ガルガンチュワ突入の際にダリアを、復讐を果たすためにカエデはムドウと対峙した。
 ベリオは過去との決別のためにシェザルと共に残してきた。
 ルビナスはロベリアと戦っているだろう。千年ごしの決着をつけるために。
 そして招かれざる者を排除するため、アヴァターへといざなわれたも今、必死になって戦っているはず。
 次々とその数を減らしていく救世主一行に、次いで立ちはだかったのは。

「ここまで来れるとは、正直意外でしたよ」

 かつてフローリア学園で教鞭をとり、学生たちを導いてきた教師であり、事実上破滅軍の中枢ともいえる男性。

「貴女がたが目指す神の座は、この扉のすぐ向こうですよ」

 ロベリアの子孫であるダウニー・リードだった。

「学園長……貴女が迂闊だったのですよ」

 彼を破滅の民と知らず、学園内に留まらせていたことを。
 そして、大河を……救世主を覚醒させてしまったことを。

「自らの不明を恥じるばかりですよ」

 彼女は恥じていた。
 表に出さず、責任という重石を内側に積み上げてきた。
 それらを今こそ。

「今こそ、しの失点を償いましょう」

 すべて爆発させるときだった。

「出来ますか? 召喚器も使えない貴女が……」
「それはそちらも同じことッ! みんな、ここは私に任せて先に……」
「進ませるとお思いか?」

 ダウニーは手を虚空へ掲げた。
 そして。

「来いッ! ディスパイァーッ!!」

 叫んだのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.84



 彼の声に応え、刀身の捻じ曲がった西洋剣が姿を現した。
 『絶望』の名を冠する長剣。
 救世主の力と直結し、その力の恩恵を受けることで彼は召喚器を手にしているのだ。
 つまり、言うところの神の恩恵である。

 真の救世主が覚醒したことで、召喚器は本来封印されているはず。
 それを彼は……

「神の御意志に沿って動く我々のような立場の人間には、神のご助力がある……ということですかね」

 なんて言っていた。
 召喚器を持つ者に、普通の人間では勝つことはできない。それは自明の理。
 ミュリエルはその事実を知っているからか、表情が歪む。
 それでも彼女の両手が朱に輝き、魔術が発動した。
 強力な炎の魔術。部屋全体を強く照らしつける灼熱の炎は、ダウニーを取り巻き、包み込まんと燃え盛る。

「今のうちよ、進みなさいッ! 神の座は、もうすぐそこよッ!」

 さらに、声を上げた。
 ここは私が引き受けるからと。
 リリィへと譲り渡したため召喚器を持たない彼女が、召喚器を持つダウニーをこの場に留めておくから、と。
 残った未亜、セル、リリィの3人はその必死さに。

「く……ッ!」
「はいッ!」
「…………」

 先へと進まざるを得なかった。
 先頭をセルが進み、援護のしやすい未亜、しんがりをリリィが進んでいたのだが。

「ッ……?」

 リリィは表情を歪めて立ち止まり、振り返る。
 聞こえてしまったのだ。
 小さな声を。
 それこそ耳を澄まさないと、聞こえないほどの。
 苦しげに、それでいて自分たちに心配させまいと押し殺した悲鳴が。

「ごめん……未亜、セルビウム……」
「は?」
「リリィさん……」

 あんな声を聞いてしまって、先へ進むことなど。

「できるわけない……ッ!」

 小さくその気持ちを口にした。
 2人に背を向け、首だけを向けると。

「あのバカを頼むわッ!!」

 それだけを告げて、逆方向へと駆け出した。
 後から必ず追いついてね、という未亜の声を聞きながら。






「ぐ……はぁッ!」

 それは必然か。
 ミュリエルはすでに傷だらけだった。
 全身を裂かれた傷から吹き出た血が服を染め上げ、立っているだけでやっとといった状況。
 むしろ、立っていても全身を走り抜ける激痛に表情を歪め、顔全体に脂汗が浮かんでいる。

「見事な精神力ですね……声を出すことで先行した者たちの注意を引くことを恐れて……」

 言いながら、ダウニーはディスパイァーをミュリエルの肩に突き立てた。
 痛みを感じないはずがないのに、声を出さない。
 先へと進んだ救世主たちに、目的地を目前にして引き返させるなどという無駄な行為をさせずに済むから。

「魔法使いが、魔法剣士に単独で勝てるとでも?」

 貴女の講義にもありましたね、とダウニーは続けた。
 魔法使いは近接戦闘を避けるべき。これはアヴァターに限らず、魔法という概念が存在する世界ならどこでも同じ。
 魔法は呪文の詠唱によって術式を構築し、マナを集めて魔法を発動させる。
 つまり、詠唱中は無防備になってしまう。
 だからこそ、魔法使いは剣士を相手に単独で挑んではいけないのだ。

「しかも、この至近距離で……」

 そこまで言葉を発した、そのとき。

「何ッ!?」

 真紅の炎がダウニーへ向けて襲い掛かった。
 その炎は、彼の背後から発生している。

「ただし、魔術師側が複数の場合は、その限りに非ず……と、その講義は続くんでしたよね、先生ッ!」

 炎を発生させたのは、2人と別れて引き返してきたリリィだった。
 彼女の手のひらは光を帯び、彼女が炎の魔術を発動させたことを物語っている。
 ダウニーは避けようとした動作によって、ミュリエルの肩に突き刺さっていた剣先が抜けてしまっていた。
 好機とばかりに彼女は身を翻し、ダウニーと距離を取る。
 血の流れる傷口を手で押さえつけて止血。もちろんそれで止まるわけもなく、指の隙間から流れる血は止まらない。

「リリィ、何故……」
「ごめんなさい、お義母さま……お叱りは後で受けますっ!」

 ダウニーとミュリエルの間に立ち、その手をダウニーに向けたまま背中で彼女に語りかける。
 戦力が増えてしまったというのにダウニーの顔には微笑が浮かんでいる。
 自分には魔術の他にもディスパイァーがあるから。
 そんな絶対的な自信があるのだろう。

「おや、リリィさん。ライテウスはどうしたんです?」

 白々しい、とリリィは思う。
 召喚器が封印されていることなど、知っているはずなのに。
 牽制の意味を込めてその手に魔力を集中させ、淡い光を具現させている。
 それでいて、ダウニーの表情は変わらない。

「ライテウスなしでは強力な魔法も使えないでしょう……頭数が増えたところで、無意味でしたね」

 リリィの魔力は、ライテウスによって増幅されていた。
 だからこそ、彼女は強力な魔法も軽々と使いこなすことが出来ていたのだ。
 しかしそのライテウスは今、封じられてしまっている。
 さらに、彼女は傷ついたミュリエルを守りながら戦わなくてはならない。
 彼女は自ら、窮地へと飛び込んでしまったのだ。

「そろそろおしゃべりも終わりにしましょうか……先に行った2人も気になりますしね」

 ダウニーはディスパイァーを一振り。
 剣先が空間に亀裂を開け、その中へ腕をつっこむ。
 すると同時にリリィの目の前にダウニーの腕と、握りしめられたディスパイァーが具現していた。

 その光景にリリィは目を見開いた。
 咄嗟に魔力を手に集中し即興の盾を作り出すものの、召喚器がないため簡単に砕かれてしまう。
 さらに振るわれた剣の衝撃で、リリィは背後……ミュリエルの目の前まで吹き飛ばされていた。

「く……っ!」

 態勢を整えようと身を起こす。
 しかし時すでに遅し。彼女にとどめを刺さんと、ダウニーはすでに目の前で真っ直ぐに伸びる刀身を振り上げていた。

「これで詰みですよ、リリィさん」

 目を閉じた。
 今に降りかかるだろう痛みを考え、眉間にしわを寄せていた。
 誰だって、痛いことなどイヤなのだ。
 だからこそ、その痛みに備えるために目を固く閉じていた。
 しかし。

(あれ……?)

 いつまでたっても、自分に災いをもたらす一撃が降ってこない。
 ゆっくりと目を開いていく。

「……っ!?」

 目の前にいたはずのダウニーが消え、視界全体を赤が支配しきっていた。
 さらに見上げると、見えてくるのは流れるようで艶やかな髪。

「お……」
「ふふふ……」

 ダウニーの含み笑いが聞こえる。
 リリィの瞠目した目に映っていたのは。

「貴女も最後には、非情になれませんでしたか。そんな役立たずを守って、このアヴァター最強の魔術師も死ぬわけですね」

 上半身を血で濡らしたミュリエルの姿だった。
 痛みを堪えながらも、うつむいていた彼女はダウニーへと視線を向ける。
 その顔には、苦しげながらも笑みが浮かんでいて。

「貴方は、二つ間違えています……」

 告げた。

「一つ目は……この子は役立たずなんかじゃない……」

 役立たずじゃない。
 愛娘にして、自分の後を継ぐ者。
 この世界で最高の魔法使いだから。
 そこまで告げると、ミュリエルの口から一筋の血が流れ出る。

「そして二つ目は……私は死なない」

 光が漏れ出す。
 彼女の全身から、彼女自身が持ちうるすべての魔力が溢れ出ているのだ。
 その膨大な魔力にダウニーも戸惑いを感じていた。
 ……だれも思うまい。目の前の瀕死の女性が、要塞を揺るがすほどの魔力を放出しているなど。
 信じられるはずもない。

「来たれ嵐よ……永久とこしえの闇よッ!」

 瀕死の女性が、禁呪を唱えているなど。
 長重力を発生させ、敵を潰す結界を構成するなど。

「させるか……ッ!」
「ここに集いて……敵を滅ぼせ!!」

 ダウニーは呪文を止めんとディスパイァーを振るうが、リリィがミュリエルの前に飛び出し、受け止める。
 彼女の呪文詠唱は完了。

「チォールヌイー……ブーリァッ!!」

 発生した漆黒の球体がダウニーを包み込んだ。
 感じる苦痛に表情をゆがめ、整った顔立ちに苦悶が走り抜けて、リリィの表情に歓喜が浮かぶ。
 しかし、それは。

「ふふ……ふはははははっ!」

 ダウニーの笑い声によって掻き消されていた。
 ただのやせ我慢かとも思えたのだが、彼の表情がそれを否定している。
 ディスパイァーを振り構えると、彼を抑えつける漆黒の結界に亀裂が走る。
 そのままたったの一振りで結界は斬り裂かれ、涼しい顔で彼は立っていた。

「今の私は救世主の……ディスパイァーを通じて、無限の力を得ているのですよ?」

 ディスパイァーは救世主と直結することで振るうことができた。
 だからこそこの剣を通じて、ダウニーも救世主の力を最大限に利用することができるのだ。
 彼はふむ、と空いた手であごを撫で、2人にその手の平を向けると。

「来たれ嵐よ……」
「ッ!?」

 言葉と共に、おびただしい魔力が周囲を包み込んだ。
 禁呪は付け焼刃でできるようなものではないからこそ、禁呪と呼ばれている。

「永久の嵐よ……!」

 見ただけでできるような魔法ではないのだけど。
 彼は余裕の笑みすら浮かべて、その呪文を唱えていた。

「な、なんで……」
「言いませんでしたか? 私の……いえ、リードの血筋が千年間にわたって蓄えた能力のことを……」

 驚愕の表情を見せるリリィに、ダウニーは告げる。
 リードの一族は、ダークナイトの血筋であるということを。
 他人の力を取り込み、力とする戦士の一族だということを。

「ここに集いて、我が敵を滅ぼせ……チォールヌイー……ブーリァッ!」
「お義母さまッ!」

 振り返る。
 傷口に手を当てて、狂ったように息を荒げているミュリエルを見て、今の状況を打開する策がないことを悟った。
 次第に黒い結界が2人を包み込んでいく。
 感じる無力感に、リリィは悔しげに歯を立てた。


 ――死んじゃう、死ぬ……私も、お義母さまも……


 現在の状況を打開できず、感じるのは無力感。
 結局自分には何もできず、というかすることがなくて。
 そう。


 ――ライテウスさえあれば……


 ライテウスさえあれば、自分たちを包む力を打ち破ることができるかもしれない。
 絆を信じろ、という義母の言葉が反芻する。

 心の底から欲する。
 力を。絶望的なこの状況を打開できるほどの力を。
 ……貴女の、力を。


『………………よ』


 何か、聞こえる。


『我が主よ……』


 これは……声だ。
 大切なパートナーの。


『私の魂は貴女たちといつも一緒……』


 ライテウスの声が。
 身体の内側から、力が湧いてくる。
 瞳に希望が生まれる。
 リリィは結界による圧迫感を感じながら、左手をダウニーへ向けて掲げた。
 指先から手首までを、真紅の光が包み込む。


『さぁ、私を呼んで!』
「来て、ライテウスッ!!」


 聞こえた言葉と告げた言葉は、同時で。
 彼女の手を包んでいた光は、同色の召喚器へと具現した。
 湧き出ていく赤が漆黒の結界を喰い破り、部屋中を侵食し、炎へと変わる。
 熱を感じることのない、ただ結界を吹き飛ばすだけとも取れる炎だった。
 崩れ落ちたミュリエルを横目に見ながら、左手に感じる溢れんばかりの魔力を集中させる。

「もう、好きにはさせないわ……ダウニー」

 そして、静かに告げた。
 希望が見える。
 私はまだ、戦える。

「貴女が、私に勝てるとでも?」
「いいえ……私だけじゃない」

 そう。
 1人じゃないから。
 絆で結ばれたパートナーが、一緒にいるから。

「私とライテウスが、貴方の相手よッ!」

 だからこそ、勝てる。絶対に負けはしない。
 ただ召喚器がいるから、なんて簡単な理由じゃない。
 便利な戦いの道具として使っているわけじゃない。
 相手は召喚器を『使う』者。

「魂の絆で結ばれた私が、負けっこないっ!」
「いいでしょう……かかってきなさい」

 ダウニーは未だに余裕を見せている。
 その余裕を崩すことが、きっとできる。
 だからこそ。

「ファル・ブレイズ……!」

 いきなり派手な大魔術をダウニーにぶつけたのだった。
 溢れんばかりの魔力を吸い上げた炎球は一気に巨大化し、彼と接触した瞬間に大爆発を引き起こす。
 それこそ、以前の能力試験でに向かって放ったものとは規模が違った。
 以前のものが火薬たっぷりの爆竹なら、今度のはダイナマイトに匹敵するほどに。
 つまるところ、部屋全体がどうなろうが知ったこっちゃない、むしろ部屋をぶち壊そうとするくらいの一撃を見舞ったのだ。
 吹き付ける爆風の中でも、リリィは目を閉じることなく前方を凝視する。
 仮にも破滅の民であるダウニーが、今の攻撃だけで白旗を上げるような腰抜けではないと知っているから。
 ライテウスのはまった左手を再び煙で見えないダウニーへと向ける。
 そのまま、ぶつぶつと詠唱を唱え始めた。

「ッ……!」

 突然現れるダウニーの腕とディスパイァー。
 先ほどのように空間を斬り裂き、姿の見えない隙を狙って攻撃を仕掛けてきたのだ。
 しかし、彼女はそれを見越していた。
 出現した腕に照準を合わせると、手の周りに絡みつき爆ぜる光を放つ。

「ヴォルテクスっ!!」

 高速で発生した雷は寸分の狂いもなく、剣を振り切って隙だらけのダウニーの腕へと飛来した。

「がっ!?」

 声が聞こえた。
 ダウニーの腕に雷撃を浴びせることができたから。
 その声を元に位置を特定し、リリィは飛び上がった。
 正面ではなく、上から攻撃するために。
 三たび魔力を収束させる。
 次に作り上げたのは、凝縮された魔力の塊だった。
 煙が晴れ、ダウニーを視覚で確認する。

「これでも……」

 焼け焦げた腕に手を添えながら、ダウニーはしきりに首を動かしてリリィの姿を探している。
 魔力を辿って見上げたときには。

「喰らいなさいッ!!」

 左手の魔力は極限まで凝縮され、放たれるのを今か今かと待ちわびていた。
 声と共にその魔力弾を放つ。
 一直線にダウニーへと襲い掛かり、包み込むと光柱を作り出し吹き飛ばしたのだった。
 すたん、と着地して、光柱を見やる。

「まだアイツは生きてる。ライテウス、力を貸してね」

 その声に呼応するように、ライテウスは淡く光を帯びたのだった。






リリィ&ミュリエルvsダウニー編序盤。
とりあえず、設定上よくわからん部分とか多いと思います。
そう、禁呪とか。


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