トレイターが奔る。
自らの敵を真っ直ぐにみつめて、大河はオルドレイクを肉薄した。
ぶつかり合う金属音を耳にしながらはただその場に立ち尽くし、機を窺う。
今こそ、まさにチャンスなのだ。
千年単位で起こっていた『破滅』という現象を、数多の多次元世界すべてから消滅させるための。
拒絶し、神の支配の及ばない大河の力と、世界の破滅をよしとしない救世主たちの力。
その最大限の力を余すことなく活用する唯一の時が、今なのだ。
だからこそ、オルドレイクと剣を交える大河も、機が熟すのをひたすら待っているも。
ギィン――――!!
自らの最善を尽くしていた。
ひときわ高い音を耳に入れて、は閉じていた目を開いた。
「さん……」
に声をかけたのはリコだった。
未亜の要請……というよりは半ば強制に近い形で、かつ自分の意志で彼女はこの場に赴いた。
隣にはジャスティを手にしている未亜と、イムニティ。
「……ん。それじゃ、行こうか」
その表情を見つつ、告げた。
うなずき、4人は歩き出す。
最後の戦いへ。
目の前に迫る、終焉の刻へと向かって―――
Duel Savior -Outsider- Act.91
大河は剣を交えながら、ひたすらに待っていた。
背後で準備ができるのを。
策というにはおこがましいほどの作戦だったが、これ以外に方法はないのだから。
簡単に説明すると、こんな感じだ。
まず自分が盾になって、オルドレイクの目を引きつける。
その間にリコとイムニティで神の次元への召喚門を作り上げる。
後は未亜を交えてオルドレイクに傷を負わせて、一時でも動けなくしてしまえばしめたもの。
仕上げにが傷の治りきっていないオルドレイクを出来上がった召喚門へと押し込むのだ。
追い払うというよりは、強引にアヴァターから追い出すという表現が正しそうだ。
「くく……」
黒く禍々しいオーラを纏いながら、オルドレイクは笑う。
戦っていることが楽しい、ギリギリの戦いを待ち望んでいた。
そんな思いが剣先からつま先まで全身からにじみ出ている。
自らの願いのためだけに力を欲し、力に溺れた男の出した結果であり、同時にその末路なのだろう。
「いっけぇっ!!」
あわせていた刃を弾き返すと、大河は宙へと舞い上がった。
トレイターを爆弾へと変えつつ進路変更し、オルドレイクの懐へと飛び込む。
着弾と同時に爆弾は無数に分裂し、誘爆していく。
肥大化し襲い掛かる爆撃は、オルドレイクを見事に吹き飛ばしていた。
宙を舞いながらも、オルドレイクは笑みをただ深めて漆黒の剣をかざす。
集約した魔力が一点へ集まっていき、出来上がったのは巨大な圧力で敵を潰しつくす重力の檻。
対象は1人。宙を舞うオルドレイクの真下を通り過ぎていこうとする大河だけ。
「お兄ちゃん!!」
危険が迫っているからこそ、ジャスティに矢を番えた未亜は駆け出す。
横目で見つつも、魔力の充足した剣先を大河へと向けた。
彼を中心に黒いドームがあっという間に出来上がり、上から下へとかかる強い圧力。
その圧倒的な力に耐え切れず、その場に倒れ込んでいた。
「大河っ!!」
「大河君っ!!」
「大河殿!」
「ダーリンっ!」
「マスターっ!!」
口々に彼の名を叫ぶのは大切な仲間たち。
未亜は必死に矢を番えてドームを破壊しようと力を込めるが、覚醒した白の力をもってしてもそのドームはびくともせず、ひたすらに大河を押し潰す。
「ぐっ、あああぁぁぁっ!!」
全身の内側から強い痛みが襲う。
今までに感じたことのない痛みだ。外傷を作るのではなく、身体の内側からすべてを壊し尽くす。
意識が飛んでは身体の痛みで現実へ引き戻される。
痛い、意識が朦朧としている。すぐにでも眠ってしまいたい。
でも、そうするわけにはいかない。
「が、ああぁぁぁっ!!!!」
自分の力を信じて、待っていてくれている仲間がいるから。
腕を突っぱね、のそりと身体を持ち上げる。
死ぬほど重い。まるで自分の身体が大量の鉛でできているような感覚すらある。
トレイターを杖代わりに床に突き刺してなんとか立ち上がるが、膝が笑っていた。
「げほっ、げほっ!!」
咳き込めば、吐き出されるのは真紅の血液。
内側から身体を壊す容赦ない圧力が、内臓に損傷をもたらしたのだ。
その不利な状況に軽く舌打つ。
どすどすと足音大きく歩き出す。足を持ち上げるだけでも重労働なのだが、弱音を吐いている時間はない。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
ジャスティへ呼びかける。
兄を覆い尽くす漆黒のドームを破壊する力を。
必要ないものすべてを排除する。それが白の理。
理を理解し、ドームを破壊しようと手を尽くしているのに、それはいっこうに壊れる気配がない。
「なんで、なんでなの!?」
その問いに答えることができるのは、1人だけ。
ふわりと着地したオルドレイクへと矢の先を向ける。
「今すぐあれを消しなさい!」
「……何を血迷ったことを。『敵』を排除するために力を振るうのは当然であろう」
正論で、返す言葉が浮かばない。
目に涙すら浮かべて、未亜は歯を立て矢を打ち出した。
しかし、涙のせいで目標が定まらず、集中力を欠いているため威力もない。
飛来する矢を剣風だけで落とすと、今度は水平に構えを取った。
剣を覆い爆ぜかえっていた魔力が収束し、真っ直ぐ伸びていく。
「兄同様、痛みと苦しみを味あわせてやろう……」
出来上がったのは魔力で伸ばした剣だった。
ただ真っ直ぐにリーチを伸ばした剣はゆっくりと振り構えられ、禍々しい笑みと共に。
「堕ちるがいい……ッ!!」
未亜へと襲いかかった。
同色の残像を残しながら、漆黒の超長剣は高速で振り切られる。
背後に避けようにも、しゃがんでやり過ごすにしても、どちらにしても無理だった。
万一彼女が躱してしまうと、その先にはドームの中で奮闘する大河がいる。
作戦の要がやられてしまうという焦り以前に、大事な人が苦しむ姿を見たくない。
だからこそ、未亜は動くことができなかった。
「未亜ぁっ!」
大河が必死に叫ぶ声が聞こえる。
最後まで一緒にいられなくてごめんね、と心の中で彼に告げる。
もちろん死にたくなんかない。
イヤだし、怖い。
でも、もうどうしようもない。
自分に向けられている凶刃が、逃れることをよしとしない。
未亜はあるがままを受け入れるために、瞳を閉じた。
しかし、彼女が死ぬことをよしとしない人間が……ここにはいた。
聞こえたのは甲高い金属音。
目の前に感じるのは兄とは違う、大きな背中。
「あ……」
「俺がいること、忘れてもらっちゃ困るなぁ」
自分に向かってきていたはずの剣を、蒼い魔力に包まれた刀で受け止められていた。
しかも、片手で。
というか切っ先が床に突き刺されていることから、つっかえ棒代わりにしたのだろう。
振るわれた剣の軌道が低かったからこそできる受け止め方だ。
「、君……」
「君はベリオと大河のところへ。ここは、俺が引き受ける」
「う、うんっ!」
頼もしい声に後押しされて、走り出した。
……
「いい加減しつこいぞ。所詮貴様では、我に傷一つつけることなどできんのだよ」
「……そうだな」
走っていく未亜の背中を眺めつつ、は淡白な答えを返す。
オルドレイクの言うとおり、自分に『神』を傷つけることはできない。
でも、代わりに自分にできる最善のことを模索した。
「我は力量不足だと言っているのだよ、 」
「言われなくてもわかるさ、それくらい」
伸びていた黒い刀身が消えたことを確認して、床に刺していた絶風を引き抜く。
試行錯誤の末、ようやく見つけた自分にできる最善のこと。
それは『攻撃が効かないなら、しなければいいのだ』ということだった。
オルドレイクは懐からサモナイト石を取り出す。
手のひらに乗せた紫の石はすぐに眩い光を放ち、召喚術が発動した。
具現したのは全身を包帯で包まれたサプレスの召喚獣『パラ・ダリオ』。
魔法的な力にめっぽう弱いの動きを封じて、ゆっくりなぶり殺すつもりなのだろう。
でも、そうなるわけにはいかない。
足に気を纏う。
具現したパラ・ダリオの包帯からのぞく目が光った瞬間、彼は発動した召喚術を躱していた。
さらに召喚されたのはブラックラック。
敵の侵入をさせないために派遣された王都から離れた橋で見せた、黒い球体がを狙って無数に具現していた。
「攻撃しないなら、どうするつもりだ?」
「決まっているだろう……わからないのか?」
召喚術の嵐の中を躱し続けながら、告げた。
現在の状況を鑑みた結果、発見したその方法。
ヒントは、
「傷ついた大河と、ベリオを連れた未亜。そして、お前の相手をするのは攻撃手段のない俺……」
仲間がいるからこそできる、立派な戦法だった。
「……っ、まさか!?」
未亜とベリオの走っていった先へと顔を向ける。
そこには、傷がほぼ完治して立ち上がっている大河の姿があった。
「ぐ……き、キサマぁぁぁ……っ!!!!」
自分を囮として敵の目をひきつけて、仲間の回復を図る。
大河が黒いドームに包まれて、大怪我を負っているからこそ思いついた。
「1人でいいというその驕りが、仇になったなオルドレイク!!」
絶風の切っ先を突き出して、はそう叫んだのだった。
……
「サンキュー、ベリオ。危ないから下がっててくれ」
「ええ……頑張ってね、大河君」
「ああ♪」
心配そうなベリオを見て、大河は笑って見せた。
先ほどのように押し潰された自分を、もう見せたくなかったから。
それに、あのままではせっかく巡ってきた一度きりの奇跡をふいにするところだ。
の機転に感謝である。
オルドレイクは激昂し、との距離を詰めてくる。
それを冷静に見つめながら、繰り出されたヘルハーディスを絶風で受け止めた。
弾き、再び打ち込まれる。
そんな連撃が何度も続き、しかしは怯まない。
今までの経験をフルに活かして、全身の感覚を研ぎ澄ませて、たった一振りの刀で自分の身を守り抜く。
そして、それは待ちに待った時だった。
敵は激昂し冷静さを欠いている。
だけに殺気のこもった視線を突き刺して、がむしゃらにヘルハーディスを振るう。
その攻撃を受けつつ、は視線を大河へと送っていた。もっとも、隙を見せればやられてしまうからして、一瞬向けては意識をオルドレイクに戻して、という行為を何度も行う。
必死さの中に垣間見える、「作戦決行」の合図。
一歩踏み出した大河は、トレイターを握る右手を引いて腰を落とした。
トレイターをナックルへと変化させると、それは彼の肘までを覆い尽くす。
彼が救世主の鎧破壊の任を受けた夜に見せた、ジェットを伴う突進攻撃。
肘の噴射口からは火が吹き出、彼の身体を前へ前へと進ませようと暴れる。
そして。
「行くぜぇ、ナックルラッシュ……」
引いていた右腕をジェットの推進力と共に前へ突き出す。
「……フルバーストぉぉ!!!」
彼の身体はそれに引っ張られるように前進し、最大加速。
一気にトップスピードまで到達すると、拳はオルドレイクを捉えた。
しかし、問題もあった。
オルドレイクと剣を交えているの存在だ。
このまま突っ切れば、間違いなく彼も巻き込んでしまうから。
それでも巻き込むくらいまでやらねば、確率の低いこの作戦は成功しない。
それほどに成功の確率が低いのだ。
(頼むから、避けてくれよ……)
内心でそう思う。
作戦を成功させるためとはいえ、大事な仲間を傷つけたくはない。
だから、願わずにはいられない。
「らああぁぁぁぁっ!!」
オルドレイクの背中は、すでに目の前。
…………
「仲間仲間と、無駄なことばかり……仲間の存在など、取るに足らんというにっ!!」
無数の斬撃が襲い掛かる。
しかし、そのすべてをは受け流す。
終始攻めっぱなしのオルドレイクは、目の前の憎たらしい存在を駆逐せんとヘルハーディスを振るいながら魔力を迸らせていた。
上段から繰り出された一閃をバックステップで躱しながら軽く距離をとった。
「その仲間の存在が今、お前を苦しませているんだ」
「なに……?」
さらにオルドレイクは一歩踏み込むと漆黒の残像が円を描き、間合いの外に出たの鼻先を掠める。
「お前には取るに足らない存在なのかもしれない。でもな……」
にとっては……そして自分たちを待ってくれている仲間たちは、違う。
信じられる仲間がいるから、は戦える。
安心して背中を任せることのできる仲間たちがいるからこそ、たとえ『神』とだって恐れず戦えるのだ。
「だから……最後には裏切られるんだ」
島でも。
サイジェントでも。
そして、ここでも。
『人』を『人』として扱わないからこそ『人』に裏切られ、身を滅ぼす。
蝕んでいた病魔を利用した同志には、したがっているふりをされ、大怪我を負った。
魔王降臨の受け皿に利用した息子には、異形と化した彼に殺されかけた。
しまいには、自らが望んでいたはずの『力』にまで、邪魔はおろか追い込まれてさえいる。
そして、今。
「らああぁぁぁぁっ!!」
オルドレイクは、背後から突進してきた大河に吹き飛ばされていた。
向かいにいたは、その姿を掻き消してしまっている。
気を最大限にまで活用し、オルドレイクと大河が接触した瞬間に召喚門を作り出していたリコの脇まで移動してきていたのだ。
自分にできること。
にできる最大の仕事が、大河が吹き飛ばしたオルドレイクを強引に召喚門へぶち込むというものだった。
自分の元へ大河ごと向かってくるオルドレイクを見据え、絶風の力を解放する。
「……第一解放!」
いまいる部屋の壁や床が鳴動する。
刀身は黄金に輝き、足元には魔法陣が展開されていた。
操るは大地の力。
大河の突進による推力をそのままに、重力に従って床へ落下するオルドレイクへと目標を定める。
そして。
「大地よ、我が敵を……」
オルドレイクの真下に展開される魔法陣。
ふきとばされている勢いにも負けることなくついていき、ターゲットがオルドレイク――つまり敵にロックされていることが誰の目からも明白で。
「吹き飛ばせ……!!」
その場で切っ先を突き刺した瞬間。
轟音と共に魔法陣から斜めに床がせりあがり、開いていた召喚門へとオルドレイクを文字通り吹き飛ばしたのだった。
オルドレイクごと追い返しました。
えらい簡単に済ましてしまいましたが、じつはスゴイ難産だったんです。
この話。途中でわけわかんなくなったりとかして、とにかく大変でした。
ええ。
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