絶風が咆哮を上げる。
 凝縮される魔力の塊は風となって、学園の闘技場程度の広さの部屋全体に吹き荒れる。
 真紅へと染まった瞳をオルドレイクに向けながらも、内心では焦りまくっていた。

 あまりに、力の差がありすぎるから。

 バノッサが剣を交差させ、オルドレイクが大上段から繰り出した剣を受け止める。
 強すぎるほどの重圧に押されて、バノッサの両足が地面へとめり込んでいた。

「彷徨える雄々しき風よ、その姿を刃へ変え、敵を切り刻め!!」

 具現する無数の鎌鼬かまいたち
 刀を振り構え、地面を蹴り出す。同時に発生した風の刃も、真っ直ぐにオルドレイクへと向かっていた。
 堪えているバノッサを見つつ嘲笑し、オルドレイクはさらに力を込める。

「ぬうん……っ!!」
「な……」

 ばきん、という音が木霊し、バノッサの持っていた2本の長剣は真っ二つに折れてしまった。
 無防備になってしまったバノッサは砕けゆく愛剣を凝視。
 その先から襲いかかろうとしている漆黒の刃に、目を見開いた。

「……っ」

 間に合わせなければ。
 すでに、刃はバノッサの目の前。
 このままでは、取り返しのつかないことになってしまうだろう。
 だからこそ、は。

「間に合えぇっ!!」

 声を上げつつ、気を両の足に纏わせ、駆けるスピードを爆発的に速めたのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.82



 ぴたりと剣速が緩まり、バノッサを斬り裂く寸前で停止する。
 が目の前まで迫っていたからだった。
 剣の位置は、バノッサの首元。
 そのまま刃を返せば、迎撃は可能だった。

「くくく……」

 久しく感じなかった、己が力を最大にまで高めてすら戦える相手が現れた。
 死と隣り合わせの、ギリギリの世界を。
 世界という戦場を賭けて、自分と目の前の存在が対峙しているのだから。
 これほどに。

「楽しいことはない……っ!」

 笑みを深めた。
 元々は、邪魔な存在として排除しようとしていただけだった。
 数度刃を交差させ、視線をぶつけ合い、技を比べあううちに。

 ――もっと戦っていたい。

 そう思うようになっていた。
 どうやら、我は根っからの戦闘狂らしい。
 恐怖すら感じるほどに禍々しい笑みと共に、内側から沸き上がるように漆黒の魔力が溢れ出る。
 手には狂気を喰らい力へ変える魔剣。
 極限まで、戦ってやろうではないか……!

 刃が交差する。
 残像ほどしか見えない漆黒の剣を、は自身の刀を振るうことで受け止めた。
 否、受け止めたというよりは、同様に攻撃を繰り出したとしたほうが妥当だろう。
 彼も、渾身の力をもって放った斬撃だったのだから。

「く……っそ!」

 柄を握る手に力が篭もる。
 額を汗が流れ落ち、一歩踏み込めば斬り伏せられる、逆に後退すれば荒々しいまでの魔力の奔流が自分に襲い掛かるだろうと今まで培ってきた戦いの本能で感じ取っていた。
 互いに一歩も退けない状況であるとはいえ、圧倒的にオルドレイクが今の戦場を制していた。
 こちらは頭数だけでも彼よりも上回っているというのに。
 圧倒的な実力差に、焦りすらも感じている。

「ガアアァァァァッ!!」
「!」

 背後から飛び掛ったのはユエルだった。
 雄叫びと共に両手の爪を振り上げ、オルドレイクへと斬りかかる。
 万歳と同じ態勢。
 一見無防備に見えなくもないが、懐へ飛び込めば頭上から爪が降ってくる。
 かといって後退すれば、耳を貫く大声と共に爆発的な加速をつけた彼女から向かってくる。
 対人戦において彼女が最も好んで用いる戦闘スタイルだった。
 しかし。

「小賢しいわ……ッ!」

 オルドレイクの背後も見ずに放たれた怒声が、彼女の動きを止めていた。
 聞いたものを竦みあがらせる強烈な威圧を真正面から受けたのだ。
 かつての大悪魔から感じたような、魔力すら篭められているかのようなその声に。

「……うぅぅっ」

 ユエルは背筋を凍らせ、その場で動けなくなってしまっていた。
 と共に世界を渡り歩き、彼同様に大きな戦いに巻き込まれてきた彼女ですら、この状態。
 改めて、敵の強大さを実感させられてしまっていた。

「どうした、表情に翳りが見えているな」
「っ!?」

 感付かれた。
 どれだけ酷い状況でも、自分に自信を持っていなければならない。
 そうしなければ、戦うことなどできはしないというのに。

「……我が怖いのかね?」

 怖い。
 今のの心情を表現するにはきっと、この言葉が一番適切だろう。
 頬を伝う冷や汗が、それを否応もなく物語っていた。
 オルドレイクはその表情を見て、満足げに笑う。

、離れろっ!!」

 声が聞こえた。
 瞳だけを向けると、そこには紫の石に光を灯したバノッサの姿があった。
 自身の持つ魔力はすでに底をついているはずなのに、どこから。
 答えは簡単だった。

「バノッサ、身体!」
「うっせェぞ、ケモノガキが。ちっと黙ってろ」

 彼の身体が、透けていた。
 目の前の存在が彼の父親だからこそ、ここに自分がいることを彼は嬉しく感じていた。
 死に別れた父に再会できて、というわけではない。むしろ、その逆。

「また殺してやるぜ、オルドレイク。この俺様の手でなァ!!」

 声と共に、石から放たれる光が増していく。
 剣は折れて使い物にならない。そんな今の自分が唯一使える力を、最大まで使って。

「いくぜ……来やがれェッ!!」

 紫の極光。
 具現したのは、自分たちの何倍も巨大な鎧だった。
 紙に手で穴を開けるかのように空間が割れ、どこか知らない次元から顔を出す。
 バノッサのすべてを結集した最強の召喚術、聖鎧竜スヴェルグ。
 7人の大天使が己の魂を聖鎧に封じ込めた鎧竜。
 強大な悪魔に対抗すべく誕生した召喚獣は今、1人の男を目標に捉えていた。

『―――――ッ!!!!』

 声にならない咆哮が木霊する。
 スヴェルグはオルドレイクを挟み込むように巨大な両手を動かすと、そのまま押し潰さんと彼に迫る。

「……フン」

 鼻を鳴らす。
 それが誰の鼻なのかは、言うまでもないだろう。

「いくら最強の力でも、当たらねば意味はあるまい。無駄に消費し、消えるがいい」

 オルドレイクはスヴェルグの両手が重なる前に、その場から姿を消し去っていた。
 常世の狂王ヘルハーディスによって底上げされた彼の身体能力が、最強の召喚術すらも無効化しているのだ。
 重なり合う両手。
 バノッサの渾身の召喚術は、オルドレイクの言う通り無駄に終わっていた。

「の野郎ォっ!!」

 その光景を凝視し、次第に光を放つ身体へ目を向け、悔しげに床を殴りつける。
 鈍い音が聞こえたかと思えば、彼はあっという間にその姿を消してしまっていた。
 無理もない。
 自身を構成する魔力すらも召喚術へと回し、スヴェルグを召喚したのだから。

「…………っ」

 怖い。
 本気で、怖いと思った。
 目の前に巨大な召喚獣が迫ってきているというのに、臆すことなく冷静に行動してみせる度胸。
 そして、常世の狂王の持ちうる真の力に。
 なにより、その度胸や魔剣を持ちうる者から発される殺気に似た圧倒的な威圧感に。
 恐怖を感じずには、いられない。

 勝てない。
 本気で考えてしまった。
 こんなこと、考えてはいけないのに。
 考えてしまったら、負けなのだから。

「そんなわけ……」
「あるわけない、とでも言うつもりかね?」
「っ……!」

 柄を握り締める両手に力が篭もる。
 徐々に、漆黒の刃が生みの眼前へと迫っていく。
 力を篭めているはずなのに、まるで力が抜けていくかのように。

「やめろおぉぉ……ッ!!」

 2人の真横。
 バノッサの放った召喚術の衝撃で崩れた壁の破片が散らばる床を力の限り蹴り出し、ユエルは爪を振り上げて2人の間へ分け入っていた。
 交わった刀身が離れるように、爪を振り下ろす。
 オルドレイクは特に驚く様子もなく、とスピードを緩めたユエルと距離を取った。
 懐に手を突っ込む。
 取り出したのは、乳白色のサモナイト石だった。

「…………」

 無言のまま、魔力を通す。
 サモナイト石は光を放ち、一つの石を召喚した。
 乳白色の石は、無限召喚陣の刻まれたもの。召喚されてきたのは、緑色のサモナイト石だった。

「っ!? なに!?」

 ぐらり。
 ガルガンチュワ全体が振動を起こす。
 まるで巨大な質量を外からぶつけられたような鈍い音と、その衝撃で震える振動。
 横殴りに重圧が走り抜ける。
 もユエルもバランスを崩してしゃがみこんでしまっていたが、オルドレイクは強い振動をものともせず、その場に立ち尽くしていた。
 しかし、表情には焦り。

「チッ……」

 舌打ちと共に、召喚したサモナイト石に魔力を篭める。

「余計なことをしてくれる…………虫けらめが…………まあ、よい」

 目を閉じて、含み笑う。

「貴様らの相手をしている余裕はなくなった。が、すでに立ち上がれまい」

 を見やった。
 そこには、身体全体を小刻みに震わせる彼の姿があった。
 信じられないものを見るような視線を向け、ユエルですらその変化に瞠目する。
 その場に膝を落とし、自分の身体を抱きしめるように両手を回し、うつむき、赤黒くにごった瞳には恐怖を映し出していたのだから。

「貴様はこのままここで朽ち果てるがいい。置き土産はくれてやるぞ。光栄に思え」
「ッ……なんだと!」

 オルドレイクの言い草に、ユエルは殺気を迸らせる。
 射殺さんばかりの視線を突き刺すが、彼はまったく動じていなかった。

「我が呼びかけに応え、ここに姿を現せ…………ゲルニカ」

 オルドレイクは、唱文を紡ぐ。
 最高位の召喚術は、無詠唱での召喚ができないのだろう。
 緑の光が空間内を包み込む。

! っ!! しっかりしてよ……ッッッッッ!!!」

 ユエルは目の前に具現する赤竜――ゲルニカを見ては目を見開き、必死になっての名を呼びかける。
 しかし、反応は返ってこない。
 アヴァターへと姿を現した巨竜は、その双眸をユエルへと向ける。
 彼女は今、ゲルニカに……荒ぶる火山の王に、背を向けているのだから。

『グオオォォォォォッ!!!!』

 咆哮が耳を貫く。
 その声にユエルはへの呼びかけを止め、怒りの表情と共に殺気の篭もった視線をゲルニカへ、さらにその背後のオルドレイクへと向けた。

「では、我は往くとしよう……我が願いを、叶えるために」

 それだけを告げて、オルドレイクは姿を消していた。
 その場にゲルニカを残して――――






「もおぉっ!!」

 ユエルは焦っていた。
 目の前には自分が元いた世界でも最強に近い、自分よりも何倍も何十倍も大きな赤竜。
 背後には、ずいぶんと小さくなってしまった主の姿。
 戦えるのは自分だけという、絶望的な状況だった。

、逃げて!」

 必死に叫ぶ。
 どのような姿をしていても、彼は家族であり、守り守られるなのだから。
 傷つく姿など、見たくない。
 だからこそ、逃げて欲しい。
 戦えないなら、せめてこの場を離れて欲しい。
 そんな思いを乗せて、叫んだ。

「…………」
……!!」

 しかし、彼は動かない。
 己を侵食した恐怖が、彼をその場に縛り付けていた。
 ゲルニカは狭い空間内で動きづらそうにその腕を振り上げる。


「は……」


 2つの真紅が、舞った。







オルドレイク戦、一時中断。
夢主には少々腑抜けさせてやりました。
もっとも、次回できっちり正気に戻りますけどね。
ユエルを犠牲にして(爆)。


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