「私は大好きな人の所に行くの!」



 聞こえる。



 今なら、きっと応えてくれる。



「邪魔……しないで!!」



 私はまだまだ……戦える!!


「来てッ! ユーフォニア!!」


 そう叫んだ瞬間。
 彼女の手には、美しい装飾の施された純白の杖が握られていた。
 全体を覆う光が爆ぜ、その力の大きさを物語る。

「お帰り、ユーフォニア」

 久しぶりの感触に、ベリオはそんな言葉を呟いてしまう。
 ユーフォニアが――彼女の希望が、言葉に反応するかのように光を強めて見せたのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.78



「私に逆らうのか、ベリオ?」
「ええ……あなたにこれ以上罪を犯させない……それが、私にしてあげられるただ一つのことですから」
「戯言を……」

 ユーフォニアを構え、目の前の兄だった人に心の中でさよならを告げる。
 今まで育ててくれてありがとう、と。
 もうまみえることもない本当の父と母にも、今まで知らなくてごめんなさいと謝罪する。

「そうか……ならば、私はお前の手足を切り取り、想いを叶えさせてもらうとしよう……」

 シェザルは目を閉じて自身を否定したベリオの意思を察してか、身体を屈めて這うように駆け出した。
 目の前にまで迫るシェザルを見て、ユーフォニアを強く握りしめる。


『大丈夫ですよ。貴女には私がついていますから』


 そんな言葉が、聞こえた気がした。
 だから、きっと勝てる。
 ベリオは根拠もなく、そう確信した。

「ふ……っ」

 ナイフが投擲される。
 高速で飛来するそれは、ベリオの目にしっかりと映っていた。
 叩き落せば無防備になってあっという間に斬り刻まれる。だったら、叩き落さなくてもすむ方法をとればいい。
 叩き落とさずともナイフの進行を阻み、さらに敵の動きすらも制限させることのできる魔法をもっているから。

「ホーリーウォール!!」

 展開される光の壁がナイフを弾き、シェザルの走りを止める。
 壁に激突した彼は、襲い掛かる衝撃に驚きながらも背後へ吹き飛んだのだ。
 素早く起き上がり再びナイフを投擲するが、壁に阻まれてしまう。
 その隙にベリオは宙へと舞い上がり、杖の先端をシェザルへと向けた。

「レイラインッ!」

 声と共に放たれたのは緑の光。
 高速かつ一直線にシェザルの元へたどり着き、躱す暇すら存在しなかった。
 うめき声と共に迫る衝撃に仮面の下から表情をゆがめる。
 ベリオはユーフォニアをくるくると手の上で回転させると、頭上へ小さな光を放り投げる。
 スプラッシュという名前の、間合い手前で爆発を起こす時限式の爆撃魔法だった。
 その場からさらに光の壁を展開し、一定の間合いを保つ。
 シェザルはベリオの頭上に向けてナイフを数本投擲するが、そんな狙いの定まりにくい攻撃など当たりはしない。

「ぐあぁっ!?」

 そして、スプラッシュが時間どおりにシェザルを襲った。
 規模は小さいものの、威力はそこそこ。
 彼女はこの魔法と光の壁を使った戦法を一番得意としていた。
 ヘタな敵では突破できない上に防御も可能。ある意味では、完璧な戦法とも言えた。
 彼は爆風で宙を舞い、先ほどのブラックパピヨンのように背中から床にたたきつけられる。
 それでも、気絶することはもちろんなく。

「随分とでしゃばってくれる」
「……っ」

 強まる殺気と共に、ベリオの頬を冷や汗が流れ落ちる。
 袖口から今度は、黒光りするマシンガンを取り出した。
 銃口をベリオへ向けて、引き金を引く。
 撃ち出された銃弾は光の壁にぶつかるものの、見事にその壁を破壊してベリオに到達していた。
 突然の事態に目を見開くが、銃弾の速度は目では捉えることができない。
 よって。

「きゃ……っ!!」

 狙いもつけずに撃ち出された銃弾は彼女の腕、足を射抜き、頭の上の帽子を吹き飛ばす。
 致命的な傷がないことが不幸中の幸いといったところだろう。

「この世界ではあまり広がってはいないようだが……それはそれで都合がいい」

 ベリオは、最初銃そのものがどのようなものなのか分かっていなかった。
 アヴァターでは剣や魔法が主な武器だったから。
 銃という科学的なものなど、ぱっと見ただけでは分かるわけがないのだ。

「正直な話、私はこの武器は好ましく思っていないのだ」

 殺しの感触がないからな。

 そんなことを、彼は口にした。
 シェザルは殺人快楽者。
 感触として残らない殺しを彼が好まないのだ。

「だが、目標の動きを止めるという役割に、これほど適した武器はない」

 足と腕の傷を癒しながら、珠のような汗を流すベリオはただシェザルを視界に納めている。
 彼は彼で、自分の圧倒的な優位に含み笑う。

「お前も、まずは手足の自由を奪うことが先決のようだ……そのまま動くんじゃないぞ」

 そんな忠告、聞いてたまるか。
 動かなければ死んでしまう。
 癒しの魔法をギリギリでかけ終えて、立ち上がる。

「負けない……負けないッ!!」

 流れる汗を振り払って、床を蹴り出す。

「…………っ」

 走る、疾る、奔る。
 持ちうる全速力を以って、飛び交う銃弾を避ける、避ける、避ける。
 床に激突した銃弾はそのままめり込みながら勢いを緩め、一筋の煙を立ち上らせた。

 このままではラチがあかない。
 いつまでたっても、先へ進めない。

(大河君を、助けに行きたいのに……っ)

 軽く歯を立てる。
 どうすればいい、どうすればいい。
 何とかしなければならないが、策が見つからない。
 シェザルはシェザルで、楽しげにベリオを追いかけているようにも見える。
 そのときだった。


 かちん。


 銃弾の嵐がやんだ。

「ち、弾切れか」

 袖口からマガジンを取り出し、銃弾のなくなったそれをマシンガンから取り外した。

(……え?)

 かしゃん、という音と共に古いマガジンが床に落ちる。
 さらに新しいそれを込めると、再びベリオに銃口を向けた。

「っ!?」

 銃弾の嵐再来。
 走り回るにはさほど問題もないくらいの広さを持つこの空間をとにかく縦横無尽に駆け回り、漸く見つけた反撃の時をひたすらに待った。
 肩口を掠る。足元に着弾する。ユーフォニアの先端に激突する。
 ホーリーウォールを展開したところで付け焼刃にしかならないことは、さきほどの一戦で分かっている。
 だとすると、自身を覆い尽くして身を守るホーリーシールドも、きっと役には立たないだろう。
 だからこそ、とにかく飛び交う銃弾を躱すことを目的として動かねばならない。
 威力が高いのは、よくわかっている。
 なにせ、ゼロの遺跡で大河が撃たれたときに、彼はそのまま戦闘すら続行できなくなったのだから。

「まだなの……っ?」

 つい、声を荒げる。
 銃声があまりにも大きいからこそ、彼女の声がシェザルには届かない。
 そして。


 かちん。


 再び、銃弾の嵐が収まった。

(来たっ……!)

 この隙を、逃しはしない。
 地面を蹴りだし、一気にシェザルとの間合いを詰める。
 2つ目マガジンが床に落下するが、シェザルは距離を詰めてくるベリオを見て鼻から息を吐き出した。
 そして、マシンガンを持たない空いた手に。

「ふっ……」
「な……!?」

 2丁目のマシンガンが収まっていた。
 この距離。引き金を引かれたら終わりだ。
 でも……

「負けないッ!!」

 とっさに、魔法の詠唱に入った。
 苦肉の策ともいえるこの方法は、少しでも遅ければ敗北は必至。

「ホーリー……」

 引き金に力が入る。
 あと一言、あと一言分だけの時間が欲しい。
 でも、もう後には引けない。
 今このときが、本当の過去と決別する最初で最後のチャンスなのだから……!!

「シールド!!!」

 銃弾が撃ち出される時間と、ベリオの最後の一言はほぼ同時だった。
 白い光を放つ盾は彼女を覆い尽くし、全方位から守りぬく。
 しかし、銃の威力はそれを上回り、数発がぶつかった時点でメキメキとヒビが入っていく。
 だから。

「ホーリーシールド! ホーリーシールド!! ホーリーシールド!!!」

 魔法の重ねがけ。
 1つ目が壊れても、2つ目が、3つ目が、4つ目が控えている。
 これなら、いける……!!
 確信した。

「な……にっ!?」

 再びシェザルまでの距離を詰め、杖を振り構える。
 これが、最後の一撃だ。
 自身にできる、最高の攻撃。

「ホーリー……」

 杖の先端で青い光が爆ぜては消えてを繰り返し、徐々に強まっていく。
 これで、本当の終わり。
 自分にできる最高の一撃だ。絶対に倒せるはず。
 自分を信じて、ユーフォニアを信じて。
 ……私たちは勝てるっ!!!

「ノヴァ――――――ッ!!!」

 ベリオの渾身の一撃が、シェザルを襲ったのだった。


 …


 ……


 ………


「音が大きくなってる。、急がないと!!」
「ああ、もちろんだ!!」

 かなり、音源に近づいてきた。
 音だけでなく、振動すらも肌で感じ取れるまでに。
 足音が大きく響き渡る中に、連発する銃声が耳に飛び込んでくる。
 ……戦っているんだ。誰かが。この先で。

「よく知らねェけどな、この先で戦ってンのはてめェの知り合いなんだろ?」

 バノッサの声に、うなずいた。
 さっきから行く先々で知り合いが戦っているのだから、そう考えてしまうのも無理はない。

「加勢すんだろ? 行こうぜ」
「…………」
「ンだよ?」
「いや、君がここまで積極的に手助けしてくれるとは……」

 普段からフラットと小競り合いの多いバノッサだが、今回ばかりはなぜか自分を援護してくれている。
 それが不思議でならなかった。

「いーんだよ。俺様は自分が楽しければそれでいいんだよ」
「なんだよ、それ」
「るせ。てめェにゃカンケーねえよ。とにかく、こんなこと久しぶりだからな。存分に暴れさせてもらうぜ」

 なにやら、やる気満々らしい。
 腰の剣を引き抜いて、閃光の走る空間へと飛び込んだのだった。


 ………


 ……


 …


「負ける……この私が、負ける……だと」

 濃い密度の魔力の塊をその身に受け、シェザルは身体から薄い煙を立たせながら、ぼそりとつぶやくように口にした。
 人の命を狩るはずの自分が、まさか狩られるとは思ってもみなかったのだろう。

「ハァ、ハァ……さよなら、シェザル……」

 戦闘前に浮かんだ言葉を、今度は口にする。
 完全なる決別のために。もちろん、シェザルをもう兄とは呼ばない。
 自分はもはや、彼とは他人なのだから。

「いいや、お前は永遠に私のものだ……」

 シェザルは震えた手を懐に入れると、かち、という音が鳴り響く。
 なにかやったのだ、彼は。
 それと同時に、部屋全体が振動を始めた。

「この、最後の仕掛けで……共に来いッ!!」

 どこまで用意周到なのだろう。
 自分が負けたときのための仕掛け……パピヨンですら気づかなかったワナまで作っていたとは。
 振動は、次第に大きくなっていく。
 振動で崩れつつある天井から、小さな粒がパラパラと床に落ちていく。

「がれきのなかで……ともに……ねむろうぞ……」

 石造りで頑丈なはずの部屋が、ついに崩壊を始めた。
 天井には大きな亀裂が入り、落下してくる石塊は徐々に大きなものとなっていく。
 このままここにいては、間違いなく死んでしまう。
 ベリオの顔を、絶望が覆い尽くす。

「そんな……私は、私は大河君のところに……みんなと一緒に行くの……行くんだからっ!!」

 ついに、巨大な石塊がベリオの頭上へ落下する。
 なにがあっても、自分は彼のところへ行くんだ。
 そんな強い意思を前面に出して、石塊を睨みつける。
 もう、動く気力もない。
 それでも、なにかあると信じたい。
 すべては、自分だけの願いのために。

「っ!!」

 目を閉じる。
 すでに石塊は目の前だったはずなのに。

「……………………え?」

 ずしん、と。
 彼女の両脇で一際大きな振動が起こり、おもわず目を見開いてしまう。
 そこには。

「無事だな」
「あ……」

 救世主候補の誰もが認める最強の候補生が、自分に大きな背中を向けていた。
 彼は淡く光を帯びている刀を振るって、迫る石塊群を斬り裂いていく。
 気が付けば、自分の周囲をさらに2つの存在が囲んでいることに気が付いた。
 1人は前に見た、獣耳の少女。
 そしてもう1人は、白髪の青年。
 彼らは、自分を助けるためだけにその身を危険にさらしているのだ。

「ベリオ走れ!! もうすぐ崩れる!!」
「わ、わかりました!!」

 立ち上がろうとするが、先ほどまでの戦闘で身体に力が入らない。
 足を地面につけても、力が抜けてへたりこんでしまう。

「あれ、あれれ……?」
「バノッサ!!」
「ちっ、仕方ねェなっ!!」

 突然、ふわりと自分が浮き上がるような感覚に陥った。
 見知らぬ男性に横抱きにされていると気づいたのは、それから数瞬あとのことだった。

「おら、出口行くぞ!!」
「ユエル!」
「うんっ!」

 自分と青年を囲むようにとユエルは布陣し、一直線に出口へと向かう。
 目の前に落ちてくる瓦礫を真っ二つに斬り裂き、頭上に落ちて来たものをユエルの爪が砕く。
 小さな瓦礫など目もくれず、ただ一目散にその空間を抜け出んがためにひた走ったのだった。


 ………


 ……


 …


 なんとか大きな怪我もなく、次の部屋へと向かう道へと抜けることができた。
 退路はすでに断たれてしまった。
 瓦礫が思い切り塞いでしまったから。
 バノッサはベリオを乱雑に下ろすと、「もっと丁寧に扱え」とユエルが叱りつけているが、彼はめんどくさそうに「あーはいはい」なんて返事している。

「……大丈夫か、ベリオ?」
「ええ、それより……」

 バノッサを見やる。
 白髪に色素の薄い肌。
 げんなりとした表情をしているが、その目は力が溢れているようで。

「あぁ、俺が召喚した。仲間だから」
「そうですか……」
「ったく、うぜェったらねェぜ。おい! あのケモノガキの躾、ちゃんとしとけよな」
「いーんだよ、あれで」

 ぽかんとしている前で、とバノッサは軽口を叩き合う。
 一体どういう関係なんだろうかと気にはなるが、今はそれどころではない。
 とにかく時間がない。

「助けていただいて、ありがとうございます。私は大丈夫だから」

 先へ進んでください。

 ベリオは3人に向けてそう告げた。

「……ほんとにだいじょうぶなの?」
「ええ、さっきの戦いで疲れているだけだから。少し休んでから追いかけます」
「そっか、よかった♪」

 短い、本当に短い間しか一緒にいなかったのに、彼女が心配してくれている。
 いい子だな、とベリオは思う。
 にっこりと笑って見せると、は安堵したように軽く息を吐き出して立ち上がった。

「それじゃ、先に行く。モンスターたちは俺たちが倒しておくから」
「うん、本当にありがとう。君」

 2人を促し、ベリオに背を向ける。
 遠ざかる足音は次第に聞こえなくなり、静寂が訪れた。
 少しでも長く休息を取るためにも、目を閉じる。


「うん、私は大丈夫。きっと、迎えに行きます」


 待っててね、と心の中で呼びかけ、ベリオは意識を落としたのだった。










というわけでベリオ戦終了です。
ちょっと描写に無理がありすぎましたね。
書き上げるのにえらく時間がかかりました。
次回はルビナス(ナナシ)vsロベリアです。


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