2人揃って壁にたたきつけられた。
 ゲルニカの前足が、2人を薙ぎ払ったのだ。
 やはり、その力はあまりに強大。
 本来、一介の人間や召喚獣ではけして勝てる相手ではない。

「くぅ……」

 身体の節々が悲鳴をあげる。
 ただの一撃でこの有様。無防備だったは、未だに動きを見せていなかった。

 ……なんで、こんなことになってしまったんだろう。

 大好きな主は戦える状態ではないし、自分自身も満身創痍。
 さらに相手はメイトルパでも最高位に位置する召喚獣。
 戦力差は歴然。
 そして勝てる確率も、皆無。

「でも……負けるわけには」

 いかない。
 背後には主もいる。
 召喚獣である自分を対等に、昔からの家族のように扱う彼。
 普通の召喚師とは違う彼。
 そんな彼だからこそ、ずっと一緒にいたいと思った。
 そう思わせてくれた。
 だから。

を……まもるんだ!」



Duel Savior -Outsider-     Act.83



 ……なんでだろう。

 先ほどまで剣を交えていた存在が、怖くて仕方なかった。
 自分を本当に邪魔な存在として排除しようとして、それでいて排除していかなかった彼が。
 俺はただ、自分が関わったすべてが平和であればよかった。
 なのに、巻き込まれて戦って、今もこんなところにいる。
 しかも全身が痛くて痛くてたまらない。
 無力感を乗り越えて、自分に出来ることだけをしようと、行動してきたのに。

「……っ」

 今は行動すらしていない。
 怖いから。
 今この場におらずとも、怖いものは怖いのだ。
 だから、動いていたくない。

……」

 ユエルの声だ。
 彼女は今、自分を守って必死になって戦っていた。
 逃げてくれ。
 そう言いたかった。
 腑抜けた『俺』なんか放って、安全な場所まで逃げて欲しかった。
 でも、その一言が口から出てこない。

「ユエル、頑張るから。今までたすけてもらったぶん、をまもるから」

 彼女は巨竜を前にして、臆することなく戦っている。
 振り下ろされる前足という名の豪腕を躱し、両手に爪を装備して。
 躱した直後の隙を狙って反撃するも、身体の小さすぎる彼女ではほとんどダメージを与えられない。
 向こうからすれば、痒い程度だろう。
 なにせ、傷一つついていないのだから。

「初めて召喚されたときも、はユエルを道具扱いしなかったよね」

 突き出される腕を躱す。

「あのとき、ホントは怖かったんだよ? 仲間のみんなに聞いてたから」

 床に突き刺さった腕の上を駆け、首元から顔へを攻撃。
 ゲルニカの悲鳴。
 目を攻撃したのだ。
 唯一、硬いうろこに覆われていない場所を。

「召喚師たちは、みんなユエルたちを便利な道具みたいに扱うって」

 咆哮。
 怒りすら孕み始めた絶叫は、彼女の身体を芯から震えさせている。
 怖い。
 怖い。
 怖い。
 それでも、彼女は止まらない。

「でも、はちがったんだ」

 がむしゃらに暴れ始め、部屋全体が振動する。
 そんな中でも彼女は身軽な身体を巧みに動かし、反撃のときを窺う。

「だから、一緒にいたいって思った」

 横に薙ごうとする長い尻尾をしゃがんでやり過ごし、頭上から振り下ろされる前足を横にスライド。

「召喚されてよかった、って思えたんだ」

 吐き出される灼熱の炎。
 を守るように立ちはだかり、とおせんぼのように両手を広げる。

「だから……が頼ってくれて、嬉しかったよ」

 炎に包まれる。
 全身から持てる魔力を引き出して、自分の身とを守ろうと最善を尽くす。
 彼女の身体から、次第に光が漏れ始めていた。

「だから、ユエルは戦うんだ」

 送還されつつある自らの手を見つめて、それでも動くことを止めない。

「離れ離れになっても、ずっとユエルを探していてくれたよね」

 これ以上ないくらいに力を込めて、攻撃の手を休めない。
 爪が折れて使い物にならなくなってしまう。
 それでも、彼女は止まらない。

「ゼラムで操られてたときも、ユエルを信じて抱きしめてくれたよね」

 残った魔力に自身の魔力を上乗せし、両手を包む。
 無論、初めてのことなので魔力が零れて無駄に消費してしまう。
 がやっていた強化の力を真似たつもりだったのだが、ぶっつけ本番では上々といったところだろう。

「そんなだから……ユエルはまもりたいって強く思うんだよ?」

 真正面に跳躍。

「だから……」

 ゲルニカの眼前まで到達すると、その鼻先に思い切り拳を突き入れた。

「恐怖なんかに、負けちゃダメだよ!」

 ユエルはすとん、と着地すると、振り向いて。

「ユエル……」

 笑って見せた。
 そこへ襲い掛かる、ゲルニカの足。
 苦し紛れに繰り出したその攻撃は、着地し背を向けてしまった彼女に真っ直ぐに向かい……


「ギャウゥッ……!?」


 彼女を殴り飛ばしていた。
 すでに満身創痍だった彼女は、襲いくる激痛を感じながら、宙を舞う。
 体力もほとんど底をつき、悲鳴すらあげる元気も、もう存在しなかった。

「ユエル……」

 周囲の音という音が、消え去った。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 ユエルは落下していく。
 その光景を眺め、それでいて動けない。
 共に旅して、笑いあって、背中を預けてきたパートナーが傷ついているというのに。
 ユエルは顔だけをへと向けて、薄く笑ったように、彼には見えた。

「あ……」

 ゆっくり、立ち上がる。
 ユエルは重力によって床へと落下、その身を横たえたまま、動かない。
 送還の光は徐々に彼女を送還していく。

「あぁ……っ」

 ごめん。

「…………」

 ごめん。

「あああああ……っ!」

 俺が不甲斐ないばかりに、君にこんなにも傷を負わせてしまった。
 苦しませてしまった。
 自分の関わったすべてが、笑顔であればよかったはずだった。
 なのに、今はどうだ?
 腑抜けて、共にいたパートナーに戦わせて、あんなにも苦しみを与えているじゃないか。

 許せない。
 目の前で咆哮を轟かせる、火山の王ゲルニカが。
 許せない。
 ゲルニカを召喚し、彼女を苦しめたオルドレイクが。
 しかし、一番許せないのは。
 腑抜けて彼女に戦わせて、ボロボロにしてしまった自分自身。





 ……ごめんな。







「ああ唖アあ亜Aアあああ阿あアAあぁァぁ―――――――ッッッ!!!!」







 絶叫とともに、絶風の柄を強く握り締める。
 同時に刀身からは魔力が迸り、暴風を巻き起こしていた。
 地面を蹴りだし、走る。
 目の前の召喚獣を倒すためだけに、疾る。
 気が纏わり、刃を形成。
 ゲルニカの元にたどり着くと同時に、その刃を振るった。


「あ唖アあAぁァぁa―――――――ッッ!!!」


 腕を斬り落とし、足を両断し、身体を貫く。
 断面からは血が噴出し、周囲を染め上げているのだが。

「水よ……彼の者を包み込み……」

 絶風が光を帯びる。
 同時に、の足元にはスカイブルーの魔法陣が展開された。
 そこいらじゅうに飛び散っていた血液が動きを止め、一つにまとまっていく。
 ゲルニカを包み込むようにまとわり、そして。

「霧散せよ……ッ!!」

 声と共に、そのすべてが霧となって消えてしまっていた。
 巨大な質量のすべてが。
 ゲルニカは送還される間もなく、異世界にて命を落としたのだった。



「…………」



 その場にたたずみ、荒れ狂う魔力の奔流が消えていく。
 絶風を纏っていた光も消えうせ、あたりには静寂が訪れていた。
 聞こえるのは、の荒い息遣いのみ。


「ごめん……」


 もう、ユエルは送還されてしまった。
 謝る暇もなく、傷を治す暇すらなくて。
 その場に崩れ落ちるように膝をつく。


「ごめん……っ」


 自分の不甲斐なさに。


「ごめん……っ!!」


 悔しくて。
 その両目からは、久方ぶりの涙が溢れ出していたのだった。




 …………




「こ、これは……」

 充分に休息を取り、囚われの大河を助けんと向かった先。
 そこでカエデとベリオ、そしてルビナスの3人は信じられない光景を目にしていた。
 石造りの壁は見事に破砕され、床には大きな穴まであいている。
 先へ進む出口だけは無事のようだが、それ以外の壁という壁は全部『壁』とは言えない状態にまで破壊されていて、ついさっきまでここで死闘が繰り広げられたことが窺えた。
 そして。

「あ、あそこに!」
「師匠!!」

 彼女たちから見て、手前側の壁があるべき場所。
 そこの砕けた壁にが背を預けている姿があった。
 絶風は抜刀されたままで右手に握られ、頬には涙の跡が見受けられていて。
 そして、身体には無数の傷が。
 何かつらいことがあったのだろうという推測が容易に出来ていた。

「ベリオどの!」
「わかってます……!」

 傷口に手をかざし、ベリオは癒しの魔法をかけつづける。
 その違和感からか、はゆっくりと目を開いていた。

「師匠!」
君!」
「カエデ、ベリオ……それにナナ……ルビナス」

 ぼうっとしたまま瞳を動かし、心配そうに自分を見る3人へと視線を向ける。

「大丈夫ですか?」
「……あぁ、大丈夫。ありがとう、ベリオ」

 何事もなかったかのように立ち上がり、抜きっぱなしだった絶風を鞘へ納める。

「あの」
「ん?」

 涙の跡について、聞きたかった。
 気がついてからの雰囲気もどこか以前の彼とは違うような気もして、気になっていた。
 だから、ベリオはに尋ねていた。
 何かあったんですか、と。

「…………」

 その質問を聞いて、は自嘲めいたように笑う。
 なにかいけないものに触れてしまったような、そんな気配を感じて、

「あのっ、話したくないことなら別に……」
「いや、そういうわけじゃないんだ」

 取り繕おうとして、やめた。
 は出口へ身体ごと向けると、振り向くことなく口を開く。
 「色々、あったんだ」と。
 その内容を聞くことははばかられた。
 これ以上、俺の中に入ってくるなと、雰囲気が語っていたから。


「助けにきたつもりが、助けられちゃったな」
「大丈夫よ、気にしないで。私たちは充分に助けられているから」
「そうそう。これでおあいこでござるよ」
君、傷の具合はどうですか?」
「大丈夫。君が癒してくれたからね」

 そんな会話をしながら、出口を目指す。
 の中では一つの決意が芽生え、行動を起こさせていた。




 もう、腑抜けはゴメンだから。
 何があろうとも、みんなの笑顔のためにとことん……戦いつづけてみせると。







というわけで、このままリリィ&ミュリエルvsダウニーへ続きます。
それを終えた時点で、やっと神の間へとたどり着きます。
そこから先が、また長そうですけどね〜(苦笑)


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