「お前、なんでここに……って、アイツはっ! はどうしたんだよ!!」

 目の前でダウニーを串刺したままのオルドレイクを睨みつけ、セルは叫ぶ。
 なぜ仲間であるはずのダウニーに危害を加えているのかとか、いつの間にこの部屋に入ってきたのかとか、そんなことよりも仲間の安否が先に立っていたのだ。
 オルドレイクは目の前で痙攣を起こしているダウニーを見やり、彼を貫いた漆黒の剣を力任せに捻る。
 ぐちゅ、という生々しい音と共にダウニーはうめき声を上げて、そして。

「オル、ドレイク……なぜ」
「ふん。貴様ら虫ケラに話すことなど何もない。強いて言うなら……一言、褒め称えようではないか」

 オルドレイクはそう口にして、笑う。
 セルの目には目の前の光景が人の所業ではないようにも見えた。
 人が剣で人を刺す。
 それは人間であれば誰でもできることではあるのだが、それでも彼には目の前で本当に嬉しそうに笑っている存在が、人間でないのではないかと。

「『貴様はよく働いた。我が手駒として』」
「人を……道具扱いかよっ!!」

 本能がそう感じ取っていた。



Duel Savior -Outsider-     Act.87



「さあ、朽ち果てるがいい……貴様はもはや不要の存在だ」
「ぐ……お、る、どれ……」

 ダウニーから突き出した黒い刀身が光を帯びる。
 それとほぼ同時に、彼の身体は真っ白に染まっていく。
 そして。

 さら、さら、さら。

 足先からゆっくりと、身体が砕けはじめていた。
 足から身体、胸から頭まですべてが真っ白な粉に変わり、入り口からの隙間風に飛ばされて消えていったのだった。

「ひ、ひどい……」

 未亜は呟く。
 死に方が普通じゃなかったからか、悲しみすら感じない。
 元々敵だったのだから悲しむ必要などなかったのだが、それでも彼が教師として教壇に立っていた日々は消えなかったから。
 心優しい彼女だからこそ、口にできる言葉だった。

「さて……次は貴様らだ」
「くっ!」

 セルは未亜を庇いながら、剣を構える。
 刃をちらつかせて威嚇を試みるが、彼はまったく動じることなく、含み笑う。

「……と、言いたいところだが」

 漆黒の剣が虚空へと消え、黒い魔力となって霧散する。
 懐から1本のタバコを取り出すと、火をつけた。

「貴様ら2人を始末したところで、無駄な上に効率が悪いのでな」
「な……っ!?」

 全員揃うまで、待っていようではないか。

 彼は煙を吐き出しながら、無防備な姿をさらけ出していた。
 まるで世界の終わりを感じ取ってすらいないかのよう。
 むしろここが、彼にとってのターニングポイントだったのだろう。
 背後では金の鎧がうめき声を上げているというのに、慌てふためきもせず、立ち尽くしている。
 何もかも思う通りに進んでいるのだとでも、言いたいのだろうか?
 そんな行動が、セルの心を刺激して。

「てめえ、スカしてんじゃねえ!!」
「セルくん!?」

 未亜から離れ、オルドレイクに向かって走った。
 大剣を下段に構えて、重心を低く、一気にトップスピードにまで加速する。
 そんな彼を一瞥し、腕を一振り。
 その瞬間、振った手に持っていた紫の石が光を帯びて。

「セルくん、あぶないっ!!」

 未亜の叫びもむなしく、部屋を爆音が響き渡った。
 流れる冷や汗を拭うことなく、セルの姿を探す。
 次第に煙が薄れるが、彼の姿は一向に見当たらない。

「……手加減した。貴様らには、これからまだ仕事をしてもらわねばならないのでな」

 そんな呟き声が聞こえて。

「が、はぁっ!!」

 セルの身体が、空から降ってきた。
 身体中に傷を負い、空中から床にたたきつけられたのだ。
 傷自体が軽傷だったからよかったものの、彼の息は絶え絶え。
 未亜は慌てて駆け寄り、必死に名前を叫ぶことでなんとか彼は意識を保っていた。

「へへ……は、じめて……愛称、で……呼んで……くれ、ましたね……」
「セルくん……っ! ダメ、しゃべっちゃダメぇっ!!」

 大きく咳き込みながらも、彼は嬉しそうに笑う。

「おれは……だいじょう、ぶ……ですから、みあさんは……たいがを……」

 そう、死んだりはしない。
 貴女を悲しませるようなことなど、絶対にしてやらない。
 大丈夫、俺は死なない。
 そう自分に言い聞かせながら、助けてくれと未亜に告げる。

 俺は大丈夫だから、貴女は大河を。俺の……

「おれの……しんゆうを……」
「……うん、わかった。わかったよ、セルくんっ!!」

 セルはその答えを聞くと満足げに笑って、目を閉じた。
 大丈夫。死ぬような傷じゃない。

 ただ、少し疲れただけだから。



「お兄ちゃん!!」

 兄の名前を呼びながら向き直ると。

「え……?」

 オルドレイクは、忽然と姿を消していた。



 …………



「ねぇ、今なにか聞こえなかった?」
「なぬっ、ベリオ殿も聞こえたでござるか!」
「なにか……爆発音のような音なら私も聞こえたわ」

 先行した仲間たちを追いかけ、ベリオ、カエデ、ルビナス、そしての4人は長い廊下をひた走っていた。
 モンスターは現れなかった。
 もう召喚の必要がなくなったのか、あるいは無限召喚陣が壊されてしまったか。
 どちらにせよ、大河救出チームの最後方に位置している彼らにとっては都合がよかった。
 無駄に戦闘を重ねて時間を浪費することなく、目的地まで行くことができるのだから。

「たぶんゴールが近いんだ。他のみんなは、きっともう目的地までたどり着いて、大河を助けようと必死になって戦ってる」

 走るスピードを落とすことなく、はそう口にした。
 召喚獣たちと戦い始めてから、かなり時間が経ってしまっているから。
 あの後何事もなく先に進めていたならば、間違いなく目的地に到達し、大河を救出しているはずだ。
 でも、それを許すほど敵も甘くない。
 だからこそ、先を急ぐ必要があった。

「敵がいないことが、救いでござるな」
「本当ですね」

 これだけでも、かなりの時間の短縮になるから。
 1秒でも早く、大河のところへたどり着くことができるから。
 先を急ごうと、全員が前へ向き直った、そのときだった。


「……っ! みんな、ストップ!」


 ルビナスの声だった。
 眉間にシワを寄せて、立ち入ろうとした広い部屋の前で全員の足を止めていた。
 入り口から中をのぞくと、黒く焦げた跡や破壊された瓦礫、抉り取られたように丸く削り取られた床が見て取れる。
 ここで大きな戦いがあったことを誰もが理解できていた。

「なにか、来るわ……」

 部屋の中央。
 抉り取られた床の中心に、小さな光が灯っていた。
 明かりというには周囲は明るすぎるし、戦闘の跡というには不自然すぎる。
 その光は徐々に肥大化し、その中から。

「きゃっ」

 どさり、と。
 2つの人影が姿を現した。
 光は人影を吐き出すと瞬く間に消えてなくなり、残ったのはうずくまった人影だけで。

「リリィっ!」
「学園長先生っ!」

 ベリオとカエデが人影の正体を確認し、駆け出していた。
 残ったとルビナスもうなずき合って走り出す。
 2人……特にミュリエルは戦いで作った傷が深く、ベリオが必死に治療の魔法を施していた。

にルビナスも……!」
「……なにがあった?」

 戦いがあったのはわかる。
 それが大規模な魔法戦であったこともわかる。
 で、問題なのは彼女たちが今まで何をしていたのか、で。

「簡単に言えば、異次元に飲み込まれてたのよ」
「いじげん、でござるか……」

 カエデが首をひねる。
 異次元。ありていに言えば『ここではないどこか』だ。
 アヴァターが『数多の多次元世界の根幹をなす世界』であるなら、違う世界に飛ばされていた、ということになる。
 敵が使った魔法で異次元に飛ばされた、とリリィは簡単に、たった一言で説明を終わらせた。

「よく、戻ってこれたわね……」
「お義母様が、頑張ってくれたの。この、幻影石を頼りに」

 リリィは懐から幻影石を取り出し、記憶されている画像を映し出した。
 それは、以前みんなで記念撮影したものだった。
 がいて、カエデがいて、ベリオがいて、ナナシがいて、リコがいて、リリィがいて、未亜がいて。
 そして……大河がいて。
 みんなで笑っている映像だった。

「そう、ミュリエルが……」

 ルビナスは安心したように口にして、ミュリエルの脇にしゃがみこむ。
 彼女は今、力を使い果たして気絶してしまっている。
 傷の割に命に別状がないことが幸いといったところだろう。
 血糊のついた頬を撫でて、懐かしげ笑みをこぼす。

「ゆっくり休んでいてね、ミュリエル。必ず、ダーリンは助け出すから」

 動かないはずの表情に、笑みが表れたような気がした。


 ……


「治療、あらかた終わりました」
「ありがとう、ベリオ」

 ふう、と汗を拭うベリオに、リリィはお礼を告げながら立ち上がった。
 服についたほこりを払い、出口へと顔を向ける。

「大丈夫なのか?」
「ええ。お義母様の分まで、私が頑張らないと」

 リリィは尋ねたに顔だけを向けて、微笑んだ。
 手をライテウスが包み込んでおり、戦うことができるということを物語っている。
 は「そうか」と一言告げてうなずくと、

「よし、目的地は目の前だ。みんな、行くぞ」

 先行して駆けだしたのだった。



 …………



 『俺』は、ゆっくりと溶けてなくなっている。
 感じているのは、言葉では表せないほどの快楽だけ。
 しかし、それは極限の苦痛と変わらないということを、身をもって体験していた。

 ……もう、なにも考えられない。

 心は溶けて、それそらも心地よいと思っている自分がいる。
 もう、なにもかも委ねてしまいたい。
 このまま。


 ――汝の力をもって、終わりと始まりを紡ぐのだ……!


 この声のままに、ただ……



『お兄ちゃん、お兄ちゃん! 聞こえないの……ううん、聞いてっ! 負けないで、負けちゃダメ!!』



 ……未亜?

 不意に1つの単語が浮かび上がった。
 しかし、この意味すら今の俺にはわからない。

 ……『未亜』というのは、一体なんだったろう?

 思考を巡らせる。
 脳裏に浮かんだのは、『彼女』との楽しい日々だった。
 同時に蓋が外れたように溢れ出す『未亜』の情報。
 そして、過ごしてきた日々の思い出。

 ……そうだ。俺の妹だ……泣き虫で頼りないくせに、しっかり者の――

 そうだ、未亜の声だ。



『お兄ちゃん、大好きなお兄ちゃん……みんな……みんなが、待ってるんだよ……?』



 みんな……みんなって……

 意識が定まらない。
 そんな中で、考えていた……否、思い出していた。
 みんなとの思い出を。
 浮かび上がるのはかつて自分が過ごしてきた日常を。
 一番大事なものなのに、それすら圧倒的な快楽に飲み込まれ消えていく。
 だからこそ、必死になって心を探る。
 表面にある楽しかったものから、奥底にまでしまいこんだ恥ずかしいものまで。
 そして。


 ……思い出した――!


 全部。
 冗談を言って笑いあったことや、言い争いをしたことを。
 自分の中にある『気持ち』を。

 ……そうだ。俺には、守るべきものが……そして、守りたい場所がある!

 そう強く思った瞬間、目の前が明るくなった。
 目が機能し、視覚を感じているのだ。
 鎧の隙間から未亜の姿を確認し、その必死な表情に応えようと脳が指令を送る。
 しかし身体はその指令を聞かず、未亜に襲い掛かっていた。

「ガアアァァァァァ!!!」
「お兄ちゃんっ!!」

 咆哮と共に、巨大な拳が未亜に襲い掛かる。
 ジャスティを盾にしてなんとか受け止めると、二撃目がやってくる。
 それもなんとか受け切るが、すぐに三撃目は飛んできた。
 その純粋な腕力に耐え切れず、背後へ吹き飛ばされる。
 床に身体を擦りつけながら勢いを殺すと、

「お、にい……ちゃん」

 ゆっくりと立ち上がった。
 満身創痍であるにも関わらず、黄金の鎧はそれを気にすることなく未亜へと向かっていく。
 狙いを逸らさねばならないのに、身体が思うように動いてくれない。
 自分の意思の外で、誰かが動かしているかのように。

「キャアアアッ!?」

 さらなる一撃が未亜をかすり、床を打ち抜く。
 めり込んだ腕を抜き、再び彼女に狙いを定めた。
 握られた固い拳が打ち抜くのも時間の問題。
 死を目の前にした彼女は……悲しげに、笑っていた。

「いいよ、もう……お兄ちゃんが、私を殺したいなら……殺されてあげる」

 もう、お兄ちゃんを傷つけたくないから……

 未亜の思いが、大河の中に伝わってくる。
 好きという思いが。
 愛しいという気持ちが。

 彼女の胸元から、小さな石が転がり落ちた。

 映ったのは、最高の戦友……微笑みあう仲間たちだった。


 …………


「見えた! あそこだ!!」

 は声を上げた。
 聞こえてくる金属音と、破砕音。
 それは、そこに誰かがいて、戦っているという印だ。
 だからこそ、確信できた。
 仲間が戦っていると。

「でも、扉が閉まってる!!」
「それは見ればわかると思うけど……」

 リリィの声にツッコミを入れたのはルビナスだった。
 苦笑しつつも、視線を前へと送る。
 人の手では開けられそうにないほどに重苦しい雰囲気をもつその扉。
 間違いなくどこかにあるスイッチか何かで開閉するのだろう。
 しかし、その奥から金属音が聞こえているということは、扉自体の強度がそれほど強いわけでもないのだろう。
 だから。

「いい! そのまま走れ!」

 は右手に拳を作る。
 先頭を走っているのはだ。
 だからこそ。

「こんなもの……こうしてやる!!」

 扉を開ける時間を、待ってはいられない。
 固く握った拳に気を纏わせて、扉を思い切り。


「らああぁぁぁぁっ!!!!」


 殴りつけたのだった。







夢主組、ついに先行組と合流しました。
リリィが異次元から還ってくるまでの補完をし忘れたことが、なんとも悔やまれます。
あとで、短編として書こうかな、と思います。


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