「……見つけたよ」

 時の庭園の最下層。
 随分と崩れ落ち、そこらじゅうに亀裂を走らせてる、大きな広間。
 長い髪の女性が1人、巨大な試験管のような器に縋りつくように身体を預けていた。
 プレシア・テスタロッサ。
 ミッドチルダでは優秀な研究員としていた彼女は、自らの過失により起こしてしまった中規模時空震によって愛娘を失ったことで、狂い始めた。
 夫とはアリシアがまだ立って歩くほどの年の頃に離婚し、彼女だけがプレシアにとっての生きる希望だったからこそ、壊れてしまったのかもしれない。

「……アリシア……」

 そんな彼女は今、瓦礫の少ない場所で、現れた1人の少年をどこか呆けた表情で眺めている。
 しかし、すぐさま瞳を試験管に戻すと、中に浮かんでいる少女に話し掛ける。
 もう少し、もう少しと。
 まるでうわごとのように口にしている。

「貴方……何しに来たの?」
「ぶっ飛ばしに来た」

 淡々と、少年は告げた。
 右手にはエメラルドグリーンの薙刀を携え、空いた左手からは赤い血が流れ落ちていた。
 この場所までやってくる過程で敵の渦中を突破してきたからこそ、このような傷を負ってしまった。
 すべては、彼女を『ぶっ飛ばす』ため。

「親には、子を育てる義務がある」

 彼―― には両親がいなかった。
 なぜいないのかは、本人も知らない。
 気付けば自分は1人で、時空管理局の局員に保護されていた。
 本来なら警察なんかがその義務を負うはずなのだが、何故だか彼の周りには人っ子1人いなかった。
 もしかしたら、その局員が来なければ彼は1人で孤独に死んでいたのかもしれない。
 だから、わかる。

「生まれはどうあれ、あの子はアンタの娘だろ!」
「…………」

 親としての責任を、彼女は放棄した。
 ……否。放棄というのは、もしかしたら間違っているのかもしれない。
 彼女からすれば、最初から責任なんてものはなかったのだろう。
 そうであれば、なおさら許せない。

「もういらない……? どこへなりともいきなさい……? 冗談じゃない!!」

 薙刀を真っ直ぐプレシアへと向ける。
 明らかな敵意をもって、残った魔力をその手に注いだ。
 装備されたリボルバーが回転し、ダクトから蒸気が噴出す。
 彼の持つ武器デバイスが意思を汲んだのか、カートリッジをロードしたのだ。

「アンタがやったことは、人の命を軽くする!」

 手の中で回転させ、横に構える。
 地面を蹴りだせば、一気に彼女の元まで疾れるだろう。
 彼の周りに風が生まれ、取り巻く。

「この先、アンタは絶対に同じことを繰り返す。だから……」
『Nothungform』

 手の薙刀――クサナギという名のデバイスは、彼の身長を越えるほどの巨大な野太刀に変化した。
 片刃で、峰の部分に取っ手を、腹には排気用のダクトを装備し、足元に魔法陣が展開される。
 頂点に円の描かれた、正三角形の陣。
 緑に輝くそれは、ゆっくりと回転を始めていた。

「力ずくでも……ぶっ飛ばすっ!!」

 地面を蹴り出した。



   
魔法少女リリカルなのはRe:A's   #04



 金髪の少女は1人、ベッドの上で身体を起こした。
 左右で結ばれたツインテールが揺れる。
 機械が剥き出しになった壁に備え付けられたモニターには、『時の庭園』が映し出され、必死になって戦っているあの子の姿が中心に映し出されていた。

 私はただ、母さんに微笑んで欲しかっただけだった。
 これでは足りない、まだ足りないといわれつづけて、どれだけ酷いことをされても。
 私が生きていくには、母さんが必要だったから。
 母さんが微笑んでくれること。それが生きていたいと思った理由だったから。
 ただ、自分という存在を認めて欲しかっただけだったんだ。
 ――だから、あなたはもういらない……どこへなりとも消えなさい!!
 そんな言葉が蘇る。
 モニター越しではあったけど、あれだけ面と向かって捨てられたはずだったのに。
 それでもまだ、母さんに笑っていてほしいと、願いつづけている。
 まだ、母さんに縋りついてる。

 モニターに、見知った顔が映る。
 白い服のあの子と黒い服の彼の2人と何か話しをして、再びそれぞれの場所へと散っていく。
 アルフ。私の使い魔。
 あの子にも、ずっと悲しい思いをさせてきた。
 言うことを聞かない私に。
 日に日に生傷の増えていく私に。
 それでも、ずっと一緒にいてくれた。
 そして、何度ぶつかって初めて自分と対等に接してくれた、白い服の女の子。
 何度も出会って戦って、真っ直ぐ向き合って、私の名前を呼んでくれた。

 自然と、涙が流れ落ちる。
 ……最初は、母さんに認めてもらいたかった。だから、生きていたかった。それ以外に、生きる理由なんかないんだと思っていた。
 でも、それは違ったんだ。
 認めてもらいたい、そのために生きていたい。
 そんなのはただの逃げだったんだ。
 そして、それは捨てることよりも……いけないことだったんだ。

「私の、私たちのすべては、まだ始まっていない……始まってもいないのかな……バルディッシュ……?」

 手の平の上の金が杖の形に変わる。
 自分と共に歩んできた、大事なパートナー。
 無数に亀裂の入ったその杖身をそのままに、開いていたヘッドをゆっくり閉じてみせる。
 デバイスフォーム。近接戦闘に特化したサイズフォームから、中距離魔法をこなす斧の形態へと変化させた。
 その様相は満身創痍。少しでも衝撃が加われば、あっという間に砕けてしまいそうだ。
 しかし。

『Get Set!!』

 ヘッドに位置する金色の宝玉は、力強く輝いていた。
 大丈夫、貴女は前へ進めます。私は、ずっと側にいます。
 そんな言葉と共に、自分を後押ししてくれているようだった。

「……そうだよね。バルディッシュも、ずっと私のそばにいてくれたんだもんね」

 涙が流れる。
 ああ。私はまだ1人じゃないんだと。
 自分の意志で、始めることができるんだと。
 彼が自分を諭してくれているようで。

「お前も、このまま終わるなんて……イヤだよね……?」
『Yes, sir!!』

 金の宝石は、さらに強く輝いた。

「私たちのすべては、まだ……始まってもいない」

 バルディッシュの全体に走っていた亀裂が消えていく。
 宙から現れた漆黒のマントをまとうと、金の光が私の身体を覆っていく。
 形成されたのは、自分をいつも守ってくれていたバリアジャケット。

「だから……ホントの自分を始めるために」

 戦う準備はできた。
 私を包む、自分の道を示す、金色の光。
 見慣れた魔法陣と共に自分を覆い隠していく。
 今から私は……フェイト・テスタロッサは、あそこへ行く。

「今までの自分を……終わらせよう」

 昔の自分にサヨナラするために。

 ……

 上空から、数体の傀儡兵が舞い降りる。
 なのははシューティングモードに変化させたレイジングハートの先端を向けて、ピンクの魔力球を放つ。
 魔力球は真正面から敵に衝突し、さらに打ち抜く。

「くっそ、数が多い!」

 獣の姿をとったアルフは手近な敵の胴体を食い破り、中の部品を引きちぎる。
 なのははその場から飛翔すると、さらに追い討ちをかけるように魔力球を具現させ、貫いた。

「……なんとかしないと……っ!」

 ユーノは得意な捕縛術で大型の敵の動きを封じていたものの、長くは保たず。
 敵を縛っていた鎖が切れて、手の武器がなのはに迫る。

「なのは!」

 ユーノの声に迫る武器を視界に入れ、目を見開く。
 大きな目には研ぎ澄まされた刃が映り、躱すこともままならない。
 それでもダメージを少しでも小さくしようと飛び退くが、それでも致命傷は避けられない。
 襲い掛かる痛みを思いながら、覚悟と共に目を閉じたのだが。


『Thunder Rage』


 突如、頭上から飛来した稲妻によって敵の巨体がその動きを止めていた。
 しなやかに流れる金髪。風にたゆたう漆黒のマント。
 その人影は、突きつけたデバイスのヘッドを中心に、金色の魔法陣を展開させた。

『Get set』
「サンダー・レイジ!!」

 バルディッシュの声を聞いて、フェイトは今できる最高の魔法を敵に向けてたたきつけた。




 ……




「うわぁっ!?」

 いきなり吹き飛ばされた。
 自分にできる最高の速度で肉薄したはずだったのに。
 彼女はそれに対応して、魔法を発動させて見せた。
 涼しい顔で、ただ手を突き出しただけ。
 それだけで今、自分は背後に吹き飛ばされていた。

「……っ! 冗談じゃない!!」

 こんなことで、負けてたまるか!

 は背後に向けて飛翔呪文を唱えた。
 簡易ではあるものの、それは強力なブレーキになる。
 空中で身動きを取るにも、その方が都合がよかった。
 その場で回転し、確実に停止する。

「ちっ……」

 大魔導師を自称するだけはある。
 ぶっ飛ばしてやりたいのに、なかなかそういかないものだ。
 大体、彼が今まで対峙してきたすべての敵の中でも、彼女の強さは群を抜いていたのだから。

「……」

 この距離じゃ砲撃呪文はきっと届かない。
 魔法を使えば一足飛びで届くような距離なのだが、その距離は軽く10メートルを越えていた。
 はとん、と地面を蹴り出した。
 ゆっくりと宙を浮遊し、次の瞬間にはその身体を掻き消す。
 次に姿を現したのは、彼女の背後。
 野太刀のままのクサナギを振りかぶり、プレシアの身体を捉える。

「斬風一閃!!」
『Windigrand』

 カートリッジを1つ消費し、爆発的に魔力を高めた上で野太刀を振るった。
 クサナギがどの形態を取っていても使うことのできる、汎用性の高い斬撃呪文。
 風の後押しを受けながら、さらに1度空振ることで遠心力を付け、力をこめて。
 どうせ斬ることなどできはしない。だから、ただ彼女を吹き飛ばすことだけに定義し、刀身は風を纏った。

「っ!」

 プレシアはその力の大きさに眉をひそめ、それでもただ片手を前に突き出していた。
 片手一本で、防ぐつもりか?
 そんな疑問がよぎると同時に、沸いてくるのは怒りだった。

「ナメくさってからにぃっ!!!」

 覚えた怒りすら力に代えて、クサナギは光を迸らせる。
 剣速は残像を残したままで刀身はプレシアを斬り裂いていた。
 しかし、真っ二つに分れたはずの彼女の身体は揺らめき、消えてしまう。

「……邪魔、しないで」
「え」

 背後から聞こえる声。
 気が付けば、彼女はの背後で険しい表情のまま立ち尽くしていた。
 手のひらはやはり彼の方へ向かっていて。

 ゴッ……!!!

 の胴を、捉えていた。
 咄嗟にクサナギを盾にするものの、その障害を一切構わず、その上から力のこもらぬ掌底を加えていた。
 力なんかほとんどこもっていないというのに、襲い掛かる衝撃はいつかしくじったときに受けた外道魔導師の砲撃魔法より圧倒的に強力で。
 肺にたまった息を吐き出す間もなく身体がくの字に折れ曲がる。

「がぁ……っ!?」

 空気を切り裂くように一直線に、は再びプレシアによって吹き飛ばされていた。
 重力に逆らうように、地面を擦ることなく壁に激突する。
 岩でできていた壁に身体をめり込ませ、見事に人型を作る。
 クサナギは……

「ぐっ……くそ」

 刃の部分が根元から綺麗になくなっていた。
 手元にあるのは、柄の部分だけ。
 近接戦闘は自分の十八番だったというのに、それで完全に歯が立たない。
 自身の武器ですら、もはやその機能を失っていた。
 リカバリーするにも、きっと時間がかかるだろう。

 大魔導師の力を、まざまざと見せ付けられた。
 しきりに咳き込んでいるものの、そんなことをものともしないほどの魔力と技術。
 歯が立たないというのは、このことを言うのかもしれない。
 でも。

「がぁっ!」

 めり込んでいた壁から抜け出ると、自由になった身体が重力に引っ張られて落下する。
 床にたたきつけられた痛みすら、身体全体に響く。
 頭からは血が流れ、右手には刃のないクサナギを握りしめ、カクカクと笑う両足にムチ入れて立ち上がる。
 それほどまでに、彼の家族に対する思い入れが強いのだ。
 親のいない苦しみがわかるからこそ、金髪の少女だけでなくそれこそ世界中の子供達に同じ思いをして欲しくないから。

「…………」

 力なく立ち上がるを、プレシアは冷ややかに見つめていた。
 さらに、忌々しげに眉をひそめる。

「……ぶっ飛ばしてやる」

 うわごとのように、呟く。
 心を入れ替えて欲しいと願う。
 どこへなりともいきなさい、なんて言葉を、子供にかけて欲しくない。
 だからは虚ろな瞳で、プレシアをその視界に納めるのだ。

「ぶっ飛ばしてやる、ぶっとばしてやる、ブットバシテヤルブットバシテヤルブットバシテヤル……!!」
「……っ」

 ぞくり。

 プレシアの背筋を、悪寒が走り抜ける。
 なぜだろう。離れた場所で力なく佇む少年を見ているだけで、怖気が走る。
 黒い瞳には光もなく、バリアジャケットもボロボロ。
 ――そんな状態で、なにができる。
 ――自分の邪魔をしている人間に対しての扱いを、もっと強化した方がいい。
 まるで真逆な思考をプレシアは繰り返す。
 少年がかもし出す空気が、圧倒的優位なはずの自分を端へ端へと追い立てる。

「……っ!!」

 プレシアは歯を立て、手の杖をようやく動かした。
 少し浮かせて、ただ。

 かつん。

 床を突くだけ。
 それだけで、彼女の足元には紫色の魔法陣が浮かび上がった。
 円形の魔法陣と、杖の回りには環状魔法陣。
 杖の先端をに向けて、

「――――」

 何言かを呟いた。
 それは自身の魔力を収束した巨大な爆撃魔法で、杖の先端に集まった魔力球は天へ登り無数に分裂する。
 それはまさに、弾丸の嵐だった。
 一つ一つが大きなハンマーで殴られたような威力を誇り、それが無数。しかもそれがすべて1人の少年に向けられていた。
 地面にめり込み、岩を粉砕し、それでもなお止まらない。
 しかし。


「ブットバシテヤル」


 声は、背後から聞こえた。
 振り返ってみれば、そこにはボロボロの少年がいた。
 意識さえ消えかけているかのように瞳は虚ろで、身体中から血という血が吹き出ている。
 それでも気が付いたときにはすでに遅く、彼は目の前で拳を握り振りかぶっている状態だった。
 ……避けられない。
 直感がそう告げる。

 轟ッ!

 プレシアは彼の予言どおり、顔面に拳を受ける。
 ぶつかるだけでは拳の勢いは止まらず、『アリシア』のいる試験管に激突せんばかりの勢いでぶっ飛んだのだった。





久々の第04話です。
少々オリジナルチックにいってみましたよ。
主人公、結構アツイ人になりそうな勢いです(苦笑)。



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