クロノと、フェイトと、アルフ。
 3人はどこか厳かな雰囲気漂う部屋から出ると、大きく息を吐き出した。
 特に、堅苦しい雰囲気を嫌うアルフが。
 彼女たちはつい今しがたまで、裁判という名の事情聴取を受けていたのだ。
 対象は言うまでもなくフェイトとアルフの2人。クロノは執務官として、彼女たちの弁護に力を注いでいたわけなのだが。

「相変わらず、肩凝るねぇ」
「うん……ちょっと疲れちゃったね」

 軽く笑いあう2人を眺めながら、クロノはその手の書類を落ちないようにと軽く握り締めた。
 プレシア・テスタロッサ事件の資料と、フェイトとアルフのプロフィールや行動歴。その他諸々。
 彼女の身柄を解放するために必要な、大事な大事な資料群だった。
 そんな紙束の中から、クロノは『嘱託魔導師認定試験』という付箋紙の付けられた1枚の書類の所在を確認し、

「フェイト、アルフ。少し話がある。付き合ってくれないか?」
「え、うん……わかった」
「アタシはフェイトについてくよ」

 3人は肩を並べて、食堂へと向かうこととなった。

「そういえば、は元気?」

 道中、クロノに問うたのはフェイトだった。
 ヒマを見つけて彼の見舞いに行った彼はさておいて、フェイトもアルフもまだ局内を自由に出歩くことができない。
 出歩くことのできない彼女たちの分まで、クロノが見舞いに行ったというのに。

「あぁ。見舞いに行ったら、執務官殿が堂々とおサボリになられてるー、なんてのたまってな」
「ははは……」

 もちろん、制裁は下してやったさ。

 そう口にしたクロノの顔はなんだかものっすごく黒かった。
 ちなみに、彼が最後にを訪れたのは一週間ほど前。ケガもほとんど完治して退院も間近、という時期だった。

「聞いたところによれば、ケガが治ってすぐに任務に就いたらしい」

 自分の目の前で、レティ提督が嬉々とした表情で戸籍をでっち上げていて、しかも自身の母親まで一緒になってなにかの作業をしていたものだから、横から口を挟んでも無駄かな、と彼は思ったわけで。
 そんな彼の思考のおかげで、がどれほど驚かされたかは、のみぞ知る、というヤツだった。

「なんでも、簡単な調査任務だそうだ。この間の事件でデバイスが再起不能になったから、新しいデバイスの試運転も兼ねているんだそうだ」

 まぁ、またげんなりした顔して帰ってくるよ。

 と、クロノは軽く笑っていたのだが。
 実際は、むしろ簡単な任務とは程遠い任務内容だった。
 ……はずだった。

 ……ついさっきまでは。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #12



 空気が爆ぜた。

 どんよりと気色の悪い結界の中で、2つの人影が光の華を咲かせていた。
 燃えるような赤に近い紫と、鮮やかなエメラルドグリーン。
 その接点を中心に、元は森であったその場所は、完全な更地になっていた。
 木はなぎ倒され、ギリギリ結界の範囲内だった噴水は見事なまでに粉砕されている。
 もう何回目の衝突だろうか。
 未だ破壊されることのない結界内で、2人の魔導師が互いの刃を交えてから。
 どれだけ時間が経っただろうか。
 エメラルドグリーンの魔導師が友人と別れてから。
 そんな感覚が薄れつつある中で、2人は互いに真っ向勝負を挑んでいた。

「アストライア、カートリッジは?」
『Remaining cartridge is……Master!!』
「ちっ!!」

 接近しつつあった魔力の塊を認めて、言葉を切った。
 名も知らぬ女性が炎を纏った桜色の剣を振りかぶり、へ向かって突進してきたのだから。
 アストライアの声がなくとも、むしろは放たれた斬撃を阻もうと剣身を突き出していた。

「紫電……一閃!」

 気合の篭った声と共に、炎の一閃がを襲う。
 その攻撃の重さからか表情に苦悶を宿しながら、それでも耐え切ることができなくて。

「うあぁっ!?」

 背後へと吹き飛んだ。
 障害物などもはや存在しないからこそ、魔力噴射でブレーキをかける。
 無論、無防備なを前にして、女性が追い討ちをかけないわけがない。
 吹き飛んだを追いかけて、宙を駆った。

「じょ、じょーだんじゃない! なにが簡単な任務だ! なにが試運転だ!!」

 こんちくしょーっ!!

 そんな声を上げながら、はアストライアを上段へ掲げた。
 負ける気などない。痛いから。
 元々戦う気だってなかったのだ。
 平和的に解決するなら、それがまさに一番。ラブアンドピース。

「叩き落すよ、アストライア!」
『OK!!』

 カートリッジが一発分吐き出される。
 空になった薬莢は白い糸のような煙を上げながら草むらへと姿を消した。

『Atlas Sword!!』

 同時に、剣の周囲で風が舞い踊る。
 アストライア、接近戦主体の形態。セイバーフォーム。
 破壊力のみを追求したその姿は無骨な両手剣。そしてその刃を覆い隠すのが、通常の威力を数倍に引き上げる魔法。
 その巨大さに女性は怯むことなく、再び纏わせた炎の魔剣を振りかざす。

「神風……」
「紫電……」

 呟くのはたった一言。
 その一言が、互いの耳へと届き、互いのデバイスがうなりを上げた。
 風は荒々しく逆巻き、炎は猛々しく燃え上がる。
 黒とスカイブルーの瞳が交錯、その距離を徐々に縮めている。
 衝突はまさに一瞬。その一瞬のために力を込めて、ちりちりと肌を焼く炎を瞳に宿して。
 自身に吹き付ける烈風に臆すことなく、降りかかるであろう衝撃から目をそむけることなく。

「「……一閃!!!」」

 は迷うことなく風の剣を振り下ろした。
 女性は躊躇すらすることなく、炎の剣を放った。

 両者がぶつかり合うと同時に、彼らを中心に周囲を巻き込む大爆発が引き起こされた。


 ●


「……え?」

 なのはは机に向けていた視線を虚空へ泳がせた。
 時刻はすでに18時を過ぎて、空も夜の帳を見せている。
 彼女は学校から出された宿題を黙々とこなしていたのだ。
 感じたのは巨大な魔力の爆発だった。
 魔導師として日の浅い彼女ですら、むしろそのポテンシャルの高さが魔力そのものを感じ取っていた。
 振り返り、籠の中心で身体を起こしていたユーノを見やる。

「感じた?」
「……うん」

 この世界で、こんなに近くで派手な戦闘ができるのは、彼女の知る限り1人だけ。
 そして、頼まれて索敵をしたユーノも感じた魔力の猛りがその依頼者だと理解するのに時間はかからなかった。

くんが、誰かと……戦ってる!」

 なのははいても立ってもいられず宿題を放り出し、ベランダの窓を開けた。
 レイジングハートを握り締め、念じる。それだけで、本来ならば必要である起動呪文をすっ飛ばして、彼女のデバイスが形を成す。
 真紅の宝石を中心にあつらえた、桜色の杖へと。

「ユーノくん!」
「うん!」

 ユーノはフェレットモードから人型へと変化し、足元に翼を広げ宙へ身を投げ出すなのはを追いかける。
 見られてしまえばそれこそ驚かれただろうが、運のいいことに通行人は人っ子一人いない。
 自身が放つ最高威力の砲撃魔法『スターライトブレイカー』。
 最近、チャージタイムを増やすことで威力が飛躍的に増したのだが、感じている爆発は以前のすそれとほぼ同じくらいだと、なのはは漠然と感じていた。
 これほどの大爆発を起こすほどに大きな魔力のぶつかり合い。周囲にだって、影響が出ていないわけもない。

 実際、街全体が少し強めの地震に襲われていた。

「急ごう、ユーノくん!」

 飛翔の速度を上げる。
 なぜ、さっき気づくことすらできなかったのだろう。
 1時間くらい前に、一度会ったはずなのに。森の中に消えた彼を見て、なぜ不思議に思わなかったのだろう。
 自身の浅はかさを、呪いたくなる。
 しかし、これは彼からすればいいことだった。
 彼女は魔導師とはいえ、民間人。
 頼まれてもいない局の仕事に首を突っ込む必要など、ないのだから。


 ●


「うっ」

 結界のすぐ側で、1人の女性が表情に苦悶を宿した。
 緑を基調とした装束に、薄い金の髪。伸ばした手の指先からは2本の糸が伸び、青と緑の宝石が浮かんでいる。
 見下ろした先には公園を覆った結界。その中で、彼女の将が戦っていた。
 結界そのものを揺るがす魔力爆発。
 張り巡らせた結界を維持していたからこそ、破られんとその負荷にただ耐える。
 爆発が収まったのは彼女の整った顔立ちが苦痛に歪んでから、数分後のことだった。

「……シグナムと互角に渡り合うなんて」

 最初に見た時は、ただの子供にしか見えなかった。
 まるで自分たちを誘っているかのように魔力を垂れ流して、無防備にベンチで眠っていた。
 何を考えているんだろう、とも考えた。
 だからこそ、彼がずっと眠っている間、手出しができなかった。
 チームの参謀である自分が尻込みしていては、大事な主に示しがつかない、と自身を奮い立たせた時には、すでに彼は目を覚ましてしまっていた。
 それからはあっという間。
 共にその場に立ち合っていた女性が、彼女が重い腰を上げたことに呼応するかのように彼へと向かって行ったのだ。
 元々彼女は戦闘を得手とせず、仲間たちのサポートが主な役目。
 彼女が少年とぶつかる前に、まさに見惚れんばかりの速度で結界を張った。
 しかし、彼女がぶつかった子供は。

「…………」

 ただの子供ではなかった。


 ……


 視界を制限していた煙が晴れる。
 新しいバリアジャケットは白く、袖の細い羽織のような上着と、ぶかぶかした長ズボンという現代チックなものだったが、戦闘が長引いている今となっては、裾はボロボロすすけて黒々。
 それでもの身体に傷ひとつないのは、まさにバリアジャケットさまさまと言っても過言ではなかった。
 先日全壊してしまったため新調したメガネが、あっという間にご臨終なされたが。
 周囲への警戒を忘れることなく、剣の形態のままのアストライアへ目を向けると、まだ戦えるかを知るためにも問いかけた。
 カートリッジの状況は? と。

Remaining cartridge is,残りのカートリッジは、now it became zeroたった今、ゼロになりました

 帰ってきた答えに、あっちゃー、と空いた手で顔を覆う。
 正直、危機的状況だった。
 身体は疲れに疲れているからか思考が逃げの方向へ進んでいるし、カートリッジはあとマガジン1個分。
 とりあえずマガジンを入れ替えて、どうしたものかと結界へと思考を飛ばした。
 完全に消え去った煙。
 の正面、少し離れた先に自分同様ボロボロな姿で宙に浮かんだ女性の姿が見てとれた。

 今回、戦ってみてわかったことがいくつかあった。
 相手がベルカ式の、しかも『ベルカの騎士』であるということ。
 そして、彼女が今現在1人じゃないということ。結界を外から維持している存在がいるからだというのは言うまでもないだろう。
 アストライアのことも、ある程度は理解できた。
 まだすべての形態を把握しきったわけではないが、基本的な使い方はクサナギと変わらない。
 問題なのは、激しく燃費が悪いということだった。
 念のためにとカートリッジ6発入りのマガジンを4つも持ってきたというのに、たった1回の戦闘で3つも使ってしまったのだ。

 ……もう帰りたいなぁ。

 そう思ってしまうのも、無理はない。
 よかったことといえば、アストライアとの呼吸が意外とあっていることくらいだろうか。
 そして、こちらは未だ未知数。『デュアルデバイス』の『デュアルデバイス』たる所以が、近距離専門と遠距離専門という2つの顔を持つから、という部分だけではないことだ。今回それを利用してはいないものの、これが自在に使いこなせるようになればそれはある意味で最高に強力な力になるということくらい。それを理解できたのが戦闘中だった、というのもなんだか皮肉だ。

「……強いな。今までの管理局員とはまるで違う」

 聞こえたのは、凛としたトーンの高い声だった。
 声変わりをしていないとどっこいどっこい、といったところだろうか。
 切れ長の目が彼の姿を捉えている。
 彼女からは戦意が消えていた。

「ほめてくれてありがとう。ってか、俺がなんで管理局の人間だと……?」
「そうか、お前は管理局の者だったか」
「は……」

 カマをかけられた。
 気づくのに少しばかり時間がかかったが、軽く笑う彼女を見て憤慨するのに時間はかからなかった。

「あ、あんた……」
「いや、すまない。騙すつもりはなかった」

 ……調子が狂う。
 自分たちは先ほどまで戦っていたというのに、今、こうして言葉を交わしているのだから。
 というよりむしろ、そんな状況を嬉しく思っている自分がいた。
 彼の性格からすれば当たり前の思考だ。戦闘は疲れるし、痛いし、なにより面倒なことこの上ない。
 話をして、平和的に片がつけば彼はそれでよかったのだ。

「……まぁ、いいや。とにかく、これで話ができる」

 最小限の能力で最大限の効果を。
 一見凄いことのように聞こえる言葉だが、彼流に裏を返せば『面倒だから、回りがなにを言おうが関係なく、適当に終わらせてしまおう』と言っているようなもの。
 偽善者だと思われようが、腰抜けと罵られようが、どうでもいい。
 これが、彼の本質なのだ。

「俺は時空管理局嘱託、。こっちは相棒のアストライアだ。よろしく」

 何事も、まずは自己紹介。
 それがたとえ敵であれ、厄介ごとを回避したい彼なりの配慮だった。

「ベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン」

 しかし、シグナムという名の女性は、名前だけを返してに背を向けた。
 話す必要などないと、言っているかのように。
 しかし変わらず戦意はなく、今にもその場を離れようという思いすらも伺える。
 襲ってきたのはなぜか。魔導師を狩る理由はなぜか。
 今はまだ。

「……答えをくれそうには、ないか」

 結局、は1人でそんな結論に至った。
 ゆっくりと地面に降り立つと、

「お」

 結界が消え去った。
 誰かが今まで結界を維持していて、つい今しがた、消したのだろう。
 どんな人なのか、それはわからない。しかし、これ以上の戦闘はする必要がないのだろうと悟った。
 この時点で、は完全に油断しきっていた。

『Master!!』
「え」

 アストライアの声が響くと同時に。

 ――どくん。

 ず、という音と共に、胸元の違和感を感じた。

「が……」

 ゆっくりと視線を下げると。

「ま、まじか……」

 1本の手が生えていた。
 緑の袖と、細く白い指。女性のものだと気づくのに時間はかからなかった。
 そして、その手の平に浮かぶ、緑の光。
 の内に在る、彼の魔力の源。魔法の根源。
 リンカーコア。

“蒐集”

 聞こえた声。
 同時に、緑の光は次第に薄くなっていく。
 ……コアそのものを、なにかに吸われているのだ。

「くっそ……!」

 冗談じゃない。
 簡単な任務といいながら、1人のベルカの騎士と激しい戦いを繰り広げて、リンカーコアを吸われて。
 ……どこが簡単なんだと、声を大にして言いたいと思うわけで。
 震える手で、自身の胸から伸びた手を。

「んぎぎ……っ!」

 しっかと掴んでいた。
 その手が女性のものであろうとも、自身の危険が目の前にあればこそ、人は我を忘れるもの。
 女子供に暴力を振るわない、とか、そんな紳士なことなど言っていられないものだ。
 だからこそ、その細い手首を握りつぶさんとばかりに力を込めていた。

 ぎし、めり、みし。

 その細腕を赤く染め上げて、とても子供とは思えない握力で。

 シグナムは目の前でたたずんでいるだけ。その表情には、どこか謝罪の色が浮かんでいるようにも見えた。

「……っ」

 胸元から違和感が消える。
 少しばかり小さくなったものの、リンカーコアそのものは無事だった。
 数日静養すればすぐに復帰できるだろう。
 しかし、抜けた力が戻ってくることはない。
 ふらふらとよろけてあっという間に崩れ落ち、かろうじて残っていた木に背を預ける形になっていた。

「……すまない」

 意識が途切れる前に、そんな言葉を聞いた気がした。






お疲れ様でした。
少しばかり、大げさに表現してみました。
夢主くん、蒐集されましたね。
治るのにどれほどかかるかはわかりませんが、とにかくこれで間章を終われそうです。
後2,3話。どうぞお付き合いください。


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