『この神たる我に相対するものたちよ』
薄く開いた目に、大河とを映し出す。
顔を覆う甲冑の間から見える燦然と輝く瞳はエメラルドグリーン一色で、その色そのものが2人の『人』としての部分が拒絶する。
人間ではあり得ない色だからこそ、どう転んでも身体全体が受け付けない。
『何故、我にその刃を向ける?』
「「!?」」
答えなど、決まっていた。
しかし、まさかそれを問われるとは誰も思わないだろう。
今まで幾度となく世界というスケールの大きな『モノ』をその世界に住まう人間ごと壊し、創ってきたのだから。
『神たる我が、貴公らになにをした?』
「……本気で、聞いているのか」
低い声で質問を返したのは、大河だった。
自分の行いが何を示しているのか。
ただ「気に食わないから」という理由で幾千、幾万という世界を、幾億、幾兆という数え切れないほどの人々をその手にかけてきた神にとって。
「神だからこそ許される……そんな考え方で世界を何度も壊されちゃあ、たまらないよな」
背後に浮かぶ剣たちに、は告げる。
それに呼応するかのように光を帯びる、歴代の救世主たち。
彼女たちの運命さえ輪廻の輪から切り離したのは神自身。
『我は、神である。全知ではあるものの、万能ではない。だからこそ幾度となく失敗を繰り返し、理想の世界を創り上げる』
「……狂ってる」
世界中に点在する僧侶たちがこの言葉を聞いたら、どれほど嘆くことだろう。
自分の満足がいく世界が出来上がるまで、いくら壊そうが自分の勝手だと言っているようなものなのだから。
「お前の言う理想はなんだ! お前は、何が欲しいんだ!?」
叫ばれる大河の声。
答えは、それこそ単調なものだった。
ただ一言。
『我が欲するは、満足感のみ』
己の欲求を満たすためだけに、神は世界を創り壊す。
抑揚もなく放たれた一言に、大河もも、ただ目を丸めたのだった。
Duel Savior -Outsider- Act.97
これが、神か。
ふつふつとこみ上げる怒りを抑えようと、は唇を噛み締めた。
神は人々の崇拝の対象。特にアヴァターなんかでは、それが顕著だった。
圧倒的なまでの支持を誇る救世主伝説とまではいかないものの、主に僧侶などのチームの回復要員としての立場の人間は、神の力を借りて力を行使する。
最も、その力は力を使う本人の内側に秘められた力だということはトレイターの話からわかっていることなのだが。
それでも、世界に存在する大半の僧侶たちはその事実を知らない。
神の力を借りて仲間の怪我を癒しているのだと、信じている。
だからこそ許せない。
人々の崇拝すら軽くあしらい、あまつさえ世界ごと壊そうと『破滅』を仕向けているのだから。
満足感を得るためだけにその巨大な力を振るう目の前の存在が許せない。
「満足感、か……へへ、言ってくれるじゃねえの」
大河は呟く。
その表情には笑みが浮かんでいるものの、真っ直ぐに突き刺す視線は笑っていない。
冷ややかで、蔑む視線。
彼はもはや、神を神としてみていない。
本気で、『敵』と認識した。
「テメーは、ここでぶっ殺す。文句言うんじゃねえぞ?」
トレイターを振り構える。
もう容赦しないと瞳だけでなく、身体全体で語っていた。
しかし、そのおかげでは沸騰するくらいに熱された頭を冷やすことが出来ていた。
笑っているものの、それでいて静かに怒っている大河を見たから。
「マスターがそういうなら、俺はそれに従うよ……っていうか、そうした方が世界のためだと思う」
はそんな言葉を口にして、刀を水平に構えた。
突きの構え。
威力を一点に集中し、目標を貫くことに特化した構えだった。
その状態で彼は、最後の手段を行使する。
「大河、少し……時間を稼いでくれ」
「策があるのか?」
「あァ、とびっきりのヤツがな♪」
大河の問いに、笑みすら浮かべて答える。
しかし、これを行使するには条件があった。
一つ、目標の魔力を上回ること。
二つ、目標が弱っていること。
一つ目はさておき、問題は二つ目だ。
この世界では不死に近い敵を、どう弱らせるか。
問題はそこにあったのだが。
「なんだ、だったら簡単だな……一度殺せばいい」
彼が神は死んだと判断した瞬間、『秘策』を叩き込む。
それができれば、話は早い。
「俺は、ヤツを殺せばいいんだな?」
方法の提案と同時に、大河は挑戦的な笑みをへと向けた。
冷静にことを告げるに感化されたのか、それはよくわからない。
しかし、いまならどんなことがあろうとも冷静に対処できるということは、間違いない。
だから。
「……そのとおり!」
肯定の返事と同時に、うなずいた。
「速攻だ、一気に決める!」
「了解だ。我が主よッ!!」
大河はトレイターを構えて地面を蹴り出し、はその場に残る。
これから繰り出す剣は、彼の持ちうる最高の力。
相応のリスクは伴うがそれも対象次第という、諸刃の剣ともいえる力だ。
でも、はそのリスクすらも受け入れる。
それがどんなものであろうとも、自分が望んだことだから。
「絶風……第二解放!!」
供給される魔力を吸収しつつ、最後の攻防となるように。
はその言葉を、口にした。
……
「いくぜ、トレイター!!」
声に呼応するように光るトレイターを掲げ、大河は駆ける。
神との距離を一気に縮めんと足に力を込めるが。
『愚かな。この我を打倒することなど、できるものか』
甲冑に包まれた手を突き出した。
開いた手のひらに集まる極光。
それは、大気に浮かぶ微細な魔力をかき集めて作り出した光弾だった。
大河が神の世界に来てから今まで、オルドレイクの召喚術やの第一解放など、魔力を使った戦闘が長く展開されていたからこそ。
(……やばいっ!!)
手のひらに収束する魔力の巨大さに目を見開いた。
当たれば致命傷。しかし、退くわけにはいかない。
大河は前傾姿勢をさらに深め、走る速度を上げた。
少し間違えれば転んでしまいそうなくらいに身体を傾げて、それでいて転ばない。
倒れる前に足を突き出し、地面を噛み、蹴り出す。
トレイターという召喚器があるからこそできる、驚異の身体能力だった。
しかし。
『遅い』
神の光弾の完成が一足早かった。
バスケットボール程度の大きさの光弾だが、凝縮された魔力は半端ないほどに膨大。
それを受けて、生きていられるほど大河も頑丈には出来ていない。
触れるだけでも、なんらかの影響があるのではないだろうか。
そんな見えない圧力すらあるような気がした。
だからこそ、そのバスケットボールを受け止めたりはしない。
転びつつある身体を強引に横に傾けて、コースを軽く曲げた。
光弾は速度を上げ、大河の背後にいるへと襲い掛かる。
その事実に彼が気づき振り向いた時には、すでにの目の前まで迫ってきていた。
「ッ!!」
思わず声を上げた。
彼を包む蒼い魔力がうねり、渦を巻きながら天に向かって伸びている。
……もとい。流れ込んでいるのだ。
の身体の中に。
その目に、一つのメッセージを乗せて大河に注がれていることに気づくのに、さほど時間はかからなかった。
メッセージとは、ただ一言。
『行け』と刻まれていた。
そのメッセージに従い、大河は再び走り出す。
の爛々と輝く瞳を信じて。
光弾が衝突する。
轟音と同時に、大爆発を引き起こすはずだったのだが。
『なに……』
は、いまだ健在。
放たれた光弾は爆発すら起こすことなく、彼の纏う魔力の奔流に飲み込まれたのだ。
白はあっという間に澄み切ったブルーに染まり、彼を包むように渦巻く。
しかし、の表情には苦悶が浮かんでいた。
巨大すぎる魔力が、の身体に収まりきらないのだ。
の見ていた目標を打ち抜く準備は、もう出来ている。
しかし、肝心の敵そのものが弱っていすらいないからこそ、その場を動けずにいたのだ。
そこへ飛来する、一つの光弾。
これでもかと言わんばかりに凝縮された魔力の塊が、彼に激突。
荒れ狂う魔力に飲まれ、なんと吸収されてしまったのだ。
必要な容量を軽く越えて、身体全体が悲鳴をあげるように痛みを発している。
「が、ぐ……」
しかし、それを神に悟らせるわけにはいかない。
……はずなのだが、圧し掛かる苦痛は想像を絶している。
少しでも気を抜けば、悲鳴をあげて気絶してしまいそうだ。
否。気絶どころか、身体が内側からはじけ飛んでしまうかもしれない。
しんどい。すぐにでも力を抜いて、まったりしたい。
そんな思いが脳裏をよぎる。
だが、そんなことをしてしまえば間違いなく自分たちは負ける。
だからこそ、は一つの策に出る。
「第一解放!!」
それは第二開放中に第一解放を行うという、荒業だった。
集めた魔力を発散するなら、ただ霧散させるのはもったいない。
そんな思いが一割と、神への怒りが九割で、解放に成功した。
「くそ……っ!」
暴れまわる魔力が古傷を開ける。
塞がってからかなり時間の経っているものから、最近出来たものまで。
とにかく傷という傷から鮮血が噴出した。
腕を、足を、顔を伝い滴る赤い液体。
痛みを堪え、それを気にすることなく。
「があぁぁあぁぁあっ!!!」
その場で刀をがむしゃらに振るいつづけた。
発生する風の刃、大地の槍、水の鞭、炎の剣。
標的を神に定めるまでもなく、四方八方に散らばる巨大な力。
そんな中で。
「うなれ、トレイターッ!!」
神の懐へ飛び込み、トレイターを振るおうと両腕に力を込める大河がいた。
目の前を駆け抜ける炎や風に気圧されることなく、閃光とともに大剣状態のトレイターを一閃。
振り返りざまに地面を蹴りさらに一閃。
スピードを殺しさらに跳躍しダメ押しの一閃。
追い討ちをかけるように四大元素の弾丸が神に襲い掛かる。
(……いけるっ! コイツ、明らかにさっきより弱くなってる!!)
勝利を確信した。
がむしゃらに繰り出される彼の力が、それはもう頼もしい。
神の身体は、満身創痍となっていた。
甲冑は砕け、羽は焼け落ち、剥き出しの皮膚を貫き、地面へと叩き伏せる。
大河はさらにトレイターを戦斧へと変化させると、切っ先が地面を擦るように一回転。
「オオォォォ……ッ!!!」
遠心力と自らの腕力をこれでもかと込め、地面に叩きつけられた神を頭上へとかち上げる。
頭上へ舞った神を見上げ、
「―――ッ!!」
名を叫んだ。
「…………っ!」
地面を蹴り出し、持てる力をすべて結集し、は駆ける。
大河の走った道を辿るように、視線を宙に舞い上がっている神に見据えて。
纏った魔力が立ち上り、煙のように霧散していくが、そんなことは気にしていられない。
内包した魔力は充分。
相手は神ではない。だから、きっとリスクも小さくてすむはずだから。
「はああぁぁ……ッ!!」
神の身体がの目線に映ると同時に。
『が……』
輪郭しか存在しない絶風の刀身を、突き入れた。
…………
どさり。
そんな音が響いたのは、が刀を突き刺してから数秒経った後だった。
神の背後に、一人の男の姿がまるで放り出されたかのように現れたのだ。
「オル、ドレイク……?」
なにをしたのかわからない大河は、ただその男の名を呟く。
それと同時に。
『ぐっ……ガァっ!?』
神が突然、苦しみ始めていた。
焼け落ちた羽は徐々に消え去り、身体の輪郭すら危うくなっている。
ず、とは刀を引き出すと、そこにはほとんど透けていたはずの刀身が存在していて。
『な、なにをしたァ!!』
神はそれを尋ねずにはいられなかった。
苦しげにうめく神とは逆に、の表情には真剣さが浮かび、視線が神を真っ直ぐ射抜いている。
その目は黒く染まり、今まで輝いていた真紅が消え去っている。
「……お前の中の、『オルドレイク』を剥がした。身体がオルドレイクを介して出来ていると、思っていたからな」
大当たりだ、とは静かに口にする。
神でも予想しうることできない力だったのだろうか。
しかしそれも、消えつつある神に聞くことはもうできそうになくて。
は大河へと視線を移動する。
その目には今までの赤黒い色はなく、茶色の混じった黒へと変貌していた。
「大河」
「ああ」
紡がれる声にうなずき、トレイターを振り上げる。
神はもはや、身動きを取ることはできない。
寄代となる身体を失い、世界を彷徨う一つの霊体となんら変わりない、ただの光となっている。
天へと掲げられたトレイターは眩いばかりの黄金の光を放ち、光そのものがその刀身を覆うように剣の形を作り出す。
「神断つ剣、トレイター……」
の足が、光の粒となっていく。
先ほどの左手の比ではない。
それこそ、ゆっくりとではあるものの、あと数分で消えてしまうだろう。
それを横目に見つつ、大河はそれでも、神である光を視界の中心に捉える。
「今こそ、その真なる力を示せ……」
トレイターが光を強め、明滅する。
形作られた剣はそれ相応の質量を以って、大河の両手に圧し掛かった。
「っ!」
一気に振り下ろす。
「らああぁぁぁっ!!」
ただの光となっていた神にその斬撃を躱す方法などなく。
ザン、と音を立てて、消えていったのだった。
…………
……
…
「終わったな」
「、お前……」
の身体は、すでに半分以上が消えていた。
腰から下はすでになく、宙に浮かんでいるとも思えるような状態だったが、それを気にすることはない。
刀を鞘へと納めて、にかと笑う。
「やったな。これでアヴァターも、リィンバウムも無事だ」
相手の心境を考えることなく、告げた。
「やっぱり、還るのか。リィンバウムへ」
「もちろんさ。あそこが、俺の第二の故郷だから」
最初の故郷は、大河や未亜と同じ世界であり、同じ国。
しかし、長くリィンバウムにいた。
それこそ、元の世界じゃできないようなことも、体験できた。
それに。
「あそこには、かけがえのない仲間たちがいる」
もちろん、アヴァターの仲間たちだって大切だ。
でも、自分が消えればそれも終わり。
それがサバイバーを持つ者の宿命だから。
Fatally。
そんな一つの単語だけで、今の彼らを表すことができるだろう。
出会いは必然で、運命だった。
大河がトレイターの主となったことも、がサバイバーの担い手になったことも。
2人がそれぞれの世界に召喚されたことも。
そしてこうして巡り合い、互いを信じて戦い抜いたことを。
記憶がなくなっても、それは誇ることのできる事実だ。
だからこそ、大河ももその思いを胸に秘め、胸を張る。
「例え生きる世界が違おうが、俺たちは……なにがあろうともずっと仲間で、親友だ」
拳を突き出す大河を見て、ほとんど消えつつあるも拳の先を合わせる。
「……ああ」
仲間であり、友である証を立てた。
「それじゃ、俺はこれで」
「おう」
大河から背を向ける。
しかしすぐに、思い出したかのように振り向くと、
「最後に一つだけ、頼みがあるんだ」
「なんだよ、改まって?」
告げる。
それが宿命で、運命であっても、どうか彼にだけは覚えていて欲しい。
この世界に、 という人間が存在していたことを。
かつて自分がここにいたという証のために。
だから、この言葉を口にする。
「俺のこと……覚えていてくれ」
互いの存在を感じていれば、それは互いの存在の証となる。
出会い、名を呼び合い、笑いあい、背を預ける。
その温かさが、証そのものだと思うから。
「こんな奴がいたな、って……ときどき思い出して欲しい」
かなわぬ願いかもしれない。
でも、できればかなって欲しい。
そんな頼みごとに対し、大河は笑みを浮かべて、
「当たり前だろ、そんなの」
さも当然のように、そう口にしたのだった。
自信ありげに放たれるその言葉を聞いて、は目を閉じる。
再び大河から目を離し正面へ向き直ると。
「あぁ……ありがとう」
最後にそう口にして、この世界から姿を消したのだった。
一人残った大河も同じように目を閉じ、消えゆく世界に身を委ねた。
今までなかった風を感じ、少しちぢれた前髪が揺れる。
「……忘れねぇさ」
絶対に、忘れない。
頭の片隅どころか、自分の頭の一角を支配しているのだから。
……もちろん、9割はあいつらだからな!!
今も綺麗な笑顔を見せているだろう6人の想い人たちを思い浮かべる。
みんな……今、帰るからな。
次の瞬間。
神の世界から、最後の一人が姿を消したのだった。
というわけで、なんとかこれで本編は終了です。
このあとはエピローグですね。
……お疲れ、自分(爆)。
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