「近い……魔力の収束が感じられるわ!」

 長い長い回廊を抜け、開けた空間に出た。
 壁の装飾やデザインこそ変わらないものの、魔術師として感じ取れる魔力の密度が入り口のそれとは雲泥の差。
 ゴールが近い、と。
 それだけが理解できていた。

「ルビナスさんは……」
「ルビナスは先代の赤の主。最強の戦士よ。むざむざ遅れを取るわけがないっ!」

 セルの一言に対し、ミュリエルはあっさりと答えを返してみせる。
 戦友だからだろう。手放しで信頼できるのは。
 きっとすぐ来てくれる。そう信じきっているのだ。

「先を急ぎましょう!」

 リリィの音頭で、一行は目的地へ向けて疾走したのだった。





Duel Savior -Outsider-     Act.81





 どのくらい走っていただろうか。
 周囲の壁の色が変わり、装飾が派手になってきているところを見るに、おそらく目的地は目の前なのだろう。
 もうすぐ大河を助けることができる、と士気が一気に高まっていく。
 しかし。

『グルルルル……』

 彼女たちの進行を、彼女たちが知らないモンスターたちが阻んでいた。
 二足歩行しているトカゲに似たモンスターや、黒い甲冑に身を包み、長い槍を携え真紅の瞳が鮮やかに光る、いつか本で見た悪魔のようなモンスター。果てはロボットや頭から角を生やした巨体を持つ者まで。
 しかも、そのそれぞれが膨大な魔力を有している。

「あいつら……」

 答えは簡単だった。
 アヴァターには存在しないモンスター―――召喚獣。
 が言っていた、破滅の将の1人によってリィンバウムから召喚されたモンスターたちだった。



 数はあまり多くない。部屋を覆い尽くすほどでもなく、指折り数えられる程度。
 それでも、ここで時間を取ってはいられない。
 セルを前衛にミュリエルは魔術の詠唱を始めたのだが……

「らああぁぁあっ!!!」

 爆音と共に、召喚獣を吹き飛ばしながら。
 3つ人影が割り込んできていた。
 純白に輝く刀の咆哮を目にしながら、その姿に安心感すら覚えてしまう。

っ!!」

 やっと、追いついた。
 そんな表情を、は一行へと向けたのだった。
 どうやってここまで、とは聞かない。
 っていうか、聞かずともなんとなく分かるから。

「先に行ってくれ。俺は……俺たちはこいつらを倒していくから」

 時間、ないんだからな。

 彼は最後にそう口にして、召喚獣たちへと向き直った。
 両隣の少女と青年も、同様に。

「……死ぬなよ」
「死なないよ、セル」

 大丈夫だと断言し、召喚獣の群れへと駆け出した。
 一行はそれについていくように彼の背後を駆け抜ける。
 それが一番安全だと踏んだからだ。
 ユエルと、名も知らない白髪の青年も共に召喚獣たちを蹴散らしていく。
 ユエルは両手に装備した爪で敵を斬り裂いていたのだが、特筆すべきは白髪の青年の戦い方だった。
 両手に一振りずつ普通の長剣を携えていて、にも関わらずその剣を豪快に振り回して敵を粉砕しているのだから。
 型なども一切なく、それでも強い。
 床を強く踏み込み、鍛えぬかれた筋力を以って長剣の重さをものともせず、一度に数体の敵を斬り飛ばす。
 鬼神の如き暴れっぷりだった。

「いけえぇぇっ!!」

 が叫ぶ。
 先へと進む廊下への道が、完全に繋がったのだ。
 彼はそのまま進行方向を変えて、背後から襲い掛かる悪魔を薙ぎ払う。
 何度も雷や炎が一行を襲っていたのだが、そのことごとくからのサバイバーが守りきっていた。

「後から、ちゃんと来るのよ!」
「……当たり、前っ!!」

 廊下へと抜けたリリィが、に向けて声を上げた。
 彼女の言うと折り、無論加勢はするつもりだ。
 でも、元々自分は部外者だ。だからこそ、この場で後の脅威となるであろう敵を討つのだ。

「よし、2人とも……存分に暴れようか!!」

 そんな声に、ユエルもバノッサも……特にバノッサは瞳を爛々と輝かせていた。

「やっと暴れられるみてェだなァ、よし……全部まとめてブッ潰してやるよ!」
「ユエルも頑張るっ!!」



…………



「ンだよ、あっけねェな」

 バノッサの言うとおり、召喚獣たちを掃討するのに、時間はかからなかった。
 敵が弱いのか、こちらが強すぎるのか。
 頭数だけなら圧倒的に上回っていたにも関わらず、あっという間に片がついたのだから、正直おかしいとも思える。
 何か裏がありそうだと考えるのも、無理はなかった。

「なんだか釈然としないが……先、行くか」

 その言葉に、バノッサは「ケッ」と不服そうに息を吐き捨てたのだが。

「…………」
「ユエル?」

 彼女は、小刻みに身体を震わせていた。
 メイトルパ出身で、気配を感知する才能は数々の戦いを経験してきたの上をいく。
 野生の本能といってもいいだろう。
 その彼女が、顔に冷や汗を垂らしながら身体を震わせているのだ。
 尋常ではない。

「……いるよ」
「あァ?」

 あからさまな敵意をある方向へと向け、睨みつける。
 それでも全身の震えは止まることなく、その力の大きさに目を見開いた。

「……いるよ」
「ああ」

 わかる、わかる。
 ここに……いる。

「んなっ!?」

 感じる強い威圧感。
 今までに感じたことのない、人々に恐怖を振りまく圧倒的な狂気。
 あのときには感じなかった、感じることができなかった狂った気配。
 身体にのしかかる莫大な重圧プレッシャー。
 きっと、ここまで狂える人間はいないだろう。
 このガルガンチュワの内部にいるどの人間でも……たとえ神でも。
 ぱっと見ただけでは、わからないだろう。
 でも、わかる。
 ただ一つの目的のためだけに……自身が夢見た夢のために。
 彼は『人』を超えて、狂っているのだから。

「ようやくここまで来たな、 
「オル、ドレイク……」
「はァ? バカ言ってんじゃねェよ。ヤツは俺様がこの手で……」

 殺したはずだった。
 いいように利用されて、化け物にまでなって。
 そんなヤツが自身の父親だと聞かされたときは、それはもうはらわたが煮え繰り返ったものだ。
 そのヤツが生きているなど、ありえないと。
 バノッサは思っていたのだ。

「ふむ、そこにいるのはバノッサではないか。久しいな」
「んな……っ」
「生きてたんだよ、あの男は。君に潰される寸前に、こっちへ召喚されてきたのだそうだ」

 ユエルは全身の毛という毛を逆立て、敵意を丸出しにしてオルドレイクを睨みつけている。
 それだけ、目の前の男の威圧感は強いのだ。
 その場に立っているだけで背筋が凍りつくほどに。

「な、なに言って……っ、だってよ、アイツ、若いぞ!? シワとかシミとかねェぞ!?」
「若返ったんだとさ。詳しくは俺も……本人だって知らないんだと」

 彼は死ぬ寸前だった。
 異形と化したバノッサの巨体に潰されて、それこそ人としての原型すら保てないはずだった。
 でも、彼はここへ来た。
 次元の壁すら突き抜けて、この根の世界へ。

「我が喚ばれた経緯などどうでもよいこと。ここにいるのは、貴様を滅ぼすためなのだから」
「な……っ」

 面と向かって、滅ぼす、などと言われるとは思いもしなかった。
 彼は、使える者は使えるだけ使ってから切り捨てるような人間だったから。
 まったくそのような素振りもみせず、ただ排除しようとしているのだ。

「貴様は邪魔なのだよ……いてもらっては計画に支障が出るのだ。だから……」

 虚空から、漆黒の剣を取り出すオルドレイク。
 『果てしなき蒼』、『不滅の炎』と同じ装飾の施されたどこまでも黒い長剣。
 深遠なる闇、と称しても過言ではないほどに、刀身から炎のような光が噴出している。

「この場で、まとめて消し去ってくれよう……」

 剣を一振り。
 凝縮された魔力の風が、3人へと襲い掛かった。

「……おい、冗談だろ!? なんだよこりゃあっ!?」

 圧倒的なほどに巨大な力だった。
 も驚きを露にしていた。以前、バノッサに魔王を降臨させようとしたときは、これほどに大きな力はなかったはずだ。
 なのに、今は。

「くくく……こちらへ召喚されたことで、この剣を使いこなすことができるようになったのだ。……言っている意味がわかるか?」

 ウィゼルは言っていた。
 「オルドレイクは、剣を使いこなすことができていない」と。
 それを聞いたのが、少し前の話。
 無色の派閥の乱の前である。
 それが終息して、アヴァターに召喚されて若返って。
 つまり。

「あの剣を使うに、若さが足りなかったということか……」

 島での戦いから十数年。無色の派閥の乱が終わっても、傀儡戦争が終わってさらに2,3年。
 人が年を取るには充分な時間。
 無色の派閥の乱で使えなかった剣が、アヴァターに召喚されて若返ってフルに使えるようになった。
 単純に若さが足りないと考えるのは、普通のことだ。

「なンだよそれ……」

 呆れるというよりは、その力が巨大すぎてため息出てしまう。
 とにかく、今のオルドレイクの力は破滅の将の中でも群を抜いていることになる。
 この世界で最初に邂逅したときに見せた無詠唱の召喚術も。
 最高位の暴走召喚も。
 すべては、彼の持つ黒い剣『常世の狂王ヘルハーディス』の力だということだ。

「では……潔く滅ぶがいい……ッ!!」

 オルドレイクはヘルハーディスを振り構え、床を蹴り出したのだった。





「っ!!」

 を漆黒の剣が襲う。
 尋常ではない速度で繰り出される剣戟を、ただ受け止める。
 ……攻撃のしようがなかった。
 受け止めるだけが精一杯。

っ!!」

 一瞬の出来事に、目を見開いたのはユエルだけではない。
 それはバノッサも同じだった。
 刃を合わせた先で、オルドレイクは笑っている。
 嬉しそうに、楽しそうに。
 ただただ笑みを浮かべて、動きにくいだろうローブを翻しへと襲い掛かる。
 オルドレイクは知っているのだ。
 バノッサもユエルも、によって召喚された存在だということに。
 彼がいなくなれば、自ずと消えていく存在だということに。

「くっ、そ……」

 受け止める腕に力を込め、忌々しげに視線を突き刺す。
 それほどに、漆黒の剣が彼に力を与えているのだ。
 以前の彼……召喚師としての彼なら自分とユエルとバノッサでかろうじてでも勝てたはず。
 しかし、今は違っていた。
 勝てるかどうか、わからない。むしろ、勝てない確率のほうが大きい。

「おらあぁぁっ!!」

 バノッサが彼の背後で剣を振るう。
 まるで背中に目があるかのように、一瞬のうちに刀にかかっていた重みが消えていた。
 彼は後ろを見ることなく、バノッサの斬撃を躱していたのだ。
 姿形は幻のように消えうせて、気配すら掴めない。
 バノッサの剣技だって、そこいらのヘタな剣士では歯が立たないほどに見事なもののはずなのだ。
 それを目で見ることなく躱してみせている。
 直接剣を交えたことがほとんどなかったことも、今この場で仇になっていた。

「っ……そこだァっ!!!」

 ユエルがの眼前――バノッサが剣を振るった場所を同じところへ向けて爪を振るった。
 メイトルパでも主に狩猟をして生活を送っていた彼女だからこそ、わかる薄い気配。
 それを感じ取り攻撃を繰り出したのだ。
 ユエル自身の隣にいたため、彼は彼でユエルの行動を感じ取り背後へバックステップ。
 隣で戦うパートナーとして培われてきた連携が、ここで発揮されていた。
 爪と黒の刃は甲高い音と共にぶつかり合い、火花が散っていく。

「……ふむ、やはり一筋縄ではいかぬらしい。それでは、本気で往くぞ」

 片手に持ったのはサモナイト石。
 剣と召喚術を併用して戦うのが彼の戦い方だった。
 無色の派閥の大幹部として部下を駒として使うオルドレイクではなく、自らが剣を取りその巨大な力を扱いぬくオルドレイク。
 力の差は雲泥だった。

 紫のサモナイト石が光り、具現したのは身体全体を包帯で巻かれた召喚獣だった。
 パラ・ダリオ。目標の動きを痺れさせることで止め、じわじわと嬲り殺していく凶悪極まりないサプレスの召喚獣だ。
 それすらも、一言呟くだけでこの世界に具現した。

「散れっ!」

 は叫ぶ。
 術の範囲が、以前見たそれよりも明らかに広かったのだ。
 ここまで増幅させてしまうのかと、思わず舌打ってしまう。

 苦し紛れ、というわけではない。
 それでもあの力に対抗しうるには、3人の持てる力を最大限にまで活かす以外に方法はない。
 目の前に迫るオルドレイクの姿をかすかに映しながら、そんな結論に至ったのだ。
 だからこそ、両足に気をまといその姿を掻き消して斬撃を躱すと、距離を取り刀を虚空へ掲げた。
 さらにリィンバウムへとその思考を飛ばし、共界線ラインを手繰り寄せる。
 召喚術に使うわけではない。今召喚しても、きっと標的が無駄に増えてしまうだけだから。
 だからこそ、流れてくる魔力を全部この力に賭ける。
 無茶を承知で。
 そうでもしなければ、きっと対等以上に戦うことなど夢のまた夢だから。


「行くぞ、絶風……」


 真紅に染まった瞳でオルドレイクを射抜き、



「第一開放……!!」



 うちに秘める力を、解放した。






今まで出てこなかったオルドレイクさん、ここで登場です。
なんか、えらいことになってきましたね。っていうか、してしまった……
能力インフレのせいか激しく自己嫌悪です。


←Back   
Home   Next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送