「うぅ〜、んっ!」

 燦々と降り注ぐ太陽の光を一身に浴びて、気持ちよさそうに身体を伸ばす。
 赤く長い髪をなびかせて、一人の女性が広い野原に寝転んだ。
 彼女の正面に飛び込んでくる空は澄み渡るように青く、まるで『生き抜く者』の名を冠する召喚器の本質を表す色のよう。
 肺にたまった空気を入れ替えればとても清々しく、気持ちがいい。

 半年前。
 アヴァターへと襲来した『破滅』の軍勢の痕跡は、いまや見る影もない。
 かのモンスターの軍勢は人々の心に深く傷を残し、そのことごとくが大切な人を失い途方に暮れていた時期もあった。
 しかし、それもまた教訓だ。
 戦争が起きれば、犠牲者は増える。
 人々の悲しみは肥大し、更なる戦乱を呼ぶ。
 だからこそ、戦争などあってはならないと、世界中の人々の記憶に刻み付けられていた。

「あらあら。リリィ、はしたないわよ?」
「いーのよ、どうせ私たちしかいないんだから」

 隣で笑みを浮かべる金髪の女性は、そんなリリィの一言に肩をすくめた。

「だいたい、ベリオだって最近王都の復興作業ばかりで休む暇すらなかったじゃない」

 疲れてるんじゃないの?

 ……そう。
 彼女の言うとおり、ベリオという金髪の女性は跡形もなく破壊された王都の復興の第一人者として、自ら陣頭指揮をとっていたのだ。
 粉々になって消滅したガルガンチュワから脱出した数日後には、新たな街並みの設計から材料調達、人手の管理のすべてを一手に引き受けていた。
 彼女が指揮をとったから、王都はこれほど早く復興を遂げたのだと声高に叫ぶ人も少なくはないくらいに。

「大丈夫ですよ。コンディションは完璧です。それに、休んでなんていられませんから」

 ベリオはそう口にすると、ふわりと笑って見せた。

「もぐもぐ……」
「リコどの、あまり食べ過ぎては太ってしまうでござるよ?」

 持ってきたおにぎりを口いっぱいに頬張るリコを見て、カエデは苦笑い。
 ある意味大食漢を通り越しているんじゃないかと言わんばかりに、まるでリスのように頬を膨らませおにぎりを詰め込んでいる。
 この2人も、ベリオ同様王都復興に尽力したメンバーだった。
 カエデはその卓越した戦闘技術を以って、材料採取部隊の切り込み隊長とまで言われ、襲い掛かってくる野性のモンスターをバッサバッサと倒していく。
 その凛々しい姿に一目惚れしてしまうが増えてきているのは内緒である。
 リコは、元・書の精霊として得てきた膨大な知識を活用し、王都郊外に巨大な農園を作っていた。
 完全に崩壊された王都を復興するには人手と、そしてその人々が働くために必要なエネルギーの源が必要になるから、と魔術で地面を耕し、種を蒔いた。
 もちろん、それがたったの1,2ヶ月で収穫できるはずもない。
 それすら知っていた彼女は、魔術を用いて植物の成長速度を速めたのだ。
 ……どうやったのかは。

「……秘密です。禁断の秘術ですから」

 の一点張りで頑なにして教えてくれなかった。
 ちなみに、種も同様にして仕入れ、増やしたらしい。

「長年の習慣は直らなくて……それに私、太らない体質みたいなんです」
「……そ、そうでござるか……」

 カエデの顔が引きつっている。
 よく見れば、他のメンバーの顔も些か引きつっているように見える。

「オルタラ、もう少し違った言い方があるでしょう?」
「別に……ありのままを言っただけですから」
「……前々から言おうと思ってたんだけどね。貴女、デリカシーが足りなさすぎ!」
「おや、そうですか?」

 おにぎりをさらに頬張るリコを見かねて、彼女と瓜二つの少女イムニティは声を上げた。
 この2人はなにかにつけて口ゲンカするのだが、始まりはいつもリコの行動を見かねたイムニティが声を上げるところから始まる。
 今回も、その通り飛び交う言葉の応酬。
 ちなみに元・破滅の将だったイムニティは、つい半年前まで未亜を白の主として契約していた。
 書の精霊からただの人になってしまったことにより契約は強制的に解除されてしまったのだが、未だに未亜を「マスター」と呼んで付き従っていたりする。

「あ、あはは……」

 その2人の口ゲンカを目の当たりにして、もはや苦笑するしかないのは未亜だった。
 毎度のようにケンカしているため、仲裁することももはや無意味と悟っていたからこそ、ただ苦笑するしかないわけで。

「それにほら、そんなに口いっぱいに食べ物を詰め込んで! はしたないことこの上ないわ!」
「関係ありません。私は、私ですから」

 ……どことなく、イムニティがリコの世話を焼いているように見えるのは気のせいだろうか?



「平和ねぇ〜……」
「ええ、そうね」
「いい天気ねぇ〜……」
「ええ、そうね」
「この先も、今がずっと続けばいいわねぇ〜……」
「ええ、そうね」
「…………」

 かしましい救世主たちから少し離れた場所に、2人の女性の姿があった。
 白い髪にピンクのリボンを結った女性――ルビナスと、赤いドレスを優雅に着こなした女性――ミュリエルの2人である。
 彼女たちは千年前の救世主戦争を生きた稀な存在なわけなのだが、今こうして平和であることへの幸せを噛み締めている。

「あのね、ミュリエル。貴女、もう少し言葉にバリエーションをもたせたほうがいいと思うの」
「あら、そうかしら。私、話術は少々得意なつもりなのだけど」
「…………」

 ああ言えばこう言う。
 ああ、なんと少ない会話のキャッチボール。
 片方が話し掛けたと思ったら、あっという間に沈黙へと逆戻り。
 もちろん、仲が悪いわけではない。むしろ、いい方であるとも言えるだろう。
 ただ、隣にいて気を使わない。
 千年前、赤の主と魔術師として共に戦った日々が、この永遠に続くだろう平和で色褪せることはない。

「こうして軽口を叩き合えるのも、平和であるからこそ、ね」
「ええ、そうね……その通りだわ」

 世界は平和になった。
 人類の救世主が、戦ってくれている限り。

「この先も、ずっとこんな日々が続くのかしら?」

 イヤではない、むしろ居心地のいい世界で。
 平和な世界を生きるという幸せを噛み締めて生きていく。
 そんな現在がこの先、万一壊れてしまおうとも、人は強く生きていく。

「そうであって欲しい。でも万が一のために、私たちがいる。この学園がある」

 人々が自分から戦う技術を学び、万一に備え己を鍛える学園。
 仲間の大切さ、力の使い方をゼロから教える学び舎。
 それを守っていくのが、彼女たちのこれからの役目だから。

「でも……きっと、万が一はないわ」

 ルビナスは微笑む。
 幸せいっぱい夢いっぱいといった、それこそなんの屈託もない満面の笑み。
 もしかしたら彼女こそ、今こうして過ごしている幸せを、それこそ心の底から感じているのかもしれない。



 ……



「帰って、くるよね?」

 唐突に、リリィはそんなことを誰にともなく尋ねていた。
 誰が、とは聞かない。
 言わずとも、ここにいる彼女たちはわかっているから。
 そんな問いに答えを返したのは。

「決まってるわ。だって……」

 未亜だった。
 幼い頃から兄妹としてずっと一緒。
 その長い年月で培った女としての思いすら、ついこの半年前まで秘めたままにしていた彼女だからこそ、確信を持って答えを口にしていた。

「こ〜んなにいい女たちが待ってるのよ?」

 『彼』が愛する女性たちが、ここに集っている。
 いつ帰ってくるかもわからない思い人をこうして根気よく待っていること自体、すごいことなのだ。
 そんな彼女の声に、リリィは同じように笑う。
 取り越し苦労、かな。
 そんな一言を付け足して。

「きっと、帰ってくる。帰ってきてくれる……私たちのところへ―――」

 そのとき。
 長い髪を巻き上げるほどに強い風が吹いた。
 その風に、一同は目を見開く。
 ……聞こえたのだ。


『もうすぐ、帰ってくるよ』


『君たちの思い人は、目の前まで来ているよ』


 そんな声が。
 緑が舞う空を見上げる。
 さらなる風が、長い髪をはためかせる。


『     』


 かすかに聞こえた、トーンの低い声。
 聞いたことがあるようでそれでいて知らない声に、寝転んでいたリリィは思わず身体を起こしていた。
 記憶の奥底深くまで押し込められ、思い出そうにも思い出せない。
 知っているようで知らない声だったのだが、その言葉がなぜか信じられるような気がした。

「帰って……来るの?」

 誰かが呟く。




 一同の瞳に見慣れた紺色が映り、同時に溢れる涙が視界を覆い尽くしたのだった。





 …………





「全部、終わったんだぜ? 嬉しいことじゃねえか」

 彼女たちが『声』を聞いたのと同じ時刻。
 彼女たちが見上げた青空の下、一人の青年が、一振りの大剣を背にかけて歩いていた。
 そこへと続く道があるからじゃない。
 ただ自分の帰るべき場所へ、帰ろうとしているだけなのだ。
 この平和な世界で。
 自分と、親友と、仲間と……愛しい女たちと守り抜いた、この世界で。

『…………』
「あのな、堅すぎなんだよ。もっとやんわりいこうぜ、な?」

 復興を終え、立派になった王都を目と鼻の先に眺め、響く声に言葉を返す。

「お前も見ただろ? あいつと一緒に奴が消えるのをよ」
『…………』

 どこからか取ってきた果実をかじり、咀嚼する。
 久しく食した自然の味は、彼の口内に染み渡った。
 つい、



「うっめーっ!!」



 叫んでしまいたくなるほどに。

『……』
「あぁ、やっと帰れる」

 あの場所に。
 自分のいるべき場所に。
 果実をすべて口に含むと、ポケットから一つの石を取り出した。
 刻印のみが刻まれているだけでもう光ることのない、乳白色の石。
 かけがえのない親友がくれた、存在の証。

「さぁ、後一息だ。行こうぜ、トレイター」

 出会いも、別れも、今を流れる現実も。
 すべては運命。
 自ら切り開くべき、己の未来。

『了解した……我が主よ』

 答えを返したのは、彼が持つ大剣。
 反逆者の銘を受けた、神すら打倒する唯一の武具。
 彼の答えを聞きつつ、青年は意気揚々と歩いていく。



 ゆっくりと。それでいてしっかりと。
 一歩一歩、地面をしっかと踏みしめて。
 風を感じ、流れる大河のように。

「……お?」

 豆粒くらいにしか見えないが、それでもわかる。
 赤や緑や金色といった、自分を待っている色たちが。
 嬉しさがこみ上げる。

 声が聞こえる。
 自分の名を呼ぶ声が。

 ……ああ。
 俺は帰ってきた。
 自分の居場所に。
 己がいるべき場所に。



 再会したら、まずはこう言おう。















































「ただいま」

























































Duel Savior -Outsider-    Epilogue -side Avater-





























エピローグ・アヴァターVerでした。
夢主出てきません。さらに、原作と違ってそれほど時間が経っていません。
よって、子供もいません。
「ぱぱおかりなさい!」はありません(爆)。
ちなみに、紺色というのは、大河の制服の色(のつもり)です。



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