未亜の胸元から姿を見せた小さな石は、仲間たちの姿を映し出す。
 みんながみんな、心の底から笑っていて。
 最高の戦友たちが、かけがえのない親友たち。
 他愛ない日常を経て培われてきた絆は強固。
 壊れることはなく、壊せるはずもない。

「……み……あ」

 打ち抜ける……はずがない。
 大河の小さな声と共に、黄金の鎧の拳は止まっていた。
 悲しみの篭もった笑みをこぼす、未亜の目の前で。
 拳圧で発生した風が彼女の長い黒髪をなびかせ、彼女はゆっくりと閉じていた目を開く。

「お兄……ちゃん?」

 自分を打ち抜くはずだった拳が、止まっている。
 映し出された幻影の寸前で、ぴたりと。

「……み……あ……」
「お兄ちゃん……お兄ちゃんっ!!」

 聞こえた大河のか細い声に、未亜は必死に呼びかけた。
 みんなが待っている、と。
 みんなで一緒に帰ろう、と。
 その必死に叫ばれる声に呼応するように、鎧全体が小刻みに震える。

「…………み………………ん…………な…………!!」

 次の瞬間。
 閃光が発したかと思えば、鎧の目の前に。

「リコっ!、イムニティ!!」

 赤白の書の精が佇んでいた。
 表情は悲しげで、また今にも消えてしまいそう。
 しかし、その姿は消えることなくはっきりと未亜の目に映っていた。

「未亜さん……マスターが、マスターが!!」

 不安げに声を上げるリコの頭に手をおき、鎧を真っ直ぐに見上げる。
 大丈夫だからと、安心させるようにつぶやきながら。
 きっと助かる。私たちのところに帰ってきてくれる。
 その黒い瞳には、そんな思いと共に希望という光が宿っていた。

 その一方で、鎧の取り込まれたままの大河はとにかく足掻いていた。
 早く自由になるために。
 自分の居場所へ……あの場所へ帰るために。
 焦る彼の耳に飛び込んできたのは。



「らああぁぁぁぁっ!!!!」



 轟音と共に分厚いはずの扉が吹き飛ぶ様と、戦友であり最高の親友の雄叫びだった。
 さらに続いて飛び込んでくるのは、いくつもの懐かしい声。
 その声に、涙さえ出てきそうになっていた。

「大河殿、早くそんな所から出てくるでござるよ!」

 共に背中を預けて戦ったカエデの声。

「大河くん! 早く出ていらっしゃい?」

 みんなのまとめ役として奔走する姿が型にはまっていたベリオの声。

「私もいるわよっ! ですのぉ〜」

 なんだか妙に凛々しく聞こえるナナシの声。

「大河ッ! 何ぐずぐずしてるの! 早く出てこないと、その鎧ごとぶち壊すわよ!!」

 いつもケンカばかりしていたリリィの声。
 そんな懐かしい声を聞くたびに、バキン、という金属が砕けるような音が響く。
 鎧にヒビが入りはじめているんだ、という答えに行き着くのに時間は必要なくて。

「…………」

 そして埃の舞う中をゆらりと佇み、そむけていた顔を壊れつつある鎧へと向けたは、何も言うことなくただ笑っていた。
 その笑顔が、絶対的な自信に満ち満ちた挑戦的な雰囲気をかもし出していて。

 ……んだよ。そんな顔されたら、早くここから出たくなっちまうじゃねえか!

 大河は全身に力を込めて。






「みんな、愛してるぜッ!!」







 そんな言葉と共に、大河は砕け散ると同時に飛び出したのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.88



 すたん、と着地する。
 大河はそのまま、仲間たちへと顔を向け笑みを作った。

 心の底から嬉しいという感情をさらけ出し、満面の笑みを大河へと見せる。
 そんな彼女たちを見て、今までの迷惑を考えると、苦笑しか出てこない。

「……悪かったな、みんな。心配かけて……みんな、無事でよかった」

 だからこそ、苦笑まじりに謝罪を述べた。
 全員を見回し、最後に少しはなれた場所で佇んでいるを見やる。
 そこには、じとり、と自分を見つめる彼がいて。

 ……愛してるなんて言葉、いらん。キモチワルイ。

 さらに目が、そう語っていて。

「たはは……」

 思わず苦笑してしまった。



 ……



 ぱち、ぱち、ぱち……

 再会の喜びに浸っている中を、乾いた音が響き渡った。
 両手の平を打ち合わせる音だ。
 その音の源を探るには、あまりにも容易で。

「はっはっは……たいした茶番劇だったな」

 オルドレイク・セルボルト。
 最後の破滅の将にして、自分の周りの人間を最後まで有効に使い切ってみせた、最凶の将。
 その彼が、悠然と立ち尽くし、楽しそうに笑っていた。

「なんですってっ!?」
「貴様らも、よくぞここまで働いてくれた。ここまでうまくいくとは、思いもしなかったぞ」

 そう言いつつ、彼は虚空へ手を掲げる。
 それと同時に開いた手のひらに漆黒の魔剣が具現した。

「し、召喚器!?」
「バカな……あの男に、召喚器が扱えるわけが」

 リコとイムニティが、それぞれ口にする。
 イムニティは元々、彼を白の主にと目をかけていたからだった。
 内に秘める狂気と強大な力、自分以外のすべてを道具として扱う残虐さ。
 まさに白の主そのものとも言えた。
 だが、彼は召喚器が使えなかった。
 だからこそ、イムニティは未亜に――純粋な思いを糧に無用なものを排除する彼女を、白の主としたのだから。
 その疑問に答えを告げるのは、誰でもないで。

「アレは、召喚器じゃない」
『えっ!?』
「召喚器なんて、大層な代物じゃないんだよ」

 冥府を司る、破滅の魔剣。

「常世の狂王・ヘルハーディス。俺の戦友たちを何年も苦しめた、狂気を糧に力を振るう魔剣だ」
「おいおい、まじかよ……」

 うへえ、とイヤそうな顔をする大河だったが、彼の表情に翳りはない。
 なぜなら、身体中に力がみなぎっていたから。
 負ける気が髪の毛の先ほども感じられなかったから。

「さて、先ほどの予告どおり……ここでまとめて葬り去ってやろう」

 漆黒の剣が妖しく光る。
 立ち上る禍々しい魔力に、一同は冷や汗を噴出させる。
 それでも、あれは神が作り出したわけじゃない。
 人の手で作り出された代物だ。
 だからこそ。

「負けねえさ……」

 大河は呟いた。
 負けない、負けるわけがない。
 喚んだトレイターを振り構えた。

「クククク……」

 ……のだが。
 オルドレイクの笑い声に、息を呑み込んだ。
 いきなり笑い出し、取り付かれたように笑うことをやめない彼。
 その目は、どこか血走っていた。

「ふふふ……ははははははは!!!」

 そして、高笑い。
 唐突過ぎるその展開に目を見開いた。

「ま、まさか……オルドレイクの身体を!?」

 イムニティが声を上げた。
 オルドレイクの頭上に白く輝く光が浮かび、皿に入った水を流すようにオルドレイクの中へと入り込んでいく。
 大河に……救世主の鎧に流れ込んでいた神の力の一部が、彼の身体に流れ込んでいるのだ。

「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! き……」

 そして、瞳が裏返る。
 大きく見開かれた目には、もはや白しか見えない。

「き、きェルぅゥぅぅらぁあアぁあアあぁァ!! ……い、いいい否! 我はこ……このときを、クヒャハ……待っていた、の……ヒャヒャ! ……だぁっ!!」

 狂ったような大声を上げつつも、彼はまだ自我を持っている。
 このときを待っていた……ということは、こうなることも彼の計画の内なのだろう。
 額に血管を走らせて、さらに目は血走り、瞳は裏返っていて見えない。
 手に握られている漆黒の剣から膨大な力の奔流が吹き上げ、白を押し戻す。
 とても、1人の人間にできる所業ではない。

「すべては……この、ククク……時のため……!」

 なんて強靭な精神力だろう。
 この光景を見れば、誰もがそう思うだろう。
 足元には魔法陣が浮かび、強い光を放っている。

「神の力を……抑えつけるなんて!?」
「……マズイぞ」

 そんなイムニティの驚きの声に続いて、ぼそりとは呟いた。
 彼自身から放たれる圧倒的な力の奔流と、流れ込む神の力が混ざり合っていく。
 彼は今……を超越したのだ。

「リコ」
「はい」

 は尋ねた。
 今のままだと、間違いなくこの多次元世界は滅ぼされる。
 ヘルハーディスの恩恵によって、オルドレイクは神の巨大な力を抑えつけはじめているのだから。

「このままじゃ……」
「ええ。限界までこのマテリアルに近づいた神の破壊の意志を……彼は抑えつけてはじめています。意識を乗っ取られたほうがまだマシ、とも言えるでしょう」

 つまり救世主と共に在るときの、全次元に破滅をもたらす力を手に入れようとしているのだ。

「我らが、大……願の……た、め、に……っ!!」

 そして、オルドレイクは告げる。



伐剣ばっけん……覚、醒……ッ!!!」




 神の力が、すべて漆黒に染まった。
 全身の肌という肌から色素が抜け落ち、長く漆黒だった髪が同様に真っ白に。
 さらに、無意識に放たれる魔力の本流で浮き上がり、はためかせていた。
 右手と漆黒の魔剣は一体化しており、もはや取り落とすことはありえない。
 それでいて、大河は告げた。
 ヤツを食い止めてくれ、と。
 もちろん、彼の声に答えを返す人間はいはしない。
 敵の巨大さに、足が竦んでいるとも言える状況だからだ。
 それでも、大河は同じように頼み続ける。
 うまくやれば、勝てると確信しているから。

「無謀なことを言っているのは承知の上だ。でも……俺に考えがある」

 …………

 薄く笑う。

 その言葉を、待っていた。
 彼なら。大河なら、きっとそう言ってくれると思っていた。
 だから、その信頼に応えよう。

「……まかせろ」

 は一歩、前へ踏み出した。
 巨大な力に対抗するために、こちらも共界線クリプスへの扉を開く。
 蒼い魔力の奔流が、彼の中へと流れ始めていた。

、あんた……死ぬ気じゃないでしょうね?」
「冗談。あんなのと一緒に心中なんてゴメンだし、あれは俺が排除しなきゃならない。それに……」

 言葉を切る。
 抜刀し、魔力を得て咆哮を上げる絶風を尻目に、は仲間たちへと顔を向けた。
 その表情には、恐怖はなくて。

「待ってる人たちが……いるから」

 笑っていた。

「みんなは、大河を守っていてくれ。きっと、何とかしてくれる」

 瞳を真紅に染め上げ、それでいて左手にはサバイバー。
 右手には膨大な魔力を得て、咆哮を上げる絶風。
 そして何より、大切なものを守り抜くために戦う強靭な意志。
 そのすべてが、を危地へと突き動かす。


「リコ、イムニティ。こっちへ来てくれ。それから未亜……お前の力が必要だ」


 1人立ち向かう青年の背中を見ながら、大河はリコとイムニティ、そして未亜を呼び寄せた。
 そして、1つの作戦を説明する。
 必勝の策を。

 オルドレイクと対峙したは、右手に握った純白の刀の切っ先を柄を支点にしてゆっくりと眼前へ移動させる。

「……くくく。どうだ、溢れんばかりの力だ。もはや貴様を屠ることなど取るに足りんぞ」

 神を抑えつけて力を得たオルドレイクは、歓喜に打ち震えていた。
 早くこの力を使いたい。
 古の大願を果たしたい。
 血走った目が、それを物語っていた。
 そんな彼の言葉に、は答えを返さない。
 今のは、1つの目的のためだけに動いていた。

「…………」

 それは、守り抜くということ。
 罪もない人間たちを、なんて大きくておぼろげすぎる目的ではない。
 仲間たちを。
 明確に思い描くことのできる、この世界アヴァターで手に入れた仲間たちを。
 大河、未亜、ベリオ、カエデ、リリィ、リコ、ナナシ、セル、ミュリエル、ダリア、クレア。
 彼が今まで関わってきたすべての人たちを、守り抜くために。

「まとめて消してやろうかとも思ったが……ふむ、まずは貴様から葬ってやろう」

 随分と饒舌になったものだ。
 破滅の将の中にいたときには、口数も少なく事をただ傍観していたというのに。
 水を得た魚、とでも言うべきだろうか。
 力を得て……この多次元世界すべてを破滅させることのできる力を手にして。
 自分が立てた計画がここまで完全に進んだことに気分が高揚するのは無理もないと思う。
 でも、いくら巨大な力を手にしようとも。

「……負けない。負けられない」

 所詮は1人きり。
 仲間の後押しを受けたの隣に。

「師匠」
「カエデ……」

 カエデが1人、立っていた。
 目を丸めたに、彼女は笑いかける。

「拙者も、助太刀するでござるぞ」

 師だけに戦わせては、弟子の名折れだから。
 そう言いながら両手にクナイを持ち、眉間にシワを寄せる。
 戦闘準備は万端だ。
 彼女のまとう雰囲気が、そう告げていた。

「ふむ、自殺志願者が増えたようだな」
「拙者たちは、貴様ごときに負けるつもりなど毛頭ござらん!」

 自らの召喚器である左手の手甲を光らせ、臨戦態勢のままカエデは反論する。
 そう、元から負けるつもりなど毛の先ほどもありはしない。
 力の差は圧倒的。それでも、目の前の敵に遅れをとるとは思えない。

「今のお前じゃ、俺たちには勝てやしないさ」
「ふん、言ってくれる……!!」

 オルドレイクはヘルハーディスをその場で一振り。
 それだけで強い衝撃波が発生し、2人を吹き飛ばさんと襲い掛かる。
 吹き飛ばされないようにと身を屈めても、意味をなさない。
 それでも、必死にその場に立ち尽くす。
 衝撃波が止むと、息を荒げながらもその場から動くことなく立ち尽くしていた。
 その光景に、オルドレイクの眉が軽く歪む。

「……ハァ、ハァ……言ったろう」
「………くっ………貴様では拙者たちには、勝てないと!!」

 再びそれぞれの武器を振り構える。
 衝撃波のダメージがないわけじゃない。身体中が悲鳴をあげているし、今すぐにでも眠ってしまいたい。
 でも、止まるわけにはいかない。
 止まれば、世界は終わるから。

「行くぞ、カエデ」
「了解でござる……!」

 2人は、神にガチンコ勝負を挑んだのだった。





大河復活と、リコ&イムニティ久々の登場。
そして夢主&カエデ、最初にして最後の共闘です。
皆様の予想通りオルドレイクに神が乗り移って、今後の展開も読めてきたのではないでしょうか。
オルドレイクに乗り移った神と、救世主ではなうに関わらずその力を振るうことのできる大河。
そして、彼の持つ無色のサモナイト石。
さ、どうでしょう?


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