戦闘に立ったのは大河だった。
 身体中にみなぎる力を迸らせて、トレイターへと……己が召喚器へと伝えて。
 世界が始まってから幾千年。
 長く永い時を待ちつづけ、ようやく見つけた終息への小さな突破口。
 それを逃すまいと、大河は……真の意味での『救世主』はトレイターの柄をぎゅっと握り締めた。
 なぜなら、が神を拒絶したから。
 支配力が及ばず、その力のみを振るうことができる存在になったから。
 ……こんなこと、先の未来でもまずありえない。あってはいけない。
 だからこそ、大河はこの好機を逃さない。
 相手が神だろうとも、なんであろうとも。

「言っているだろう……何人束になろうとも、我を止めることなどできはしないと……」

 それすらも超えた存在だろうとも。
 大上段にトレイターを構える。
 溢れる赤の力すらも刃に変えて、内に秘めたすべてをかけて。

「オオオォォォォ……ッ!!」

 雄叫びと共に、その手の剣を……反逆者を冠する剣トレイターを振り下ろしたのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.90



 大河のトレイターと、オルドレイクのヘルハーディスが衝突し、火花に似た眩い光を飛ばした。
 互いの持つ神の力がぶつかって反発しあっているのだろう。
 上段から振り下ろされたトレイターを受け止めるために伸ばした手にオルドレイクは力を込める。
 のしかかる衝撃が、今までの人間たちの比ではなかったから。
 眉根を寄せて、大河を見た。
 その瞬間。

 ぞくり。

 信じられない悪寒が背筋を走り抜けた。
 かつて自分が存在した世界ですら、この世界に召喚されてからも感じたことのない感覚。
 ぎちぎちと刃がこすれ合う。
 そのたびに接触面からは光が舞い出て、彼の視界を支配する。
 見えたのは、本気で自分を倒そうとする強い眼光だった。

「……っ」

 忌々しげに目を細める。
 今まで、力を得たことの嬉しさに酔いしれていたはずの自分が今、その『力』そのものに押し潰されようとしているのだから。
 ……冗談ではない!!
 そう思わずにはいられない。
 自分は『神』なのだ。全世界を破滅に導き、創りなおす事ができる絶対の存在のはずだ。
 それなのに、なんだ……目の前の男は!!
 神である自分に一抹の恐怖を与え、押し潰そうとするこの男は。
 救世主の鎧を脱しただけの彼が神のごとき力を振るうことができるなど、ありえない。
 そう思いたくて。

「吸い込め……吸い尽くすのだヘルハーディス! 無限に溢れる我が狂気を!!」

 ヘルハーディスに溢れる力の奔流を伝え、漆黒の刀身は同色の光を放つ。
 陽炎のような黒い焔がオルドレイクを包み込み、ゆらめいた。
 走り抜ける悪寒に背筋を凍らせ、大河は交えていた剣をはじき距離を開けた。

「未亜ッ!」
「うんっ! いっけぇ―――ッ!!」

 大河の声とほぼ同時に放たれる無数の矢。
 たった一度、ジャスティを引き絞っただけ。
 たったそれだけで飛来する矢はしゃがみこんだ大河の上を通り抜け、オルドレイクに襲い掛かる。
 その矢群はオルドレイクの身体へ深々と突き刺さると、轟音を上げて爆散した。

「ぐ……ぁ、っ!?」

 襲い掛かる衝撃に耐え切れず、オルドレイクは初めて、苦しげなうめき声を上げたのだった。


 ……


「き、効いてる……効いてるわ!!」

 大河の指示どおり後退し、様子を見ていたリリィは歓喜すら含んだ声を上げた。
 とカエデの見惚れんばかりの連携攻撃を受けても傷一つ負うことのなかった彼が、うめき声を上げたのだから。

「す、すごい……すごいわ!」
「信じられない……」

 ベリオが、ルビナスが。
 そして、

「これなら……いけるでござるよ!」

 カエデが。
 心配そうに事の次第を眺めていた全員が、歓喜の声を上げた。
 戦場の中心にいる青年が提唱した『希望』という名の一つの策が、実現できると。
 世界が救われるという希望。
 確信ともとれる光景を、目の当たりにしていた。


 ……


「……っ」

 未亜が矢を放った瞬間、はその矢を追いかけるように駆けた。
 無論、矢の速度は高速。ぴったりくっついていけるわけもなく、少しずつ差が生じ、爆発瞬間に頭上へと跳び上がった。
 爆発するとは思わなかった、というのが彼の頭を占め、差ができてよかったと心から思ってしまう。
 宙に浮かんでいるうちに、どうするべきかを考える。
 第一解放が、効かなかった。
 風の力のみしか試していないが、それがダメなら他も無理だろう。
 だからこそ、苦しげにうめくオルドレイクとどう戦うかを考えた。
 2人の力でダメージを受けているものの、相手はあのオルドレイク。油断は出来ないから。
 ……というより、は悔しいのだ。
 先ほど繰り出した渾身の攻撃がまったく効かなかったにも関わらず、彼らは今、同じ敵に対して効率よくダメージを与えているのだから。
 心臓すらも突き刺したというのに、だ。

 ここにいても、正直足手まといなのではないか?

 そんな思いすらも湧き出てくる。
 でも、そんな理由で逃げるなど以ての外。
 リィンバウムのエルゴの守護者として、リィンバウムに生きる者たちの代表として、逃げるという選択肢はないに等しい。
 だからこそ、どうすればいいのかを考えた。
 視線は真っ直ぐオルドレイクへ向かい、彼ら同様に攻撃する気満々だった。
 身体は重力に従って真っ直ぐ下へと落ちていく。
 どうするかなど、考える暇はもうなかった。

「だああぁっ!!」

 だからこそ、彼は絶風に渾身の力を込める。
 解放をせずただ、己が身体に秘めた力のすべてを、相棒に込める。
 絞り出された気を纏い、着地と同時に床を蹴り出す。
 思いがけないダメージを受け、身体を傾げていたオルドレイクに斬撃を放った。
 しかし。

「小賢しいっ!!」

 オルドレイクは声と共に先ほども放った漆黒の斬撃を繰り出していた。
 が一歩遅く、振るおうとした腕に急ブレーキをかける。それと同時に、サバイバーのはまった左手を突き出し盾を作り出していた。

「っ!?」

 圧し掛かる重圧。
 手にかかる強い衝撃。
 勢いにおされたは背後へと押しやられ、盾の破壊と同時に壁に激突していた。
 壁は破壊され、背中からかかった衝撃で肺が圧迫され、重苦しい咳を繰り返す。
 砕けた瓦礫が彼を襲うが、幸いなことに彼を避けるように床に転がっている。

、大丈夫かっ!?」
「…………」

 オルドレイクを警戒する大河の声を聞きつつ、大丈夫だと手で示すとゆっくり立ち上がる。
 結局、心配させていた。
 “壊す者”である自分がこのザマでは、失意に堕ちていた自分を励まし救ってくれた『裏の自分』に申し訳が立たないというものだ。
 自分は無力だ。なにもできない。壊すことすら、できなくなってしまった。
 痛む背中をそのままに、湧き出るように脳裏をよぎる後ろ向きな考えを、首を左右に振り乱すことで吹き飛ばす。

『前を向けよ。何もできない、無力だとか嘆く前に、お前は守りたいと思うヤツらを……守ってみせろ』

 破壊の力を以って、守りたいと心から思える人たちを守り抜く。
 後ろばかり見ずに前を向こうと、心に刻んだのだから。

 未亜の矢で牽制し、大河は一気にオルドレイクとの距離を詰める。
 トレイターをヌンチャクへと変化させてオルドレイクの右手を封じ込めて自分の方へ引っ張ると、力を込めた左拳をぶち込む。
 さらに戦斧へと変化させると、裂帛の気合と共に床を抉りながら斬り上げる。
 オルドレイクが宙を舞い、そこへ狙いを定めたように未亜の矢が飛ぶ。
 先ほどと同様に爆発する矢だ。
 轟音と共にオルドレイクは落下し、その場になんとか着地する。
 それを待っていたかのように、未亜は今度は氷を纏った矢を打ち出した。
 目標は彼の足元。動きを封じようとしているのだ。
 彼女の思った通りに矢はオルドレイクの足に突き刺さり、肥大化した氷が床に貼り付く。
 動けなくなったのをいいことに、大河は空中から一気に爆弾へと変えたトレイターをばら撒いたのだった。

 ……圧倒的だった。

 仮にも神と同等の力を振るうことのできる大河と、極限まで白の力を使いこなす未亜。
 そして何よりも、兄妹ならではの息のあった連携。
 それが、オルドレイクに手も足も出させずにいる。
 神の持つ破壊の意思が宿った、神そのものといっても過言ではない相手を、赤と白の救世主という肩書きを持った彼らが翻弄していた。
 いける、と。誰もがそう思った、そのときだった。

「ふふ……クククク」

 聞こえたのは、オルドレイクの含み笑う声だった。
 大河と未亜の見事な連携とその威力に終始圧倒されっぱなしだった彼が、愉快そうに笑っていた。
 未亜の放った矢によって身体中に裂傷があり、大河の渾身の攻撃によって普通の人間ならば致命傷なほどの大きな傷を作っている。
 それなのに、彼はその痛みすら感じていないかのように笑っていた。

「いいぞ……最高だ、これこそ我の求めていた戦いよ!!」
「なっ……」

 神を取り込んだ影響なのだろうか、彼が長期に渡った願いがすりかわっている。
 傷だらけの身体のまま両手を広げ、高笑う。

「我を圧倒するほどのその力、余すことなく見せてみよ! その力で我を倒しに来い!」

 そう叫んだ瞬間。
 オルドレイクの傷はみるみるうちに回復していた。
 大きな裂傷がまるで生きているかのように蠢き、切れた皮膚が再構成されて閉じていく。

「な、なんで……」
「ヘルハーディスの力だ。あの剣の力は使用者の力を強くさせるだけじゃない。純粋な時間経過で傷を塞いだり召喚術の威力を高める」
「おいおい、マジかよ……」

 いつの間にか大河の隣まで来ていたが低い声で告げる。
 自分が経験したヘルハーディスとの戦いと、封印の魔剣の効力を。
 碧の賢帝や果てしなき蒼、深淵なる緑に紅の暴君。そして、不滅の炎。
 それの剣が持っていた力として共通していたことだ。
 しかし、あの傷の治り方は以前見たものとはまた違う。
 ゆっくり時間をおいて徐々に治っていたはずなのに、あの黒い剣は致命傷ともいえる傷をあっという間に治してしまった。
 それは、弱らせるという行為がいかに無駄かを示していて。

「ちっ……」

 神を追い返す策を提案した大河は周りにわかるように舌を打っていた。

「じゃあ、あの人を倒す方法が……」

 道は閉ざされた。
 大河の策のキーポイントまで到達できないことがわかり、呟いた未亜の表情に翳りが見える。
 背後で声援をくれている仲間たちは、まだこのことを知らない。
 伝えてしまえば、歓喜に満ちた彼女たちの笑顔が一気に消えてしまうことだろう。
 …………それはイヤだなぁ。
 本気で大河はそう思う。
 せっかく笑顔になってくれたんだから、ずっと笑っていて欲しいから。
 彼女たちがずっと元気で笑っていてくれるなら、と思ってこの策を提案したというのに。

「ないわけじゃ……ない」
「ほ、ホント!?」

 は小さくうなずいた。
 この方法は、以前彼の仲間が同じ方法で苦しんでいた。
 結局、その仲間は元気で今も笑っていると思う。
 だからこそ、苦しんでいる姿が思い出されそうで、本当なら使いたくない方法だった。

「あの剣……ヘルハーディスを折る」
「あれを、折るだって?」

 封印の魔剣は心の剣。
 剣が折れれば、心も折れる。
 強固な心の力で押さえ込まれた神の意志が、剣を折ることで解放されれば。
 そして、剣を折ることでその力を失わせさえすれば。

「そうすれば、神の世界にまとめて追い払える…………はずだ」
「追い払えるはず、か」

 確証はあるわけじゃない。
 あの剣は元々人が作り出したものだから不確定要素が満載で、本当にそうなるかはわからない。
 でも今までの彼の経験上、完璧に実行できれば、結果的にそうなる可能性は高い。
 なぜなら。

「ヤツの心に、あの剣は深くリンクしてる…………と思う。ああやって覚醒できているのがその証拠だ。だから……」

 剣を折れば、押さえ込んでいた強固な心が崩壊して神の意志がオルドレイクを取り込む。
 剣がなくなれば無駄に早い治癒効果も完璧に消え去るし、恩恵を与えている力そのものもほぼ消える。
 そうすれば残るのは神の意志のみ。
 巨大ではあるにしても、今の大河と未亜なら間違いなく撃退は可能だろう。

「あるいは、作り出した召喚門にオルドレイクを強引に吹き飛ばすか、だ。どの方法にせよ、成功確率はかなり低いな」
「そうだね……」

 古の大願を果たすために今まで動いてきたからこそ、そんな強固な心に深くリンクしている剣を折ることはまずできない。
 2つ目の策である、『強引に吹き飛ばす』という方法にしても、門を作り出しているリコとイムニティにも危険が及ぶはず。
 彼には召喚術がある。リコとイムニティに被害が及ぶことだって、ありえない話じゃない。
 ただ。

「確率的に言えば後者、だな……」

 大河はオルドレイクを威嚇しながら、そう口にした。
 先ほどの圧倒的な力と連携で怯ませていることができれば、それも可能だ。
 それに、その方法なら自身にもできることがある。

「なら、それでいくしかないな」

 リコとイムニティに門を作ってもらうように頼むのは未亜の役目となった。
 彼女の矢は敵を殲滅することに長けていると思うから。
 だから、オルドレイクを誘導するのは大河との役目。
 両手両足を気の力で強化し、さらに絶風にもその力の一部が伝わっていく。
 今まで同様、オルドレイクにはダメージ一つ与えることは出来そうにないが、吹き飛ばすことだけなら絶対にできる。
 そう確信していた。

「行くぜ」
「ああ、行こう」

 2人は視線を交える。
 示し合わせたかのように同時にうなずくと、大河は1人オルドレイクへと特攻をかけていた。
 雨のように降り注ぐ召喚術の嵐の中を突っ切り、トレイターを振りかざす。

「らぁあぁっ!!」

 第二ラウンドのゴングが今、鳴り響いたのだった。






サモ3のネタを投入。
剣が折れれば心が折れるというヤツですね。
実際、イスラルートでは彼は紅の暴君を折られますが、心が壊れたというよりは
病魔の進行を早めた、という感じがありました。
まぁ、アティ(レックス)という前例がいますから、いいんじゃないかと。


←Back   
Home   Next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送