確定の裁判でも、受け答えをしっかりしなければ別の形で疑惑が浮かぶかもしれない。 プレシアによって創られ、使われ、棄てられた。ある意味では彼女も被害者と言っても過言ではなかった先の事件。 執務官であるクロノの口ぞえもあったからこそ、勝利確定と断言できた。 「被告席のフェイトは裁判長の問いに、その内容どおりに答えること。今回はアルフにも被告席に入ってもらうから」 「うん」 「わかった」 裁判を受けるのはフェイトだ。 しかしアルフは彼女の使い魔。最後の裁判だからこそ、2人の経験を通した事実確認と今後の意志確認。 しっかり受け答えできれば、間違いなく『数年間の保護観察』という形での決着を見ることができるだろう。 それから、とクロノはユーノへと視線を向ける。 「僕とそこのフェレットもどきは証人席。質問の回答はそこにあるとおりだ」 「うん、わかった…………ん?」 ユーノは返事をしてから、かるく首をかしげていた。 クロノの言動を思い出して、 「って、オイ!」 「ん、なんだ?」 「誰がフェレットもどきだ、誰が!?」 「誰って、君のことだが」 フェレット=ユーノ・スクライア。 そんな等式が成り立って、ユーノは事実なだけに言葉を失った。 フェレットモードな彼は一応、仮の姿なのだが、本体は今の人間形態なのだ。 それを思い出し、反論しないわけもない。 「そりゃ動物形態であることも多いけど、僕にはユーノ・スクライアっていう立派な名前が……」 「ユーノ、まぁまぁ」 「クロノ。あんまり意地悪言っちゃダメだよ」 フェイトの一言に、軽いジョークだとクロノは返すが、もちろんユーノの気は治まらない。 そんな彼を抑えたのは、彼の肩をぽんぽんと叩いたアルフだった。 「一応、にも証人席に入ってもらうように頼んである。これだけ揃えば、100パーセント無罪になるだろうけど、とにかく受け答えはしっかり頭に入れて置くように」 そんな一言を最後に、クロノは席を立ったのだった。 『お疲れ様、リンディ提督。予定は順調?』 「ええレティ。そっちは問題なぁい?」 『ええ……ドッキング受け入れと、アースラ整備の準備はね』 ブリッジを訪れたクロノは、リンディと話すレティの思わせぶりな一言に足を止めていた。 『こっちの方では、あんまり嬉しくない事態が起こってるのよ』 「え……?」 3ヶ月ほど前から発見が増えてるその痕跡。 痕跡というのは言わずもがな、派遣された局員たちが魔力を限界ギリギリまで失って運び込まれるという事件のことだ。 が高町家にホームステイに行った目的も、それの調査だったわけだが、結局彼もその餌食になっていた。 激しい戦闘の末にリンカーコアごと魔力を奪われ、小さくなる前に力づくで対処したからよかったものの、もたらされた手がかりは余りに少なかった。 『シグナム』『ヴォルケンリッター』。そして、アームドデバイス『レヴァンティン』。 今は少ないベルカ式のデバイスを使っていた赤の髪の女性の強さは、武装局員の隊長クラスであるAランクをゆうに超えているという。 彼の経験から察するに、AAAの領域にいるほどの実力の持ち主だとか。 それが本当であれば……それは管理局にとっては脅威にしかなりえない。 「嬉しくない事態……って?」 『ロストロギア……第一級捜索指定がかかってる超危険物』 つい半年前に、ジュエルシードの事件が解決したというのに。 あれほどの規模の事件が、近い未来に起きる。彼女の発言はそれを危惧し、現在は調査員を派遣し報告を待っている状態だった。 『この間のくんの任務もそれに関するものだったのだけど、「死にかけた」とか「特別手当よこせ」とかって言うのよ』 「まあ!」 口元に手を当てて、リンディは驚きの声を上げた。 戦闘だけならAAA+のクロノと同等かそれ以上、という実力の持ち主である彼が、それほどまでに苦戦した相手。 それだけでもその危険性の高さを示しているようなものだった。 ● 時は夕刻。 夕日で赤く染まった空は、夜の到来を告げようとしていた。 風芽丘図書館の前で止まったリムジンから降りたのは、紫色のロングヘアが目立つ少女だった。 私立聖祥大学付属小学校――なのはと同じ学校の制服に身を包んだ彼女の名は、月村すずか。学校帰りに本を借りようと立ち寄っていた。 静かで、穏やかな空気の漂う館内。本の背をつつつ、と指でなぞり探していた彼女は、頭上へと伸びる1本の手を追いかけていた。 その先にある本を取ろうと懸命に伸ばされた手は、セーターを着込んだ少女のものだった。 同時に目に入ってくるのは車椅子。足が不自由なのだろう。伸ばした手は一向に目的の本に届かない。 「……あ」 「これ、ですか?」 前々から気になっていて、どうしても放って置けなくて。 「はい。ありがとうございます」 本を手にとって、渡す。 その少女の名前は八神はやて。後に一連の事件の鍵であり、なのはやフェイトとも関わりを持つことになる、車椅子の少女だった。 互いに自己紹介し、図書館ならではの本についての談義なんかをして、意気投合。 金髪の女性の元へ、送り届けていた。 「ありがとう、すずかちゃん。ここでええよ……お話してくれて、ありがとうな」 「うん……それじゃあ、またね」 金髪の女性に車椅子を押してもらい、図書館の外へ。 12月に入り、寒い日が続いている。はやてが風邪を引かないようにと気遣う姿は、さながら彼女の姉……ひいては家族のようだった。 実際、彼女たちは家族なのだ。ひょんなことからとある『書』から現れた5人の男女。 目の前の少女を『主』とし、付き従う。それが5人の本来の立場なのだが、はやてはそれを拒んだ。 物心ついた頃に両親を亡くし、たった1人の生活が長かったからか、唐突に現れた姉や妹たちと、さらには憧れだった犬とまで暮らしを共にできることを、とても嬉しく幸せに思っていた。 ……姉や妹、というよりは、彼女の子供たち、と言ってもいいのかもしれないが。 そんな彼女たちといつまでも平穏に暮らしたい。それこそが今の彼女の、ささやかな願いだった。 金髪の女性は現れた5人のうちの1人で、シャマルという。 家事手伝いやはやての身辺警護、その他サポートを主としている、金髪のショートボブの似合うほんわか美人である。 生真面目ながら優しい性格の彼女は、はやてを守る守護騎士『ヴォルケンリッター』の一員で、参謀という立場にあった。 もっとも、気弱なため策を巡らせるというよりは仲間の騎士たちのサポートが主だった役割なのだが。 ちなみに、との戦闘で彼の魔力を吸い上げていたのも彼女である。 西日に照らされる駐車場では、赤く長い髪をポニーテールにまとめた女性が佇んでいた。 その姿にはやては笑みを浮かべる。彼女もシャマ同様、唐突に現れた『姉』の1人である。 守護騎士『ヴォルケンリッター』の将で、凛々しいいでたちの女性。 「シグナム!」 「……はい」 シグナムという名の女性は、はやての笑顔に頬を緩めた。 すでに夕刻。人々が食事を摂る時間も近くなっているからこそ、本日の献立について話を振っていた。 そんなわけでこれからの目的地は自宅近くのスーパー。今までずっと自炊が主だったからこそ、外食という選択肢がないことがなんとも彼女らしい。 それもひとえに、彼女の家族のためなのだ。家族の喜ぶ顔が見たくて、「おいしい」って言って欲しくて、腕を振るう。 彼女の楽しみ、と言えるだろう。 「そういえば、ヴィータは今日もどこかお出かけ?」 そんな問いに、2人は困ったように返事を返す。 彼女たちは今、はやてに対して少しばかり隠し事をしていた。 現在、自身の母体とも言える『闇の書』によってはやてのリンカーコアが侵食されている。 足が不自由なのも、そのためだった。だから、『魔力の蒐集はしない』という彼女との約束を破ってまで今、彼女の足を治すために魔力を蒐集、闇の書の完成を目指して行動していた。 そんな自分たちの行動をはやてに感付かれないようにと、彼女たちは苦笑して返したのだ。 『闇の書』とは、生まれた時からはやてが持っていた本の名前で、ずっと開くことができなかった書が6月4日――彼女の誕生日に突然、開かれた。 開かれた直後、666ある全ての頁は空白で、魔導師や巨大生物のリンカーコアを蒐集することでその大きさに比例した頁が埋まっていく仕組みである。 本の姿でありながら術者と『融合』し、魔力の管制・補助を行う融合型デバイスである『闇の書』。 その頁がすべて埋まった時、書の意思と主が融合することで蓄えられた膨大な魔力を行使できるのだ。 過去に、この書が元で暴走事故が起きたことが何度もある。そのたびに転生し、新たな寄代を得る。完全破壊は不可能とまで言われた、第一級捜索指定遺失物である。 今回の主であるはやてがそんな書の完成を望まないからこそ、少し間を空けて答えを返した。 「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついていますので余り心配はいらないですよ」 「そっか……」 そんな辺り触りのない答えでも、はやてはヴィータという少女を心配している。 声が、それを如実に示していた。 根っから彼女は優しいのだ。そして、大事な家族を心配するのは彼女にとっては普通のこと。 「でも……少し距離が離れても、私たちはずっとあなたのそばにいますよ」 「はい。我らはいつでも、あなたのそばに」 そんな2人の言葉が、長く1人だったはやてにはとても嬉しかった。 「……ありがとう」 ● 時はさらに流れ、午後7時45分。 海鳴市の上空に2つの影が浮かんでいた。 街の人間は、上空に人がいるなどとは信じない。信じるわけもない。 赤いゴシックドレスに身を包んだ少女と、蒼い体毛を持つ四足の獣。 名をヴィータとザフィーラという。 はやての家族の一員で、現在は闇の書の完成を目指して探索を行っていた。 「どうだ、ヴィータ? 見つかりそうか?」 「いるような、いないような……」 最近からときどき感じ取れていた大きな魔力反応。彼女たちはその持ち主を探しているのだ。 「前にシグナムがやったっていうヤツで13頁……今度のヤツが捕まれば、一気に20頁くらいいけそうなんだけどな」 反応が曖昧なものを探す。それは雲を掴むような話だ。手分けした方が、効率がいい。 ザフィーラはそれを考えてヴィータに背を向けた。 以前のように管理局の連中、ということも有り得る。それに、シグナムと戦ったという魔導師だっているかもしれない。 守りは手薄になるが、少し強い相手が出てきたところで負けない自信があった。 「手分けして探そう。闇の書は預ける」 「OK、ザフィーラ。アンタもしっかり探してよ」 「……心得ている」 そんな言葉を最後に、ザフィーラはまるで掻き消えるかのように姿をくらました。 それを見届けて、肩にかけていた己のデバイスを前方へと振りかざす。同時に、足元には赤い魔法陣が展開した。 頂点に円を持つ三角形の魔法陣。ベルカ式の魔法に見られる魔法陣である。 彼女はこれから、本格的に目標の探索に入ろうとしているのだ。 「封時結界……展開」 |
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