ひんやりと冷たい床が足の温度を奪っていく。 渡されたのは、一振りの竹刀だった。 日ごろから鍛えていたから、たかだか1本の竹刀に振り回されることはない。 年からすればまだ小学生なと、すでに完成した身体を持つ恭也。 普通に考えれば、まずに勝ち目はないだろう。 それ以前に、恭也の強さは人並みを一足飛びで飛び越えているのだから、勝てる要素などありえない。 ……はずだった。 「……っ」 自身より一回りも二回りも小さい身体で。 その小さな身体からは想像できないほどに重たい斬撃が、恭也に襲い掛かっていた。 型もなければ技術もない。しかし、反撃できる隙もない。 表情には真剣味が宿り、四方八方から剣戟が向かってくる。 そんな事実が、恭也自身を驚かせていた。 しかし。 「ふっ……!」 そんな中でも、いくつもの実戦を越えてきた恭也は、打ち合いの中にわずかな隙を見つけ出す。 勝負は、たった一撃であっけなく終了していた。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん。朝ごはんだよ……って、くん!?」 朝食の時間を伝えようと道場に現れた制服姿のなのはが見たのは、仰向けに目を回していたの姿だった。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #11 「細かな技術はまったくなかったが、挙動の1つ1つに隙が少なかった。ちゃんとした師の元で学んでいれば、今よりもっと強くなれただろうな」 朝食は程なくして始まった。 恭也がに与えた一撃は、それほどに軽いものだったからこそ、目を回していたのが短時間ですんでいた。 高町家では食事はリビングでみんなで、が基本のようで。 士郎も桃子も、3人が到着するのを律儀にも待っていた。 恭也に担がれて食卓に現れたを見た時には少々驚いていたのだが。 「あの、そんなに持ち上げなくても……」 「謙遜することはないぞ。その年でたいしたものだと思う」 恭也が妙にを持ち上げるものだから、当の本人も正直困り果てていた。 彼がここまで戦えたのは、ひとえに生きていくためだったから、ある意味では常識の範囲内。 賞賛されるようなことではないのだから。 ……イカサマしてたし。 「へえ、それはすごいな」 しかし恭也の父にして剣の師である士郎はそんな事実をもちろん知らず、困惑するを興味深げに眺めていた。 「ほらほらあなた。早く食べちゃわないと、開店時間になっちゃうわよ?」 「おっと、そうだったそうだった」 今日は平日。 士郎と桃子は自営している喫茶店『翠屋』で仕事だし、恭也も美由紀も、そしてなのはも学校だ。 つまり、終始ヒマなのはだけ。 学校へも行っている時間はない。というか、行く気などさらさらなかった。 同い年の子供たちにまぎれてお勉強するくらいなら、街をうろついて任務に励んだ方がマシだと自身思っていたし、なにより面倒なことこの上ない。 一通りの知識はクロノの師に当たる使い魔たちから教わっていたからこそ、今も仕事に励むことができるわけだ。 ……励む、などと大層な物言いをせずとも、彼が面倒くさがっているのは丸わかりなのだが。 「くんは、今日はどうするの?」 「えと……ま、街を見て回ってます」 局から与えられた仕事をこなす、などとは言えないし、かといってこの家でくつろぎまくる、というのはホームステイという名目の上ではありえない選択肢。 だからこそ、妥当な答えを口にした。 尋ねた美由紀や高町家の面々にとっては何のためにホームステイに来ているのかすらまったくわからないのだが、なのはだけは別だった。 ……彼女は魔導師で、が時空管理局の局員だと知っていたから。 「学校がなければ、私が案内してあげるんだけど……」 「いいっていいって。気持ちだけもらっとくよ、なのはちゃん」 ……と、いうわけで。 は1人、人々の行き交う街中に放り出された。 自分から飛び込んだ、というのが正しいのだが、彼の思考からすれば『放り出された』という方がある意味で正しい。 面倒だと言わんばかりに小さくため息をつくと、とりあえず今では仕事に従事することにした。 この世界には魔法という概念がない。 だからこそ恭也とも対等に戦えたわけだが、今回の任務ではそれがまさに大活躍なのだ。 この世界を中心に近隣の世界で、派遣された武装局員たちが魔力の源『リンカーコア』が奪われるという事件が多発していたから。 正確にはリンカーコアを消滅寸前まで魔力を搾取して、完全に魔法が使えなくなっていることはないのだが、それでも、数日から数週間の休養を要するほどだった。 同じような手口で、十数人の局員が手玉に取られたのだ。 痺れを切らした管理局の上層部が、犯人の特定と捕縛を急ぎたい気持ちもわかる。 でも。 「……別に、俺じゃなくてもいいような気がする」 そう。実際にはでなくてもよかったのだ。 彼はAクラスの魔導師。危険な相手であることは丸わかりだったから、彼よりもランクの高い魔導師が就いても問題ない任務のはずだった。 それをこともあろうに彼に持ってきたのが、局で人事を取り仕切っているレティ・ロウランその人なのだが。 遠い異世界にいる彼女へと一抹の憎しみと思いを馳せて、海が近いとある公園のベンチに腰を下ろしていた。 豊かな自然と、柔らかな風。そして、心に優しく響く波の音。 彼を眠りに誘うには、まさにうってつけの場所だった。 自身の魔力を垂れ流して、犯人との接触を図る。 正体を確かめて、必要なら戦い、捕縛する。 そうすれば仕事もすぐに終わる、と思いつつも、結局はベンチで昼寝を貪る少年、。 ……いいご身分である。 このとき、彼は気づきもしなかった。 犯人たちの暗躍時間が、昼間でなく夜であることを。 ● 「ふんふふ〜ん♪」 なのはは本日、終始機嫌がよかった。 授業中も昼食時も、そして今も。 その心情は、彼女をよく知る人間であってもまずわからないだろう。 が……管理局の、ひいてはフェイトの様子を聞けるかもしれない、という一抹の希望があったから。 あの事件から1ヶ月。 クロノに頼んで、フェイトに初めてのビデオメールを送った。 彼女の喜ぶ顔が目に浮かんで、とても嬉しかった。 しかし、彼女は未だに事件の重要参考人として裁判を受けている立場。 クロノの力をもってしても、渡したビデオメールを彼女が見れる状態にあるのかすらわからないかった。 実際、返信が未だにない。 だからこそ、と再会できたことを喜んだ。 大事な友達だったし、なによりフェイトの近況が聞けるかもしれなかったから。 「今日はずっと機嫌がよかったね、なのはちゃん」 「見てて、少し気持ち悪かったわよ」 今、なに考えてるのよ? 本日最後の授業が終わり、先生に挨拶して。 使った教科書類をカバンにしまっていると、少女が2人、彼女に声をかけていた。 アリサ・バニングスに月村すずか。 なのはの親友たちだった。 互いにとても仲がよくて、何をするにもいつも一緒。 彼女たちにとっても親友という立場に位置しているなのはが終始嬉しそうな様子を見れていれば、気になることは普通と言えた。 「ん〜、嬉しいと言えば嬉しい、かな」 「なによそれ」 今日1日、ずっと頬が緩みっぱなしだったというのに、彼女から帰ってきた一言はどこか曖昧。 中途半端な答えに顔を寄せたのはアリサだった。 彼女は中途半端が少しばかり嫌いだった。学校のテストはいつも完璧、塾の成績だって優秀そのもの。 誰が相手でもハキハキと言葉を口にするし、物怖じなんかとは無縁の性格。 それが逆に、彼女の存在そのものを輝かせているようだった。 「アリサちゃん、落ち着いて。ね?」 「むぅ……」 そして、たまに起こる彼女の暴走を止めるのがすずかの役目だった。 彼女自身はおとなしめな性格でアリサとは正反対なのだが、根をしっかりと持った少女だった。 外見に似合わず、思考が大人びているとでも言うべきだろうか。 あるいは、年相応の思考をしていないとでも言うべきか。 そんな2人が、なのはからすれば眩しく見えていた。 「友達が、ウチにホームステイに来たの」 「ホームステイ?」 聞き返すすずかになのはは笑ってうなずいた。 夕焼けの眩しい道路を3人で歩く。海に面した街道は自動車も多く走っているが、吹きつける風が気持ちいい場所だった。 普段、3人は通学にバスを使っている。 しかしこうして少し遠い距離を歩くことも、少なくはなかった。 「ホームステイに来てる子って、どんな子なの?」 「私たちより少し年上の男の子」 「オトコ!?」 アリサはなのはの答えに声を荒げた。 ……無理もない。小学生程度の年頃のホームステイというものをは、男でも余り聞いたことがなかったから。 遠い外国から来た、茶髪の男の子。 時空管理局の話をするわけにいかなかったなのはは、細かい部分に対して知らないふりをするしかなかった。 どこから来たのか? 目的はなんなのか? 学校はどうしたのか? 挙げればそれこそキリがない。 「ソイツ、無駄にアヤシイわね……」 「思っても口に出しちゃいけないよぉ」 「いーの! もしソイツがなにか悪いコト企んでるんだったら、なのはの家から追い出してやるんだから!」 シュッシュッ、と虚空に向かってワンツーパンチ。 長い金髪が風に揺られ、パンチを繰り出すごとに空中を跳ね回った。 そんな光景に苦笑したなのはだったが、内心では本当に、別の意味でそうなってしまうのではと予感していた。 まだ出会って間もないなのはと。 その短い付き合いの中でわかった彼の性格が、アリサの嫌悪のまさにど真ん中ストライクだったのだから。 そんなやり取りがあった帰り道で。 彼女たちは不本意にも目的の人物と出会うことになる。 暗がりが増えてきて、夕方から夜へと変わる時間。 塾も休みであったため特に急ぐ必要もなく、彼女たちは通学路の途中にある公園を突っ切っていた。 街灯に明かりが灯り、雄々しく茂る木々を横切り、綺麗に彩られた噴水を横目に。 「あ……」 そんな中でなのはは1人の人物を見つけて、頬の筋肉を引きつらせた。 「ああ、まってまってぼくの消しゴム〜、手足生やして逃げるなんてあんまりだ〜……ダメだよ、もう食べきれないからぁ。ああ、でもダメだ。手が勝手に動いてしまう〜……たすけてけすた〜」 『………………………………』 わけのわからぬ寝言が聞こえ、3人は思わず立ち止まる。 なのは的にはできればスルーしていきたかったところだったのだが、幸せそうに涎をたらしながら寝入っている知り合いを起こさねばなるまいと、彼女なりの責任感が背中を押した。 「ふふふ、このおれさまにかなうとでもおもっているのか!」 「なに、コイツ?」 「さ、さあ……」 すずかの表情からは、もはや苦笑しか出てこない。 なのはは意を決し、寝ている少年に近づいた。 「うぉ〜、うぉ〜、ちゃうねん。ウチは日本人ちゃうねん」 「関西弁でなに口走ってんのよ、コイツ……」 「さ、さぁ……」 正直な話、3人は関わりたくなかったが。 「……う?」 なのはが起こす前に、彼が目を覚ましていた。 しょぼしょぼした目を擦りながら、少年――は辺りを見回す。 口元の涎を拭って、ふらりと立ち上がると。 「やあこんにちは、なのはちゃん……そしてさよなら、なのはちゃん……」 「えぇっ!?」 挨拶もそこそこに、は森の奥へと姿を消していた。 「な、なのは……今のヤツ、知り合い?」 「……ホームステイの」 「あー、へーえ、そーなんだあー……」 間の抜けた展開に、アリサはすずかと共に少年の消えた森の奥を見やる。 どこか現実を逃避したかのような物言いだが、その実ただ展開についていけないだけだったりする。 結局追いかける気にすらならず、結局3人は何事もなかったかのように帰路についたのだった。 昨日とはまた違ったの雰囲気を、なのはが少しばかり心配しつつ。 ● なのはとそのお友達2人と分かれ、森に足を踏み入れて数分。 の表情はどこか真剣味を帯び、立ち止まって目を閉じていた。 精神を集中させる。 “見つけたよ、” 声が聞こえた。 頭の中に直接響いてくるのは、声変わりもしていない少年の声。 聞こえた声に返事を返して、次の言葉を待つ。 声の主は数瞬の間の沈黙を破り、たった一言。 “そこにいる” そう告げた。 ゆっくりと目を開き、腰のキーホルダーに手を伸ばす。 静かで、冷たい風が吹き荒れる。 木々が揺れ、葉を擦り落とす。 黒い瞳をゆっくりと左右に動かして、その気配を探る。 「サンキュー、ユーノ。今度なにか奢るよ」 “……期待しないで待ってる” そんな答えが返ってくると同時に。 「…………」 一瞬、意識が遠のく。 同時に展開される、ドーム型の結界。 周囲からは音という音が消え去り、どんよりした色が視界を覆い尽くす。 ……こんなに早くに引っかかってくれるとは思わなかった。 期間は一週間あるというのに。今日はまだホームステイという名の調査任務も始まったばかりだというのに。 相手がリンカーコアを駆り集めている理由は定かじゃない。 しかし今回も、のそれを狙っているのは確かだ。 だったら、彼はすべてが穏便にいくように努めるだけ。 「さて……」 キーホルダーを手に取る。 ピリピリとしびれるような威圧感を肌で感じ取りながら、自身のデバイスの重みを手に握り締めた。 「初陣だね。お互いの呼吸合わせといこうか……」 背後から飛び出してくる人影。 そのシルエットは草葉を纏い、その手の武器を振りかざした。 しかし、の雰囲気に焦りはない。 それどころか、久々の実戦によるピリピリとした高揚感を宿しているかのように、表情にはかすかな笑みを見せていた。 「……アストライア」 『All Right, My master』 互いの声と同時に、繰り出された斬撃をその手の両手剣で受け止めた。 火花が飛び散り、両者の姿を照らし出す。 すでに時分は夜。犯人の正体を確認するには、少しばかり大変な状況だったのだが。 「へぇ、魔導師狩りの犯人が……」 発された火花が、余計に光を強く発していた。 だからこそわかる。彼が追いかけていた、犯人の顔立ち。 それが。 「まさかこんなお姉さんだったなんてな」 精悍な顔つきで、燃えるような赤い髪の女性だとは……誰も思わない。 |
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