「ダウニーッ! なんでお前がっ!?」

 ここにいるのか、とセルは叫んでいた。
 せっかく大河の元まで辿り着いたというのに、彼は傷だらけではあるものの悠然と立っていたのだから。
 リリィたちはどうした、とセルから放たれた問いの答えも、彼は微笑をもって返してみせる。

「死にましたよ。どことも知れぬ異次元に飛ばされてね」
「な……んだと?」

 絶望を垣間見せるような彼の言葉が、2人の胸を抉るように突き刺さる。

 『全員で、一緒に帰ろう』

 そう、みんなで約束したというのに。

「貴様……許さねぇっ!」

 許せるはずがない。
 大事な友達を、仲間を、戦友を殺したのだから。
 怒りに眉根を寄せ、セルは叫ぶ。
 手に握る大剣に力を込める。

「許さなければどうします? まさか、いつぞやの戦いを忘れたとでも? セルビウム・ボルト」
「……くっ」

 勝ち目がないことくらい彼もわかっていた。
 過去に一度完膚なきまで叩きのめされて、大河に『守ってもらった』のだから。
 だからこそ、太刀打ちできない悔しさで両手に力が篭もる。

「そんなことより……さぁ、いよいよ大河君に神が降ります……世界の浄化が始まりますよ」

 ゆっくりと、ゆっくりと。
 黒く染まった空が、二つに分かたれた。



Duel Savior -Outsider-     Act.86



「さぁ、世界の終わりを……共に見物しようではありませんか!」

 分かたれた空から、一筋の光が降り注ぐ。
 その余りの眩さにセルだけでなく未亜も目を細めた。
 世界を破滅に追いやるとはとても思えない神々しい光。
 破滅でなく自分たちを救ってくれるのではないかと錯覚してしまいそうで。

「「…………っ!?」」

 世界が、鳴動した。



 …………


 ……


 …



 ――我が子よ……時は来た……

「時が来た? 一体なんのことだ?」

 ――祝福の時! 世界の終わりと始まりの時!

 響く声に尋ねるも、その声は答えを返すことはなかった。
 しかし、聞かずともなんとなくわかる。
 胸の奥がざわざわする。
 そして、全身を駆け巡る悪寒。
 それらすべてが問いの答えを物語っていた。

 ――汝、我が力の代行者となり、その力を心のままに振るうがいい……!

 やはり、だった。
 今聞こえるこの声は、神の声で。
 その神が、自分に――真の救世主に『世界を破滅せよ』と指令を下しているのだ。
 しかし。

「俺は……誰かの代行者になるのも、世界を壊すのも創るのもゴメンだ!」

 そう主張するも、神は聞く耳を持たず。

 ――ハレルヤ! 救世主の誕生に祝福を!

 そんな言葉が最後に響き渡った。
 そして、それと同時に。

「……っ!?」

 大河の魂を快楽が包み込んだ。
 それこそ、抗いようのない圧倒的な快楽が。
 心が、魂が。
 すべてを溶かし、吸い込まれてしまう。


 ……ああ。


 感じるのは、至高の力。
 世界全体を救うことも、屠ることもできる巨大すぎる力。
 そんな力が全身に満ち溢れ、みなぎる。


 ……そうか。


 神の意図を、理解した。
 世界を滅ぼせと。数多の多重世界に、等しく滅びをもたらせと。
 今の大河には、抗う意思すら希薄だった。



 …


 ……


 …………



「な、なんだ……地震? 大きいぞっ!?」

 フローリア学園敷地内で身を寄せ合う人々の中、感じた大きな地震に声をあげる。
 今までの地震とは違う、どこか嫌な予感が駆け巡るそれ。
 まさに、世界の終わりを本能で感じ取っているかのように。

「お母さん、こわい……こわいよぉ……」
「大丈夫。きっと救世主さまが、世界を救ってくれるわ……だって……」

 1人の少女が、両親と共に身体を寄せ合い、打ち震える。
 それでも、少女は救世主を信じていた。
 破滅の襲来前に王都で出会った、父の身を案じていた女の子。
 彼女が心配していた父親と、再会できていたからだ。

「お前たちっ! 早くこっちに! 避難するんだっ!」

 未亜が交わした約束を、彼女は守っていた。
 だから、世界も救ってくれると。お父さんを救ってくれた救世主さまなら、救ってくれると信じている。
 少女の母親は黒い空を見上げ、ただ願った。
 明日を無事で迎えることができるように、と。





 そして、アヴァターを根とする多次元世界でも、同じ現象が起こっていた。
 世界中を繋ぐネットワークに広がる電脳世界でも。
 とある街の一角に構えたカフェでも。
 そして、かつて楽園と呼ばれた世界でも―――



「うおぉっ!?」
「じ、地震!?」

 帝国領沖の忘れられた島。
 リィンバウムを囲む四世界から召喚されてきたはぐれ召喚獣たちで構成された島。
 その島を突如襲った大きな地震に、住人は戸惑いを隠せない。
 護人たちが避難の指示を出している中、『彼ら』はすでに朽ち果てた施設の前にいた。
 ついさっき、青い獣耳の少女がボロボロの状態でそこに寝そべっていたからだ。
 慌てて治療を施し、今は機界集落で休んでいて、目を覚ます気配すらない。

「……っ! 皆さん、あれを見てください!」

 召喚師の男性が叫び、崩れ落ちた施設『喚起の門』を指差す。
 ボロボロに朽ちたそれは、世界の終わりを感じ取っているかのように淡く光を帯びていた。
 そして、円形のオブジェの中心――穴の空いた部分に、うっすらと何かが映りだしていく。

「そんな、冗談でしょ!?」
「間違いないです、あれは……あの人は……」
「だってアイツは……が死んだって言ってたんだぜ!」

 口々に叫ぶ中で。

「……こら、少し落ちつかねえか。大の大人が、みっともねえぜ?」
「レナードさん……」

 今は休んでいる少女と共に島を訪れていた、レナードという名の男性がストッパーの役目を果たしていた。

「俺様たちじゃ、どうひっくり返っても策がねえんだ。だったら、事の成り行きを見守るしかねえだろ」
「でも……ッ!」

 レナードは口にくわえたタバコをぽとりと地面に落として火のついた先を踏みつけて火を消すと、ばりばりと頭を掻いた。

「情けねえ話だが、祈るしかないのも事実だ。賭けようぜ、アイツによ」

 おそらく、喚起の門に映っているのは以前少女が言っていた『アヴァター』なる異世界だろう。
 レナードもそんな気がして、『アイツ』という言葉を使ったのだ。
 その言葉に、全員が喚起の門を見やる。
 そして、祈った。
 願わくば、何事もなくことが収束することを。



「うわっと!?」

 聖王のお膝元・聖王都ゼラムでも、地震は起こっていた。
 建物が倒壊するんじゃないかとも思えるような大きな地震で、その一角に集っていたあるメンバーはバランスをとるために床へ腰を落としていた。

「なっ、なななな何何何ぃ!?」
「ちょっと落ち着け、トリス」

 トリスと呼ばれた少女は床にうずくまりながらも開いていた口を閉じる。
 現状を把握するためにも動かなければならないのだが、地震のせいで立ち上がることさえままならない。
 そんな中で、1人の青年がテーブルに手を突きながら立ち上がった。

「ね、ネス!? どうしたんだよ」
「……至源の泉だ」
「は?」

 大きな揺れが起こっている中、ネスティと呼ばれた青年はよろけながらもその足を前へ前へと進めていく。
 それほどまでに必死な彼を見たのは、一同にとっては久しぶりそのもので。

「こりゃあ、なにかありそうだな」

 緑髪の男性でなくとも、そう考えるのは間違いではなかった。

「私たちも行きましょう!」

 彼の隣でゆっくりと立ち上がった黒髪の女性は、全員に告げる。
 至源の泉は、ネスティがついさっき『ここではないどこか』から戻ってきた場所だった。
 彼が自らそこへ赴くということは、きっと『彼』に関係していることになる。
 大事な仲間だからこそ、一同は大きい揺れの中を危険を承知で立ち上がった。
 事態の把握と、仲間の安否を確かめるために。



 そして、ここでも。

「うおっ!?」

 大きな地震。
 白髪の男性はバランスを崩して床と仲良しになっていた。
 壁まで這って背中を預けて座ると彼と同様に、しかも揺れを利用して床を滑ってくる弟分の少年を見やった。

「一体、何が起こっているんでしょう……」

 胸のあたりがざわざわするんです、と少年は口にした。
 不安そうな彼を見て、男性は面倒くさそうにガシガシと頭を掻く。
 なんとなく、わかっていたから。
 自分がついさっきまで関わっていた『あの』出来事に関することだと。
 だからこそ。

「なにやってやがんだ……あのバカは」

 呆れたように口にしていた。



 …………


 ……


 …



「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 聞こえないの……ううん、聞いてっ! 負けないで、負けちゃダメ!!」

 未亜は目の前の巨大な鎧に向けて叫ぶ。
 運がいいのか悪いのか、今彼女がいるこの場所は宙に浮かんでいる。
 地震の影響が一切ない唯一の場所だった。
 だからこそしっかりと地面に足をつけて立ち、叫ぶ。

「邪魔ですね、白の主……消えてもらいましょうか……」

 必死になって叫ぶ未亜に、ダウニーは一歩一歩近づいていく。
 その歩みを止めたのは、彼女を庇うように立ちはだかったセルだった。
 無数の傷を身体につけて、それでもなお1人の思い人を守るために。
 今度は誰の助けも入らない。
 それに、前は完膚なきまでに叩きのめされた。
 でも、今回ばかりは負けるわけにはいかない。

「進歩のない男ですね……今度は助けに入りませんよ?」
「やってみなけりゃ、わからねぇだろうが! それに……」

 大剣の柄を握り締め、真っ直ぐにダウニーを睨みつける。
 その瞳には悲しい色を宿して。
 いけ好かない先公だと思っていたけど、尊敬していたから。
 大河と未亜を見ていると昔の自分を思い出すと口にした、あのときの優しげな瞳だったから、彼を信頼してついて回ってきてくれたという、最愛の妹の話も本気で信じて聞いていた。

「あれは本当の話です。ですから……この世界は一度消して、新たな世界を作り出さなければならないのですよ」

 しかし、それは間違いだった。
 救世主が男性であるが故に。生命を生み出す聖母となり得ないからこそ。
 大河では、新しい世界を創ることはできないのだ。
 救世主として世界を破滅させてしまえば、最後に残るのは『無』のみだと。
 そう、セルはダウニーに告げたのだが。

「それは初耳ですね。一体誰がそんな世迷いごとを?」

 世迷いごと、と口にした。
 まるで世界がどうなろうと知ったことじゃないような、そんな口ぶりに、セルは目を丸める。
 そして、ダウニーは口にした。
 世界に住まうすべての者を、敵に回しかねない一言を。

 世界の消滅、結構なことではありませんか、と。

「貴様……っ!」
「私は妹の復讐のために、暗黒騎士にこの身を落としました。遠い祖先の導きのよって。しかし……」

 ダウニーは悔しげに眉をひそめ、それでいて殺気だった視線をセルへと送る。
 まるで彼と通して、なにかを見ているかのようで。
 セルは背筋を凍らせていた。

「しかし、私が力を手に入れ……私たちを慰み者にした、あの貴族に復讐を行おうとその屋敷に乗り込んでみたら……」

 その貴族は死んでいた。
 大勢の子供たちに囲まれて、寿命で。
 幸せのままで。

 世界に貧富の差が出てしまうことは、おそらく必然。
 上手く世渡りのできる人間ならば巨万の富を築くことができるだろうし、逆にそれができなければ平凡以下、あるいはダウニーのように貴族に慰み者にされるような人間もいるだろう。
 でも、それが世界なのだ。
 残酷かもしれないが、そうやって世界は成り立ってきた。

「こんな世界のどこに正義があります? 公平があります?」

 眉間にしわを寄せて、ダウニーは声をあげる。
 そして、告げた。

「こんな世界は、消えたほうがいい……そう、消えてしまったほうが……いいんですよ!」

 こんな世界、必要ない。
 いらない、と。

 言い切った彼を見て、セルは未亜へと向き直った。
 ダウニーを倒すために。
 世界を滅ぼそうとしている黒幕を、打倒するために。
 しかし。



「がァ……は……!?」
「「っ!?」」



 ダウニーのうめき声と共に、彼の背後に1つの人影が存在していた。
 気配すらなくて、あのダウニーでさえも気づくことが出来なくて。
 そしてダウニーの胸元、ちょうど心臓を貫くように、漆黒の刀身が突き出ていた。

「……困るのだよ、世界を滅ぼされては」
「き、きさ……貴様……ァ!!」

 動きづらそうなローブ姿に、オールバックにした長い漆黒の髪。
 そして、鼻にかけた丸メガネ。
 今もが戦っているはずの、彼が排除すべき存在。

「オルドレイク・セルボルト……」

 それはダウニーの心臓を自身の剣で貫き、恐怖を覚えるほどの笑みを浮かべていた。







オルドレイク降臨。
物語も、ついにクライマックスへと突入します。
完結まで、後少しですっ!


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