俺はただ、耐えていた。


 止まることのない苦痛の中を、ただただ耐えていた。


 すでに時間の感覚などなく、頻繁に薄れる意識を繋ぎとめる。



 ――貴方が意思を手放す時が……世界の終わる時だと言うことを。



 その言葉を何度も何度も思い返して。


 ……そんな中、不意に。




 ――我が子よ……時は来た……




 目の前を黄金の光がさしたのだった。





Duel Savior -Outsider-     Act.85





 大爆発により発生した煙が充満している。
 この空間内にはもちろん窓などついていないし、排気口すら存在しない。
 侵入者を逃がさぬよう、出入り口のみが長い廊下へと繋がっているため、全体的に湿気が高かった。
 しかし、それも先ほどまでの話。
 リリィが引き起こした大爆発によって湿気どころか天井が吹き飛び、すでに赤らみはじめた空が見え隠れしている。
 煙はそこから、すべて外へと流れ出ていた。

「…………」

 リリィは表情を緩めない。
 否、緩める必要がない。
 敵の気配も存在感もあるから。そしてその敵の力がそれはもう強大なものだとわかっているから。
 不意打ちなどされてしまえばそれこそ終わりだ。
 だからこそ、世界最高の魔導師が認めた彼女の娘リリィは引き締めた気を緩めない。
 召喚器『ライテウス』をはめた左手の平を前方に向け、ゆらめく気配を探る。

 さらに小声で呪文を唱え、術式を組み上げる。
 時間があるからこそできる、大魔術の遅延詠唱。
 狙って発動させることこそ難しいが、対戦士戦闘にはもってこいの呪文だ。
 なにしろ、接近戦のエキスパートだから。
 接近戦に秀でているからこそ、ゼロ距離から最高の一撃を見舞うことができるから。
 無論、それ相応の危険というリスクを伴うわけだけど。

「っ!!」

 薄まり始めた煙がゆらめく。
 リリィは目を見開くと、

「アークディ・アクル……っ!!」

 追い討ちを見舞ったのだった。
 具現した巨大な氷塊は宙を舞い、煙の中をゆらめく影に向けて落とす。
 しかし、勢いよく落下した氷塊は。

「ハアァァッ!!」

 裂帛の気合と共に発生した青い光によって破砕されていた。
 リリィの持つ最高の氷結魔法をいとも簡単に打ち破り、それでいて青い光は真っ直ぐに彼女へ向かって突き進んでいく。
 距離を詰めるにつれて青い光はまるでどこからかエネルギーを吸い上げているかのように肥大化する。
 感じるのは冷気。
 つまり、氷結魔法。
 自分の魔法をいとも簡単に打ち破ったその強い魔力。

(マズいっ!?)

 防御壁を張っても無駄。
 躱す以外に選択肢など存在しなかった。
 しかし、彼女は諦めない。

「相手になってやろーじゃないっ!」

 左手を目の前まで突き進んできた氷柱に向ける。
 氷には……炎を。

「ファル・ブレイズ……っ!」

 自身もダメージを負うリスクを考える時間もなく、リリィは自身の持てる炎を伴う最高の爆撃魔法を唱えたのだった。
 極限まで魔力を吸い上げて具現した炎球は、ゆっくりと氷柱に激突。
 大爆撃を以って、粉砕したのだった。

「よっし!」

 口に出したのも束の間、舞い散る魔力光の中から姿を現したダウニーが剣を振りかぶり、リリィへと向かう。
 振るわれた刃を即興の魔力壁で受け止め、さらに躱しながら、反撃の時を待つ。
 斬撃、突撃、ごく小規模の魔法攻撃。
 思うように動かない身体にしきりに動かし、彼女は待った。

「どうしましたか、表情に焦りが見えていますよ?」
「くッ……」

 術式を封じた遅延呪文が、制限時間を迎えようとしているのだ。
 先行して詠唱し封印しておいた術式には、効果時間があった。その時間は術者の能力によってまちまちだが、召喚器を装備した彼女の最高記録でもまだ5分程度。
 さらに封じた魔術が高位であればあるほどさらに時間が減少していく。
 それほどに制御や使いどころが難しい魔術なのだ。
 ダウニーの言うとおり心に焦りを感じながら、それでもリリィはひたすら待つ。
 最高の一撃を必ず当てることのできる、その時を。

「……私をここまでてこずらせたこと、ほめて差し上げましょう。リリィ・シアフィールド」

 ディスパイァーを振るいながら、ダウニーは微笑する。
 自分の勝利を見出したのか、浮かんだ微笑には一抹の歓喜が宿っているようにも見える。

「ですが、この戦い……些か飽きました。そろそろ……とどめを刺させていただきましょう……!」

 ディスパイァーの刀身が光を帯びる。
 何かが発動しようとしていた。
 それがなんなのか、リリィにはわからない。
 しかし。

(今だ……ッ)

 巨大な魔力を感じながら、リリィの口が歪む。
 勝利を確信した、笑みの形に。


 ――ライテウス、お願い。

 ――今こそ、貴女の最高の力を……私に貸して……!


 語りかける。
 そんな彼女の切なる願いに、魂の絆を結ぶライテウスが応えないはずもなく。


 ――もちろんです。私は『正義』を冠する召喚器。貴女の思いに共感し、その力を振るう者。

 ――貴女の願いに……正しき道を進む貴女に、力を貸さない理由はありません……!


 そんな声が、頭の中に木霊した。



「さようなら、偽りの救世主よ……!」
「……ああぁぁぁッ!!」

 ダウニーの声と、リリィの気合の入った声が広い空間に響き渡る。
 彼はディスパイァーを振り下ろすと、床が抉れ轟音を上げる。
 しかし。

「な……っ!」

 リリィの姿は、そこに存在しなかった。
 驚きと共に瞠目し、焦りを見せながらも周囲を見回し彼女の姿を探す。
 そんな彼に。

「……私の勝ちよ、ダウニー」

 彼の背後、手の届くところで。
 リリィは笑みを浮かべながら、流れる汗をそのままに左手をダウニーの背に向けていた。
 手のひらから彼の背までの距離は、数センチ。

「こ……」
「いっぺん死んで……」

 ライテウスが爆ぜる。
 否、ライテウスを覆い尽くすどこまでも蒼い魔力が雷のごとく爆ぜている。
 ライテウスの助力を得て、極限まで高められた魔力を凝縮した、彼女の最高にして渾身の大魔術。
 あらかじめ術式を封じておいた、無効となる寸前のそれは。

「小賢しい……マネをぉッ!」
「反省しろぉォォ……ッッッ!!!」

 ライテウスから蒼い極光が走り抜け、ダウニーへと襲い掛かったのだった。
 爆音と轟音が入り混じり、リリィの耳を貫いていく。
 しかし、その音がどこか最高だと感じる自分がいた。
 発動した魔力をその身に浴びている男は、義理とはいえ尊敬している母親を殺そうとしたのだから。


 …………


「ハァ、ハァ、ハァ……」

 全身を焦がし地面に突っ伏すダウニーを視界に納めて、ゆっくりと歩み寄る。
 彼の隣で気を失っている己が義母の元へ行くために。
 しかし、その歩みは途中で止められることとなる。
 なぜなら。

「……くっ」

 苦痛に顔を歪ませながら、ダウニーが起き上がったからだった。
 手に握られたディスパイァーはすでにボロボロ。
 魔術による攻撃ならさておき、それも今のリリィにはあまり効果を見せないだろう。

「しぶといわね」
「咄嗟に……っ、ディスパイァーを盾に、したのですよ。……くっ」

 襲い掛かる激しい痛みに汗を滴らせ、それでもなお彼の表情には苦しげではあるものの笑みが宿る。
 すでに決したこの勝負、まだ負けていないと言わんばかりに。

「強がりを……」

 そこまで口にしたところで、リリィは瞠目した。

「動くなッ! 動けば、ミュリエルの命はないッ!」

 背後からダウニーを攻撃したのはマズかった。
 そのときまで自分の後ろには意識を失ったミュリエルがいたのだから。
 ダウニーはディスパイァーの切っ先をミュリエルへ向けて、叫ぶ。
 武器としては使えずとも、魔力を撃ち出す銃としては使えるのだろう。

「堕ちたわね……ダウニー・リード」
「何とでも言うがいい……そして、私は切り札として……このようなものを使えるのだよ」

 そう口にして、ダウニーは何事かを口ずさむ。
 それは、呪文だった。
 傷を負った彼がリリィに向けて使う、最後の大魔術。
 呪文を聞いただけで、リリィはその魔術の正体に気づき、瞠目した。
 イクスハーラーティア・マテリオ。
 本来、ライテウスを装備しているものにしか使えない、自己を犠牲とした魔術。
 敵を自分ごと異次元へ送り込む、回避不能の大魔術だった。
 しかし、その魔術をこともあろうにダウニーが使おうとしている。
 驚かないわけがない。

「ライテウスだけの専売特許だとでも? ディスパイァーも魔導系の召喚器。しかもこれは改良版……異次元に消えるのは、貴女がただけですよ」

 そう告げて、ダウニーはミュリエルを開放しリリィへ向けて放る。
 すでに呪文は完成しかたらと、2人まとめて排除しようとしているのだ。
 そのまま刃こぼれの激しいディスパイァーの切っ先を2人へ向けると。

「この世界から消えよっ! イクスハーラーティア・マテリオ……ッ!!」

 その切っ先から、『虚無』が生み出された。
 球体の形を取っているそれは徐々に肥大し、ひび割れた壁や天井を丸く削り取り、その場に存在するすべてを異世界へと送っていく。
 ……否。ダウニー以外のすべてを消し去っていく。
 もはや、リリィに打つ手はなかった。

「っ……」

 悔しい。
 でも、もうどうしようもない。
 脳裏に浮かぶのは、大切な仲間たち。
 楽しそうに笑っている彼らは今、ここにはいない。

「ごめん……ッ!」

 もう会えないと思うと、悲しい。
 涙で瞳が潤む。
 でも、もう……すべてが遅かった。
 だから、受け入れなければならない。

「ごめん、みんな……ッ! もう会えないッ!」

 そのまま、虚無へ飲み込まれる。
 彼女の意識は遠のき、暗黒の中へと落ちていったのだった。




 …………



 ……



 …




 仲間たちという代償を払い、未亜とセルはついに神の座へとたどり着いた。
 壁には豪華な装飾が施され、中央の祭壇には黄金の鎧が……いつか幻影を通して見た、巨大な鎧が佇んでいる。
 しかしその身体が動くことはなく、全身を極太の鎖で縛られている。
 鎖の拘束に抗おうと、かすかに身震いするだけだった。
 感じるのは強大な存在感と、締め付けられるような圧迫感。
 何が起こるのかわからない今の状況に、セルは1人思考をめぐらせていた。
 どうすればいいのだろう、と。
 しかし。

「あそこに、お兄ちゃんがいるのね!」
「未亜さんっ!」

 隣にいたはずの未亜は一目散に鎧へと駆けより、ジャスティを振り上げていた。
 白の主の召喚器として覚醒したジャスティには、鋭利な刃が備え付けられていて、接近戦も可能となっていたから。
 その刃で、鎖を断ち切ろうとしているのだ。

「未亜さんっ!」

 彼女の名を呼ぶ。
 しかし、聞こえてすらいないようで、セルの声に応えることはない。
 今の彼女には、鎧に囚われた大河しか見えていないのだ。

「お兄ちゃん、今……助けるよ!」

 振り上げたジャスティを、未亜は思い切り振り下ろしたのだった。
 強固なはずの鎖はものの見事に切断され、鎧は自由を取り戻す。
 もう大丈夫だよ、と微笑む未亜を尻目に、鎧は雄叫びを上げて。

「未亜さんっ! 危ない!!」

 鋼鉄の拳が、未亜がいた位置へと振り下ろされた。
 セルの機転によって突き飛ばされた未亜は事なきを得ていたのだが、振り下ろされた拳は床を抉り、粉砕し、部屋全体を揺るがせる。
 当たれば必死の、強烈な一撃だった。
 強烈な振動に負けじと身を伏せながら、セルは悲しげな表情を見せる。
 俺たちがわからないのか、と。

『ガアアァァァッ!!』
「お兄ちゃん!」
『オオオオオオオンッ!』

 鎧は未亜の声を聞くことなく、再び暴れ始める。
 狙いは自分たち。
 戦わなければ、とセルは思う。
 今のこの状況。戦わねば、倒さねばこちらが倒される。
 でも、相手は救世主の鎧であり、真の救世主であり、未亜の兄貴でセルの親友である大河だ。
 だからこそ、踏ん切りがつかずにいた。

「くそ……っ!!」

 吐き捨てるように悪態をつく。

「どうすれば、いいんだよ!?」

 そんなセルの声に答えたのは。

「どうしようもないでしょう……彼はすでに救世主なのですから……」

 身体中をボロボロにしているにも関わらず、余裕とも取れる笑みを浮かべたダウニーだった。






リリィ&ミュリエルvsダウニー編終了。
そして、神の間の触り程度を執筆しておきました。
やっと、大河の出番がありそうです。
おそらく大河の再登場は、次回か次々回くらいになるでしょう。


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