「うわらばぁっ!!」

 のっけから奇声を上げつつ、は飛び起きていた。
 かけられた布団を吹っ飛ばして、眠気の残るまぶたをぱっちりと見開いて。
 そこは、あてがわれた自分の部屋だった。
 青いカーテンの隙間からは朝日が差し込み、窓越しにかすかに聞こえる鳥の声。
 そんな平和的な……まさに彼の望んだ世界が、所狭しと展開されていた。
 ラブアンドピース最高。
 ……と、彼にとってはとても任務中とは思えないような幸せな瞬間だったのだが。

「あら、目を覚ましたのね?」
「……へ?」

 扉を開けて入ってきたのは、なのはの母桃子だった。
 手には水がなみなみと注がれたコップが乗せられたおぼんを持っている。
 自分のことを、ずっと見ていてくれたのだろうか?
 そんな自惚れた考えすら浮かんでくる。
 彼女はにっこりと笑って、ゆっくりと手のおぼんを枕の脇に置いた。

「なのはが、あなたを見つけてくれたのよ?」

 公園で、倒れていたんですって。

 そんな一言が、の記憶を呼び覚ましていた。
 昨日。新しいデバイス――アストライアと共に1人の女性と戦ったのだ。
 燃えるような赤い髪をなびかせて、切れ長の瞳がどこか印象的な。
 炎を纏った桜色の剣を携えた、1人の剣士。
 簡単な任務とは到底思えないほどの激闘の末……

「あー……」

 彼は、自身の魔法の源『リンカーコア』を吸い取られたのだ。
 胸元から出てきた白い手を思い出して、

「うええ、思い出したら気持ち悪くなってきた」

 ついげんなりしてしまう。

「大丈夫?」
「え!? あ、おお、だ、大丈夫です」

 1人遠くの世界に旅立っていた彼を心配してか、桃子は心底安心したかのようににっこりと笑って見せた。
 そんな彼女の笑顔を、数瞬見惚れる。
 しかし、我に返ったのはこの次の瞬間のことだったりする。
 少しばかり頬を赤く染めて。

「ところで、今何時です?」
「もうお昼よ。昨日の夜、恭也に運んで帰ってきてもらってからずっと寝っぱなし」

 そんな答えに、あちゃー、と顔に手を当ててみせる。
 彼にだって一応、責任感というものがないわけじゃない。実際、任務をこなさないと自分、生きていけない。1人暮らしだからなおさらだ。
 もっとも、任務的にはすでに終えているようなものだが。
 彼の任務はあくまで『調査』。
 派遣された武装局員の人たちのリンカーコアを、なくなる一歩手前まで奪い取っては消えていく、その原因の調査。
 その正体は、間違いなくあの女性だ。しかも、1人ではなくて。
 当面の敵はなのだとわかった。
 自分の魔力リンカーコアを犠牲にして。
 それさえわかれば、もはやこの世界、この家に用はない。
 でも。

「おなか空いてるでしょ? ご飯、持ってきてあげるから」

 自分がいるこの温かな空気に、もっと触れていたい。包まれていたい。
 ぬるま湯の中にいるかのような居心地の良いこの空間に、もっともっと浸かっていたい。
 そんなことを考えていた。

 ……柄にもなく。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #13



「ちっ……」

 まっすぐ立っていられない。
 むしろ、起き上がっているだけでも視点が定まらない。
 ふらふらだ。とてもじゃないが、どこかへ出かけられるほどの余力すらない。
 桃子さんは、自分が目を覚ましたことで仕事に出かけた。
 わざわざ、自分のために残ってくれていたのだそうだ。
 高町家の方々には感謝、感謝である……いや、ホントに。

Are you all right?だいじょうぶですか
「……っ、うん。大丈夫。さんきゅ、アストライア」

 キーホルダー状態のアストライアはズボンのポケットにあったため、がんばってふんばって持ってきた。
 話し相手がいない、という理由もあったし、レティ提督に報告も必要だ。
 何かあったら使ってくれ、と指示のあった通信用のデバイスをアストライアと一緒に持ってきた。
 魔法のおかげで、なんと念じるだけで魔方陣が展開して、相手の顔を見て話ができるというスグレモノだ。
 その小さな箱を少しばかり眺めると、興味をなくしたかのように布団の脇に置いた。
 ……正直言うと、夢みたいなこの生活を続けていたかったのだ。最後まで。

「あーあーあーあー」

 これじゃダメな人だちくしょう。
 ぶんぶんと首を振って、思いの外身体中に残っているこの生温い感情を吹き飛ばす。
 このままここにいたら、きっと俺はダメになる。
 そんな考えすら浮かんでは消えていく。

「ヤメだヤメヤメ。こんなん、俺らしくない」

 頬を軽く叩いて、自分に喝。
 とにかく、魔法の状況の確認だ。

「……んっ」

 右手を前に掲げて、手の平を天井に向けて、目を閉じる。
 デバイスのサポートなしだと、普通の人間ではさすがに簡単には使いこなせない。
 しかも、魔法の源リンカーコアを吸い取られたばかりだからなおさらだ。

「ぬぬぬ」

 手の平に光が浮かぶ。
 彼を象徴するエメラルドグリーンの、小さな光。
 その光は徐々に強まって、彼の顔を、部屋全体を照らし出す。

 むむむ……いつもよりきつい。

 リンカーコアを吸われた結果だろう。
 つい、眉間にしわがよってしまう。

「しつれいしま〜……す」
「んむ?」

 そんな時だった。
 扉を少し開けて、顔だけを覗かせている姿があった。
 なのはだった。
 学校から帰宅したばかりなのだろう。制服を着て、背中にカバンを背負ったまま、どこか心配そうにの顔を覗きこんでいた。
 同時に集中力が吹っ飛んで、部屋中を染めていた緑が忽然と消え去る。

「ごめんね、お邪魔だったかな?」
「いやいや。気にしなくていいよ」

 にか、と笑って見せると、なのはも笑って扉を開けた。
 その肩には見慣れたフェレットが、どこか真面目そうな表情での表情を伺っていることに気づいたり。
 帰宅したばかりのなのはの肩にいつ飛び乗ったのか、という問いはもちろん却下だ。

「単刀直入に聞くよ……昨日、何があったの?」

 やはり、というべきだろうか。
 なのはが布団の脇に腰を下ろすと彼女の肩から飛び降りて、ユーノはに尋ねていた。
 任務で、しかもたった1人で激しい戦闘なんかやっていたのだから、無理もない。
 なのはもユーノも簡単な調査任務と聞いていたからなおさら。
 特にユーノは、に頼まれて索敵なんかしていたのだから。

「ん〜、まぁ俺も俺で訴えてやらにゃならんとは思うんだがね?」
「うったえて?」
「そうそう。俺も簡単な任務で、新しいデバイスの試運転がてら、っていう話だったんだよ」

 しかし実際は、簡単などとは程遠かった。
 呼ばれて飛び出て現れたのは、接近戦主体のベルカの騎士。
 女性とはいえ、今まで戦ってきた中でも1,2を争う実力の持ち主じゃないかと彼自身思う。
 ヘタしたら、ランク的にはなのはやフェイトと同じかそれ以上。
 正直、慣れないデバイスで対等に戦えたのが不思議なくらいだ。
 ……思い出すだけでも腹立ってきそうだ。

「それで、くんの任務って結局なんだったの?」
「うん……」

 に与えられた任務は、武装局員が何人も手玉に取り魔法の源リンカーコアを吸い取っている原因を調査すること。
 実はそれは、昨夜の一件でほとんどが解決できたといえた。
 ヴォルケンリッター、シグナム。それから、レヴァンティン。
 これだけ報告しておけば、上層部で勝手に調べて勝手に処理してくれるだろう。

「……やっぱり、もう帰ってもいいのかもな」

 色々と面倒だし。

 そんなことを呟いてみたりして。

「でもでも、くんって一応、ホームステイってことでうちにきたんだったよね?」
「そうそう」
「それって、任務でここにいるんだよね?」
「そうそう」
「そもそもホームステイって、なんのために?」
「さぁ?」

 …………

 沈黙。
 思い返してみれば、なんかもーダメダメな感じだ。
 大体、ホームステイの目的すら当人であるは知らない。
 すべてを知るのは、に任務を与えて戸籍を捏造して有無を言わさずここへ来させたレティ提督のみ。
 ……アストライアを試運転するには、そぐわなさ過ぎる相手だったような気がしないでもないが。

「と、とにかく……あと5日間、ゆっくりすればいいんじゃない?」

 まぁ、それが妥当かなと。
 結局そこへ行き着くわけで。

「まぁ、ゆっくり静養させてもらうよ。アストライアのことも色々試したいし」

 リンカーコアの回復方法はよく知らないが、まぁゆっくり休めば治るということにしておく。
 治らなかったらそれはそれで、帰ったらまったり治してもらうことにしよう。
 どちらにしろ、レティ提督を説き伏せて治療代を出させる!

 と、いうことに決めておいて、今はじっくり素敵ライフを楽しませてもらうことにした。
 ……もっとも、魔力の垂れ流しは継続しておく。
 2,3日は満足には戦えないだろうけど、一応任務だし。

「じゃ、じゃあじゃあ! 今度、私の練習に付き合ってくれる?」
「ん、いいぞ〜。面倒だけど、昨日のお礼もまだだし」
「うんっ!」
「そのかわり、こっちの実験にも付き合ってもらわないと」
「うんうんうんっ!」

 なのはは本当に嬉しそうに笑っていた。
 なおればいいな、なおってほしいな。
 彼女はと練習できることが嬉しいのか、はたまた魔導師としての力を試したいのか。
 どちらにせよ、の任務という名の素敵ライフは、まだまだ続きます。





はい。
というわけで、次回で間章終わります。
残りの5日間を吹っ飛ばすのはなんだかなぁ、と思いますが、
このままではいつまでたってもA's編に入れないので。


←Back   Home   Next→
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送