「だはぁっ、はぁっ、はぁっ!!」

 つい今しがたまで戦場だった場所で、は倒れるように寝転がった。
 どれだけ自分が化け物じみた力を持っていようとも、神様相手はさすがにきつすぎたから。
 絶風は床に突き刺さったまま。
 やり遂げた、といわんばかりに明滅し、蒼い魔力が残り香のように漂い消えていく。

「よお、大丈夫か?」

 差し出される1つの手。
 は差し出された手とその主を交互に見て、笑みを作る。
 軽く身体を起こして、その手を取ったのだった。

「すごいっ!」
「やったでござるな!」
「神様を……追い返しちゃった!」
「なんて……なんて人たちなの……?」

 リリィが、カエデが、ベリオが、ルビナスが。
 それぞれが歓喜や驚嘆の表情を見せる。
 神と、その宿主であるオルドレイクを神の次元へと送った。
 『人』が『神』を追い返したのだから、驚いてしまうのも無理はないというものだ。
 これでアヴァターも、数多に存在する多次元世界も救われる。
 そう思っていたのだが。

「いや、まだだ」

 大河だけは、表情に険しさを残していた。
 あのオルドレイクだ。このまま放っておけば、また『破滅』は起こる。
 千年後とは言わず、ヘタをしたら数年の間とかに。
 なぜならば、それを実行するの神ではないから。
 もっと効率よく、多次元世界のすべてを壊して回るだろう。
 だから、それを止めなければならない。

「ど、どうしようっていうのよッ!?」

 リリィが叫ぶ。
 破滅の脅威をその身に感じているからこそ、見過ごしてはいられない。
 大河は1人、先ほど話した唯一の策の最終段階へと突入する。

「未亜、ごめんな……」

 大河は未亜からジャスティを取り上げた。
 今が、最初で最後のチャンスなのだ。
 神が取り込まれて支配されることなく、それと同等の力を振るえる存在の出現。
 そして、この世界から追い払うことができたこと。
 これから彼が行うのは、その先のことだった。
 この先は絶対に巡ってくることのない、唯一のチャンスを逃すことのないように。

「トレイターを、真の姿に戻す」
「それで、どうするのでござる?」

 そんなカエデの問いに大河は答えを返すことなく、代わりに薄く笑った。
 一時でも神と合一しその計画の全容を知った今、それを防ぐためにはこれしか手がないのだ。
 もっとも、神が今でもこの計画を企てているかどうかはわからない。
 相手は神の力をも押さえ込むほどの、『』を越えた存在だから。
 それに加え、膨大な魔力を内包する魔剣すらその手に携えている。
 最凶の剣には最高の剣を。
 これに対抗するためには、こうすることがもっともベストな方法なのだ。

「トレイター、ジャスティ……力を貸してくれるよな?」



 ――昔々、とある村に兄妹がいました。
 2人はとても仲がよく、どこへ行くにもいつも一緒。
 村人もその仲睦まじい光景を暖かい目で見守っていました。
 まるで、村の平和の象徴であるかのように。
 ……しかし、平和も長くは続きません。
 ある日、その村を悲劇が襲いました。…………『破滅』の襲来です。
 それは瞬く間に人を殺し、家を破壊し、まるで象が蟻を踏み潰していくかのように、村を滅ぼしていきました。
 その中で唯一、その兄妹は生き残りました。運良く逃げ込めた家の地下室に身を潜め、嵐が過ぎるのをただひたすら待ちつづけたのです。
 嵐が去り、地下室から出た2人を、驚きと大きな悲しみが襲います。なにせ、村そのものが瓦礫となっていたのだから。
 だから、強くなろうと決めました。強くなって、自分たちのように悲しむ人たちを出さないように護ろうと誓いました。
 それから数年。妹は救世主に、兄は妹を守る騎士となりました。
 仲間と共に世界を回り、ついに破滅の軍勢と戦ったのです。
 しかし、救世主とは世界を救う者のことではなく、神に代わって世界を滅ぼす者でした。
 守ろうと努力し、世界を救う救世主になったのに。
 このままでは守れない。逆に、滅ぼしてしまう。
 …………だったら、いなくなればいい。
 兄妹は、自らの武器で命を絶ちました。
 世界が平和でありますようにと願って、2人で一緒に。
 そんな死にゆく2人に、神は目をつけました。
 呪いをかけて、救世主だった妹の魂を一張の弓へと作り替えたのです。
 それを事前に知った兄の魂は、これから永遠を生きる妹を1人にしたくないと、自らも呪いを受けることを決めました。
 妹が自らの力を分割し、兄へと移植することで。
 こうして2人は、ジャスティとトレイターという召喚器となったのです。
 そして今、その2人が――



「もう、お前達みたいな……悲劇を繰り返さないために……」

 光の中で、神をも打倒する最高の召喚器へと融合を果たしたのだった。

≪我が主よ、言うまでもない……我が名はトレイター。神に反逆する者の剣……神断つ剣なり!!≫



Duel Savior -Outsider-     Act.92



 大河の手の中で、彼にしか聞こえない力強い声が響き渡った。
 その声を聞いてか、大河の表情に笑みが浮かぶ。

「そして未亜……お前の白の力も、俺がもらう。イムニティとリコ……お前たちの力もな……」

 統合された赤と白の力。
 それは世界を破壊、再生することを可能とした、神の力だ。
 救世主の誕生も、本来なら赤と白の精であるリコとイムニティを従えて、ようやく成立するのだ。
 しかし、今の大河では破壊することしかできない。
 それは彼自身、わかっていることだった。
 大河は男性だから。例え白の力と統合されても、世界を創ることはできないから。
 だからこそ、今がチャンスなのだ。

「リコ、イムニティ……」

 2人の頭に手を乗せる。

「マスター……?」
「な、なにするのよっ!?」

 大河に拒絶された神の支配力は、今この世界に及んでいない。
 オルドレイクが押さえ込んでいることも1つの理由なのだろうが、それは彼が神に成り変る時点で些細なこと。
 神の支配力が及んでいないからこそ、大河は救世主であって救世主でない……つまり救世主としての力だけを振るうことのできる存在になったのだ。
 リコとイムニティの頭に乗せた手が淡く光を帯びる。
 最初は黄金だったその光がリコの頭上では赤く、イムニティの頭上では白く染まる。
 神と合一を果たしたときに得た力だ。
 リコとイムニティに宿る赤と白の力の源を、その手で吸い取る。
 つまり。

「私たちを……書の精霊ではなくした?」
「マスター、一体何をッ!?」

 2人は、ただの人間になった。
 単純に破壊するだけの力なら、神に等しい。その力を強めるために、2人から力を吸い取った。
 人の手には余る力だ、と大河は小さく苦笑する。
 黄金の剣をその手に携え、大河は全員をその目に焼き付ける。
 これがみんなを目にする最後の機会になるかもしれないから、と入念に、決して忘れないように。

 リリィ、カエデ、ベリオ、ルビナス、ナナシ。
 そして。

「…………」

 
 クラスメイトとして、頼れる仲間として戦場を共にしてきた親友。
 自分を見る彼の眼には、どこか確信めいたような光が見て取れる。

 ……はは、バレバレか。

 苦笑してみるものの、は笑みを返すことなくその赤黒い目を閉じる。
 そして、告げた。

「行け。救世主……」

 行け、と。
 自分が思う通りに、前に進めと。
 再び開いた瞳の奥で、彼はそう自分に告げていた。

「後は、まかせておけ」
「……あぁ!」

 ここでは、初めて笑みを見せた。
 鎧に囚われた大河に見せたような、挑戦的な笑み。
 それは彼を危地に追いやると知っていながらも、止めようとしない。彼にできる最高の配慮だった。
 その笑みに押されて、大河はくるりと神の次元へ続く黒い穴へと身体を向ける。
 穴は今にも閉じそうで、この場にいられる時間はもうあまり長くないと告げている。

「お別れだ、みんな……」
「大河殿?」
「な、なに言ってるのよ!?」
「大河君!」
「ダーリンっ!?」

「俺はこれから……」


 俺が欲しいのは……みんなが笑いあえる、みんながハッピーになれる、そんな世界なんだ!!

 そのためなら、この身体がどうなろうとも……構わない。

 だから。


「神を追うッ!!」

 これがこの世界に破滅を引き起こさせない、唯一の方法。
 それは大河が神を追いかけ、永遠に戦いつづけることだけだった。

「神の次元では時間って概念がねぇ……俺が戦いつづけている限り、この世界に神がちょっかいを出すことはない」

 それが、神と同等の力を振るうことのできる唯一の存在としての仕事であり、同時に。

「惚れた女のために戦う。俺らしくていいじゃねぇか」

 みんなが笑顔でいられるために。
 ずっと笑顔でいてくれるなら、力が沸いてくる。

「なに、運良く神を殺せたら、きっと帰ってくるさ」

 消えつつある召喚門を見据え、ゆっくりと歩き出す。
 もう、後戻りはできない。
 ここからは、俺の戦いだ。

「あばよ、みんな……達者でな!」

 口々に名前を叫ぶ仲間たちの声を聞きながら、大河は単身、神の世界へと飛び込んだのだった。




 …………




 神の世界。
 そこは、まさにファンタジーだった。
 空飛ぶ島が無数に存在し、月の色が赤い。
 まわりにはごつごつとした岩が無数に存在し、それでいて地面はどこか魔法っぽい。
 頭上からは光が降り注ぎ、目の前でうつぶせになっているオルドレイクを照らしていた。

「……こコは、ドこダ?」

 ゆっくりと起き上がるオルドレイク。
 その目は血走り、漆黒に染まった瞳はすでに濁りつくしている。
 しかし、右手に融合した漆黒の剣はその光を絶やすことなく輝きつづけていた。
 周囲を見回し、浮かんだのは笑み。

「そうカ、我ノ世界か」

 神を乗っ取り、神になりかわったオルドレイクの世界といっても、過言ではないだろう。
 そして彼は、今まさに神そのものへと変貌しようとしていた。
 発される声は幾重にも重なり、いつどうなるかわかったものじゃない。
 自分の世界に戻ってきたことで息を吹き返した神の意志が身体の中で暴れまわっているのだ。
 それを押さえつけている漆黒の剣の重要性が窺える。

 そして、大河へと目を向けた。

「貴様、コこガどこダカわかッテいるノだろウな?」
「当たり前だろ………………………………テメーの死に場所だ」
「ククククっ、人間風情ガ、ふざケたこトを言ウ」

 この場所で、終わらない戦いが続くだろう。
 敵はほぼ不死身に近い。さらに、ここは敵のホームグラウンド。
 状況だけなら圧倒的に不利なのだ。
 でも。

「召喚器たちよ……俺に力を貸してくれっ!」

 大河の声に応え、具現したのは幾千、幾万の武器。
 かつて、同じ志を持って戦ってきた人たちの魂。
 救世主と呼ばれた、悲しい心を持った人たちが宿る武器たちだ。

「そンなモノで神たるこの我に刃向かウとハな……可笑しな話ダ」
「……ふん」

 トレイターを構えた。
 もう、話すことなど何もない。
 ここは永遠の世界。時間の流れすら完全に遮断した、孤独な世界。
 どうせ終われないんだから、話すという行為など無駄というものだ。

「さぁ、始めようか……終わらない戦い、ってヤツをよぉ」

 時間は永遠。
 腹が減ることもないし、自身が年を取り成長することもない。
 それに、髪も伸びないし。
 まぁ、そんなことは今どうでもいいことなのだ。



「おおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」



 裂帛の気合と共に、大河はトレイターを手にオルドレイクとの距離を詰めたのだった。





 …………





「大河――っ!」
「大河君っ!!」
「大河殿!」
「ダーリンっ!!」
「マスター!!」

 口々に叫ぶ。
 しかし大河は振り返ることなく、消えつつある黒い穴の中へと身を投じていた。
 彼の身体が消えると同時に、穴も閉じていく。
 完全に消えたと同時に、ガルガンチュワ全体を大きな振動が襲っていた。

「おい、時間がない! 脱出するんだ!!」

 大河が消えてしまった。
 彼を好いていたクラスメイトたちは、それぞれが悲痛な面持ちで神の座を後にする。
 は気絶したままのセルを背負うと、しんがりを走り出したのだった。
 途中で気絶から覚醒したミュリエルを仲間に加え、一行はただひたすら来た道を戻り走る。
 最初に降り立ったところまで戻れば、ダリア先生がいるからとが目的地を指定したのだ。
 このままガルガンチュワが落ちたりでもしたら、ダリアだけでなくその下の王都だって無事ではすまないだろう。間違いなく。
 もっとも、破滅が襲ってきた時点で王都はもはや廃墟寸前なわけだけど。
 回廊を抜けて、天井の崩れた瓦礫の山を通り抜けて。
 そこで一行は走る足を止めていた。
 巨大な魔力の反応を感知していたから。

「な、なんで!?」
「……あっ、オルドレイクのヤツ、大河を助けたときまでいなかったじゃない! 何かやってたのよ!」

 そう。
 リリィの言うとおり、オルドレイクはあのときいなかった。
 彼は万が一の時のために、『保険』をかけていたのだ。
 もし自分があの場所から消え去ってしまった時のために、後で支配しやすいように人々を衰弱させておこうという魂胆だったのである。

「これは……ガルガンチュワの主砲だわ」

 イムニティが呟く。
 王都のすべてを薙ぎ払ったその力は、間違いなく主砲に充填されている。
 神の力添えがない分、この巨大な要塞の全エネルギーを注ぎ込んで。
 そして、狙いは……

「まさか、フローリア学園を?」

 ミュリエルの呟きに、リコがうなずいて見せた。
 今一番人がいる場所は、ミュリエルが設立したフローリア学園。
 そこへ膨大なエネルギーをぶつければ、まちがいなくたくさんの人々が死に絶える。
 しかも、学園には王女であるクレアもいる。
 彼女を……最高の指導者を失っては、国そのものが成り立たない。
 だから。

「よし、なら俺が残ろう」
君……?」

 セルを背負ったが告げた。
 自分の名前を呼ぶベリオの顔を見つつ、苦笑してみせる。
 彼女の顔に書いてあったから。
 「これ以上、大切な人を失いたくない」と。
 気絶から目覚めたセルを下ろし、とん、と彼の背を押した。
 セルはよろけて未亜の身体にぽふ、と埋まる。
 本来なら彼にとっては嬉しい状況。でも、素直に喜ぶことはできなかった。

「アンタ、1人で犠牲になるつもりっ!?」
「違うよ。別に死のうとなんて思ってないし、その気もさらさらない」
「じゃあ、なんで……?」

 リリィの問いに、は肩をすくめた。
 所詮自分は『部外者』。オルドレイクがいたからこそそうもいかなくなってしまったが、彼には自分を待っている人たちがいる。
 それにサバイバーが、の身体に干渉している。

「ここでは、俺は『部外者』だから……俺はもうすぐ、この世界から『いなくなる』から」
「そんなこと……っ、ダメでござるよ!」

 はあの場所で、サバイバーの力を使いすぎた。
 『生き抜く者』の名の通り、主を生き延びさせるために主の身体に干渉しているのだ。
 つまり、主を生き抜かせるためにする。
 千年前の救世主戦争でサバイバーの使用者だったハイネル・コープスが人々は文献にも載らず、仲間の記憶にすら残っていなかった理由。
 そのすべてが、リィンバウムのエルゴが宿った召喚器サバイバーの起こした現象だった。
 未亜の口を借りてしゃべったトレイターが言っていた。
 『 は、世界が世界にとって異質な存在を排除すべく召喚した』と。
 このとき彼が言っていた『世界』というのはアヴァターを指していた。そして、オルドレイクが召喚されたときにアヴァターという世界そのものが、リィンバウムに干渉したのだ。
 神が作り出した後で世界それぞれが自我を持った、その世界の『エルゴ』に向けて、『そちらの世界の人間が来ているから、排除しろ』と。
 神の目を盗んで。
 でも。

「問題ありすぎですっ!!」

 リコが叫ぶ。
 彼女たちにとって、は男でも大切な仲間で、親友だと思っているから。
 離れたくない、一緒にこの世界を生きていたいと思うのは当然。

「お願いっ! お願いだから……」
「私、さびしいですの……」

 ベリオが、そしてナナシの声を代弁するようにルビナスが言う。
 私、と言っている時点で、きっとルビナス自身も同じように感じているのだろう。
 たいして長い時間を過ごしたわけでもないのに、なんて不謹慎なことを考えて、笑ってしまう。

「ありがとう。でも……」

 もうすぐ、彼は消える。
 この世界アヴァターから。
 アヴァターにリィンバウムの人間がいなくなったからこそ、その役目を終えた彼は還ることができる。
 赤い本の導きによって召喚されたのではない、異世界の守護者。
 役目を終えれば、その世界にとってはただ不要な存在になるだけだから。
 サバイバーの力によって、存在が消える。
 それはある意味、別れにはいい機会なのかもしれない。

「これは、俺がやらなきゃいけないことなんだ」

 倒すべきオルドレイクは神の世界。
 それに、大河と約束した。
 後は任せろ、と。
 だから、責任を持って仲間たちを守り抜く。

「そんな……っ、師匠!」
「カエデ、すまないが君は今日で破門だ」
「な……っ」

 この世界とのつながりをここで、何もかも断ち切っていく。
 消えれば強引に切れるのだろうが、大切な仲間だ。大切だからこそ、自分の手でこの世界との関係を断ちたいと思う。

「リリィ。君と大河のケンカ……楽しませてもらったよ」

 鳴動するガルガンチュワの中、は1人ずつに言葉をかけていく。

「ベリオ。君の癒しに感謝を」

 天井から落下する瓦礫を居合斬りで粉砕し、再び向き直る。

「リコ。改めて、ゆっくり話がしたかった」

 それぞれの目を見て、笑って。

「カエデ。今まで慕ってくれて、ありがとう……嬉しかった」

 言葉を綴る。
 召喚されてから今までの、思い出を振り返るように。

「未亜、大河と……仲間たちといつまでも……仲良くな」

 は告げた。
 セルや、ミュリエルにも、同様に言葉を口にする。
 口には出さないものの、表情には悲しみが浮かんでいる。
 目尻には揃って涙が浮かんでいた。

「さ、もうすぐここも崩れる。早く行け」
「でも……っ」
「いいから」

 穏やかな口調の中に『邪魔をするな』という思いが垣間見える。
 も、必死だったのだ。いきなりわけもわからない世界に飛ばされて、それでも必死になって戦ってきたのだから。
 破滅襲来と同時に現れたオルドレイクによって、その必死さは顕著だった。
 でも、それももう終わり。

「……行きましょう。彼の好意を無駄にしてはいけないわ」
「そんな、お義母さまッ!?」

 この場に仲間を置いて立ち去ることをよしとしない中、ミュリエルだけが悲しみに染まった目を共に行くようにと促していた。
 本来ならば薄情だとか、人でなしだとか思うだろう。
 でも、それが彼の望んだことだから。
 自分たちを守ってくれるという彼の思いを、無駄にしたくなかったから。
 だから、彼女は背中を押す。
 行きましょう、と。


「?」

 気絶から覚醒したセルが、突き刺すような眼差しをへと向けていた。
 彼もまた、ミュリエルと同じように別れを拒む彼女たちを促している1人だった。
 身体中傷だらけで、立っているだけでもフラフラなのに。
 それでも彼は悠然と、自分の存在を誇示しているようだった。

「勝手に消えて、くれるなよ」
「…………」

 無理な話、だった。
 今にもこの世界から消えてしまいそうなほどに希薄だというのに、視線を真っ直ぐに突き刺す。
 答えることなど、出来はしなかった。

「お前は、俺たちの……」

 セルはそこまで口にして、背を向けた。
 一歩ずつ、そして確実に歩を進める…………出口へと。
 そして。

「仲間、なんだからな」

 走り出し、回廊の奥へと消えていった。

 最後に残ったのは、ミュリエルだった。
 義娘たちを促し先へと進ませ、自分だけがこの場に残ったこと。
 その理由は、

「ありがとう……そして、ごめんなさい」

 守ってくれてありがとう。
 見捨ててしまってごめんなさい。
 そう、告げるためだった。
 彼が消えてしまうことを知っているからこそ表情をくしゃりと潰して、それでもなお、発される声は凛としていた。

「これが……俺に課せられた最後の仕事です。気に、しないでください……ミュリエルさん」
「最後の最後に…………私を名前で呼んでしまうのですね」

 最初は、師弟の関係を。
 次に、仲間たちとの関係を。
 そして最後に、学園そのものとの関係を断った。

 これで、この世界に心残りはない。
 大河はきっと、この世界を……大事な仲間たちを救ってくれる。
 そう思った矢先。
 
「貴方も、彼と同じ道を辿るのですね……」
「彼……?」

 ミュリエルはこともなげに口にした。
 千年前の救世主戦争で活躍した男性救世主。
 特殊な召喚器を使っていたからか、全世界の人々から記憶が抹消されてしまっている青年。

「ハイネル・コープスと、同じように……」
「!?」

 は知っていた。
 ハイネルという男性の存在を。
 なにせ、最初に関わった事件で狂気に染められながらも仲間たちを守り抜いた『核識』という存在だったのだから。
 人々から彼に関わる記憶ばかりが消えている中ミュリエルだけが知っていたのは、彼女が次元跳躍を可能にするほどの強力な魔術師だったからだ。
 次元跳躍という特殊な環境下に置かれたため、封じられていたはずの情報が漏れ出したのだ。

「この世界の誰もが忘れてしまおうと、私だけは覚えています。貴方のことを……異世界の英雄の名を」

 ミュリエルはそう告げると、くるりと踵を返して駆けていった。

「…………」

 まったく、バカげた話だ。
 覚えていられるわけがない。
 そのときとは状況も、存在自体も、時間そのものも違ってきている。
 そして一番違うのは……

「ハイネルは、とうの昔に死んでしまっているんだから……」

 死んでいるか、生きているかだった。
 彼は心を壊しながらも、大切な仲間たちのために1人孤独な戦いを続けてきた。
 それが原因で命を落としたようなものなのだから。

「でも……よかった」

 ここにも、彼を知っている人がいた。
 彼の存在を形にしてくれている人がいた。
 『島』の住人の1人として……そして『あの事件』の関係者として、これほど嬉しいことはない。
 は数瞬、嬉しそうに顔を緩めると、表情に真剣さを宿す。
 腰を落とし、刀の柄に手を掛けると。

さよなら

 そんな一言と同時に、は刀を抜いた。
 抜刀と同時に放たれるいくつかの刃は天井を、壁を、そして出入り口を粉砕する。
 誰も、戻ってきたりしないように。


「…………」


 轟音と共に、出口は瓦礫によって完全に閉ざされた。
 巨大な壁がとうせんぼし、どかすことはもはや不可能。
 はそんな崩れゆく部屋の真ん中で、共界線へと干渉した。

 この力に対して、共界線の魔力は使えなかった。
 でも、この世界でなら使えた。だから、今こそ自分の持てる最大の力を以って、この巨大な要塞を破壊する。

「俺は『壊す者』。この程度の要塞…………わけもない」

 正眼の構えをとる。
 一番自然体で、動きやすい構え方だから。
 彼の戦闘スタイルとは真逆なのだが、今回は別にいい。
 むしろ力を多く使うから、両手持ちの方がなにかと都合がいいのだ。

「絶風、第一解放……」

 呟く。
 破壊の力を持つ、相棒に呼びかける。
 思い描くは、灼熱。
 浄化と共にすべてを滅する、煉獄の炎を。


「炎よ、猛る灼熱よ……我が剣に宿り、すべてを滅せ!」


 刀身を渦巻く真紅の炎。
 周囲に熱を伝え、広い空間を明るく照らす。
 さらに、切っ先を床へ斜めに向ける。
 イメージするのは、巨大な刃。
 自分の力をすべて注いだ、最高の斬撃を……ここに。

「天を穿つ、一子相伝の剣……」

 できるかはわからない。初めての試みだ。
 でもここまでしなければ、きっとこの要塞は壊れない。
 だからやる。できなくてもやる。誰もが無理だと首を横に振ってもやる…………周りに人なんかいないけど。










「天牙……穿衝―――っ!!!」











 巨大かつ炎に包まれた不可視の刃がガルガンチュワ全体を木っ端微塵に斬り裂く姿が、レビテーションで地上へ降りる仲間たちの目に映っていた。







夢主、仲間たちとの別れの場面でした。
そして、大河は神の世界でオルドレイクと正面衝突。
物語もこれでほぼ終了になりますね。
完結まであと少し! 頑張ります!!


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