「ば、バカな……」

 ロベリアからしてみれば、ナナシの存在は驚きの連続だった。
 言動からしてルビナスとかけ離れているものの、戦闘能力だけなら今の彼女を上回っていること。
 召喚器すらないにも関わらず、己の身体のみを武器に戦う彼女に。
 使えるものはなんでも使う彼女の戦闘スタイルに。

「いくですの〜っ!」

 全身に巻かれた包帯の先が、まるで弾丸のようにロベリアへと迫る。
 かろうじて躱したとしても、次弾が一瞬で目の前に到達する。
 骨による攻撃を繰り出そうにも、そのことにすら気づかないままその場で意味もなく転倒し躱される始末。
 転んだ拍子に首が外れて、ロベリアはバランスを崩して倒れかける。
 端から見れば真面目に戦っているようには見えないものの、ロベリアは確実にダメージを蓄積させていた。

「廃墟に集う死霊よ……我に再生の力をっ!!」

 呪文とともに無数につけられた傷が忽然と消え去り、さらに眼前で印を組み上げる。

「大地を蠢し死霊たちよ……今こそ解き放たれ、我が力となれ!!」

 声と共に、床から湧き出すゾンビやガイコツの群れ。
 その数はとても数え切れるものではなく、真っ直ぐにナナシへと向かっていく。
 しかし、彼女はそれに臆すことはない。
 なぜなら。

「邪魔しないで欲しいですのぉ〜っ!!」

 いつかリリィやを気づかないうちに倒して見せた、不思議な力ですべて吹き飛ばしていた。
 魂ではなく、身体に刻まれた錬金術の片鱗が、彼女の力になっていたのだ。
 閃光と共に砕け散るガイコツ。力なく倒れこむゾンビ。
 それらに目をくれることなく、ナナシは一直線にロベリアへと向かっていた。
 一方、そんな光景に驚きを見せたのはロベリアだった。
 アレだけの死霊たちを差し向けたのに、その対象だった彼女はまっすぐに自分の元へ向かってき手射るのだから。
 ナナシはおもむろに自らの手で自身の首を持ち上げる。
 すぽん、という音と共に、首が両手の中に納まっていた。
 酷くシュールな光景である。

「ゾンビの本領……」

 そのまま走る勢いを緩めることなく、ナナシは振りかぶる。
 右足に全体重を乗せて、左足を大きく振り上げた。
 天に向けた右手の平には、ナナシの首が。
 そして、左手は首が落ちないようにと支えられていた。

「発揮ですの!」

 投げた。
 女の子の細腕から放たれたものとは思えないほどに、スゴイ速さで首がロベリアに飛来する。
 まさに、剛速球である。

「なぁっ!?」

 これには、対処のしようがなかった。
 剣で叩き落すなり持ち前の身軽さで躱すことだってできたのだが。

「でぇ〜〜〜すぅ〜〜〜のぉ〜〜〜〜〜〜っ!!」

 ナナシの首はすでに目の前。
 ロベリアは巨大な弾丸をモロに受け、鈍い音と共に背後へと吹き飛んだのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.80



「くっ……」

 背中から着地し、数メートルにわたって床を滑りぬけたロベリアは眉間にシワを寄せながらゆっくりと立ち上がっていた。
 ナナシヘッドはロベリアとの激突と共に勢いを失い、その場に転がっていたものを身体が回収、合体している。
 致命傷を受けた敵を見て、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
 しかし、彼女は死霊使いネクロマンサー

「廃墟に集う死霊よ……我に再生の力をッ!!」

 傷を治すことなど、お茶の子さいさいなのである。
 これでは、いくらナナシが強くても最後には彼女に勝利が転がり込んでしまうだろう。
 あっという間に傷は癒えきり、ロベリアは真紅の長剣を振りかざす。

「意表を突かれて不覚を取ったけど、もうそうはいかないよっ!」

 言い放ち、剣先を振り下ろす。
 それと同時に発生した強烈な衝撃波によってナナシは吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けていた。
 強い衝撃に、昏倒する。
 大河曰く『シワのない』脳みそがぐわんぐわんと揺れているようで、身動き一つ取ることができずにいる。
 そんなナナシを視界に収めたまま、ロベリアはゆっくりとナナシの元へと歩み寄った。

「もう後がないわね……その身体、バラバラに引き裂いて、この因縁に決着をつけてあげる」

 ナナシの身体を蹂躙しようと、ロベリアの剣が振り上げられる。
 ここまでかと思われた、そのときだった。


 ありがとう、ナナシ。


 内側から聞こえてくる、優しげな声。
 『ナナシ』とは同じようで違う、凛とした力強い声。


 聞こえたわ……『彼女』の声が。


 これで、ダーリンを助けられる。
 『ルビナスの魂ナナシ』の役目は終わったのだと、彼女自身が認識していた。
 混乱していた頭の中が一瞬にしてクリアになる。
 見上げればそこには、微笑を浮かべたロベリアと赤い刀身を持つ長剣。
 自分が取るべき最適な行動を模索し、実行した。
 勢いよく立ち上がると、跳躍。
 ひらりひらりと宙を舞い、ロベリアの背後に距離を取って着地した。
 さらに、右手を天へと掲げて。

「来たれっ! エルダーアークっ!!!」

 叫んだ。
 閃光と共に、彼女の召喚器はアヴァターへと姿を具現した。
 褐色の刀身に、シンプルな作りの柄。
 刀身の腹には堂々と描かれた紋様。
 最古にして最強の召喚器『エルダーアーク』が、千年の時を超えて。

「暗黒騎士ロベリアっ! このルビナス・フローリアスがエルダーアークと共にある限り、汝の望みは叶わぬと知るがいいっ!!」

 再び彼女の手へと舞い降りたのだった。


 …


 ……


 ………


「ぎぃやあぁぁぁぁっ!!!」

 轟音と共に、襲い掛かるゾンビやガイコツを吹き飛ばすのは、涙をちょちょぎらせて悲鳴を上げるだった。
 ガルガンチュワ内部は比較的広い造りとなっているためか、3人の走るこの道も、そこそこに広い。
 そんな中に、ガイコツやゾンビといったいわゆるアンデッドモンスターがひしめきあっていて、ゾンビが大の苦手であるが暴走していたのだ。
 これから総力戦が待っているというのに、持てる力を惜しみなく使ってアンデッドたちを蹴散らす彼の姿に、後ろをついていく2人……特にバノッサはぽかんと目の前の地獄絵図を眺めていた。

「なあ」
「ん?」
「あいつ、いつもああなのか?」
「ううん、がダメなのはゾンビだけだよ。……なんでかは知らないけど」

 刀に濃密な気を纏わせ、強烈な居合を放つ。
 地面と平行に這うように飛来し、ガイコツやゾンビを直線状に斬り裂いて、曲がり角の壁に大きな傷をつけている。
 一瞬のうちに出来上がった道の中心に移動すると、その場で円形状に衝撃波を繰り出した。

 …………

 もはや、止まらない止まらない。
 ユエルとバノッサは、砕け散った敵の残骸に「ご愁傷様」と心中で呟き、壊れつつあるの後に続いたのだった。


 ………


 ……


 …


「私も……貴女も、救世主にならないためにはそれしかなかった。貴女を殺せば、私が救世主になってしまうから……」

 ルビナスが告げた。
 2人は同じ世界を旅した仲間同士であり、戦友だったはずだった。
 オルタラとイムニティという、2人の精霊に出会うまでは。
 書の精霊たちは救世主候補一行の中から、己がマスターとしての2人を選び出す。
 それから、今までの関係が崩壊し始めた。
 仲間だったはずの2人――ルビナスとロベリアが、それぞれ赤と白の主になってしまったから。
 救世主とは、赤と白を統べる者。
 赤の主と白の主が分かれた場合は、殺しあって救世主を決めなければならなかった。
 しかし、赤の主であったルビナスは、それを良しとしなかった。
 救世主の本質を、知ってしまったから。

 救世主とは神の代行者。
 神の声を聞き、その言葉のままに旧世界の破滅と新世界の創造を行う者。
 自分たちのどちらかが救世主となったとき、生き残った者は暴虐と破壊の限りを尽くす殺戮兵器と成り下がる。
 ここは、自分が住まう世界。
 だからこそ、滅ぼさないために。みんなの笑顔を守るために。
 彼女は、どちらも救世主にならない道を選んだ。
 自らの身体を引き換えにして。

「くっ……お前に、何がわかるっ!? この千年……死体を操り、ただひたすら復讐を願ってきた私の何がッ!」
「千年の時を超えてきたのは、貴女だけじゃない」

 自らの身体に呪を施し、あえて敗北した瞬間に自分の魂をロザリオを封じ、代わりにロベリアの魂を封じた。
 ホムンクルスとしての自分の身体を作り上げ、万全の体制で。
 次の破滅が起こるのを、ルビナスはただひたすら待っていた。
 自分たちのような悲劇を起こさないために。

「貴女の千年と、私の千年。どちらが正しかったのか……今、決着をつけましょう」
「勝つのは……あたしだっ!!」

 両者が互いの間合いを詰め、刃を重ね合わせた。
 ビリビリと強い衝撃を感じながら、力を込めて弾き返す。
 距離を取り弾き返した勢いを殺すと、行動を起こしたのはルビナスだった。
 目を閉じ、術式を構成する。

「我は賢者の石の秘蹟なり……」

 光と共に具現したのは、彼女の分身だった。
 彼女自身から分かれるように現れた分身は、放物線を描いてゆっくりとロベリアに向けて落ちていく。
 無論、その攻撃がどのような効力をもっているのかなど、ロベリアは知り尽くしている。
 だからこそ。

「失敗だったわねルビナス!」

 目を閉じたままその場を動かないルビナスへ向けて走り出した。
 次第に大きくなっていく小刻みな足音がルビナスの耳に届き、ロベリアがすでに目の前まで迫っていることを認める。
 この後、最後まで隙を見せているほどルビナスも甘くない。
 目を見開くと、

「失敗なのは、貴女よロベリアっ!」

 エルダーアークを水平に構え、大きく床を蹴り出す。
 風を切り、ロベリアに向けて突進を敢行したのだ。
 切っ先をロベリアを捉え、走る勢いに急ブレーキをかけたロベリアは剣の腹で切っ先を受け止める。
 突進の勢いはそれだけでは緩まるとはなく、彼女はルビナスと共に自身の背後へと飛ばされていく。

「し、しまっ……!!」
「爆ぜよっ!!」

 空中で身動きも取れず、ルビナスの分身は地面に着地すると同時に大爆発を引き起こす。
 ロベリアはその爆発に自ら飛び込んでいたのだった。
 悲鳴すら爆音に消され、焼け焦げたロベリアが爆風で宙へと舞い上がる。
 黒い煙を立たせながら、背中から地面に叩きつけられ、咳き込んだ。

 己の中にあるどす黒い気持ちが、再び燃え上がる。
 千年前。最終決戦の場で目の前の女性は、本当に手加減していたのだ。
 千年間生き長らえて強くなったと思っていたのだが、それすら超える力を持ったルビナス。
 召喚器の有無もあるだろう。でも、破滅に与して召喚器と同等以上の力を手に入れた……つもりだった。

「どこまでも……ッ」

 ルビナスは、自分にとってコンプレックスだった。
 ミュリエルやアルストロメリアも同じだったが、とりわけ彼女に嫉妬していた。
 どこへ行っても、彼女が救世主だとはやしたてられ、人々の信頼を一番に浴びていたから。
 そんな中で、自分だけが醜い妖術戦士。
 どこへ行っても、蔑むような視線しか向けられなかった。
 私だって戦ったのに。
 あんたたちのために戦ったのに。
 唯一、自分の存在を認めてくれたのは、仲間の中で唯一の男性救世主候補だった。
 自分とは正反対の服装、雰囲気を持ち、誰よりも正義感に溢れた存在だったのだが、誰よりも自分の気持ちを理解してくれていた。
 自分を励ましてくれていた。

「どこまでもどこまでもどこまでも……っ!!」

 でも。

「アンタたちは私を蔑むのだなっ!」

 彼は自分から離れていった。
 白の主に見出されて、共に新しい世界を生きようと、必死になって説得したのに。
 他のヤツらなんかいらない。彼さえいれば、よかったのに。
 それでも彼は、ルビナスあかについた。

「どこまで私を貶めれば気が済むのだ……っ!」
「私は……私たちは、貴女を貶めているつもりはないわ!」

 だからこそ、復讐を誓った。
 自分を貶めた人間たちを、この世界から葬り去ってみせると。

「私たちは貴女に感謝していたわ」

 汚点としての役割を引き受けてくれた彼女に。

「信じられるか……信じて、たまるかぁ―――ッ!!」

 痛みに悲鳴をあげる身体を強引に動かして、ルビナスへと疾走する。
 破滅は力。無力だった自分に自信をくれる、絶対的な存在。
 そんな自分が、ルビナスごときに負けるわけがない。
 負けるわけには、いかない。

「ああぁぁぁぁ―――!!」

 剣を振るう。
 右へ左へ上から下へ。
 あらゆる方向から、ルビナスへと斬撃を繰り出す。
 渾身の力を込めて、打ち込んでいるはずなのに。

(当たらない……っ、なぜだ、なぜ!?)

 たった一撃すら、ルビナスに届くことはなく。

「はぁ、やっ! せいやぁっ!!」

 カウンターのごとき鋭い三撃が、ロベリアに吸い込まれていった。

「……私は、貴女のことが好きだったわ」

 一言。
 整った眉をハの字にして悲しげな表情を見せると、目を閉じた。

「エルストラス・メリン、我は賢者の石の秘蹟なり……」

 高速で呪文を紡ぎ、再び間合いを詰めてくるロベリアを剣ごと弾き飛ばす。
 身体の違和感から限界を感じながらも、それでもルビナスは詠唱を止めなかった。

「大いなる六芒……」

 再び、ルビナスの分身が具現する。
 今度は空中へ飛んでいくのではなく、彼女の目の前に、ロベリアと本人の間に現れていた。
 振り構えたエルダーアークが光を帯び、次第に強まっていく。

「光をもって薙ぎ払え……!」

 振り下ろすと同時に放たれた光線が、ロベリアを貫いたのだった。



「負けた……負けたのか、わたしは……だが……ッ!」

 彼女はネクロマンサー。
 ネクロマンシーの秘術を使えば、つけられた傷だってあっという間に元通りになってしまうだろう。
 それらすべてを熟知しているルビナスは、もちろん彼女に回復の時間を与えることはなく。
 胸元にかけられていたロザリオを外した。

「魂のロザリオよ……この者の魂を……」

 そのフレーズに、ロベリアの表情が驚愕に変わる。
 彼女を殺したくはない。だから、ここに。

「封じさせてもらうわ……このロザリオに」
「やめろ、やめろぉーっ!!!」

 回復するはずだったロベリアは光に包まれる。

「エルストラス・メリン、我は賢者の石の秘蹟なり」

 ロザリオを払い落とそうと、ロベリアは床を蹴り出した。
 しかし、傷を負った今の身体では満足に走ることすらできず、走り抜ける痛みに表情が歪んでしまう。

「我は万物の根源たる四元素に命ずる」
「ルビナス―――っ!!」
「彷徨える魂よ……彼の十字にその安息を得るがいい……封印っ!!」

 ロベリアを包んでいた光が一気に強まり、彼女は一つの光となってロザリオへと消えていった。
 静かになったその場でルビナスはぺたんと腰を落とす。
 右手にエルダーアーク、左手にロザリオを握りしめたまま。
 腰を落とした衝撃で、右腕がエルダーアークごとぽとりと落ちる。

「この身体も……もう限界ね……さすがは暗黒騎士」

 左手のロザリオを真っ直ぐに見つめ、その身を床に横たえた。
 懐をまさぐり、取り出したのは小さな石。
 ルビナスの……ナナシのたからものが、微笑んでいる。

「みんな……ごめんね、もう……一緒に行けないかも」

 そんなことを呟いたときだった。



「クッハハハハハハッ!!!」



 狂ったように笑いながら壁を突き破ってきた青年を見て、眼を丸める。
 ナナシの記憶の中にある、たからものの一つ。
 向こうは自分にあまり近づいてこなかったけど、雰囲気が自分を受け入れてくれていたから。

「ハハハ…………って」

 倒れているルビナスを視界に収めて、禍々しくも見えた笑みが消える。
 一気に顔色を青くして、脇まで駆け寄ってきていた。

「おいナナシ! どうした、しっかりしろ!!」

 手がないことなどにかまっていられない。
 肩口に手を置いて、ゆさゆさとゆすってみせる。

「っ!!」

 彼女はゾンビ。
 本当はホムンクルスだけど、はそのことを知らないでいる。
 そんな存在を助けるにはどうすればいいのか、にはまったく分からなかった。

!」
「なんだよ、また女じゃねェか。てめぇの知り合いは、女ばっかかよ」

 バノッサの皮肉を耳に入れながらも、どうすればいいのかと今までの経験に基づき思考を巡らせる。
 この世界に召喚されてからは魔法がらみの授業だって受けなかったし、大体ゾンビの助け方なんて授業で習うわけもない。

……君、ね……」
「ナナシ!」

 はまだ、ルビナスの存在を知らなかった。
 ガルガンチュワに突入するときだって、気にはなったものの聞く時間もなかったから。
 表情を確認すると、苦しげではあるものの笑みを称えていた。

「私は大丈夫だから、先へ行って……ね?」
「でも……」
「大丈夫よ。ナナシの想いが、力をくれてるから……」

 訳がわからない。
 ただ、目の前にいる彼女がナナシではないことだけは確かで。
 本人が大丈夫だと口にしているのだから、

「……わかった」

 信じることにした。
 すっくと立ち上がり、背を向けると。

「ルビナス」
「え?」
「私の名前よ。ルビナス・フローリアス。本当はしっかり名乗りたかったのだけど……」

 ごめんなさいね、と。
 脂汗を浮かべながらも、彼女はに向けて微笑んだのだった。





ナナシvsロベリア終了。
夢主少々壊れ気味でしたが、なんかすぐに良くなりました。
ま、これも都合のいい展開ではありますね。


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