アースラ内医務室。
 真っ白なベッドの上で上半身のみ身体を起こして、は手の平を見つめていた。
 ……正確には手の平ではなく、手の平の上に乗っている緑の球体――クサナギを見つめていたのだ。
 キーホルダーではなくただの球体になってしまったのがなぜなのかはわからないが、それは仕方ないことだ。
 自分は技術者じゃないのだから。

 クサナギを軽く握り目を閉じれば、思い起こされる今までの任務や戦いの数々。
 メンドくさいオーラを振りまきながらも現地に赴いたことは数知れず。

 任務後に入る風呂がメチャメチャ気持ちいいと思うのは俺だけだろうか?

 閑話休題。

 思い出される戦いはクサナギを相棒にしてからのもので、幾度となく自身の危機を助けてもらった。
 自分のためだと足を踏み入れた世界での、最初の頼れる相棒。
 長く一緒にいてくれたこと……感謝しても仕切れない。
 握った手を額へ当て、

「今までありがとう、クサナギ…………ゆっくり、休んでくれな」

 そんな言葉を口にした。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #07



「あの人の目指してたアルハザード、って場所……ユーノ君は知ってるわよね?」
「はい。聞いたことがあります」

 食堂。
 なのはとユーノとリンディと、たまたま居合わせたクロノとエイミィ。
 5人で、つつがなく食事していた。
 結局話は真面目な方向へ進んでいってしまっているわけだけど。

 旧暦以前、全盛期に存在していた空間で、今はもう失われた秘術がいくつも眠る土地。
 時間と空間さえさかのぼり、過去さえ書き換えたり、失われた命を蘇らせることができる。
 その秘術はあらゆる魔法がその究極の姿として、叶わぬ望みはないとまで言われていた。
 それがアルハザードだった。

 彼女――プレシア・テスタロッサは、それを求めた。
 しかし、現実は甘くない。過去を書き換えることも死者を蘇らせることもできないことは、どんな世界でも共通していること。
 だから彼女は、そんな御伽噺にすがるしかなかったのだ。

「……ごめんなさい。食事中に長話になっちゃった」

 いただきましょうか。

 そんなリンディの一声で、マジメな話は終わりを告げた。
 その後はいつでも遊びに来ていいからね、なんていった他愛ない世間話に花を咲かせた。
 根がマジメなクロノがエイミィの発言に反抗していたが、艦長であるリンディすら容認していることを反故にできそうになくて。
 「寂しいなら素直にそう言えばいいのに」なんてエイミィの一言にかるく顔を赤くしていた彼がなんか哀れだ。

「さて、と」

 空いた食器を片付けたクロノは、頼まれていた用事を済ますことにした。
 それは、食事をケガ人に届けることだ。
 すっかり冷めてしまった料理を両手に、食堂を出て……

「クロノ君、それ……どこに持っていくの?」

 そんななのはの一言に足を止めていた。
 普通、食事は食堂でするものだ。だから、その食事を持って出て行こうとする彼を不思議に思ったわけだ。
 長話をしてしまったから、温かな食事にはならないわけだけど。
 っていうか、ケガ人に与える食事とはとても思えないのだが。

「これか? ケガ人の所に持っていくんだ」
「ケガ人って……もしかして君のこと?」
「もしかしなくてもアイツしかいないよ」

 そんなクロノの一言に。

「それ……わ、私が持ってく!」
「は……」

 何を思ったのか、なのはがもって行くと言い出した。


 ……


「し、しつれいしま〜す……」

 空気が抜けるような音と共に、不意に扉が開いた。
 部屋の明かりをつけていないからか、唯一の出入り口から差し込む明るい光が眩しい。
 その光をさえぎって立っていたのは。

「たしか……なのはちゃん、だったよね」
「は、はい」

 今回の事件で大きな働きを残した、高町なのはという1人の少女だった。
 白を貴重とした服を纏い、茶色の髪をツインテールに。
 どこか緊張しているような面持ちで、両手に食事を乗せたトレーを持っていた。

「食事、届けてくれたんだ」
「その……長話しちゃったせいで冷めちゃってますけど」

 そんなことを言いつつ苦笑する。

「あー、いいよいいよ。どうせクロノ君でしょ。ケガ人が俺だからって理由で扱いは相変わらずなんだから」
「いつもこんななんですか?」
「そうそう。俺がなにか言うとそれに突っ込んでくるし」

 そんな世間話もそこそこに、は冷たい食事にありつくことにした。
 なのはの前で、というのがなんとも無遠慮な感じもするが、回復前ということでおなかが空いているわけで。
 人間、欲求を満たすのは大事だと思うわけで。

「……大丈夫ですか?」
「うんうん……むぐむぐ、魔法の力に大感謝だよね」

 味気ない食事をかき込んだ。
 人目をはばからないその大胆さに、なのは軽く苦笑したのだった。

 ……

「あぁ、食った食ったぁ」

 ポンポンと包帯の巻かれた腹をさすり、満足げな顔を見せる。
 これでもう少しあったかい食事だったらなぁ、なんて一言に……というかが食事を始めてからずっと苦笑しっぱなしだったり。

「食べるの早いんですね……」

 トレーをベッド脇の小机に置くを見つつ、つぶやくように口にした。

「自己紹介、遅れてゴメンね。俺は…… 。よろしく」
「高町なのはです」

 一度言いましたよね、と。
 なのはは表情に笑みを宿した。
 は空いた食器を指差して、

「これ、君がもってくるとは思わなかったよ」

 あんな出会い方(#2参照)だったから、クロノあたりが面倒だとばかりの顔でもってくるものだとばかり思っていたから。

「私がもっていきたいってお願いしたんです。クロノ君に」

 お話が、したくて。

 しっかりとした形で対面もしておらず、年が近いからだろうか。
 あるいは彼女なりの配慮なのかもしれない。

「いろいろと聞いてるよ。魔導師として強い資質を持ってるとか、今回の一件で頑張ってくれたとか」
「いっ、いいえぇ! 別に私、大したこと……」

 照れている姿が、また可愛いとは思う。
 口には出さないが、話がこじれるのも面倒だと言う個人的な理由だったりする。

「私はフェイトちゃんと友達になりたかった。それだけなんです」

 なりゆきでレイジングハートを受け継いで、ジュエルシードを集めて。
 その過程でフェイトと出会い、時空管理局――クロノやリンディ、エイミィと関わりを持ち、そして今回の一件に関わった。
 『友達になりたい』というささやかな願いが、いつの間にやら話の奥底まで関わるようになってしまったのだ。
 ついてない、と言えばそこまでだが。

「すごく大変で、悲しいこともあったけど……力になれてよかったって思うんです」

 なにを考えているのかわからないが、彼女はそうは思っていないらしい。
 ユーノとクロノとリンディ、アースラのクルーの人たちと。そして、フェイトと出会えたから。
 普通の日常を送っていたのではできないような、貴重な体験ができたから。
 感謝こそすれ、ついてないなんて思ったことは一度もない。
 ……のだそうだ。
 性根が面倒くさがりの自分にはできない考え方だと、は思う。
 コレが自分なら絶対に関わり合いになりたくないし、メンドくさいことこの上ないから。

「あなたのこと、聞きました。ボロボロになるまでフェイトちゃんのお母さんと戦ったとか……そのくせ普段はめんどくさがりだとか」

 そこまで話して、彼女は再び苦笑した。
 言うべきか迷ったのだろう。途中にできた間がその証拠だ。
 いらんこと話しやがって、とクロノを筆頭としたアースラクルーに軽く殺意を抱いたのは、言うまでもない。

「あなたとフェイトちゃんは、まだちゃんと話もしてないはずです。それなのに……」

 戦う理由があったんですか?

 そうたずねようとしたのだろうが、そこまで彼女が口に出すことはなくて。
 フェイトがプレシアに突き放されたときにちょうど居合わせて、それだけで目には涙があって、フェイトを「可哀想すぎる」と口にして見せた。
 その涙も含めて、どうしてボロボロになるまで戦ったのか。
 彼女はそれが聞きたかったのだろう。
 しかし口ごもり、視線を軽くそらしてしまった。

「やっぱり、気になるか……」

 彼があそこまで戦ったのは、フェイトのためではなかった。
 可哀想過ぎる、とは言ったものの、結局は自分が満足すればそれでよかったのだ。
 彼女を自分と同じ立場にはしたくなかった。
 が本気で戦うには、それだけで充分だったのだ。

 今のの立ち位置。
 別に隠すようなことじゃないが、同情されることがほとんどだから、あまり話したくなかったのだが。
 聞かれれば簡単に話してしまうのが淡白な性格をあらわしているようだ。

「俺、家族っていないんだよ」
「……え?」

 なのははその一言に耳を疑った。
 自分とあまり変わらない。年の頃の彼には、家族がいるのが普通なのだから。
 しかし、彼は『いない』と言った。
 まだ中学生くらいの彼が今、たった1人で生きていることに。

「そんなこと……」

 なのはは素直に驚いていた。

「嘘じゃないよ。何年前だったか忘れちゃったけど、ここの局員さんに拾われて今に至るみたいな」

 なのはは、家族に囲まれて生きてきた。
 父親、母親に、兄と姉。その中で愛されて生きてる自分とは180度真逆の立場で、家族のいない生活なんて信じられない。

「同情はいらないよ。もうこの生活にも満足しちゃってるし……そういうのキライでさ」

 は苦笑した。

「ともあれ、家族のいない子供とか、今回みたいな立場の子を見るといても立ってもいられないんだ」

 普通に接してくれると助かる。

 そんなことを口にして、は表情に笑みを見せた。

「……うん、わかった。それじゃ、くんで」
「そうそう。俺、かたっ苦しいのは苦手でさ」

 そんなわけで、彼らは互いに友達になった。





第7話でした。
いままでなのはの扱いが結構おざなりだったので、その補完とでもいいますか。
まぁそんな感じのお話です。


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