相手は神に等しい存在。
小細工など通用しないことなどわかる。
だからこそ、真正面から全力で立ち向かう。
自分は1人ではないのだから。
だからこそ完膚なきまでに叩き潰して、こう言うのだ。
「仲間の存在を、甘く見るな」
と。
は蒼い魔力を残しながら駆ける。
隣には頼りになる弟子を置いて、安心感を感じながら絶風を強く握りしめた。
純白の刀身は魔力を吸い込んで咆哮を上げている。
真っ直ぐ視線を送った先には、オルドレイクが笑みを称え、漆黒の魔剣を振りかざす。
それは彼の魔力という名の狂気を吸い取って、ガルガンチュワ全体を鳴動させていた。
明らか過ぎる力の差を感じながら、これから自分たちに降りかかる衝撃を予測する。
到達と同時に、凝縮した魔力をもって叩き潰す。
天に掲げた剣先に見える黒い球体と、それに内包される魔力の量。
それらを鑑みた結果が、これである。
だからこそ、はその対抗策を模索する。
答えは、すぐに導き出された。
「散開ッ!!」
「承知!」
隣を走っていたカエデが進行方向を変える。
そして、は彼女とは彼女から見てあさっての方向へと走る。
足に気を纏わせて走るスピードを上げると、自身の持てる最高の速度を引き出し、カエデとは反対側の壁に向けて真っ直ぐに。
壁の手前に到達したところで、床を蹴り出す。
壁に足を向けて、すた、と両足を壁に乗せた。
即興の地面の出来上がりだ。
つまるところ、はその壁を床代わりにしてオルドレイクへ向けて跳躍を図ろうとしているということだ。
そして、カエデはの反対側の壁まで走ると、その壁を足がかりにして宙へと舞い上がった。
彼女は忍び。壁を使ってより高く跳ぶなど、造作もないことだった。
天井が高いからこそ、できた芸当だ。
彼女は黒曜を振り構え、周囲に雷を纏う。
「第一解放……」
跳躍と同時に、は誰にでもない自分の相棒に告げる。
さらにいくつかの言葉を呟き、刀身を揺らめくのは緑に染まった魔力の風。
重力に引かれることなく真っ直ぐにオルドレイクへと向かい、大上段から思い切り振り下ろした。
振るうと同時に発生したのは、巨大な風の刃。
緑の斬撃が空を斬り裂き、オルドレイクを襲う。
そのままオルドレイクと擦れ違うと、今度は彼の頭上。
雷を極限まで溜め込み、音を立てて爆ぜかえる手甲を構えたカエデが。
「雷神衝ッ!」
その拳を振り下ろした。
雷を迸らせ、拳はオルドレイクの脳天へ一直線に疾る。
一瞬で内包された雷撃が炸裂した。拳の先が到達と同時に開放され、肥大した稲妻がオルドレイクを焼き尽くす。
即興にしては息の合った連携。
さすが師弟、といえばそこまでかもしれないが、今までコンビを組んでの戦闘というものがなかったから。
一緒に戦うことはあっても、それは救世主クラス総出での集団戦闘であって、たった2人で敵に挑むということなどこれが最初で最後となるだろう。
爆音が部屋を支配し、煙が立つ。
「す、すごい……」
「や、やった!?」
ベリオの驚きとリリィの期待に満ちた声が聞こえる。
申し合わせたような見事な連携だったのだけど。
しかも、ありったけの力を込めた渾身の一撃。
これで傷一つなければ、本当の化け物だ。
「…………」
眉間にシワを寄せたまま、は真っ直ぐに煙の先を見つめる。
彼自身が壊した出入り口から入り込む風と絶風の纏う風が煙を吹き飛ばし、次第に薄れて消えていく。
まだ……いる。
気配が、経験が、本能が。
それを如実に物語っている。
絶風は共界線から魔力を吸い込み、更なる雄叫びを上げる。
「集え……宙を漂う水の気よ……」
剣を逆手に、切っ先を地に。
刀身が淡い青を帯びる。
「我が声に応え……」
周囲の微細な水分が寄せ集まり、彼の周囲に水塊が手のひら大の槍を形作る。
数は十数個。
それらすべてが鋭利な切っ先を煙の先へ向けられている。
「…………」
煙が晴れる。
「敵を貫け……ッ!!」
十数の槍が薄く見える黒い輪郭を襲う。
しかし、その輪郭にぶつかる寸前に聞こえたのは、硝子を壊すような甲高い音。
黒煙の中に目立つ水色が霧散し消えた。
その光景に一同が瞠目する。
煙の先で。
「ふふふふ……」
オルドレイクは無傷どころか、ホコリ一つついていなかった。
Duel Savior -Outsider- Act.89
「微温いな。この程度か……召喚器の力というのは」
目を伏せて、オルドレイクは笑う。
破滅のモンスターすら軽く屠るほどの一撃だったはずなのだが、彼には一切の傷すらなく、それどころか塵一つついていない。
それほどに巨大な、強大な力。溢れんばかりに荒れ狂い猛る魔力が目に見える。
晴れた煙の先で、彼は漆黒の剣を光が覆い尽くす。
それは黒……すべてを包み込む闇の色。
含み笑うオルドレイクに、憎しみすら込めて睨みつけた。
彼を挟んだ向かい側では、カエデが冷や汗を流しつつ歯を立てている。
「今度は……こちらから往くぞ」
魔力の残滓を残しながら、オルドレイクはその剣を構えた。
右手の変わりに融合した黒い長剣を、彼はその場で振るう。
刀身に収束した魔力は地を這う刃となり、速度を上げてへと襲い掛かった。
目を見開き、サバイバーの装着された左手を突きつける。
「ぐぎ……ぃっ!」
展開した蒼の魔法陣と漆黒の刃が衝突する。
轟音と共に魔法陣を模した盾は粉々に砕け、三日月によく似た刃は霧散した。
激痛の走る左腕を抑え、脂汗を流しつつもただ視線をオルドレイクに向ける。
突きつけられた現実に恐れることなく、戦意をその目に宿して。
「師匠! 平気でござるか!?」
「……当たり前だ」
光を帯びたままのサバイバーに包まれた左手をだらりと下げ、刀の切っ先をオルドレイクへ向ける。
「……くだらんな。仲間仲間と、馬鹿のように……仲間など、所詮は上辺だけの存在だ。そのようなもの……」
利用する以外にどんな価値がある!!
オルドレイクは声を上げると同時にと反対側のカエデに向けてと同じ刃を飛ばした。
その速度は速く、カエデは目を見開いた。
彼女にはそれを防ぐ術をもたない。
高速で飛来する刃をただ、見ているしかなくて。
「カエデ、躱せ!!」
は叫ぶ。
彼女の身軽さをもってすれば、躱すことも可能だから。
召喚器によって戦う術を持つ彼女なら、忍びとして生きる彼女なら。
しかし、彼女は動かない。
「カエデ!!」
叫ぶの声とは裏腹に飛来した刃は彼女を捉えて、衝突した。
…………
動けない。
あの目を見た途端、動けなくなった。
この自分が。忍びとして闇に生きてきた自分が、ただの眼光だけで動けなくなっている。
……これが、神の力か。
そんな思いすらもふつふつと湧き上がる。
カエデは飛来する刃を前にして、焦りすらも感じていた。
ここまでなのか。
自分はこの程度の存在なのか。
緑の瞳に映る黒い斬撃は、ただ真っ直ぐに自分に向かってきている。
真っ直ぐなら、横に躱せばいい。
しかし……足が地面に貼り付いたように動けない。
……死ぬ。
こんなところで、自分は死ぬのか?
自分を知らない異世界に喚ばれて、かけがえのない仲間を手に入れたというのに。
こんなところで、こんな場所で。
…………イヤだ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!
せっかく、めぐり合えたのに。
いるだけで毎日が楽しく、幸せでいられる場所に。
離れたくない、なくしたくない。
だからこそカエデは目の前に迫る刃に歯を立て、睨みつけた。
のだが。
「えっ……?」
目の前を、影が覆い尽くした。
…………
「私たちは、チームだもの……大丈夫。負けないよ」
「そのとおりです。私たちが揃えば、負けはありません」
「リリィどの、ベリオどの……」
それは、大河を守っているはずの仲間たちだった。
「カエデ、。無理させてゴメン」
「私たちも加勢します!!」
それぞれが自らの召喚器を構える。
ぼそぼそと魔術の詠唱をしつつ、三対の視線が真っ直ぐにオルドレイクへ突き刺していた。
「ふん。何人束になろうと、結果は変わらんというに……」
猛る魔力の風で色の消えた髪を揺らめかせて、その力の強大さを物語っている。
それでも、彼女たちは退かない。
例えそれが勝てないとわかっている相手でも。
戦うことで少しでも長く、世界が今の世界のままでいられるなら。
自分たちの世界を守れるなら。
「うるさい! アンタの言い分なんかどうでもいいのよ!」
「……随分と五月蝿い小娘だ」
剣を振り構え、身体を軽く屈める。
視線を真っ直ぐにリリィに向けて、笑った。
「……っ!?」
「矯正してやろう!!」
床を蹴り出した。
元いた場所にくっきりと足型を残して、その場から消えるように跳ぶ。
リリィへ向けて。
カエデを守るように召喚器を構えた、4人へ。
「ヤバいっ!」
足に風を纏う。
強化済みの気にプラスして、はその場を踏み出した。
最初の一歩。
その一歩で爆発的な速度をひねり出し、一気に4人との距離を詰める。
しかし、4人の目の前にオルドレイクは到達していて。
「みんな!!」
叫んだ。
振るわれる凶刃。
残像しか映らないほどの速度で繰り出された斬撃は。
「なに……」
「私の仲間に手出しはさせないわ!」
ナナシ……ルビナスと、彼女の召喚器エルダーアークが阻んでいた。
汗一つかかず剣を振り下ろしていたオルドレイクとは反対に、ルビナスはかかる衝撃を両手で抑えながら耐え抜いている。
は速度を落とすことなくオルドレイクの背後へと到達すると、刀を斬り上げた。
しかし彼は、のさらに背後へ跳躍し、距離をとった。
まるで、背中に目でもついているかのように。
その着地の瞬間を、斬撃の重圧から解放されたルビナスは見逃さない。
「エルストラス・メリン……我は賢者の秘蹟なり。大いなる六芒、光をもって薙ぎ払え……!」
具現する分身ルビナス。
彼女が同じように具現したエルダーアークをその場で振るうと、魔力を帯びた球体が浮かび上がる。
その球体は浮かび上がると同時に真紅の光線へと変わり、着地した瞬間の彼を打ち抜いた。
しかしそれでも彼はそれをただ突き出した左手だけで防ぎ切ってみせる。
その光景に一同は思わず瞠目した。
錬金術を用いたルビナスの一撃は、先代赤の主を謳うには申し分のないものだったはずなのに。
言葉の通り、光をもって敵を薙ぎ払う強力な力のはずなのに。
神の力を御した彼には、まったく通じていなかった。
それすらもわかっていたかのように、はまっすぐに視線を投げる。
「オルドレイク……」
眉間にしわを寄せて、は目を見開いた。
目の前にオルドレイクが現れたから。
距離をとっていたのに、その距離を一瞬にして詰めてきたから。
「……っ!」
左手を突き出す。
あの剣は受け止めてはいけない。
長く戦いつづけてきた第六感とも言えるだろう。それが、の身体全体に働きかける。
オルドレイクはから見て右側、つまり自身の胸元を隠すように刃を振り構えていたため、盾で防御するにははオルドレイクに背を向けて左手を突き出さねばならなかった。
それを承知で盾を展開。刹那、それと同時にオルドレイクの凶刃が衝突、拮抗し火花を上げた。
接近戦に持ち込めたのをいいことに、はその左手を繰り出された剣の勢いが死ぬ前に斜めに傾け、受け流す。
「らぁっ!!」
「ぐ……っ」
隙だらけのオルドレイクの胴体目掛け、刀を握った右手を突き出す。
切っ先は寸分違わずオルドレイクの心臓を貫き、よろけた彼を思い切り蹴り飛ばした。
間髪入れずに立ち上がると、刀身にこびりついた血を振り払う。
「みんな、大丈夫か?」
振り向かずに告げる。
返ってきたのは肯定の返事で、その言葉を聞いて安堵の息を漏らす。
「君……」
「ベリオ。大河は?」
「大丈夫よ。未亜さんも、みんなも」
準備は、着々と進んでいる。
今のままではとても勝ち目がない。
そんな神に対抗する唯一の策を、彼は持っているから。
単純な時間稼ぎだ。
それでも、死ぬわけにはいかない。
ただ犠牲になればいいという問題でもない。
「みんなで生き延びるんだ。みんなで戦って、生きて帰るんだ」
「……当たり前じゃない!」
生き抜くために、戦う。
自分たちが生きていれば、世界がなくなることはないから。
「さすがは神の力だ。心臓を貫かれても倒れぬか」
オルドレイクは含み笑いながら、が突き刺した左胸をさする。
刀サイズの風穴が開いているはずなのに、血すら出ていない。
これが神の……人を超えた存在か。
倒れていないことを知りながらも、目の前の存在を忌々しく思う。
表情に悔しさを押し出し舌打ちした、そのときだった。
「待たせたな、みんな」
『っ!?』
その声に振り返れば。
意味深に笑う、大河の姿を確認した。
「大河、なにか策はあるの?」
「策ってんじゃないが……イムニティ、未亜……いいか?」
「うん、思い出した」
イムニティと交わした契約を。
破滅の救世主としての力の使い方を。
手に持つジャスティは光を放ち、その力が振るわれるのを今か今かと待ちわびているよう。
破滅の種子を打ち抜いた力は、消えてしまった召喚器を引き戻して使い方も知らず強引に引き出した力だった。
無理やり引っ張り出した力は彼女の身体に負荷を与えていたからこそ、ガルガンチュワに突入してからは満足に戦うことが出来なかったのだ。
でも、今は違う。
契約を思い出すことで、同時に力の使い方も思い出したから。
「マスター、ご命令を」
「でも、貴女は……破滅の……」
未亜の言うとおり、イムニティは破滅の将の1人だったはずだった。
その彼女が今、本当の意味での『破滅』を望まず未亜の隣にいる。
そんな貴女が、なぜ?
問わずにはいられなかった。
「私たちはマスターがいる限り、マスターと共に戦う」
答えは簡単だった。
イムニティは白を司る精霊だからこそ、破滅に属していたのだと。
マスターである未亜が神を戦うことを望めば、その望みは必然的にイムニティの望みとなる。
彼女は破滅のためでなく、マスターのために戦うというだけなのだ。
「それが私たちの宿命……それが私たちの喜び……相手が例え、神であろうと!」
「……準備、オッケーだな」
リコの言葉に、大河は軽く笑った。
そして、神を打倒する唯一の方法を告げた。
大河の赤と未亜の白。二つの力を合わせて戦えば、倒せはしないもののこの世界から追い払える。
神が本来属する世界……神の次元に。
ようは大河と未亜とで神と戦って弱らせる。その隙にリコとイムニティが神の次元へ続くトンネル――召喚門を創るというものだった。
「みんな、お疲れ。後は任せて、下がっててくれ……俺たちに万一のことがあったら、あとは頼むぜ!」
その言葉に、つい今しがたまで戦っていたメンバーがうなずいた。
しかし、1人だけ。
だけは、それをよしとしなかった。
「、お前……」
「オルドレイクが……俺のいた世界の人間が、この世界にここまで迷惑をかけたんだ。守護者として……見過ごすわけにはいかない」
まだまだ戦える、といわんばかりに彼の刀は光を放つ。
一度負けた相手だ。それでも、自分はこうして生きている。
生きている限り、戦える。
「リベンジだ……今度は負けない」
「……そか。よし、それじゃ行くぜ……未亜、!」
「うんッ!」
「ああ!!」
両者の返事を聞くと大河はトレイターを構え、先頭きって駆け出した。
簡単ではありますが、やっとこさここまできましたね。
神を追い返して、トレイターが覚醒して、物語も終局です。
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