オルドレイクとの距離を詰める大河と
 もてる最高の速度をもって肉薄するが、彼はそれを待ち構えていたかのようにヘルハーディスを振りかざした。
 黒い稲光と共に剣先に具現する同色の球体。
 それは、この神の世界へ来る前に大河の身体を押し潰そうとしたドームを作り出す球体で、それを見るや否や大河はその場で急ブレーキをかけてバックステップ。
 は走る速度を上げてオルドレイクの背後へと回り込んでいた。

「まトメて圧シ潰しテやロウ……光栄に思エェ!!」

 そんな声と共に振り下ろされる黒剣。
 彼の目の前の地面に球体が染み込むように消えると、一瞬にしてドームが出来上がる。
 水面に広がる波紋のように黒く薄い膜に覆われた半球が展開されると、中に残された岩をも押し潰し粉々に粉砕していく。
 ミシミシメキメキという乾いた音が二人の耳を貫いていた。
 岩をも砕く重力の檻なのだ。このドームは。
 だからこそ、中に留まれば最後。以前の大河のようにあっという間にボロボロになってしまうだろう。
 球体の輪郭を回るように移動する大河はその外側で立ち尽くすオルドレイクへと特攻した。
 トレイターを振り構え、地面を這うように身体を傾げて、大河は駆ける。
 そして、は鋭い角度で移動方向を変え、無防備に背を向けているオルドレイクへ向けて突撃した。
 オルドレイクの元へたどり着いたのは同時。
 一歩を踏み出し、己が武器を振り上げるのも同時。
 そして。

「「おおぉぉぉっ!!!」」

 その武器を振り下ろすのも同時だったのに。

「っ!?」

 ばし、という何かが爆ぜるような音が目の前で響き、大河のトレイターをヘルハーディスで、の絶風は見えない壁のような何かで阻まれていた。
 接触面は水面のようにたゆたい、白い稲妻と黒い稲妻が乱れ飛ぶ。
 込められた力がその見えない壁に阻まれ、行き場を遮られた力は刀身を振動させ音を立てる。
 こめかみから汗を一筋流しながら、突如感じた力の奔流に目を丸めた。
 少しずつ、少しずつ。
 その壁にヒビが入ったかと思えば。

「やば……っ!」

 そのヒビの一つ一つが刃となって、嵐のようにへと襲い掛かっていた。
 オルドレイクを守っていた壁そのものが無数に砕かれ、その破片のすべてがを標的にしているのだ。
 無意識に全身が強張ると、両腕で顔を庇うようにクロスする。
 そして、これから襲う激しい痛みに耐えるために、固く目を閉じた。

っ!!」

 大河の声。
 その声に答えを返すことはできず、破片という破片がの身体に突き刺さり、深い傷をつけ、吹き飛ばす。
 勢いに押されて吹き飛んだの身体は傷だらけで、数メートルの距離を浮遊、地面にたたきつけられる。
 背中から地面に叩きつけられるように着地すると、肺にたまっていた空気を思い切り吐き出した。



Duel Savior -Outsider-     Act.94



「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 刀を杖代わりに身体を起こすと、足を軽く痙攣させながらもゆっくりと立ち上がる。
 顔以外の身体中からとめどなく血が流れ出ていく。
 纏っている衣服すらを真っ赤に染め上げて滴る血は、床を赤く汚していた。
 珠のような脂汗が額に浮かぶ。それが彼の苦しさを如実に物語っているようだった。

「テメェェェェっ!!!」
「ぬぅぁ……っ!?」

 漆黒の剣に阻まれたトレイターを引くと、今までのそれとは桁違いに巨大な黄金の戦斧へ変化させる。
 振り上げられる無骨な戦斧は地面を抉り岩を砕き、その衝撃によって発生した空間の亀裂を作り出す。
 青い光に包まれたオルドレイクを、巨大な衝撃が襲う。
 斬り上げられた刃はオルドレイクの身体を斬り裂き、頭上へと舞い上がらせていた。

、無事か!?」
「あぁ……問題、ないっ!」

 杖代わりにしていた刀を地面から引き抜き、気丈にもその場で力強く刀を振り切る。
 破片の突き刺さった足をガクガクと震わせながらも、その激しい痛みに表情を歪ませながらも、強力な大河の攻撃で崩れ落ちたオルドレイクを見据えた。
 オルドレイクは怪我を負っていながらもまったく弱った気配すらなく、すっくと立ち上がる。

「……弱いナ。こレが貴様ラの実力か」
「ふん。バカいえ。こんなもんじゃねぇぞ」

 なにしろ、大河は一度オルドレイクを殺しているのだから。
 何をもって殺したと定義できるのかが気になるところだけども。

「そうさ。まだまだ、こんなもんじゃないさ」

 震える足をそのままに、それでもしっかりと地面へ足をつけて歩く。
 そう、まだ……やれる。
 これくらいの傷で、戦いを諦めるわけにはいかないのだから。
 それに、これくらいいつものことだ。
 だから。

「見てろよ……行けるな、サバイバー」

 はサバイバーへと呼びかける。
 サバイバーがあるから、今の自分はオルドレイクと同等以上に戦える。

≪任せておけ。我はそなたと共に在る……共に生き抜いて見せようぞ!!≫

 サバイバーの声が、今まで以上にはっきり聞こえる。
 最初から勝てると……わかりきったことだ。

≪我が名はサバイバー。混迷の世界を生き抜く、誓約の戦士なり……っ!!≫

 …………そうか。
 そうだったのか。

 大河の背後に浮かぶ無数の剣たちにも、元となった戦士がいる。
 トレイターにもジャスティにも。
 ライテウスにもユーフォニアにも黒曜にもエルダーアークにも、元となった人がいるからこそ、それぞれに人格が宿っている。
 だからこそ、同じ召喚器であるサバイバーにも元となった人間が存在しないはずがない。

「さぁ、行こうかサバイバー…………いや、エルゴの王よ!」
≪共に征こう……最後の時まで!!≫

 共界線クリプスから魔力が流れてくる。
 青い光がを包み、絶風が雄叫びを上げた。瞳を真紅に染め上げ、大河へ視線を投げる。
 目を合わせてうなずくと。

「第2ラウンドだ……行くぜオルドレイク!」

 大河は剣へと戻していたトレイターを振りかぶり、地面を蹴り出した。
 は魔力の残滓を迸らせながらその場で振り構える。
 互いの刃を交えた大河とオルドレイクはさらに剣戟が続く。
 火花が飛び散り2人の目に真紅が映っても、2人は剣を交えることをやめない。
 愛するもの、大切なものを守るために目の前の敵を打倒するために剣を振るう大河と、世界を手中にするために自分を脅かす者を排除するために剣を振るうオルドレイク。
 2人の強い願いと思いがぶつかり合い、互いの眼光が突き刺さる。

「いくぜ……トレイターッ!!」

 怒涛の技比べにひと段落付き、剣が離れたところで出来た隙を突いて、大河は剣先をオルドレイクの懐へ滑り込んだ。
 懐に飛び込んでオルドレイクの攻撃を封じ、自身の攻撃に転じたのだ。
 渾身の力を込めて、大河は剣を振り回す。
 型なんてあったものじゃない。がむしゃらであるにも関わらず、トレイターは確実にオルドレイクを斬り刻んでいく。
 背後へたたらを踏んでいることで余計に斬りつけやすいのか、調子に乗って剣を振り回していた。
 右へ左へ、上から下へ。最後に強く強く踏み込んで斬り上げる。
 宙へ舞い上がったオルドレイクを追いかけて、大河は跳躍。さらにトレイターをトゲトゲのついたヘルメットに変化させて。
 それで一発ガツンと頭突きを見舞い、殴る、殴る、殴る。

「まだまだァッ!!」

 大きく振りかぶり、トレイターが光を帯びる。
 次に変化したのは、巨大なピコピコハンマーだった。
 ピコピコハンマーとはいっても、子供が扱うようなおもちゃとは違う。
 思い切りぶん殴れば、それこそ痛いではすまないだろう。っていうか、思い切り振り下ろせば対象を押し潰せる。

「ふんがァッ!!」

 よって、大河は情け容赦なくピコピコハンマーを力の限り振り下ろした。

「ぬぅっ!」

 オルドレイクはピコピコハンマーによる打撃に吹き飛ばされ、地面に思い切り叩きつけられる。
 その寸前に、大河はへと視線を移した。
 そして、その名を叫ぶ。

――っ!!」

 声の先には、抜刀の構えを取り何かをぶつぶつと呟いていたの姿があった。
 彼を覆っていた青い魔力がその刀に収束し、その色を緑へと変じて咆哮を上げている。
 オルドレイクが地面に激突。バウンドし、再び宙を舞う。
 その光景を目の当たりにして、目を見開き刀を抜き放った。

「風よ……我が声に応え、敵を斬り捨てよ……ッ!!」

 発生したのは3つの巨大な円形の魔力刃だった。
 その魔力刃は風をまとって渦巻き、真っ直ぐに無防備のオルドレイクへと向かっていく。
 さらに刀を振りかぶり、飛んでいく刃を追いかけるように地面を蹴り出す。

「ぐ……ぬうぅぅぅっ!!」

 機械で金属を削り取るような甲高い音が響き渡る。
 魔力刃を自らの黒い刃で受け止めているのだ。緑色の魔力刃は回転しているため、ヘルハーディスに激突するたびに赤い火花が舞い散っている。
 彼はそれを力任せに掻き消すと、2つ目は巨大なほどに魔力をぶつけて霧散させる。
 3つ目を受け止めたと同時に、は振りかぶっていた刀に炎を纏う。

「炎よ……我が剣に宿りて、その力をここに示せ……!!」

 そんな声と共に、炎の剣を振り下ろした。

「がアぁaぁっ!!」

 風の魔力刃が霧散すると同時に、今度は炎の剣がオルドレイクに襲い掛かる。
 反撃どころか、防御の隙さえ存在しなかった。
 剣が地面に突き刺さると同時に爆音が響きわたり、オルドレイクとを中心に黒煙が噴出す。
 着地した大河をも巻き込んで、煙は周囲を覆い尽くした。



「なゼ……」

 それは、煙の中で聞こえたオルドレイクの問いかけだった。
 は一歩踏み込んだ形で刀を振り切っており、そのままの状態で顔を上げる。

「ナぜ……我の邪魔ヲすル……?」
「…………」

 弱々しい声だった。
 怒涛の連携攻撃で大きな傷を負ったからか、本当に苦しいのか。
 そんなことはにとって同でもいい話だ。

「我ハただ……世界ヲ手に入れタイだけナのダ。ソれヲ、何故……」

 声が震える。
 しゅう、という蒸気が噴出すような音が聞こえ、オルドレイクから白い煙が見えているのがわかる。
 ……傷が癒え始めているのだ。
 はそれを見逃すことなく、煙が晴れない中声を上げる。
 今の主の名を。一時限りのパートナーの名を。

「大河ァァッ!!」

 神の世界全体に、轟かせるように。

「いよっしゃぁぁぁっ!!」

 声を頼りに、大河が煙の中から飛び出した。


 ……


「……お前は、やりすぎたんだ。オルドレイク」
「なンダと……?」

 振り下ろされるトレイターを受け止め、オルドレイクを挟むようには絶風を繰り出す。
 自分がいるべき世界で息子たちを駒として魔王召喚を企て、アヴァターで自らの仲間を裏切ってまで巨大な力を手に入れようとした。
 すべては、大願のためだった。
 世界を手中に収めるという、スケールの大きな願いのため。

 召喚獣も、人間も。全てを派閥に利をもたらす道具と思え。より有効な使い道を求め、壊れたならば速やかにうち捨てよ。

 彼が大幹部を務めていた無色の派閥の大願を成就するための、大切な要素の1つだった。
 人間を人間と思わず、召喚獣も召喚獣と思わず『モノ』として扱えと。
 結局彼は最後まで、破滅の民というくくりでの仲間ですら1つの道具として扱い、一人生き残った。
 そして念願の力を手にしたものの、神の降臨を拒んだ大河の介入によってこんな世界にまで追いやられた。
 モノとして人を使い、必要がなくなれば排除する。
 彼は自分本位というスタンスを変えずに、とにかくやりすぎたのだ。

 最初と同じ状況だったためか、オルドレイクは背後に不可視の壁を形成する。
 しかし、二度も同じ手を食うほどは馬鹿ではない。
 繰り出していた剣先を寸止めた。

「大体、そんなに世界そのものを欲しがって、どうするつもりだったんだ」
「どうスル……だト?」

 最初は、古からの大願だった。
 そのために人を陥れ、召喚獣を利用し尽くし、結局その願いを叶えられない。
 平穏を……みんなの世界を守ろうと必死になって戦ってきた人たちに、負けつづけてきた。
 でも結局のところ、その大願を叶えてどうするつもりだったのだろう?

「そうだよ。お前、世界そのものを手にして、どうするつもりだったんだ?」
「…………」

 オルドレイクは答えることが出来なかった。
 世界を破壊・再生して、そこに住まうすべての頂点に立つ。
 そんな大願を果たすためだけに今まで動いてきたのだから、問題はその先に存在する、はずだった。

「……っ」

 本来なら考えていたのだろう。
 しかし、神の力を得て、その力にあてられてしまった彼にはもはや、この多次元世界を破壊・再生したその後のことなど……

「……ドうでモよい」
「なに?」
「もウ、こノようナ世界なドどうデモよイ」

 どうでもよくなってしまっていた。
 じぶんはただ、世界を破壊・再生するだけ。
 神として。

「…………」

 はその言葉を聞いて、目を閉じた。

「それなら、俺は……お前を止める」

 リィンバウムの守護者として。
 リィンバウムに住まう1人の人間として。
 そして、『救世主戦争』に関わった者の一人として。
 その責務は、今この場にいる自分に……自分たちにある。

 サバイバーが光を帯びる。
 共界線から魔力を引き込み、発生する風で煙を吹き飛ばす。
 ほぼゼロ距離にいる今の位置からバックステップで距離を取り、刀身を水平に構えた。

「それが、俺の……」

 大河と自分。そして、『トレイター』と『サバイバー』の。

「俺の……役目だ!」

 止めて、倒して。
 このな戦いを。





「終わらせるんだ……全部……ッ!」





 終わらせる。









もう少しです。あともう少し。
あと2,3回の更新で、おそらく終わると思います。
100話できっちり終わるっていうのも、アリかもしれません。


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