にぶい振動が、一行を襲っていた。
かすかな、よほど神経を研ぎ澄ませていなければ感じられないくらいの小さな振動。
覚醒した召喚器を持っているからこそ、
「今、後ろの方で振動が……」
未亜はそれを的確に感じ取っていた。
ベリオの身になにか起きたのではないかと声を上げたのはリリィだったが、それでも自分たちには圧倒的に時間が足りない。
だからこそ、一刻も早く先へ進まなければならないのだが。
「簡単には、先に進ませてくれそうにないわね……」
前方を凝視し、ルビナスが一言口にした。
その先に展開されているのは、ガイコツやミイラなどの亡者の群れ。
が見たら卒倒するな、とか思うのも無理はないほどに、自分たちを取り囲んでいた。
「アンデッドを操るこの技……」
「間違いないわね……暗黒騎士ロベリア」
破滅の将の1人が、ここにいる。
それを全員が認識した上で、さらにルビナスは整った顔立ちを軽く歪ませたのだった。
セルが全員を守るように前へ進み出る。
自らの剣を突きつけて敵を牽制しつつ、
「未亜さんは下がっててくださいっ!」
矢を番えようとしていた未亜に向けて、声を上げたのだった。
Duel Savior -Outsider- Act.79
「みんな、大丈夫!?」
リリィの声が響く。
アンデッドはセルとミュリエルが倒しきっていた。
周囲にガイコツだった白や黒の破片が飛び散り、でろーんとした妙な色の液体がそこら中に付着している。
それでも、メインで戦った2人は軽く息が上がる程度でほとんど無傷。
仲間を守りながらの戦闘であるにも関わらず、上手く立ち回ってきた結果だった。
「へへ……っ、まだまだ平気っすよ!」
「セルビウムくん……強いのね。でも無理しないでね!」
「いやぁ、はははっ! 未亜さんにそう言ってもらえるなんて……もう死んでもいいっす!」
「死ぬなんて……冗談でも言わないで! みんなで……みんなで帰るんだから!!」
この先では、まだ敵が待っている。
自分たちがここにいることすら、すでに危険なのに。それでも、世界を救うためにと力を振り絞るのだ。
悲しいことはもうイヤだ。
誰かが死ぬところなど見たくない。
そんな思いが、全員の心の奥底に秘められている。
だからこそ、今一番命の危険に晒されている彼を、助けるのだ。
「しかし、幾らでも沸いてきますね」
「ここも古代遺跡の一つ。死体には不自由してないでしょうね」
「のヤツがいれば、こんな連中……」
以前クラスで動いた幽霊退治を思い出す。
あのとき、全員が必死に戦っている中で1人、腰を抜かしていたのが彼だった。
しかし、それもつかの間。
キレた彼があっという間にゾンビたちを吹き飛ばしていた。
だからこそ、彼がいればここは彼の暴走だけで先へ進むことができるだろうなとリリィは心の中で呟いたのだが。
「この場にいない人間のことを言っている暇はありませんよ!」
「そっ、そうでした!」
ミュリエルの叱咤に、思わず声をあげて返事をしていたのだった。
敵は未だに減る様子を見せず、むしろ増えているようにも見える。
このままではラチがあかない、とセルが声を荒げたときだった。
「……見えたっ!」
一人静観していたルビナスが声を上げる。
目を閉じて両手に印を組み上げ、ぶつぶつと呪文をつぶやく。
そして。
「爆ぜよっ!!」
カッ、と目を見開いた瞬間。
数だけなら豊富だったアンデッドたちは、例外なく爆散した。
魔術に似ているようで、魔術ではない術――錬金術。
ルビナスが最も得意としている術だった。
「役立たずの亡者どもめ……」
塵が舞う中から、1つの影が形作られる。
亡者たちを戦いの道具として操っていた者の正体。
「時間稼ぎもできないか……」
血のように赤い刀身を持つ長剣を左手に携え、目元を覆い隠した白髪の女性が姿を現した。
破滅の将――ロベリア。
千年前のメサイアパーティの1人にして、前白の主だった。
「しかし、今の術……お前ではないな、ミュリエル」
「あの術に心当たりがあるんじゃなくて?」
そんなミュリエルの答えに、ロベリアは驚愕の表情を浮かべる。
あり得ないと。自分が殺したのだから生きているはずがないと。
でも。
「お久しぶりね、ロベリア」
ルビナスは一歩前に出て、微笑みかけた。
生きていた。
千年もの月日が流れているのに、何故生きている?
答えは簡単だった。
「この身体はホムンクルス。千年後の破滅に備えて用意しておいたのよ」
救世主戦争を……あの悲しい戦いを集結させるために。
そして、今回の破滅に備えて。
魂と身体を分離してまで、彼女は真剣だったのだ。
人間は千年もの間、生きてはいられない。
本来なら関係ないはずなのに。
ルビナスは千年後の救世主候補たちと世界を案じ、自らを封印してまで生き長らえてきたのだ。
「みんな、先に進んで。時間がないわ」
「ふん、行くがいい。私はこの女を殺せればそれで十分。どのみちお前たちは、主幹には勝てぬ」
ルビナスは自分の背後にいる仲間たちへ、ロベリアは彼女の仲間たちを一瞥してそれぞれが言葉を放つ。
言い方こそ真逆の割に、内容はほとんど同じ。
その言葉を聞くと、ルビナスを除いた一行はさらに奥へと消えていったのだった。
必ず追いつくから、と約束して。
…
……
………
ベリオを残し先へ進むとユエル、バノッサだが。
延々と続く一本道に、そろそろ飽きかけていた。
行けども行けども同じ道。不謹慎この上ないが、それでも飽きてしまうのは仕方ない。
特にげんなりしていたのが、ユエルとバノッサだった。
「飽きた」
「飽きちゃった〜」
つい声にしてしまう。
「……気持ちはわかるけど、仕方ないだろ。飽きた、とか言わないで助けてくれよって」
当事者だからこそ、そして仲間が苦しんでいるからこそ。
先へ進まねばならない。
2人は確かに今回の事件に直接は関係ないのかもしれないが、に召喚された時点でもはや関わってしまったのだ。
一本道で迷わないだけマシだろ、とうなだれている2人へ声をかける。
そして。
「…………」
曲がり角を曲がった先に広がる光景に、恐れおののいた。
「あ……」
「あァ?」
ゾンビの群れ。
ガイコツの群れ。
幽霊の群れ。
おそらく、先を進む仲間たちが通過したあとに現れたのだろう。
そしてこの光景はにとって、地獄そのものだった。
「ぎぃやあぁぁぁぁっ!!!!!」
その場にいるすべてのものを戦慄させるような悲鳴が木霊したのだった。
………
……
…
「うああああっ! あんたなんか嫌いっ、ダイッ嫌い!!」
ロベリアは勢いに任せて手に持つ真紅の剣を振るった。
相対するルビナスは丸腰、とてもではないが相手にならなかった。
それなのにロベリアは怒りに身を任せて剣を振るっていて、端から見ても優位に立っているようには見えない。
なぜなら、ロベリアは千年前からルビナスを心底羨んでいたのだから。
ルビナスは力も才能も、そして美しさも持っていた。
ゆえに行く先々で人々から好かれ、仲間からも慕われてきた。
それとは逆に、ロベリアは自分を救世主一行の汚点だと考えていた。
自分が暗黒騎士であるがゆえにまっ黒い服をまとい、剣や魔術を使う仲間の中で唯一死者や霊を操る。
印象が印象なだけに、コンプレックスを持つのも無理はないだろう。
故郷が滅ぼされ、彼女自身の身体もズタズタに引き裂かれた。
力を持っていなかったから。
だからこそ、彼女は大きな力を求めた。
一番身近にあった『破滅』の中に。
閑話休題。
ルビナスはロベリアと距離を空けて相対し、目を閉じていた。
今の彼女は戦えないから。
だからこそ、召喚器がなくても戦えるもう1人の自分に『今』を任せようと考えた。
心に語りかける。
聞こえる? ……もう1人の私……
はい、ですのぉ!
内側から聞こえる、底抜けに明るい声。
ダーリンを助けたいよね……一緒に。
もちろんですの! ダーリンはいつもナナシと一緒ですの〜
心から彼を想う、一途な声。
今、私には戦う力がないの。召喚器を呼ぶその間……この身体を動かして戦ってくれる?
ルビナス! ナナシはルビナスの魂ですのっ! ルビナスの願いは、ナナシの願いですのっ!
だからこそ、一緒に戦える。
彼を想う力が、自分たちを突き動かす。
2人の願いは……1つだった。
「……やる気がないの? でもこっちはやる気十分なのよッ!」
「……」
ルビナスはうつむいたまま、答えない。
痺れを切らしたのか、ロベリアは微笑を浮かべると剣を振り構えた。
「それなら……そのまま死ねッ!!」
地面を蹴りだし、剣を振り上げたそのときだった。
「待つですのぉ〜ッ!!」
今までのルビナスからはありえないほどに明るい声。
普段から真面目だった彼女が言うはずもない口調。
そのギャップが、ロベリアの動きをストップさせていた。
「……で、ですの?」
目の前の『ルビナス』は真っ直ぐにロベリアを射抜いていた。
右腕を斜め上へ伸ばし、左手に拳を握って胸元へ。
敵の前で堂々としていて、いっそ清々しい。
「点がよぶ、血がよぶ、火とがよぶ!!」
「はぁ?」
ロベリアは、目の前の存在を凝視していた。
……わけがわからない。
ルビナスのはずなのに、ルビナスとは程遠い目の前の彼女。
先ほどまでとはまったく逆の雰囲気をもった彼女は。
「ダーリンをすくえとナナシがよぶですの〜」
ある意味、時間稼ぎだった。
ルビナスが召喚器を手にするまでの時間稼ぎ。
それでも、いとしのダーリンが助かるならば。
『ルビナスの魂』は、ルビナスが戦えるようになるまで戦い抜いてみせよう。
「暗黒騎士ハンター、ナナシ。ここに来ちゃったですの〜!」
ナナシは、声高く叫んだのだった。
「な、何のつもりだ? ルビナスッ!」
「千年……ナナシはずっと暗いお墓にいたですの……」
『ナナシ』はルビナスが作り出した老いることのない人造人間。
千年後の破滅が来るまで、彼女は1人ねぐらである地下墓地で眠っていた。
少し衝撃を与えればすぐに身体はバラバラになってしまうし、食べたものは端から外に出てしまうし。
「そんなナナシに……こんな身体のナナシに……ダーリンだけは優しくしてくれた……」
そんなゾンビな自分に彼だけは普通に接してくれた。
彼のおかげで、大事な友達もできた。
千年間眠りつづけてきた彼女にとって、彼らはたからものだった。
だからこそ。
「ダーリンはナナシのすべてっ!!」
ナナシは、彼がいなければ存在できなかった。
目覚めることすらなかったし、破滅に気づくことすらなかっただろう。
目覚めてからはなんだかんだいっても一緒にいてくれたし、話も聞いてくれた。
そんな優しい彼を助ける。絶対に。
「ダーリンを助けることを邪魔する人は、このナナシが許さないですの〜〜〜〜っ!!」
「な、なにをっ!?」
ナナシは床を大きく蹴りだした。
自分のすべてを使ってでも、目の前の彼女を打倒するために。
「行くですのぉ〜〜〜ッ!!!」
ナナシvsロベリア。
戦闘シーンは次回に続きます。
ルビナス戦も次回で最後までやっちゃいます。
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